【実態】
ところ変わって、なんて言うのはどうにも安易だがね。
実際そうだから仕方がないんだよ。
だがまあ、そこまでの流れくらいは話しとこうかね。
ひとまず、どうやら自殺でもする気だったらしいアナトールをカゾットがすんでのところで引き止めた後の顛末。
「分かったよ。とにかくここでは話をするにも冷静さを欠く。ひとまず部屋を変えることにしよう」
そう言って、アナトールがドアを閉じ、新たに部屋を用意した。
ここに来て朝食の置かれた食卓のある部屋さ。
この選択には、まだもしかするとアナトールは正気を取り戻していないのでは?
なんて、心配したのも事実だがね。
少なくとも、自分の足にすがりついて泣いてるカゾットを、優しく起こして、肩を貸した様子から見るに、ひとまずはまともになってるんだろうとフィリオとフィリアは半分だけ安心して、用意された部屋に入ったよ。
食卓についてからの動きは、なんとも不思議なものだった。
置かれた食事には目もくれず、カゾットは血だらけのアナトールの足をテーブルの上へ持ち上げると、そっと傷口に触れないよう、周りに付いた血をナプキンで拭い、同じく他のナプキンでぐるりとつま先を覆って、丁寧に巻き上げてから両端を結んだよ。
この間、まったくの無言。
息が詰まるってほどじゃなかったが、フィリオとフィリアにゃ、十分にきつかったね。
そうでなくても、さっきまでのふたりのやり取りをずっと見せられてたんだ。
気が落ち着くほうがおかしいってもんさ。
しかし意外な副産物もある。
まあ間違いなく良い意味のものではなかったが、状況を正確に把握する上では大切なことだ。
つまるところ、フィリオとフィリアに限らず、アナトールもカゾットも、もう相当にぎりぎりまで追い詰められてるって事実さ。
そりゃあね、まっとうに考えれば分かりそうなことではあるんだよ。
前にも話したが、アナトールはナリこそ立派な大人だが、中身はしょせん十四の子供さ。
カゾットもしかり、姿かたちや態度は結局のところ単なる見た目。
現実には十三の子供でしかないんだ。
頭に知識を詰め込めば大人になれるってんなら、これほど楽なことはない。
精神年齢って言葉があるだろう?
知識だけで精神が養えるなら、この世に苦悩なんぞ生まれやしない。
精神は知識ではなく、知性が養うものだからね。
とはいえ、だ。
与えられた条件の中で動く以外に方法が無いのはなんにせよ変わり無し。
今となっては頼りにしていいのかいけないのか分からなくなっちまったアナトールとカゾットについても、少なくともフィリオとフィリアにとっちゃあ、貴重な生命線さ。
頼れるか頼れないかじゃなく、頼らざるを得ない。
そういうことさね。
さて、すっかり静かになっちまったカゾットに変わってアナトールは妙に落ち着いた感じでフィリオとフィリアに先ほどの事情を詳しく話してくれたよ。
「驚かせてしまってすまなかったね。あれは簡単に言えば、ルール破りをするとどうなるかってことを君たちに見せようとしてやった馬鹿な行為だ。あの時は自分でもどうかしてたと思うよ。本当に悪かった」
いつもの優しげな口調でアナトールはそう言ったがね。
悪いが、一度失った信用はそう簡単には取り戻せないよ。
常に正気か正気でないかを疑いながら話を聞くことになる。
まったく、フィリオとフィリアにゃとんだ負担だよ。
「この館のルールは極めて厳格だ。ひとつの部屋にひとつのドア。これと同じく、ふたりが入れば、ひとりしか出られない。これを何らかの方法で破ろうとすれば、相応の報いを受けることになる。さっきの私の場合、もしカゾットに止められなければ、全身をバラバラに引き裂かれて死んでいたところだ」
妙に明るい調子でおっかない事実を語るアナトールとは対照的に、カゾットは普段とはまるで別人みたいに大人しくなっちまって、黙ったまんまテーブルに視線を落として微動だにしない。
そんなカゾットの様子を気にしてかね。
アナトールは残る説明を簡潔に済ませようと、少し早口になって、話を続けたよ。
「まあ、いろいろと見てもらったが、とにかく(館の腹)で君たちに見せたもの。それが私やカゾット、そしてこの先、この館に残る子供たちがたどる末路というわけさ。ふたりの子供のうち、ひとりは館に残される。そして長い時間を経て、館が望む姿へと変わる。最後は……もう言わなくても分かるだろ?」
今日は元々アナトールから話を聞くことが目的だったとはいえ、まさかこれほどまでアナトールだけがしゃべり続ける日になるとは思いもしなかったね。
というより、当初のカゾットは別として、フィリオとフィリアは質問しようにも、口をはさむ余地がこれっぱかりも無かったってのが正確かも知れないが。
ともかく、知りたかった事柄については嫌というほど知ることになった。
あとはふたりが決めることさ。
だからこそかね。
アナトールは最後に念を押すように付け加えたよ。
「私やシャミッソーは長い時間をかけてこの現実を受け入れた。カゾットについては情報が不十分だったせいで酷な負担をかけてしまったが……とにかく君たちもまた同じく長い時間をかけて考えていい。どちらが残るか、どちらが出るか。館によって引き起こされる体の変化はとてもゆっくりだ。だからゆっくり考えるといい。後で誰も後悔しないよう。選択にかけられる時間は長いけど、一度決めたことはもう取り返しがつかないからね」




