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野良猫に気まぐれで餌を与えて報恩が当然と考える上から目線の貴族気取りな厚かましい人種

 紬実佳を抱き上げて飛び上がった彼だったが、


「あれは。鈴鬼くん! 下!」


 その紬実佳が彼に注意を喚起する。


「なっ!? ヘビ、だって!?」


 彼が下に首を振り向けると、巨大な蛇が彼を追って来ていた。

 五月に棚引く風物詩、(こい)(のぼり)(ごと)き大きさの蛇が彼に迫る。これを彼が振り切らんと飛行スピードを速めるが、蛇の追うスピードは彼のそれを上回った。

 蛇が彼に追いつき、彼を紬実佳ごと()み込まんばかりに大口を開ける。そして、


「ぐぅっ!」

「鈴鬼くん!」


 逃げる彼の右足に食らい付き、苦しむ彼を紬実佳が心配する。

 失速した彼。飛ぶ力も失い、紬実佳をかばって地面に墜落する。この墜落に合わせて蛇が消失し、紬実佳を抱えて地べたに伏せる彼を、冷たい眼差しで見下ろす女がいる。

 女は子供ではなかった。異様で物々しい成りをしているが、彼がよく知る女の子であり、


「……君は、左咲さんか?」


 痛がる彼が顔を上げると、彼が一度は迷った女の子、左咲佐奈子が立っていた。

 佐奈子は妙な装いをしていた。サークレットのような冠をかぶり、肩と首元を(あら)わに出した濃緑と紫のドレスを着て、薄紫のアイシャドウと(くれない)の口紅を引いている。右腕と左腕には棒のようであって(ひも)のような、厚みのあるブレスレットを螺旋状に巻き付けている。

 尋常ではない装いから精霊を発現したのであろう佐奈子が、彼に冷たい笑みを浮かべて告げる。


「コシロウ、会いたかったよ……」

「……うっ」


 抑揚のない佐奈子の告白に、彼が動揺と共に背筋を凍らせた。

 佐奈子に初めて恐れを抱いた彼。今の佐奈子は前とは違う、異様で禍々(まがまが)しい気をまとっている。言うなれば執着と破滅、そのような恐ろしさと危うさを彼が佐奈子から感じ取る。

