43. 3分クッキング
ボス部屋に足を踏み入れると、俺はすぐさま魔法の詠唱を始める。
「《INTブースト》……《STMブースト》……《AGIブースト》……《DEXブースト》」
この『ブースト』系の魔法は、それぞれのステータスを3分間20%上昇させるという非常に強力な支援魔法なのだが、その分MPの消費は200とかなり多い。
現時点でのMPでは連続して1つまでしか使えないため、間にMPポーションでの回復を挟みながら合計4つのステータスを強化する。
「《シルフィードダンス》」
最後にAGIを50%上昇させる魔法を使ったところで、部屋の中央にある魔法陣から巨大な岩の怪物が現れる。
『ロックストンダンジョン』30階層のボス『ロックストンゴーレム』は両腕両足が太く長く、対して胴体はやや小さめとアンバランスな体格だ。
挑戦者の姿を視認したゴーレムは、ゴリラが威嚇でドラミングをするように、本能に刻まれたルーティンで腕を打ち鳴らそうとする───が。
「そんな隙だらけじゃ攻撃してくれって言ってるようなもんだよなぁ! 《ウォーターアロー》!」
情け容赦なく放った水の矢は弱点である頭部に吸い込まれるように命中し、ゴーレムが僅かに怯む。
「《ウォーターアロー》《ウォーターアロー》《ウォーターアロー》」
ゴーレムとの距離が離れている間に少しでもダメージを稼ぐため、連続で魔法を撃ちこんでいく。
しかし、そのボーナスタイムも3発目を撃ったところで終わりを迎える。
図体の大きさの割に意外と俊敏なゴーレムは十数メートルの距離を一瞬で詰め、渾身の右ストレートを放つ。
「はっはっは! そこにはもういないぞ! 《水伏爆》!」
平常時であればもしかしたら当たっていたかもしれないが、今の俺は2種類のバフによってAGIのステータスは1.8倍となっている。
パンチが繰り出された時には既にゴーレムの股下を潜り抜けており、無防備な背後から反撃の魔法を放つ。
飛躍的な能力の向上により、全能感のようなものに包まれてテンションが上がる。
とはいえ、この強化状態がいつまでも続く訳ではない。
気分は某ウルトラな光の戦士だ。
ワンツーパンチ、蹴り払い、拳の叩きつけ、と猛攻を仕掛けてくるゴーレムの悉くを回避し、代わりに『ウォーターアロー』を撃ち込んでいく。
本来であればちゃんと狙いを定めなければいけないが、こうも的が大きければ動きながらであっても簡単に当てることができる。
そんなこんなで一方的な展開を繰り広げていると、ある時ゴーレムが項垂れて動きを止めた。
それと同時に、俺の体もガクンと重くなる。
「───ふぅ、なんとか3分以内に第一段階を倒せたか。」
そう溜息を吐きながら水筒を取り出して水を飲み、先程と同じように支援魔法で自身を強化していく。
一方のゴーレムはというと、どこからともなく赤い光の粒子が現れ、ゴーレムの周りを漂い始める。
これは最奥に登場するボスに共通する仕様で、いわゆる「怒りモード」というやつだ。
一部のボスは見た目すらも変わる「形態変化」をしてくるが、この『ロックストンゴーレム』は単純にステータスの強化と攻撃パターンが増えるのみだ。
しかし、だからといって舐めてかかると痛い目を見ることになる。
この攻撃パターンの増加が非常に厄介で、ここからが本番と言っても過言ではない。
「《ウォーターボール》……やっぱり無敵か。」
念のために魔法を撃つと、見えない壁にぶつかるように水球が霧散した。
これはゲームでもそうだったので驚きはない。
それから数秒、全身がほんのり赤くなったゴーレムが巨大な腕を打ち付けて声にならない雄叫びを上げる。
「《ウォーターアロー》!」
初手は先程と同じように頭部を狙っての狙撃。
たっぷりと時間をかけて狙いを定め、狂いなく頭部へと命中させる。
が、先程のように怯むことはなく、真っ直ぐにこちらへと駆けてくる。
「くっ、やっぱ速ぇ!」
2発目を撃つ暇もなく接近してきたため、回避に専念して立ち回る。
ゴーレムのような魔物はえてして「一撃が重い代わりに動きが遅い」というような敵になることが多いが、どういう訳かトリワルのゴーレム系ボスはAGIもそこそこ高い。
怒り状態でのステータス強化は最低でも2倍。
低めのAGIでさえこれだけ強化されているのだから、まともに攻撃を受ければ良くて致命傷、悪ければ一撃で即死だ。
その時、ゴーレムの右ストレートが眼前に迫る。
ゴーレムの腕はすでに伸びきっており、本来であれば魔法でカウンターを入れる場面。
しかし、俺は左足を後ろに回して半身になる。
その直後、拳が元居た場所を通り抜けて石床へと激突し、砂埃と共にドゴンという音が部屋に響く。
ちらりとゴーレムを見るが、腰を入れた状態で静止しており、位置は変わっていない。
にも関わらず、拳は石床をしっかりと捉えた。
一体何が起きているのか分からないかもしれないが、そのタネは凄くシンプルだ。
そのカラクリとは───
巻き上がった砂埃が晴れていくと、伸びきったゴーレムの腕が露わになっていく。
すると、グレーの石材でできた腕のちょうど真ん中あたりに茶色の部分があった。
それは人間で言うと”肘”に当たる部分であり、ゴーレムで言えば上腕と前腕を繋ぐ”泥”のある部分だ。
そう、本来ではあり得ないはずの射程を実現するカラクリとは、「泥の伸縮」だ。
これは「怒りモード」で追加された攻撃パターンの1つであり、もっと正確に言うならば「関節部の泥でも攻撃できるようになった」というのが正しい。
泥で攻撃できるということは、だ。
腕を元に戻したゴーレムは、次に両腕を突き出して手首をこちらに向ける。
多少見た目は違うものの、このポーズには見覚えがある。
そう、あのウ〇コもとい泥団子を飛ばしてくる『ミニゴーレム』だ。
次の瞬間、ゴーレムの手首から複数の泥の塊が射出される。
「《ダウンバースト》!」
上から下へ叩きつけるような風の魔法により泥がビチャッと床に叩きつけられる。
『ミニゴーレム』であればここから数秒のリロード時間を要したが、そこはボス。
リロードすることなく、更に大量の泥を巻き散らしてきた。
流石にこの量全てを魔法で防ぐことはできないため、急いで逃げの態勢を取る。
「おい! 初見殺しが失敗したからってこれは開き直りすぎだろ!」
大声で非難するも当然そんなことで中断はされず、10秒程乱射してようやく終わった。
しかし、ホッと息を吐くのも束の間、またしても射程詐欺の右ストレートが飛んでくる。
「ほんっっとに面倒だなこの泥!」
床に飛び散った泥でも踏むと足を取られてしまうため、ただでさえ回避するのが大変な猛攻を、足場を制限された状態で避け続けないといけない。
当然ながら、ゴーレムは自身の泥で動きが鈍ることはなく、使った泥もどこからか補充されて関節としての役割を全うしている。
第一段階での余裕はどこへやら、第二段階では一転して防戦一方となってしまっている。
とはいえ幸いなのは、これが永遠に続く訳ではないということ。
「これを5分間は正直きっつい! ……けど、俺ならできる!」
そう自身に活を入れて鼓舞し、高速で迫る攻撃を紙一重で躱していくのだった。




