【決壊】
この館で一番考えちゃいけないのはひとつ。
(なぜ)ってことさ。
理由が分かれば理解できることは多い。
こうこう、こういう理由だからこうだってね。
しかしだ。
納得できる理由か、納得できない理由か。
これだけでも大きな差がある。
「私の知っている限り、この館にはある種の意思が存在する。その象徴がこの(館の腹)だ。館は訪れた子供の中から館により適応する子を選び、時間をかけてゆっくりと望む形に変える。なぜかは聞かないでくれ。他人の意思ですら理解するのは困難だというのに、館の意思なんてもの、私に理解できるはずがない。ただ望んでる。それだけのことだ」
言って、アナトールは今まで腹に詰め込んできたことを一気にぶちまけだした。
そうさ、ほんとは望んでたんだよ。
言いたかったんだ。
聞いてほしかったんだ。
でも、それで相手を苦しめることになったらどうしようか。
そうした考えが言葉を押し止めてきた。
だがもういいんだよ。
アナトール。すっきりしちまいな。
ひとりで抱え込んで解決するならそれもいいが、それはありえないことさ。
だから全部出しちまいな。
みんなもそれを望んでる。
誰もあんたを責めやしない。
ひとつ残らず言っちまいな。
「館にとって、館に残る選択をした子供は、言わば材料のようなものだ。自分を飾り付けるための装飾品の材料。そう(変化)とはつまり館のアクセサリーになる工程さ。そして(時期)とは、その工程を済ませ、装飾品として仕上がったことを意味する。シャミッソーは仕上がったよ。見事にね。だから向かった。ここに。失われた自分の意思の代わりに館の意思を受け、おぼつかない足取りでここを目指した……」
と、ここまで言ってアナトールは一息置き、なにか意を決するみたいにして一言、
「だから今、ここにいる」
部屋の中央近くの柱を指差して言った。
はっとしたよ。
いきなりだったからね。
フィリオもフィリアも、三人から離れてドアの近くにいたカゾットさえ、明らかに驚いた様子でアナトールの指差す方向へ目をやった。
けど、フィリオトフィリア、カゾットには、まったく分からなかったよ。
アナトールの指差した方向にあったのは、他とまったくおんなじに見える柱。
それにもたれる銀髪の女性。
それを取り囲む何体もの黒い獣。
他の場所と一体どこがどう違うのか。
そもそもどれがシャミッソーなのか。
区別なんかつきゃしなかった。
しかし、アナトールには分かるんだよ。
長年、自分を世話してくれた人。
長年、自分を支えてくれた人。
長年、少しずつ進行する(変化)を見続けてきた人。
分かるんだよ。他の誰にも分からなくてもね。
だから泣いてた。
指差しながら視線は向けず、色メガネの下から涙を床に落として。
思えば、もうこの時点でアナトールは壊れ始めてたのか知れないね。
涙流しながら、口元はうっすら笑ってた。
「昨日の晩、寝ている私の部屋にシャミッソーが入ってきた。顔を剥き出しにしてね。そうなると、順番的には私のところへ来る前に、フィリオとフィリアの部屋に行ったんだろう。そこで麻袋をドアに引っ掛けた。もうそうしたことに頓着する意思も無くしてたってことだよ。うつろな目をして私を見ても何も反応しなかった。ただ、この部屋は違うと思った程度かな。すぐに引き返して、再びドアを抜けて行ってしまった。そうして恐らくは一晩中、館中の部屋を巡って、ここにたどり着いたのさ。ああ、ようやく終わったんだ。長く苦しんだろうな。つらかったろうな。でも、やっと終わったんだ……」
アナトールの声は半分、笑い声みたいになってたよ。
そいつが広い部屋に響くんだ。
泣きながら笑うように話す声が。
フィリオもフィリアも、カゾットでさえ、
気が変になりそうだったよ。