 彼は紬実佳が好きなので同じに見れないが、今の佐奈子を客観的に見ると、暗赤色のドレスをまとう紬実佳に似た雰囲気を漂わせている。そんな佐奈子に子供が歩み寄る。


「よくぞ来た、アステリアよ。〝蛇遣座(オゥフィーユキャス)〟、合っているようじゃな」


 子供は佐奈子もみなとみらくるに呼び寄せており、招集に応じた彼女にねぎらいの言葉をかけた。

 佐奈子が紬実佳を目で示して()く。


「この女は一体」

「コスモスの女じゃ。変身しておらぬが、この時が止まった空間で動いている以上間違いなかろ」

「コスモスの、女」

「ボイドを誘っておったわ。煮るなり焼くなり好きにするがよい」


 ()きつけられた佐奈子が据えた目で紬実佳を見るが、その紬実佳こそ最も大事な彼が、


「庚渡さん。大丈夫かい?」

「うん、私はだいじょうぶ。それより鈴鬼くん、さっきヘビに()まれて」

「問題ないよ。ちょっと痛むけど、放っておけば治るさ」


 墜落の衝撃からかばった紬実佳の無事を確かめ、その返事に(あん)()した。

 彼は追い詰められている状況のくせに紬実佳ばかりを見て、子供と佐奈子には目もくれなかった。それが子供には不愉快であり、


「女。よく面をみせい」


 取り上げるべく紬実佳の髪をつかもうとするが、彼がその手をつかんで子供を止める。

 子供の右手をつかむ彼が、足の痛みをこらえて立ち上がる。


「この子に手を出すな」

「……んあ?」

「もう一度言うぞ。この子には絶対に手を出すな。手を出したら、いくら君でも許さないぞ」


 彼が紬実佳を守るべく子供に(たん)()を切った。

 いきり立つ彼に、子供が(あき)れた口調で訊く。


「お主、誰に向かって命令しておる。そんなにそこの下女とまぐわりたいのか?」

「下品なこと言うな。でも、そうだ。この子は僕が好きな子だ」

「……なに?」

「この子は僕が沙門になる前から、好きで好きで忘れられなかった子だ。この子には手を出すな。出すと言うなら容赦はしないぞ」


 紬実佳第一の彼が子供にその(おも)いを宣言した。

 今、彼に迷いはない。家族と新しい家族を失って独りぼっちになっても、今まで死を願って死ねなかったのも、全ては紬実佳を守る(ため)だった、と宿命に結論付けている。

 しかし、彼の熱き結論など、子供にとっては独りよがりな想いであり、


「……愚かな」


 子供が手をつかむ彼に失望した。

 呆れ返る子供。彼に忘れられない異性がいることに勘付いてはいたが、まさか今になっても拘泥していたとは。(ひかる)(げん)()となってハーレムを築けと命じたのに、一人の女にいつまでもこだわっている。

 子供は男、特に少年が好きである。はるか先の未来からタイムリープしてきた子供は、何も知らぬ少年を己の色に染め上げ、いつか少年が大成したときに「余が色々と教えた」と恩を着せたい欲を持っている。いわば大成した男たちの上に立ち、(はべ)らせたい子供だったが、彼は何色にも染まらず、それどころか敵のコスモスと通じ合っている。


「余が折角目をかけてやったのに、この恩知らずが」


 唾棄するように罵った子供。これに彼が、


「そうだな、僕は恩を(あだ)で返す最低な男だ。この子のためなら、僕は外道にだってなってやる」


 開き直り、紬実佳のためにとことん()ちることを宣言する。


「犬畜生とて流石(さすが)に恩は返そうぞ?」

「ふん。見返りなんかを」


 子供の手を握る彼が、その手を素早く引き込み、


「求めていたのか君は!」


 一本背負いを仕掛けて地面に(たた)きつけんとする。しかし――、


「うっ!? 動かない、だと……?」


 子供の体が、地に根を張る大樹の如く不動であったため、このビクともしない感覚に彼が動揺する。

 そして彼は違和感を覚えている。握る子供の手が別人のように感じたからだ。それで彼が握る手に目を移すと、子供の小さな手でなく、太くゴツゴツとした大人の手にいつの間にか変わっている。

 知らない手だった。誰の手だ――、と手を離した彼が振り返ると、


「うわっ!? 誰だお前!?」


 仰天する彼。後ろには、彼を(はる)かに超す(きょ)()を誇る、長き髪を垂らした男が立っていた。

 男を一言で表すなら豪傑の名が相応(ふさわ)しい。丸太の如き太さの腕に、はち切れんばかりの分厚い胸板、背丈はざっと見ても2メートルを超えている。

 大きな身長と発達した肉体が放つ威圧感に彼が後ずさり、そんな見上げる彼に男が口角を上げる。


「ほほっ。余じゃ。中々の(ます)()()ぶりであろ?」

「君は、……子供なのか?」


 男の衣装は、先に子供がまとっていた巫女姿と同一であり、彼が目の前に立つ男が子供であることを認知する。

 一瞬で(たくま)しき男性に変わり、声まで変わった子供。これは子供が宿す黄道の精霊・牡牛座(タウレス)の力による。牡牛座はシンプルながらもその力は絶大、その身を神とすることができる。

 笑う子供、否、男の懐に、彼が素早く飛び込み、


牡羊座(エーリエス)! 力を貸せ!」


 男の厚い胸板に右手をあて、牡羊座(エーリエス)の力を行使する。

 力を加減なしに注ぐ彼。男を完全に凍らせ、息の根を止める気でいる。だが、


「……ほほっ。ひゃっこいの」

「き、効かない、のか」


 涼しい顔で笑う男。白く張り付いた氷は()ぐに溶け、男が彼の冷凍を難なく()退()ける。

 彼が男の装束を濡らしただけの結果に愕然(がくぜん)とする。彼はコスモス四人を葬り、サンシャインとムーンライトを追い詰めたことで己の力を過信していた。上には上がいることを彼はこれから知ることになる。

