【館の悲鳴】
ドアを開けた瞬間、
フィリオとフィリアは自分たちがやったことの意味を痛感することになったよ。
そう、良い意味でもあったし、悪い意味でもあったかもしれない。
こんなことが起きるなんてことまでは日記には書いてなかったからね。
とにかく、驚いたとしか言いようが無かった。
ふたりして日記に記されてた手順通り、お互いに別々の入り口を頭に浮かべてドア
を開いたまさにその時、
部屋が揺れた……いや、
館が揺れた……いいや、
館が、悲鳴を上げた。
繋げるべき部屋が分からず、混乱した館が全身を揺すって、悲鳴を上げたのさ。
まるで地震みたいだったよ。
立っているのも、やっとってくらいの大きな揺れ。
ただ明らかに地震と違うのは、揺れに加えて耳がおかしくなるような音が響いてたこと。
金切り声なんて言うけどさ、まさしく金属でも引き裂くみたいな音というか、声のようなものが、館全体から鳴り響いてるんだよ。
あんまりにも耳障りなもんだから、フィリアは開けたドアを放っておいて両手で耳を塞いじまったぐらいさね。
耳に限らず、直接体に浸透してくるみたいでさ。
意味が無いことは自覚しているんだけど目まで塞ぎたくなるくらいの不快極まる音が、ずうっと館全体から鳴りっ放しなのさ。
神経の擦り切れてたところにこの揺れと不快な音の洪水。
本気でこの館は自分を狂わせようとしてるんじゃないかと思ったその瞬間だ。
「お姉ちゃん、ドア、中だよ、ほら!!」
やたらとでかい声でフィリオが言ってきた。
まあ、周りに響いてる騒音考えれば、この大声は仕方ないだろうってのは分かったけど、フィリオは大きな声を出し慣れてないせいもあって、ところどころで声が裏返っちまってて、聞き取りづらいったらなかったよ。
でも言ってる内容は簡潔だったからね。
理解するのにさほど苦労することはなかった。
問題なのはとにかくこの音さ。
意味も無く閉じてた目を開いてフィリオのほうを見てみると、フィリオも片目をつぶって、両方の耳を手で塞いでたね。
開いてる片方の目で促されて、ドアのほうを見てみると、なるほど、フィリオが必死で声上げてた意味が分かった。
ドアを目的の部屋に繋げるのには成功したらしい。
普通なら、外へと向かう部屋は黒い霧の立ち込めた部屋のはずが、ふたりして開けたドアの先には、真っ赤な霧がもうもうと渦巻いてる部屋だったのさ。
この点は日記に書かれていた通り。
つまりは一発成功ってわけだ。
他のことなら素直に喜んでもいいことなんだがね。
どうにもいろいろと引っかかることが多いのが難だったよ。
日記の内容で、部屋の様子はどんなものかってことは理解してたつもりだが、こういうのは実際に見るのと、想像するのとでは差が出るのが常さ。
黒い霧の部屋も決して気持ちのいいものじゃなかったが、真っ赤な霧の部屋ってのもこれまた楽しい景色とは言い難い。
特に、ルール破りは生きたままひき肉っていうのを何度も知らされてる身としては、この真っ赤な霧は嫌なイメージしか頭に浮かばせないんだよ。
なのに、流れとしてはこれから自分たちはこの中に一緒になって飛び込む必要がある。
さすがに気丈なフィリアもこの場に来て、正直尻込みしちまった。
しばらくは黙って中の様子を覗いてるしか出来なかったよ。
しかし、時間をかければかけるほど、覚悟が鈍るってのもあるけどね。
多少の時間なら、少し置くことで見えてくる真実ってのもある。
面白いことに気づいたのはその、少し置いた間のおかげさ。
あっちこっちに反響してるせいで、館全体から聞こえてると思ってた悲鳴みたいな音は、実はこの真っ赤な霧の部屋から響いてきてることに気づいたってのは、別にそれで何かがどうなるわけでもないが、ひとつ正確な真実が分かったって安堵感は与えてくれた。
