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figlio figlia  作者: 花街ナズナ
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【自棄】

フィリアはまたしても悲鳴さえ上げられなかったよ。

今まさに自分が開いたドアの先へ入っていったアナトールの姿と入れ違いに、先の部屋から血しぶきが上がったら、誰だってそうなるさ。

まず単純に、血しぶきが上がる光景自体が衝撃的なこと。

加えて、なぜそんなことになったのかという疑問。

これを合わせりゃ、悲鳴を上げる余裕も無くなるってもんさね。

人間ってのは面白いもんで、感情が限界を超えると逆に反応を表せなくなるもんなんだ。

泣いたり、叫んだりするにも余裕がいる。

これは本当に追い詰められたことがある人間にしか分からないだろうがね。

だが、これを不幸中の幸いと言っていいかは分からないが、少なくとも血しぶきの理由はすぐに理解できることになるよ。

ドアの先へ半分ほど身を入れたアナトールが、ふっと足を引いて、体をこちらの部屋へ戻したからね。

まあ、なんと言ったもんだろうか。

身を引いて改めて全身が見えたアナトールの姿を見たら、何故かは横に置いといて、少なくとも血しぶきの謎はすぐに判明したよ。

トレードマークの白いシルクハットの前側のつばはズタズタになってて、踏み入れた右足についちゃあ、靴とパンツの膝下がほとんど吹き飛んで、足のつま先ときたら、爪や皮膚がめくれ上がって、床にボタボタと血を滴らせてた。

血しぶきの正体はこれってわけさ。

しかし、ここでふたつほど疑問だ。

なんでアナトールはこんなことをしたのか。

先ほどの話し振りからして、こうなることは始めから理解していたはずだろうからね。

続いて、もうひとつの疑問。

なんでアナトールは部屋に入るのを止めたのか。

これはまっとうに考えりゃ、やっぱり怖くなったんだろうっていうのが一番まともに聞こえる答えではある。

けどね。

話の前後からしてアナトールは間違い無く、覚悟の上で部屋へ向かってるんだ。

それも、とても正気とは思えない精神状態で。

一度決意して崖の上に立った人間ってのは、そう簡単に引き返さないもんだよ。

特に、アナトールみたいに生真面目なタイプはそういう傾向が強い。

だから自然、現実は他者の介入を示唆する。

冷静になってよく見りゃすぐ気づくことさ。

しかも、後ろから見ていたフィリオに至っちゃ、一部始終を完全に目にしてた。

止めたんだよ。

カゾットが。

アナトールの左足にすがりつくみたいにしてね。

アナトールの口から苦笑が漏れたのは、その少し後だよ。

「まだ……私が楽になるのは早いってことかい……? カゾット」

笑っているようにも聞こえるアナトールの言葉に、カゾットはただ、力いっぱい掴み止めたアナトールの左足にすがったまま、必死に首を横に振り続けてた。

アナトールの言葉を否定する意味の身振りじゃないことだけは確かさ。

ただ、嫌だった。

ただ、怖かった。

ただ、死なれたくなかった。

呆然としてふたりを見つめるフィリオとフィリアを気にする余裕も無いようで、アナトールとカゾットは開いたままのドアの前で、一方は涙を、一方は血を流しながら同じ姿勢でしばらく固まってたよ。


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