第七話 『沈黙は、敗北ではなかった』
第七話です。
三日後、茶会が開かれた。
主催は、王子側に近い有力貴族。
招待状が届いたとき、私は少しだけ考えた。
行くべきか。
断るべきか。
本音が、浮かぶ。
(来るかどうかで、彼女の度量が分かる)
(来なければ負け犬)
(来たら来たで、見世物)
……なるほど。
つまり、
どちらにしても、私は物語に組み込まれる。
なら。
私は、出席の返事を出した。
⸻
茶会は、いつも通り優雅だった。
笑い声。
甘い菓子の香り。
薄く張られた緊張。
私が入った瞬間、
会場の空気がわずかに波打つ。
(来た)
(やっぱり来た)
(強いわね)
(空気読めないのかも)
私は微笑み、
いつも通りの挨拶をする。
騒ぎにはしない。
気まずさも作らない。
それが一番、
相手を困らせる。
やがて、話題は自然に――
いや、不自然に――
“あの件”へと向かっていった。
「最近、色々とお騒がせがありましたわね」
主催の令嬢が、
あくまで世間話の顔で切り出す。
(さあ、どう出る?)
(泣く?怒る?)
(ここで態度が決まる)
視線が集まる。
私は、紅茶を一口飲んだ。
「ええ」
それだけ。
ざわめき。
(それだけ?)
(弁解しないの?)
(王子の悪口は?)
令嬢は、少しだけ身を乗り出す。
「ご心痛、お察ししますわ」
(さあ、どう返す?)
私は、カップを置いた。
「いいえ」
静かに、はっきりと。
「私は、傷ついておりません」
会場が、一瞬だけ凍る。
本音が、爆発的に揺れる。
(嘘)
(強がり)
(かわいそう)
(なんでそんな顔できるの)
私は、視線をまっすぐ令嬢に向けた。
「婚約は、契約です」
ざわり。
「双方が合意できなければ、解消される。それだけのことです」
(冷たい)
(怖い)
(でも、間違ってない)
「私に至らぬ点があったのかもしれません」
(認めた?)
(いや、曖昧だ)
「ですが、王子にもまた、至らぬ点があったのでしょう」
空気が、変わる。
誰も、王子を直接は責めない。
それが、この城の暗黙の了解。
でも私は、責めていない。
ただ、“同じ高さ”に置いただけ。
令嬢の本音が揺れる。
(これ以上踏み込めない)
(私が悪者になる)
彼女は微笑みを保ちながら、
話題を変えようとする。
そのとき。
会場の奥で、
小さな声が漏れた。
「……王子様、最近苛立っておられるそうよ」
(婚約破棄の後から)
(思ったより評判が悪いらしい)
ざわり、と空気が波打つ。
誰も私を見ない。
でも、全員が私を意識している。
私は、静かに立ち上がった。
「本日はお招きありがとうございます」
頭を下げる。
「皆様が穏やかにお過ごしになれますよう」
それだけ言って、
私は席を離れた。
背後で、本音が爆ぜる。
(逃げた?)
(いや、勝った?)
(なんであの人、揺れないの)
(こっちが悪いみたい)
廊下に出た瞬間、
胸の奥が熱くなる。
私は揺れていないわけじゃない。
怖い。
孤独だ。
不安だ。
でも。
感情を見せないことが、
今の私の武器だ。
背後で、茶会の空気が崩れていくのが分かる。
噂は、形を変える。
「可哀想な令嬢」から、
「動じない令嬢」へ。
そして――
「王子の方が、焦っているのでは?」へ。
私は何もしていない。
ただ、
泣かなかった。
怒らなかった。
縋らなかった。
それだけで、
物語は、ゆっくり反転する。
階段を降りながら、
私は初めて、小さく笑った。
――沈黙は、敗北ではなかった。
沈黙は、
相手の焦りを映す鏡だ。
そして今、
焦っているのは、私ではない。
短くなりがちです。