なるほど、ということはこのドアを閉じればこの音と、うまくすると地震みたいな揺れも収まるのかもしれないと考えていたその時だ。
「……お姉ちゃん、大丈夫?」
今度は大声の代わりに、フィリオは触れる一歩手前まで耳元に口寄せて声をかけてきた。
思考がちょいと変なほうへ飛んでいたせいもあって、フィリアは一瞬、驚いた様子で半歩ほど後ろへ飛びのいたけど、すぐに体勢を立て直したよ。
「あ、うん。平気よフィリオ。全然平気」
普通の声のトーンでしゃべったもんだからフィリオは何言ってんだか全然聞こえなくってもう一度フィリアの口元へ耳寄せて再度しゃべってくれるように催促してきたのは、まあご愛嬌かね。
でもおかげでフィリアも少し落ち着いた。
「で、どうする? もしまだ覚悟が決まってないなら、このままドアを閉じてもいいし、もう覚悟は出来てるっていうなら……」
そこまで言って、
最後は逆に自分が口ごもったってのも、フィリアにしてはやっぱり相当な負担だったんだろう。
最後の最後で自分のほうが踏ん切りがつかないってのも情けないって感じたかもしれないが、こればかりは当然さ。
なんせ繰り返すが完全な博打だ。
当たるも八卦、当たらぬも八卦……おっと、こいつは占いの話だね。
ともかく。
最後に半端な覚悟を後押ししてくれたのは、皮肉にもフィリオのやたらと落ち着いた小さなうなずきだった。
こと、ここに及んでもう何も思うところは無かったんだろうよ。
付け加えるなら、
姉のフィリアが必死に探し出した選択肢に、ここまできたからにはすべてを委ねようって思ったんだね。
感情ってのは伝染する。
たいていは悪いほうがほとんどさ。
混乱や怒り、悲しみなんてのが伝染するのが九割だろう。
だが、たまにこういうことも起こる。
信頼や優しさ、喜びや落ち着き。
こういうものも確かに伝染する。
フィリアにとっては大きな助けであると同時に、自分の行動に意味を見出すことのできる有意義な感情の伝染だった。
綺麗ごとを言うつもりはない。
自分が助かりたいから。
自分が苦しみたくないから。
自分が楽になりたいから。
そんな理由でふたりして館を出る手段を探し続けた。
結果は……ちょいと不満はあるが、少なくとも最初っから提示されてたふたつの選択肢に比べればよっぽどいい。
そうさ、
悩んだり躊躇したりする理由はもう無い。
フィリアは自分が支え無しでは立てないほどの揺れと、耳障りな騒音にさらされながら、不思議なほど落ち着いてくるのを感じながら、ゆっくりと両耳に当てていた手を放すと、その手をフィリオの手に当てた。
すると、自然とフィリオも両手をおろす。
ふたりで向かい合って、両手で握手するみたいになると、フィリアは声が聞こえないのを承知で、口の動きで意味が分かるよう、一言、一言を形にしてフィリオに見せた。
うっすらとした笑顔で。
(い・こ・う)ってさ。
単純だから伝わったってわけじゃない。
もう、ふたりとも気持ちは同じだった。
だからフィリオも簡単な動きですべてを伝えられた。
ゆっくりと、大きく首を縦に振る。
ふたりはドアへ向かい、一歩踏み出すと、それに合わせたように、握り合った手を解き、お互いの体をしっかりと抱き合った。
顔と目はドアの向こうへ。
真っ赤な霧の部屋。
また一歩。
さらに一歩。
そうして、
最後は一気にふたりして部屋へ飛び込んだ。
全身を霧に包まれて、床も壁も無い部屋を浮遊する。
と、
フィリオは音源である部屋に入ったことで、轟音と化した館の悲鳴の中、
ふと背後のドアへ目を移すと誰にも聞こえない声で一言、
「さようなら……カゾットさん……」
言って、
フィリアと一緒に真っ赤な霧の奥深くへと、その身を沈めていった。




