第8話:冷たい目の少女
『黒の深森』での特級任務を無さに終えた俺たちは、王都の薄暗い路地裏にある第6魔法騎士団のアジトへと帰還していた。
蔦が絡まり、今にも崩れそうな古城の重厚な鉄の扉を押し開けようとした、その瞬間。
「だあぁ! もうやってらんねぇ!」
乱暴に扉が開き、勢いよく飛び出してきたのは、先ほどアジトの机で賭けに負けていた茶髪の男だった。見るからに態度が悪い。
「絶対不正だ! そうに決まってる! じゃなきゃあんなことありえねぇ……」
そいつは不機嫌に爪を噛り、ブツブツと呪詛を吐き散らしながら、俺たちの横をすり抜けて路地の奥へと歩み去っていった。
「なんだ? あいつ?」
突然の不審者の乱入に、少し驚いていると――。
「まったく、彼は本当に短気だな〜。だからモテないんだよ」
開いたままの扉の奥から、呆れたような軽い声と共に、もう一人の影がゆらりと現れた。
(こいつは……)
さっきまで、あの茶髪の男と机を挟んでゲームをしていた奴だ。
長身で、ツリ目の銀髪。他の団の騎士たちと比べても、纏っている空気の異質さが一段と際立っている。
「ん? 君たちは……」
すれ違いざま、そいつの妖しい視線が、俺たちの姿を捉えた。
「あ、俺は今日から第6団に配属された新人の――」
挨拶を言い終えるより、早かった。
俺が「銀髪が動いた」と認識したコンマ数秒後には、すでに視界のすべてがその男の胸元で埋め尽くされていた。
「――なっ!?」
(おい待て、俺にはそんな趣味はないぞ!?)
「なんて可愛い後輩たちんだ! 資料で見てから、今日来るのを楽しみにしてたんだよ〜! この団に来てから、変なやつばっかりで気が滅入ってたんだよ〜!」
ガシッと両肩を掴まれ、凄まじい勢いで抱きつかれる。
あまりの理不尽な困惑と、相手の常軌を逸した動きに、俺は思わず言葉に詰まる。
後ろで見ているヒートやヨマ、エレーナまでもが、目を丸くして完全に硬直している。
「えっと……あなたは?」
俺がなんとか表情を鉄面に保ったまま尋ねると、男はフッと身体を離し、いたずらっぽくツリ目を細めた。
「ああ、僕? 僕は、レイル・アルトリス。レイル先輩って言ってくれないかな? 先輩って言ってもらったほうが、気持ちがいいからね」
レイルと名乗った男は、極めて気さくな態度でそう微笑んだ。
一見すれば、ただのチャラついた優男。……だが、俺のアニオタセンサーが、脳内の奥底でビンビンと警報を鳴らし続けている。
(間違いない……。これ、普段はおちゃらけてギャンブルで負けまくってるクズに見えて、いざ戦いになると瞳のハイライトが消えて『本気ガチ』になるタイプの最強キャラじゃねえか……!)
またしても濃いキャラの登場に、脳内で大はしゃぎしている俺を置いて、レイル先輩はフッと視線をアジトの薄暗い中へと向けた。
「じゃ、僕からの歓迎はこれくらいにしてさ。君たちに一つ質問があるんだけど、”もう一人”には会ったかな?」
「もう一人?」
先輩の言葉に、俺は思わずオウム返しに呟いていた。
(……もしかして、俺たち同期3人の他に、まだ別の新入りがいるのか?)
俺がそう疑問を抱いた、その瞬間だった。
ガチャリ、とロビーの奥にある扉が静かに開いた。
そこから現れたのは、陽の光すら拒絶するような、透き通るほど美しい金髪を揺らす少女だった。
だが、その端正な顔立ちには一切の感情が消え失せており、その瞳は、生きている人間のそれとは思えないほど深く冷たかった。
彼女は、俺たちの存在など最初から視界に入っていないかのように、ただ冷たく、一瞥すらくれずに通り過ぎようとする。
「おやおや、どこへ行くんだいルナちゃん。これから一緒に過ごしていく、君の同期たちだよ?」
「関係ありません」
ルナは感情の起伏が全くない、芯まで冷え切った声でぽつりと言い放ち、強引に歩みを進めた。
「君たちにも紹介しておこう。彼女は、君たちと同じ新入りである、ルナだよ。家名はない。――フェクト君、君と同じでね」
レイル先輩が、さらりと爆弾を落とした。
「家名が……ない?」
隣でエレーナがハッと息を呑む。
貴族の象徴である家名を持たない。それがこの異世界でどれほど残酷な意味を持つか、クソ実家を無能と罵られて追放された俺には、身に染みてよく分かる。
なるほど。こいつも、俺と同じ『ワケあり』の境遇というわけか。
(つらい過去を持つクール美少女ヒロイン……!)
関わるなという強烈なオーラを醸し出しているが、せっかくの同期だし、何より前世のアニメの推しキャラにそっくりなキャラデザと性格をしている。
これは、最強の魔法騎士として、挨拶くらいはしておかなければアニオタの名が廃る。
俺は思い切って、彼女の背中に声をかけた。
「おい、挨拶くらいは交わしていけよ。同じ最底辺の第6団同士、仲良くやろうぜ?」
「……いきなりなんですか?」
俺の不敵な言葉に、ルナはさらに温度を下げた言葉を返しながら、ゆっくりと振り返った。
その青い瞳は、異様なほど深く冷たかった。
「いや、せっかくの初対面なのに、あまりにも淡白すぎると思ってな」
あまりの冷たさに、少し動緯しながらも、俺は表情を崩さず、ルナの元へと歩み寄った。
「フェクトだ。第6団の仲間として、これからよろしくな、ルナ」
スッと、右手の手のひらを差し出す。
初対面としては、いい感じにクールで余裕のあるキャラを演じられたと思う。
前世のアニメの展開通りなら、この冷たい子も、少しは動揺して心を開くきっかけになるに違いな――。
「私は、あなたたちと関わるつもりはありませんので。それでは、私は用事がありますので、さようなら」
俺の手を一瞥したルナは、1ミリも表情を変えないまま冷酷に言い放ち、そのまま俺に目もくれずに歩き去っていってしまった。
(……これは、想像の5倍は冷たいな。かなりの難敵だわ……)
せめて「よろしく」くらいは返してくれると思ったのだが、完全な門前払い。
差し出した右手を虚空に残したまま、俺は苦笑を噛み殺した。
「なんだか、冷たい子ね……」
エレーナが呆然とした様子で呟き、ヒートが頭をガリガリと掻きながら鼻を鳴らす。
「まあ、ああいうタイプの訳ありな奴は、魔法騎士団では別に珍しくはねえだろ。最下層の第6団ならなおさらな。……にしても、さすがに冷たすぎるような気もするけどよ」
唖然としている二人を背にしながら、俺は考え込む。
過去になにかがあるやつの心を開くためには、ただ実力があるだけだとダメだ。
しっかり歩み寄り、アニメの王道展開通りに心を開いてもらわないと。
「フフ……、この程度で諦めると思うなよ? 俺はお前が
拒絶しても、どこまでもしつこく話しかけてやる」
そうして俺は、これからの好感度上げイベントへの決意を高めるように、不敵なポーカーフェイスのまま、心の中で高笑いをした。
「……えっと、あいつ大丈夫か? このまま放っておいたら壊れたりしないか?」
ヒートが本気で引いた目を俺に向け、エレーナがため息をつきながらジト目で告げる。
「もう壊れてるから大丈夫でしょ」




