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figlio figlia  作者: 花街ナズナ
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【残る覚悟、残す覚悟】

「フィリオ。あんたは悪いけど、ちょっと残ってちょうだい。話があるの」

アナトールがドアを抜けるのを確認し、フィリアはフィリオに向かってそう言ったがね。

これに対するフィリオの反応見た時は、一瞬でいろいろと考えちまったよ。

まあ、気づいてなかったわけではないんだけどさ。

形ばかりの食事の際中も、ほんとにパンとチーズを二口、三口しただけで、あとはすぐにベッドへ向き直って固まってた。

それが自分の呼びかけに振り向いた姿ときたら、ひどいもんだったね。

やはり生気の無い目ぇして、こちらを見るだけ。

口もききやしない。

フィリアの願望としては、フィリオにも抗いがたいほどの眠気が訪れてもらいたかったんだが、フィリオはどうやらそいつを完全に押し殺してる。

冷や汗が出たよ。

下手に知恵が回ると、苦しいことも多い。

このフィリオの状態がどれだけ危険かってのが、フィリアには分かってたからさ。

元来、強くは無い精神力を振り絞り続けるってのは最終的に心を削り落とす作業になる。

足らなくなった精神力を、それこそまさに自分自身を削り落として補うんだ。

そして最終的にはポッキリと折れる。

削れて細くなった心はあっけなく折れる。

その当人が目の前でベッドに寝てるしね。

実証済みの事実ってのは説得力が違う。

それだけに冷や汗ものだよ。

時間的猶予が無いのは理解してたつもりだったが、それが思ったより以上に逼迫してた。

はっきり言って、今のフィリオはいつ壊れてもおかしくないほどに弱ってる。

だからこそフィリアは話を急ぐ必要があった。

額に滲んだ冷や汗を手で拭うと、ふっと一息吐いてからフィリオの隣へ座り、やおら話し始めたよ。

「こんな時に話すのも、ちょっとどうかと思ったけど、どうものんびりしてられそうにないからね。出来るだけ早めに話をしておこうと思ったのよ」

そこまで言ってフィリアはちらりとフィリオの様子を見た。

相変わらずの無表情に無言。

ただ、顔はこっちに向けてるだけマシとも言えたかね。

これがベッドのカゾット見つめたまんまだったら、さすがにフィリアのほうの神経も擦り切れちまう。

ともかく、今フィリオにどれだけの余力があるかは別として、こちらの話は聞いてる。

そこだけはこの劣悪な状況の中でまぎれもなく良いことさ。

話すらできなくなったら、完全に手詰まりだからね。

話ができるだけで幸い。

なんにせよ早く話をまとめる必要がある。

思うところが多かったせいか、フィリアの二の句が出るには随分と時間がかかった。

が、結果的には話し始めた。

肝心なのはそこだけだよ。

「正直、話したくなかったから避けてた話題だけど、フィリオ。あんたとあたし、この館にどちらが残るか、考えてた?」

この質問自体は具体的な答えを求めてのものじゃない。

単に考えてたか、考えてなかったか。

そこを聞こうとした質問だった。

だからだね。

フィリオが口を開いた時、フィリアは自分の耳を疑ったよ。

「……僕が残るよ」

ほどなくしてさ。

フィリオがそう言ったのは。

始めはまず、びっくりしたってのが正直な感想。

だが次の瞬間、

フィリアは猛烈に怒りが込み上げてきたよ。

無論はっきりと表に出すような怒り方じゃなかったが、明らかに口調に出ちまってた。

腹の底から絞り出すような声で、

「フィリオ……あんたそれ、分かってて言ってんの?」

普段のフィリオだったら恐らく、この口調だけですくみ上がってたろうね。

しかしフィリオの反応は淡々としてたよ。

「分かってるよ。ちゃんと分かってる。どちらかが残らなきゃいけないのがどうしようも無いことなら、僕が残るべきだよ。お姉ちゃんはしっかり者だし、頭もいい。僕なんかが家に戻るより、お姉ちゃんが戻ったほうが……」

「そんな損得勘定で残るか残らないかなんて、決められるわけないでしょ!!」

フィリオが言い切るよりも早く、フィリアが怒鳴り声上げた。

よほど腹に据えかねたんだろうね。

声が高いせいもあって、耳に直に響く、金切り声に近い叫びだった。

「あんたが役に立つとか、立たないとか、そんなことで決められるなら、こんなことで誰が悩んだりするのよ! それが出来ないから、こっちは必死でふたりしてここから出る方法探してるんでしょうが!!」

