第八話 『焦る人ほど、先に動く』
8話です。
茶会から三日後。
城の空気は、ほんの少しだけ変わっていた。
誰も何も言わない。
それなのに、何かが動いているのが分かる。
噂は、前より静かだった。
でも、その静けさは前とは違う。
以前は「同情」の静けさ。
今は――
「観察」の静けさ。
私は回廊を歩いていた。
いつものように挨拶を交わす。
しかし、その上に浮かぶ本音が変わっている。
(この人、本当に動じない)
(あの茶会、見事だった)
(王子様の方が立場悪いかも)
……なるほど。
噂は、
もう“私を慰める話”ではなくなっている。
「誰が間違えたのか」
その話になり始めている。
⸻
昼前。
侍女が少し慌てて部屋に入ってきた。
「お客様がお見えです」
(こんな早い時間に?)
(しかも王子側の人)
私は、静かに頷いた。
「通してください」
応接室に現れたのは、
王子の側近だった。
前に謝罪に来た人物とは別の男。
若く、
野心が顔に出るタイプ。
彼は丁寧に頭を下げる。
「突然の訪問、失礼いたします」
(急がないとまずい)
(殿下が焦り始めている)
……ああ。
やっぱり。
私は席を示した。
「どうぞ」
男は座ると、すぐに切り出した。
「殿下が――」
一瞬、言葉を選ぶ。
(どう言う)
(謝罪だけじゃ足りない)
「……あなたに、お会いしたいと」
部屋の空気が、少しだけ揺れた。
私は紅茶を口に運びながら聞いた。
「どうしてでしょう」
男の本音が、
はっきりと浮かぶ。
(評判がまずい)
(婚約破棄が軽率だったと広まってる)
(このままだと殿下の評価が落ちる)
……なるほど。
つまりこれは、
謝罪の続きではない。
火消しだ。
「殿下も、少々行き違いがあったと……」
(取り消しは無理)
(でも関係修復したい)
私はカップを置いた。
「婚約は、解消されたはずです」
その言葉に、
男の本音が揺れる。
(そこは触れるな)
(問題はそこじゃない)
「いえ、その……」
「誤解を解きたいと」
(殿下が悪者になっている)
私は少しだけ考えた。
ここで断れば、
王子側はさらに焦る。
受ければ、
彼らは「まだ可能性がある」と思う。
――どちらがいい?
答えは、
もう決まっている。
「分かりました」
男の本音が弾ける。
(助かった!)
私は続けた。
「ただし」
男の背筋が伸びる。
「二人きりではなく、
第三者の前でお会いします」
(……え?)
私は静かに言った。
「誤解を解くなら、
皆の前の方がよろしいでしょう」
男の頭の上。
(それは困る)
(殿下が謝る形になる)
(完全に立場が逆)
私は微笑んだ。
「問題がありますか?」
男は言葉を失う。
(断れない)
(でも殿下が怒る)
しばらく沈黙。
やがて彼は、
ぎこちなく頭を下げた。
「……伝えておきます」
⸻
男が帰ったあと、
私は窓際に立った。
城の庭が静かに広がる。
胸の奥が、
少しだけ熱い。
私は、
王子を追い詰めたわけではない。
何もしていない。
ただ、
•泣かなかった
•騒がなかった
•逃げなかった
それだけで、
相手が勝手に焦り始めた。
そのとき、
侍女がぽつりと呟いた。
「……すごいですね」
(殿下の方から動くなんて)
私は首を振った。
「すごくありません」
本当にそう思った。
私は、
勝とうとしているわけではない。
ただ――
自分を下げないようにしているだけだ。
窓の外で、
風が吹く。
城の空気は、
確実に動き始めていた。
そして、
私は気づく。
この次の会談が――
最初の“本当の勝負”になる。
そろそろ、スッキリできそうですね。




