ゴブリン退治
朝日が眩しい。徹夜であった。
「ようやく明るくなったな。まぁ、報告によればお前の場合は暗くても関係無いようだが」
交代でやってきた松尾さんが欠伸をしながら体を掻く。他の使用人は交代制。俺は通しで仕事って、道中の見張りと変わらないじゃないか。
「しかし、夜の暗闇だろうが繁みの中だろうが関係がないってのは……まぁ、才能なんだろうな」
ついでに言うと強引に馬に乗せられて、お尻が痛かろうが、軽く酔って様が、徹夜で目がしょぼしょぼしていようが、朝日が目に入ろうがあまり関係ありません。俺は矢印の指示に従うだけだし。数字や矢印が視界に浮かぶ気持ち悪い事象も才能と言えば才能なんでしょう。矢印や数字が出ることに感謝はしているけど。
そして、クロスボウを発射。「ギャッ」とでも聞き取れる声の後にゴブリンが駆け寄る。もう何度も聞いた声だし、見てきた光景だが未だに慣れない。
「これで殺せれば完璧なんだが……まぁ、掃除が楽って考えれば良いわな」
こちらは殺さないようにしているのだから、死なれて貰っては困る。いや、困らないけど後味が悪い。
「この奇跡的な逃し方で何匹……組くらい追い払ったんだ?」
「今ので二十八匹。暗がりや繁み内での未確認分は算入していません。今、田中が夜の分を数えに血痕か死体を確認しに行っています」
もう一人の使用人が松尾さんに答える。夜と茂みの分を入れると四十二匹だ。
「まぁ、夜の分を入れて三十~四十って考えると、もうゴブリン全体が撤退をしていてもおかしくないのだが……」
そう。まだゴブリンが撤退してくれない。二割か三割の組を解散させたらって言葉を信じてゴブリン虐待を続けてきたのに……
数:1326
増えている。前は600ちょいでしたよね? しかも射程距離の外に逃げているゴブリンも多いし。
「この調子でパパッと追い払ってくれよ。あの貴族が嫌がらせをする気満々だからよ」
次のゴブリンを求めた俺を小脇に抱えて馬に乗る松尾さんが注文を入れる。他の使用人の様に前に座らせたり、後ろに座らせるような真似はしません。攫われたお姫様状態の分だけ、馬に乗るベアトリクスwith荷物な俺よりはマシなのかもしれない。
「ゴブリンなんて問題にしない連中なのに、帰らずにわざわざ泊まって行ったんだ。貴族を足止めさせたとかってクレームを付ける気だぜ」
脳筋キャラかと思ったらそうでもないようだ。能力を見せすぎたかと少し後悔した。
「あ、ここで止めてください」
矢印を見つけた俺は松尾さんを止める。そろそろ矢を外した方がいいのだろうか? 敵をすぐに見つけて、夜目も効く上に、百発百中の腕前なのに相手が全く死なない。整理をしてみたら不自然以外の何ものでもなかった。
そんな悩みを抱えていたら、蹄の音が鳴り響いた。石製の壁だから余計に響くのだろう。乗っている時はそうでもないが、聞くだけならリズムが良くて気持ちの良い音だ。
「うわっ……来やがった」
松尾さんはその音の主が誰か解っている様で、かなり嫌そうである。
「マサラ子爵領、マサラ鉱山に逗留中のラントット伯ピエールの臣下ロベルトである」
馬に乗ってきたのは、昨日俺と揉めた従者であった。彼は馬から降りようともせずに、今更な挨拶をしいた。
「諸君らはピエール様の申し出を拒否しただけでなく、兵や金を惜しみ一切の行動をとらず、不要にピエール様の行動を制限した疑いがある」
ロベルトは定型文を読み上げる様に抑揚のない声であった。
「よって、諸君らに任務懈怠がないか同行の上で確認させてもらう」
煩わしさここに極まれり。昨日と同じく、さっさとお帰り願おう。
「いえ、軍機なので----」
俺の口が松尾さんの手で塞がれた。何か不味かったのだろうか?
白刃が俺の鼻先に突きつけられた。
「その軍機とやらを尊重して一度は退いたのだ。だが、我々はゴブリン程度の為に足止めを受けた。我々には君らが妨害の排除に全力を尽くしているのか知る権利がある。そして私には主君の為に調べる義務があるのだよ」
ああ……これが松尾さんの言っていた嫌がらせか。刺されたことは無いが刃物は向けられると普通に怖いものである。
「特に君はピエール様への無礼もあった。場合によっては君の首を持参して竜安寺家に抗議をしなければならない」
俺を散々に脅したロベルトは長剣を鞘に納める。馬上だというのに器用なものだ。
「さて、君らの仕事を見させてもらおう。まともに退治をしているとも思えないが」
壁にほとんど人が居ないのを見たロベルトが鼻で笑った。
意図的に狙いを外す余裕などなくなってしまった。俺は矢印に従って矢を放ち、ゴブリンにお帰り願った。




