【最後の選択】
「ひとつだけ、これだけは念を押しとくわよ。この方法は書いてあった通りだとすると、あくまでそうなるだろうって予測だけで、ほんとに思った通りになるかどうかまでは分からない。それでも、あんたはこの方法に賭けるのね?」
一緒にドアの前へ立ったフィリオに、フィリアは最後の念押しをした。
当然のことではあるね。
これからやろうとしてることは完全な賭けさ。
この館ではいくつもの不思議な事柄を体験した。
何が起きてもおかしくはない。
だか、ここだよ。
(何が起きてもおかしくない)けど、(起きなくても普通)なんだ。
保障の類は一切無し。
まあ唯一、シャミッソーを信頼していれば、少しは保障に似た何かになったかもしれないが、いかんせんシャミッソーとの直接的な付き合いが短すぎた。
フィリオとフィリアにとっちゃ、いまだシャミッソーは単に麻袋を被った気色の悪い大男でしかないわけさ。
そいつの書いた日記を信用して賭けをする。
なんとも膝が震えてくるね。
でも、フィリオも随分としっかりしたもんだ。
こうしたことをすべてひっくるめて、はっきりした口調で返したよ。
「うん。僕はそれでいい。実際、お姉ちゃんの言った通りだ。残る覚悟と残す覚悟の両方が出来ない以上、それにふたりで家には帰れない以上、この方法しかありえないよ。だから僕もこの方法に賭ける。他の選択肢に比べたら、よっぽどいいと思うし、それに……」
それまで真面目な顔して答えてたフィリオが一瞬、少し笑って、
「開けてみて、怖くなったらそのままドア、また閉じちゃえばいいんじゃないかな?」
そんなこと言って、フィリアまで少し笑わせた。
……強くなったもんだよ、ほんと。
最初のころとは大違いさね。
クスクスと笑いをもらしながら、フィリアは心の中で、フィリオがたくましくなった実感を味わってた。
ああ、今なら文句無くフィリオを家に帰していいとさえ本気で思ったよ。
自暴自棄なんかじゃない。
心からの気持ちで。
自己犠牲なんて高尚なことは思っちゃいないが、これなら家を任せるのも悪くない。
そう思わせるほどにフィリオは明らかに成長してくれた。
だからもう、妙な躊躇や逡巡は無しだ。
どちらかが残り、どちらかが帰る。
もうそんな面倒な考えは飽き飽きしたのさ。
お互いにお互いを大切だと思ってる。
そこにつけこむのが館のいやらしいところだよ。
しかしそれももうおしまい。
ふたりで決めたんだ。
ふたりとも大事。
どちらかなんて決められない。
当たり前のことをするだけさ。
さあ、手順は忘れちゃいないかい?
ちゃんと確認しなよフィリア。
「いい? フィリオ。ドアの取っ手をふたりして握る。あんたはここに来る時に通った入り口をイメージしなさい。あんたはあたしよりドアの扱いに慣れてないけど、それならそんなに思い浮かべるのは大変じゃないでしょ」
目を見ながらそう言うと、フィリオは今度は黙って深く一回うなずいた。
そいつを確認して、また続ける。
「あたしは……あたしもほんとは自信が無いけど(それ以外の)入り口をイメージする。なんせ、見たこともないもの想像しなきゃいけないから、正直、心配なんだけどね……」
普段のフィリアにしちゃあ、えらく弱気な態度だったね。
ま、それだけこれが難しいってことでもあるんだが……だけど、
「大丈夫だよ」
言って、フィリオは先にドアの取っ手に手をかけると、残った手でフィリアの手を握り、そのまま取っ手を掴んだ自分の手に重ねた。
「お姉ちゃんが失敗したとこなんて見たことないし、それにもし失敗したって、何度か試してればきっと出来るよ。別に開けるだけなら、一回きりのチャンスってわけじゃないんでしょ?」
また笑って、そう続けたよ。
不思議なもんだね。
思えばこの館に来てから、ふたりが心から笑ったのなんて、これが始めてかもしれない。
本来なら一番苦しい場面でふたりして笑ってるんだ。
まったく人間ってのは、ほんとにどこまでも不思議な生き物さ。
「……そうね。別に焦る必要は無いんだわ。問題は目的の部屋に通じさせられた後。その時、入るか入らないかってことなんだから、今から気にしなくたっていいのよね」
少し、余裕の出た口調でフィリアがそう言うと、フィリオも微笑みながら軽くうなずく。
そうして、ふっと軽い息をひとつつくと、ふたりは言った。
「じゃ、まずは試そうか」
「うん」
「一、二の三でとにかく一回」
「一、二の三だね」
「そう。もしも繋がったら、おなぐさみ。その時はその時」
「うん、その時になったら考えよう」
それからふたりは静かに目を閉じた。
不思議と穏やかな気分で。
お互いの手を取っ手越しに握りながら頭の中でイメージする。
フィリオは元来た入り口を。
フィリアはそれとは別の入り口を。
しばらくして、ふと取っ手を握るふたりの手に力がこもった。
それが合図。
フィリアが言う。
「一」
フィリオが言う。
「二の」
ふたりが言う。
「三!!」
瞬間、
勢いよくふたりしてドアを開けた。




