第四話 『謝罪という名の自己保身』
第四話です。
その日、私は呼び出された。
場所は、応接用の小さな間。
広間ほど大げさではなく、
かといって私室ほど親密でもない。
――ちょうどいい距離。
話を穏便に終わらせるための、よく選ばれた場所だ。
扉を開けると、
そこには王子の側近と、
見覚えのある年配の貴族が座っていた。
二人とも、深く頭を下げる。
「この度は……誠に、申し訳ありませんでした」
謝罪の言葉は、丁寧で、滑らかだった。
けれど、その上に浮かぶ文字は、驚くほど揃っている。
(まずは謝っておく)
(形を整えないと、こちらの評価が下がる)
(感情的になられたら厄介だ)
――ああ。
これは、
私に向けた謝罪ではない。
「突然お呼び立てしてしまい、すみません」
(断られたら困る)
(でも、来てくれて助かった)
私は椅子に腰を下ろし、
背筋を伸ばした。
「お話を伺います」
それだけで、
二人の肩が、ほんの少し緩む。
(冷静だ)
(助かる)
(やはり話が通じる)
“話が通じる”
――それは、
こちらの都合を飲み込んでくれそう、という意味だ。
年配の貴族が、
慎重に言葉を選びながら続ける。
「今回の件は……少々、急ぎすぎた判断だったと、
我々も反省しております」
(王子の独断だったことにしたい)
(責任を分散させたい)
「王子も、後悔しておられます」
(後悔している“体”が必要)
(本音は別)
私は、何も言わなかった。
言葉を挟めば、
その瞬間に、この謝罪は“交渉”になる。
沈黙の上に、
相手の本音が積み上がっていく。
(ここで怒られなければ成功)
(泣かれたら面倒)
(要求されたら困る)
……要求?
私は、少しだけ首を傾げた。
「何か、私に求めていることがあるのですか?」
その一言で、
二人の本音が、はっきり形を取った。
(ばれた)
(いや、聞かれただけ)
(でも、否定しないと)
「いえ! 決してそのような!」
(あるけど)
(言えない)
(今はまだ)
私は、心の中で静かに息を吐いた。
謝罪とは、
過去を悔いる行為ではない。
この城においては、
未来の火種を消すための手続きだ。
「今回の件が、
これ以上、波紋を広げないことを……」
(噂を止めたい)
(責任がこちらに来ないように)
「……願っております」
私は、しばらく二人を見つめた。
泣きそうな顔でもない。
怒っている顔でもない。
ただ、
“無事にこの場を終えたい人の顔”。
「分かりました」
その言葉に、
二人の本音が、一斉に緩む。
(助かった)
(これで一段落)
(やはり、この方は扱いやすい)
扱いやすい。
その言葉が、
胸の奥で小さく引っかかった。
私は、続けて言った。
「ですが」
二人の背筋が、同時に伸びる。
(来た)
(条件?)
(何を言われる?)
「私から、何かを求めることはありません」
その瞬間、
本音が一斉に揺れた。
(……え?)
(それだけ?)
(本当に?)
「ただ、
私に関する噂を、
“収めよう”としないでください」
空気が、ぴんと張りつめる。
(それは困る)
(噂は管理したい)
(勝手に広がる方が危険だ)
「噂は、
止めようとすると、
かえって形を変えます」
私は、淡々と続けた。
「誰かを守るために、
誰かを黙らせる必要はありません」
その言葉の上に、
二人の本音が、複雑に絡み合う。
(正論だ)
(でも、理想論だ)
(現実的じゃない)
……分かっている。
でも、
これは私のための言葉ではない。
あなたたちが、
これ以上、
余計なことをしないための忠告だ。
私は、立ち上がった。
「謝罪は、受け取ります」
(助かった)
「けれど、
これで“なかったこと”には、
なりません」
(そこまでは求めてない)
(でも、言われると刺さる)
私は一礼し、
部屋を出た。
廊下に出た瞬間、
胸の奥が、少しだけ重くなる。
怒らなかった。
責めなかった。
要求もしなかった。
それなのに、
私は、確かに一線を引いた。
――それでいい。
謝罪という名の自己保身は、
相手の安心のための儀式だ。
私は、
その儀式に参加しただけ。
でも、
その舞台に、
もう戻るつもりはない。
自室に戻る途中、
すれ違った侍女が、
小さく囁いた。
「……毅然としていらっしゃいますね」
(すごい)
(私にはできない)
私は、微かに首を振った。
毅然としているのではない。
ただ、
これ以上、
他人の安心材料になりたくないだけだ。
部屋の扉を閉める。
静けさが戻る。
私は、椅子に座り、
深く息を吸った。
――謝罪は終わった。
でも、
これで終わりではない。
むしろ、
ここからだ。
誰もが、
「もう大丈夫」と思った瞬間に、
本当の歪みは、
ゆっくり姿を現す。
私は、その歪みを、
叫ばずに見届ける。
それが、
私の選んだやり方だから。
誤字脱字はお許しください。