 男が自身の胸に手をあてる彼の腕を両手で搾るように握る。そして彼の腕を、木の枝を曲げるが如く折る。

 彼の肘が、あらぬ方向へ曲がり、


「ぐああああっ!」

「ほほっ」


 右腕を折られて絶叫する彼を男があざ笑った。

 そして、男が太く逞しい右手で彼の首をつかみ、


「このまま絞めあげてもよいが、其方には一つ、死んだ方がマシと思えるほどの絶望を与えるとしよう」


 腕を折られて悶絶(もんぜつ)する彼を更に追い立てる。


「ううっ、うああ……」

「〝時計座(ホロロジアム)〟よ。こやつの青春を吸えい」


 苦しむ彼の髪が、なんと白くなり、その量が明らかに減っている。

 程なくして男が彼を放す。そうして膝を突いた彼の背筋はぐにゃりと曲がり、体幹を全く感じられなかった。

 明らかに精気を失った彼。顔を包帯で覆っているために一見では分からないが、彼は老人になっていた。この弱々しくなった彼に男が子供へと戻り、彼を力で押し倒す。そして、彼の体をまさぐり、


「もう其方(そなた)なぞ要らぬ。そちのアリマニド、今ここで灰にしようぞ」


 彼のみぞおちに宿る黒い玉を引きずり出す。


「や、やめろ……」

「ほほっ、余に逆らっておきながら、今になってやめろとは都合がよいの。にしても、余の時計座は、アリマニドを宿す者に使ってもその復元力でしばらくすると元に戻ってしまうのじゃが、今ここで其方がアリマニドを失ったらどうなるかの」

「ダメだ。や、やめてくれ……」

「子供な老人という世にも珍しき見世物ができあがるのかのー。ほほっ、これは楽しみじゃあ」


 人生を失って絶望へと陥った彼が、何もかもかなぐり捨てて泣きを入れる無様な姿を子供が想像して笑った。

 ()(えつ)に浸る子供が、彼と無数の黒糸でつながる黒い玉を握り締める。だが、


「……むっ。なんじゃと」


 今度は子供が違和感を覚える。


「割れん、じゃと。どういうことじゃ……」


 戸惑う子供。強く握り締めても彼の黒い玉を割れなかった。

 子供にとって初めての事態だった。黒い玉は闇の者、またはコスモスが握ればもろいものであり、軽い力で灰と化す。

 彼の黒い玉から、何か意志のようなものを子供が感じ取り、気が付くと薄くなっていた彼の髪が元に若返っている。


「バカな。アリマニドが、この余に逆らっておるのか……」


 彼の黒い玉を、信じられぬ目つきで見つめる子供の隙を突き、


「だめ!」


 紬実佳が彼の黒い玉を子供からひったくった。

 勢いあまって地面を転がる紬実佳。すかさず立ち上がって黒い玉を抱え込み、


「この人をいじめないで! いじめるなら、私、あなたを、絶対に許さない……」


 子供を(にら)みながら言うと、突如としてその小さな体が光に包まれた。

 そして、光からコスモスの戦士が現る。その衣装はウェディングドレスが如く華やかだが、ドレスの色が不吉な暗赤色である。

 変身した紬実佳の姿に子供が目を剥き、そして狼狽(ろうばい)する。


「な、なんと……。ここ、こっ、この、女が、あの時のコスモス、じゃと……」


 (おのの)く子供は二年前、()(かつ)な一人での外出が原因で、暗赤色のドレスをまとったコスモスにぐうの音も出ぬほど打ちのめされている。

 先に述べた、子供が差し歯を差すことになった原因。それを作ったのが暗赤色のコスモスである。取るに足らぬ下女と見下していたコスモスの女がそれだった事実に、子供が恐怖のあまり小便を僅かに漏らした。


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