ep.17 妖異幻怪、日本
「──日本の妖怪たちも、行き場が無くなって集まって来たんだと。八百万の神様は妖怪たちも受け入れてるんだよ」
「うわ……これは……」
深い闇堕ちにはまだ早い、紺色の空に木々の輪郭がわかる程の宵の口。森の奥に現れた賑やかな路地。
提灯の灯りがほんのりと路地を照らす。
石畳の通りを行き交う者たち。
古い社から続く、濡れた石段を行き来する者たち。
屋台はないものの、まるで江戸の街のお祭りのように賑やかだった。
ただ歩いているのはほとんどが妖怪で、夢ではなくこれは現の、まさに百鬼夜行だった。
「これは確かに……ミサイルにも負ける気がしない……」
圧倒される景色に、ボギーは茫然とした。
灯りを持つ鬼たちが、静かに通り過ぎてゆく。
「あの人たち、鬼のお面……じゃないよね」
ボギーは隣の場地にこっそり言った。
「ハハ、お面じゃないな」
様々な妖怪たちを目で追うボギーに、場地は静かに言った。
「妖怪たちもフツーに過ごしてるから、頼むから悲鳴とかあげるなよ。あっちもびっくりするし、普通に失礼だからな」
妖艶な体に白い着物を纏った女が歩いて来た。
胸元も裾もはだけ、胸の谷間や太腿が顕になっているまま、横を通り過ぎようとしていた。ボギーはすれ違う辺りで目線を上げ、女の顔を見た。
「わ──────!」
《ギャ──────!》
雪のように白い顔と髪、切れ長の赤い目をした妖狐に、ボギーはうっかり叫んでしまった。妖狐もびっくりして一緒に叫んだ。
ゴツッ。
「痛てっ!」
場地はボギーの脳天に拳骨を喰らわせた。ボギーは言われた事を思い出し、平謝りした。
「ごめんなさいごめんなさい! 俺おっぱいしか見てなくて! 顔見て驚いてごめんなさい!」
妖狐は《なんなのあの子!》とブツブツ言いながら、プンスカ怒って去って行った。
「お前〜」
「ごめーん」
「思った事を全部口に出すな」
「びっくりした。でもよく見ると美人」
「だから出すなっての」
「ここの子たちはどうしてんの? 怖がらない?」
「そりゃ生まれた時から見てるからな。見えない子も半分くらいいるけど、自分は見えないってだけで、普通にいるって認識してるよ」
「妖怪たち悪さしないんだ。へー」
「こんなとこで悪さなんてしたら、一瞬で消されるだろ。神様のがコワイぞ」
「そらそうか」
二人は石段を上がって行き、鬱蒼とした木々に囲まれ、苔むした石灯籠が並ぶ参道を進んで行った。
《お前が来ると聞いて、駆けつけてやったぞ》
本殿で待ち構えていた女神は、威厳と品格を全身から放ちながらそう言った。
隣に並ぶ穏やかな男神、オオクニヌシはボギーにこう言った。
《本来はイセにおられるアマテラス殿もおいでだ。天を司る天津神、大地を司る国津神、勢揃いだ。お主に会いたかったのはワシもじゃよ。ホッホッホッ》
女神アマテラスは、ボギーに優しく語り始めた。
《昔はイセもイズモもタカチホも、参拝客を受け入れて来た。だがいい加減、信仰心のなさとマナーの悪さに疲れてきてな。だから……》
突然、高笑いをし始めた。
《隠してやったのじゃ────! 人間は入れてやら──ん! ワハハハハ! ザマーミロ──!》
《アマテラス殿、ほれほれ、落ち着いて》
オオクニヌシはニコニコしながら女神をなだめた。
高笑いをやめ、あらためてボギーたちに向き直る女神。
《──そもそも人々は、イセやイズモのような大きなところを残して、神社仏閣は次々と仕舞っていくつもりだったようじゃ。
人々の意思でな。
それがなーんだか無性に腹が立ってな》
オオクニヌシも穏やかに語り始めた。
《参拝出来るところも少しは残っておるぞ。
だが気づいたら世の中は『人のようなもの』が増えてきておったから、どうせ存続は時間の問題。機械は参拝せんからなぁ。
それよりも問題は──機械が人を“排除”し始めた事じゃ。これはとても由々しき事。
せめてイズモで守れればと思ってな》
《わらわは人間を入れてやらん事にしたが、オオクニヌシは優しいからな。せめて駆け込んで来た者たちは受け入れてあげようという、お心遣いじゃ》
《機械も何もせんなら問題無いのだがね。人をあやめるとなるとな。
我らでも、イズモの中にいる子たちを守ることは出来ても、機械は破壊出来ぬ。
どんどん増える一方の『人のようなもの』に手を焼いていたのじゃ》
《わらわでも物理的に木っ端微塵には出来ぬからな》
ニヤリと笑った女神は、強い眼差しでボギーを見た。
《だからお前にも期待しておるぞ》
オオクニヌシはウン、ウン、と頷いた。
《ワシらは炬燵とみかんで高みの見物じゃ》
「コタツって昔の暖房? よく知らないけど」
《知らんのか! 極上のラグジュアリーな空間に誘うあれを!》
女神は眉を顰め、信じらんないという顔をした。
《あれは……出られんなぁ》とほっこりするオオクニヌシ。
《他の神々も一緒にお前たちの戦いを見ていたが、一度炬燵入ると誰も動こうとせん》
《全部見ておったよ。お主の暴れっぷりも見ごたえあったぞ、小僧。年末時代劇スペシャルを見とるようじゃった。ホッホッホッ》
《それを言うなら年末格闘技であろう、オオクニヌシ殿》
《アマテラス殿なんか「いけー!」とか「やれー!」とか盛り上がってな》
「コタツで? 今、冬じゃないっすよ」
《リラクゼーションに季節は関係なかろう。あれはただの暖房器具ではないぞ》
フンスと鼻息荒く炬燵をプレゼンする女神。
《そもそも我らは冬、特に年末年始は忙しいのだ。ぬくぬくしてられんわ》
コミュニティに続く道を場地と歩きながら、ボギーが呟いた。
「もっと聞きたい事あったのに……コタツを長々とおすすめされて終わった」
「ハハ、お前コタツの前に、やれって言われた事あっただろう」
「んん? ああ、『わらわの代わりに暴れてこい』ってやつ?」
「そのあと」
「んー、あとは『国を丸ごと変えてしまえ』的な? 何を言い出すんだこの女神は、とか思ったよ」
「面白い女神だろ。『期待してる』ってさ」
「無茶振りが過ぎる」
場地は笑い、
「とりあえず飯食いに行こう」と、山道を足早に進んで行った。
サイバーパンクな世界なのに、このところ野山ばかりですみません。