ここまでフィリアが怒鳴ったところで、今度は攻守交代さ。

なんとも意外だがね。

フィリオも怒鳴り声上げて反論始めたよ。

「言ってることおかしいよお姉ちゃん! 館に入る前はそんなこと無理だって、ふたりで家に戻るなんて無理だって、分かってたからここに入ったんじゃないか!!」

「そうよ、自分でも分かってるわよ! 自分の言ってることが、訳分かんないなんて、分かってて言ってるわよ!!」

フィリオからの反論にそのまま被せるみたいに、自分の支離滅裂な考えをフィリアはさらに怒鳴り返した。

途端、その場に妙な沈黙が生まれたよ。

理屈で話してるんじゃないって分かったら、その上で一体相手に何を話せばいい?

感情だけで話してる相手に、理屈を言ったって、通るわけないだろう?

フィリオの困惑は相当だったね。

普段は理詰めで話をするフィリアが、ここまで感情だけで話をする姿は、正直始めて見たからさ。

お互いにしばしの沈黙。

でも、その沈黙はすぐにフィリアの言葉で幕引きになった。

下向いてさ、フィリオと視線も合わさず今度は静かに、でもえらく重々しく話し始めた。

「勘違いしてた……」

うめくみたいにまず一言。

それから一気に胸ん中のもんを吐き出すように言葉を紡いだ。

「(残る覚悟)しかしてなかったのよ……それで、十分だと思って勘違いしてた。ほんとはそれだけじゃダメだって、今さら気づいた。フィリオ、あんたもあたしも(残る覚悟)はしてた。でも、ダメなのよ。ほんとに必要なのは、(残る覚悟)と(残す覚悟)、両方してなきゃいけなかった……」

フィリオはただ愕然としたよ。

フィリオも言われて、始めて気が付いたからね。

(残る覚悟)と(残す覚悟)。

考えてもいなかったのは、うかつってわけじゃないが、確かに考えが甘かった。

そこをフィリアはさらに詳しく話し続けたよ。

「例えば……あんた、あたしをここに残してひとりで家に帰って、平気でいられる?」

返す言葉も無かった。

そんなの無理だってのは分かり切ってたからね。

「あたしは無理よ。覚悟が出来てない。もし、あんたをここに残して、ひとりで家に戻っても、それを一生後悔して生きていかなきゃいけない。そんなの、出来っこない……」

おんなじ気持ちさ。

フィリオもね。

(残る覚悟)は変な言い方だが、自暴自棄になればどうとでもなる。

死んだ気になれば、館に残る選択はそれほど難しくは無い。

でもさ、無理なんだよ。

姉弟仲が悪ければ、もしかすればそういった苦悩はしなくて済むかも知れない。

でも少なくとも、フィリオとフィリアにゃ無理だ。

館に残った人間は、館による(変化)という苦痛にさいなまれる。

同じく館を出た人間は館に残した人間を思って、生涯重荷を負って生きることになる。

どちらかひとりが犠牲になって、どちらかひとりが無事に済む。

ひどく単純で、ひどく残酷。

そう、驚くほどに単純なんだ。

だから勘違いを生む。

実際はどちらの選択も苦痛に満ちてるんだよ。

どちらの選択が楽かなんて、簡単なもんじゃない。

どっちみち、死ぬほど苦しむのさ。

出ようが出まいが。

逃げ道があると思わせて、現実はどこにも逃げ道なんて無い。

苦痛と苦悩。

気がおかしくなりそうな現実は、どちらを選択しても変わらないのさ。

だからまたふたり、黙り込んじまった。

言う言葉がお互い見つからなくなってばかりだ。

しかし、

ふたりとも余裕が無いのは分かるが出来ればもう少し早く気づけばよかったね。

いや、早く気づいていたとしても、別に状況に変わりは無いんだけどさ。

早めに気づいていたほうがショックは少なくて済んだんじゃないかって、老婆心だよ。

よくよく考えて、その上で確認してればすぐ気づいたろうに。

カゾットがこの騒ぎの中、また眠り込んじまったことを。

そして何より、

そのままカゾットは目を覚まさなくなったってことに。


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