《16》強面皇帝と皇妃候補の公女
「フローレン。」
「はっ。」
「医者はどの部屋だ?」
《……あっ……しまった。》
「……へいかの寝室です……」
《……スッカリ、サッパリ忘れてた。。》
「は?私の寝室??……なぜだ!?」
「申し訳ございません。陛下がお怪我をされたのでは、、と勘違いをしてしまい……まして、、」
あまりの衝撃に失念していた。
フローレンは言葉を詰まらせながらもチラリとマクシミリアンの表情を伺った。
マクシミリアンは怒っている様子はなく、動揺している。どちらかと言えば恥ずか嬉しそうで微かに耳が赤らんでいるように見える。
きっと、見知らぬ妙齢の女性と同衾……いや、同じ部屋で過ごしても問題はなかろうか、一緒の部屋で過ごすとは夫婦みたいではないかなどと考えているのだろう。とフローレンは感じ取った。
友しては全力で応援してやりたいが、宰相としては喜んでばかりはいられない現実にため息が漏れそうになる。
その女性の身元を確認しなければならないし、皇帝が女性を入城させ自室に招き入れたとなると様々な問題が上がってくる。
前々皇帝派の貴族がこれを機に騒ぎだすかもしれない。一番厄介な神殿の反発はあるだろうし、どのように出てくるか予測がつかない。
フローレンは頭をフル回転させているがなかなか考えがまとまらない。
兎にも角にも、今すべきことは急いで別々の部屋を準備させることであると気持ちを切り替えた。やはり未婚の男女が同じ部屋はない。あの朴念仁のマクシミリアンが間違いを犯す訳が無いのは百も承知だが、フローレンは宰相らしくビシッと規律を守らねばと自分自身に言い聞かせる。
《とりあえず医務塔で治療してもらって、、その間に客室を整えさせて、、着替えなど身の回りの侍女を決めて、、まずいぞ、まずい。女性物の衣服に下着類、、、必要なものを準備……ランナを呼び出して……否、それはまずいな。となると……》
城で働く高位貴族の女性は侍女長一人のみ。それも高齢。十日に一度ほど決済書類に目を通し判を押すためだけに城登する。
あいにく本日の城登予定はない。
だからマスクミリアンが招き入れようとしている女性の準備に即対応する事が出来ない。
それに対応出来るのは数人に限られている。
幼馴染みであるレックスの妹のランナ公女がその一人だ。
マクシミリアンを怖がらない唯一の存在であり、兄と慕っている女性。帝国の唯一の公女であるランナはマスクミリアンの婚約者候補筆頭である。十六を過ぎた辺りから城への出入りは公式の時以外は控えていた。
何故なら様々な憶測で騒がれたくないからである。現在二十歳のランナは年齢的にも家柄的にも皇后に相応しい令嬢。適齢期を過ぎ嫁に行かずにいるのも、マクシミリアンが三十までに妃を迎えなければ、強制的に皇后として婚姻を結ばなければならないと神殿との密約で決められているからである。
婚約者候補筆頭として制約により縛られた日々を送っていた。その期限もあと三年を切っている。
マクシミリアンもランナもこの密約による婚姻を破棄したいと考えている。皇帝自ら選んだ伯爵家以上の貴族位の子女と婚姻を結ばなければ、ランナが皇后になると決められている。
今、この段階でランナを城に入れたとなれば、正妃として皇帝が側に置くことを遂に決断されたと世間はみるだろう。勿論神殿も。婚姻式の時期を勝手に決め、国全体でお祝いが始まる。外堀を埋めて婚姻せざるを得なくなる。だからランナは城には呼べない。
現段階で身分のわからない得体の知れないこの女性のことは神殿も一部の貴族らも、皇帝が愛妾を招き入れたと思うだけだ。正妻しか娶れない皇帝がお綺麗などこの誰かもわからない女を囲い始めたとなれば密約反故と判断される。どんな裁きがマクシミリアンに下されるかわからない。下手したらその地位も命も奪われる可能性がある。
帝国の人々は愛欲に溺れ国を傾けた前々皇帝の悪しき時代が頭を過ぎるだろう。それだけは避けたい。
レックスも不安な表情でランナだけは呼ばないでくれと瞳で訴えている。
ランナはフローレンの弟のステファンと恋人同士で想いが重なり合っている。公に出来ない密かごとの関係だ。フローレンもレックスも二人が結ばれて、共に手を取り合い、幸せに暮らして欲しいと心の底から願っている。
勿論マスクミリアンも二人の幸せを願っているし、このまま婚姻となれば本人たちも周りも悲しむ。
だから二人が結ばれるように密約の破棄に向けて積極的に動いていた。
今までに何度かマクシミリアンの好みの女性探しをしたが、当の本人が乗り気でないしお相手になる令嬢も集まらない。
城勤めの侍女に範囲を広げたが前皇后が城を出てからは次々と城で働く女性が減っていき、今は数人の既婚の厨房勤めと高齢の侍女長しかいない。
侍女職は給料もいいし、見目麗しい爵位持ちの殿方や逞しい騎士職の坊っちゃんらとの出逢いの場であり玉の輿のチャンスなのだが……最高の職場であるにも関わらず、皇帝陛下が怖いからという理由で人気がない。
現在は侍女の行うべき仕事は侍従や下働きの男を雇っている。
『侍女はいらない。自分のことは自分で出来る、問題ない』なんて言ってたのを鵜呑みにして、城に侍女を配置しなかった自分の責だ……とフローレンは嘆いた。
《この女性が我が国の高位貴族であったのなら密約破棄はすぐに出来たものを……明らかに我が国の色を持つ髪色ではない。上等な生地の服を着用している。他国の貴族だったとしたらまだ希望があるが、、どうだろうか。希望は薄いか。そもそも良家の子女はふらふらしたりしないし、国を跨ぐ際の手続きは厳密に管理されている。貴族位の令嬢ならば尚更だ。帝国に入国する際に必要な通行の手形を表す魔法印が刻まれているはずだが、それが見られない。よって平民確定だろう。裕福な商家の娘辺りが妥当か……残念だが正妃にはなれない……どんなにマークが求めようとも平民は正妃にはなれない。》
愛妾としても平民の娘はない。例外はないが……特例で可能になるかもしれない。……が、それも正妃との間に子が出来なければの話。愛妾が子を産んだとしても、争いの種を芽生えさせないようにと出産後すぐに国から追放される決まりなのである。二人で並ぶ未来はない。
《表向き側仕えの侍女として手元に置くことを考えているのだろうか……しかしどんなに好いていても許されないしひと時しか側には置けない。それが我が国の法律なんだ。》
フローレンはこれから直面するであろう悲恋を思い浮かべながら、マクシミリアンのたくましい後ろ姿を見つめた。
二人が結ばれる未来が訪れる結末にしてやりたいと、何年振りかに顔をみせた晴れ渡る青々とした空を見上げ天上の神々に思いを馳せた。




