57. 10階層ボス戦(5秒)
10階層に転移し、軽く昼食を取りながら作戦会議を行う。
ボスのいる空間で何を暢気に……と思うかもしれないが、フィールド型のダンジョンでは転移魔法陣の上はお互いの攻撃が届かない安全地帯になっている。
これにより、転移直後に出待ちしていたボスにやられるというような事故は起こらないようになっているのだ。
「ここのボスは『ビッグ・ホーンラビット』。さっきまで戦っていた『ホーンラビット』をそのまんま大きくした魔物だ……って資料に書いてあったよ?」
「……なぜに疑問形?」
危ない危ない、このダンジョンに挑戦するのは初めてという設定なんだった。
まぁ、冒険者ギルドの2階にある資料室ではこのダンジョンに出現する魔物について調べることができるので、この程度なら怪しまれることはないだろう。
俺は誤魔化すように話を進める。
「ごほん。大ダンジョンのボスとはいえ、所詮は最初のボス。ハッキリ言って、俺もハクレシアもソロで余裕で倒せる相手だと思う。」
「……ん。」
「そんな訳で小難しい作戦は一切無し! ハクレシアが近距離で戦って、俺は遠距離から援護する。連携の練習と思って戦おう!」
「……作戦会議とは?」
作戦のさの字もない結論に、ハクレシアが呆れ気味にツッコミを入れる。
「あははは……。まぁ、食事中の雑談くらいにはなったでしょ?」
そう言いながら魔法陣から出ると、ハクレシアもそれに続いて魔法陣の外に出る。
さて、本来ならここからボスを探さなくてはならないのだが、ここは遮蔽物のない開けた草原。
2人の視線の先には一つの影があった。
白と茶色の入り混じった体毛と額には鋭く長い一本角を持ち、草を食べながら時折周りをキョロキョロと警戒する動きを見せる。
間違いない、『ビッグ・ホーンラビット』だ。
「あ、ちょっと待って。」
駆け出そうとするハクレシアに待ったをかけ、一時的にSTRを20%上昇させる『STRブースト』と、同じくAGIを20%上昇させる『AGIブースト』をかける。
支援魔法をかけられたハクレシアはその場で軽く体を動かし、思わずと言った様子で呟く。
「……すごい。」
「アイツ相手には過剰だと思うけど……これもこれから挑むボスを見据えた慣らしってことで。」
「……じゃ、行ってくる。」
そう言い残すと、消えたと錯覚する程のスピードでハクレシアが駆け出し、次の瞬間には遠くで「キュギュッ!」という断末魔が聞こえた。
「おいおいマジか……。」
遅れて『ビッグ・ホーンラビット』の方を見ると、その体は既に光に包まれ始めていた。
……どうやら今の一瞬でボスは死んでしまったらしい。
「いくら弱いって言ったって大ダンジョンのボスなだけあって一撃で倒すのは割と難しいんだけど……もしかしてハクレシアって実は相当強いのか?」
見た限りではハクレシアは特にスキルを使っていなかった。
武器である短剣も特別強いようには見えないので、今のは(魔法によるバフがあったとはいえ)ハクレシア自身の純粋なステータスだけで起こしたものだと言えるだろう。
『ビッグ・ホーンラビット』を一撃かつ通常攻撃で倒すのに必要なSTR値は700程度。
また、目の前から消えたように動くのに必要なAGIは800程度。
バフによってそれぞれのステータスは1.2倍になっていたので、この2つのステータスの素の数値は最低でも500台後半から600台後半といったところだろうか?
まぁ、これはあくまでも概算で装備次第では全然変わるのだが……それでもハクレシアが想像以上に高レベルである可能性は非常に高くなった。
ゲームで聞いたことのない名前だったから特に気にしていなかったんだが……あれ、なんだろうこのデジャヴ感。
この感じはそうだ、この世界に来て初めて会話をした人───『ジャス』さんの時と似ている。
ジャスさんはBランクの冒険者で、『ネゴノーバ』の冒険者ギルドでは他の冒険者から兄貴分のように慕われていた。
まだ若く、あと数年もすれば名を馳せていたであろう彼だが、ゲームでは一切名前を聞かなかった。
その時は何故だろうと不思議に思っていたが、その真相は1週間後に判明した。
なんと、この世界の支配を目論む邪神───その憑依先に選ばれたのがジャスさんだったのだ。
ゲーム開始から僅か1週間で表舞台から姿を消したのだから、ゲーム内でジャスさんの名前を聞かなかったのも納得だ。
……っと、話が逸れたな。
そんなデジャブを今感じた訳だが……少なくともハクレシアが同じ目に遭うことは絶対にないと断言できる。
理由は簡単で、邪神が憑依できるのは1人までだから。
ゲームで出てくる邪神は今頃は既にジャスさんに憑依しており、時系列的にハクレシアとは無関係ということになる。
「とはいえ、あんなに強かったら間違いなく有名になりそうなもんだけどなぁ。このまま冒険者を続けていけば間違いなくBランク、もしかしたらAランクにも───」
そこでふと、とある可能性に気付く。
「───今のは冒険者を続けていればの話。もし何かしらの事情で冒険者をやめていたとしたら……?」
当然、有名にはならないだろう。
やむにやまれぬ事情───例えば、怪我。
「そうだ、そうだよ。ハクレシアと偶然同じ馬車に乗ったからこうして一緒にダンジョンの攻略をしてる訳だけど、これがもしタイミングがズレて一緒の馬車に乗っていなかったとしたら……?」
恐らく、ハクレシアは1人でダンジョンに挑んでいただろう。
「……原因はこれか?」
ハクレシアと出会ってからまだ間もないが、なんとなくの人となりは掴み始めている。
ずっとソロで活動していることからも分かるように、ハクレシアは他人と関わるのが苦手なタイプだ。
それでいて戦闘のセンスがあったために、たとえソロであっても何とかなるし何とかなってしまった。
だが、いくらハクレシアが強かったとしても必ず限界はある。
常に死と隣り合わせの場所を1人で進んでいけば、いつかどこかで躓いても不思議ではない。
……なんかブーメランが刺さっている気がしないでもないが、俺の場合はゲームでの経験があるからな。
どのダンジョンも一度はクリアした経験があるし、どこが危ないのかも分かっている。
しかし、ハクレシアはそうではない。
初見の敵、初見のダンジョン───いかに細心の注意を払っていても、どうにもならない状況というのは存在する。
「……ふぅ。ちょっと想像が飛躍しすぎたかな。必ずそうなると決まった訳ではないし……ま、気を付けておくに越したことはないか。」
とその時、遠くからハクレシアの声が僅かに聞こえた。
顔を上げると、手を大きく振って「早く来い」とジェスチャーしていた。
「今行くー!」
俺はそこで考えるのをやめ、ハクレシアの下へと駆ける。
「いやーごめんごめん。あまりにもあっけなかったからボーっとしちゃってた。」
「……いい。クロトのおかげ。」
「それはどうも。……ところで冒険者をやめるつもりってある?」
「……? ないけど、何で?」
「そっか。……誘ってくれて良かったよ。」
「……?」




