64. 3回目の納品日
「今日もお疲れ! また明日~。」
「……ん、また明日。」
王都に到着した俺達はいつものように別れてそれぞれ帰路へ着く。
「さて、今日はアレの日だったな。事前に伝えているとはいえ、あまり待たせるのも良くないしささっと終わらせますか。」
人目のつかない路地へと入り、『転移』を使う。
大通りから聞こえていた喧騒がピタリと止み、代わりに木々のざわめきが耳を撫でる。
「よし、行くか。」
目的の場所に転移できたことを確認した俺は、近くに見える明かりを目指して歩き出した。
コンコンとドアをノックすると、少ししてドアが開いた。
「こんばんは、お待ちしておりました。」
「どうもこんばんは。遅くなって申し訳ないです。」
「いえ、事前に聞いていた時間通りなのでご心配なさらず。」
そう言って出迎えてくれたのは、前回来た時にも対応してくれた茶髪のクラシックメイドさんだ。
そう、今日は毎週恒例の納品日なのだ。
「お邪魔します。」
メイドさんの後に続いて廊下を歩いていく。
そうして到着したのはもう何度も来たことのある応接室だ。
「やぁクロトくん、昨日ぶりだね。クラウも案内ありがとう。」
「こんばんはミストさん、お邪魔してます。」
「恐縮です。それでは私は紅茶を淹れてまいります。」
「あ、お構いなく。」
クラウと呼ばれたメイドさんが一礼して部屋を出ていくと、椅子に座っているミストさんが対面の椅子を示しながら口を開く。
「まぁとりあえず座りなよ。あ、スライムゼリーはここに適当に置いといていいからね。」
金髪美人の笑顔は絵になるなぁ、なんて考えつつ言われた通り椅子に座り、スライムゼリーを机の上に並べていく。
「それよりも、昨日キミが教えてくれたことを試したらうまくいったよ。」
そう言って、眩しいくらいの笑顔を向けるミストさん。
昨日、今日の納品が夜になるということを伝えに来たらミストさんにも会ったんだよな。
ミストさんは素材やアイテムを掛け合わせる『合成』のレシピを研究している。
スライムゼリーを納品しているのはそのためなのだが、昨日は行き詰って悩んでいたのだ。
「いやいや、教えるなんてそんな大層なことは……。俺はただちょっと気になったことを質問しただけですし。」
「ふ~ん? まぁそう言い張るならそれでいいんだけど。」
……うーん、何故かは分からないけど、やたらとミストさんの中の俺の評価が高いんだよな。
そりゃまぁ確かにヒントになればと思って言ったことだけど、俺なんてただレシピを覚えてるってだけだからな……。
言ってみれば、インターネットという集合知の結集の上澄みをすくってるだけだし。
検証勢に憧れて自分も少し知識を齧ったりもしたけど……結局それだって最初に調べた人が土台にあるからこそだからね。
(───そういうことなんで、その「まだ何か知ってることあるんでしょ?」っていう顔をやめてください! もし仮にロジックを聞かれても俺なんも答えられないから!)
スライムゼリーを並べる作業に意識を集中し、ミストさんからの無言の圧力に耐えていると、後ろからドアをノックする音が聞こえた。
その音にミストさんが反応し、圧力がフッと消える。
「どうぞ。」
「失礼します、紅茶をお持ちしました。」
(───! メイドさんナイス! この地獄の空気に入ってくれてマジで神……いや女神!)
気まずい空気を一変させてくれた救世主に内心で惜しみない賛辞を送りつつ、紅茶を受け取る。
「ありがとうございます、いただきます。」
口を近付けると、爽やかな茶葉の香りが鼻を抜けていく。
そして一口。
(───! 凄く美味しい! この世界で初めて紅茶飲んだけどこんなに美味しいのか!)
飲んだ瞬間、口いっぱいに芳ばしい香りが広がり、茶葉本来の味わいが舌を刺激する。
若干の苦味はあるものの、それが逆にいいアクセントとなり心地よい後味が残る。
緊張で喉が渇いていたこともあり、気が付いた時には飲み干してしまっていた。
「まぁ……お代わりをお持ちしますね。」
「あ、はい。お願いします……。」
……あぁ、凄く恥ずかしい。
ミストさんはこう見えて良いところのお嬢様であり、つまりはその御付きであるメイドさんも一流のメイドさんということだ。
出された飲み物を一瞬で飲み干すのがマナー的に良くないであろうことは、上流階級のマナーを知らない俺にだって流石に分かる。
……ほら見ろ、前に座っているミストさんの目が生暖かくなっている。
(ええいままよ! こうなったらやることやってさっさと帰るに限る!)
そうして俺は作業のペースを早め、2杯目の紅茶をしっかりといただいてからミストさんの家を後にしたのだった。




