第9話:大罪団
俺が不敵な高笑いを決めたあの初対面から、早くも三日の月日が流れていた。
この三日間、俺は『クールヒロイン攻略マニュアル』の鉄則に従い、アジトの廊下やロビーでルナとすれ違うたび、
「よお、今日もいい日だな」
などと挨拶を続けていた。
だが、返ってくるのは氷点下の冷徹な無視のみ。
少し心が折れそうになった。
しかし、この頑なな氷の仮面が、あるイベントを境にぐずぐずにデレる未来を想像するだけで、俺はニヤケが止まらないのだ。
(オタクとして蔑まれ続けてきた俺の耐久性を舐めるなよ?)
「おいフェクト、お前またルナの背中に向かって怪しい笑みを浮かべてるぞ。マジで一回頭見てもらってきたほうがいいんじゃねえか?」
そんなことを考えていると、ヒートが本気で引きつった声を上げてきた。
「いや、安心しろ。俺は狂ったわけじゃない。むしろ興奮していただけだ」
「何も安心できねえよ!」
ヒートが呆れたように怒鳴った、その時だった。
「だらけきってんじゃねえぞ、新入りども!」
ずしり、とアジトの床を揺らすような重厚な足音と共に、奥の執務室から姿を現したのは、この第6魔法騎士団を統べる、大柄で無頼な男。ガルス団長だった。
その手には、王宮の紋章が刻まれた、禍々しい紫色の封蝋が施された一通の書状が握られている。
ガルス団長は、獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべ、俺たちを鋭い眼光で見下ろした。
「おい、新入りども。全員ロビーに集まれ! 王宮から、お前らの前回の任務の完遂を認めたとして、直々に『特大の指名依頼』が届きやがった」
ガルスの怒号のような招集に応じるように、ロビーの影から、透き通るような金髪を揺らしてルナが静かに姿を現した。三日前と変わらぬ、異様なほど深く冷たい瞳のままで。
ガルス団長は全員が揃ったのを確認すると、不機嫌そうに鼻を鳴らし、紫色の書状をパチンと指で弾いた。
「今回の標的は、魔獣なんかじゃねえ。ここ最近、王都周辺で目撃情報が相次いでいる、最悪のテロ組織――【大罪団】の討伐だ」
「「「「……!?」」」」
大罪団。
その名前がガルスの口から飛び出した瞬間、俺以外のすべての奴らの表情が完全に凍りついた。
「大罪団……っ! だ、団長! 本当なんですか!?」
リエスタ家のご令嬢である、エレーナが、普段の高慢さを忘れたように声を裏返らせた。
大罪団とは、世界中で、いつ、どこにでも現れる神出鬼没の極悪非道な犯罪結社。
その構成員は数千規模と言われており、一般的な魔法騎士団が一個小隊で挑んでも返り討ちに遭うとされる、歴史の裏に蠢く絶対的な闇だ。
昔、実家にあった本に書いてあったのをみたことがある。
もし前世の記憶を取り戻していなかったら、俺もコイツラと同じくブルブルと震えていただろう。
だが、記憶を取り戻した俺は違う。
(キタキタキタ!!! アニメでお約束の、物語の核心『世界を揺るがす闇の巨大組織』との初接触イベント!!!)
周囲の張り詰めた緊張感を完全に置き去りにして、俺の脳内のアニオタ細胞は、新たなる覇権イベントの開幕に激しく狂喜乱舞していた。
「怖気づいたか、新入りども? だが王宮のジジイどもは、黒の深森を完遂したお前たちを見て、この特大任務を押し付けてきやがった。……で、どうする?」
ガルス団長が、試すように獰猛な笑みを深くする。
「ふん、受けるに決まってるだろ。そんなテロリストども、俺の火力で即お陀仏だ!」
ヒートが一気に闘志を爆発させて拳を握りしめる。
「……やっぱり、君は単純なのかもね」
ヨマが、眼鏡の奥の目を細め、呆れたように小さくため息をついた。
「ああ? どういう意味だヨマ!」
「言葉通りの意味だよ。相手の情報も規模も分からないのに、火力だけで押し通せると思っているところがね」
いつも通り、二人が小競り合いを繰り広げようとした、その瞬間。
「おやおや、新入りちゃんたち、もうやる気満々だねえ」
開いたままの扉の横から、ひらひらと手を振りながら銀髪の優男、レイル先輩が姿を現した。
「団長、今回のヤマはさすがに可愛い後輩たちだけじゃ荷が重いでしょ? 僕が案内役兼お目付け役としてついていってあげますよ。可愛い後輩たちを、勝手に死なせるわけにはいきませんからね」
レイル先輩はそう言って、いつものチャラついた笑みを浮かべた。だが、そのツリ目の奥に宿る魔力の密度は、一瞬だけ常軌を逸した鋭さを見せていた。
「ハッ、好きにしやがれ。レイル、足引っ張ったらテメエから叩き斬るからな」
「分かっていますよ」
妙に落ち着いたレイル先輩の声が、その場に響いた。
「そんじゃ、任務は明日だ。それまでに、覚悟決めるなり、作戦立てるなり好きにしろ。俺からの話はこれで終わりだ。とっとと解散しろ」
そうして、強引に話を終わらせると、ガルス団長はそのまま執務室へと戻っていき、その場にいた全員が散り散りになっていった。
(にしても、これはかなり重要そうなイベントかもしれないな。この特級任務を機に、俺はルナを完璧に攻略してやるぜ!)
自室に戻りながら、新たなる作戦を練ろうとしていると、ふと、視界の端に映ったルナの横顔が目に入った。
――その顔は、いつもよりも、ほんの少しだけ怯えているように見えた。
「? おい、ルナ、大丈夫か?」
声をかけると、ルナはびくっと肩を揺らし、すぐに、冷徹な鉄面を張り直して振り返った。
「――はい。大丈夫ですので。関わらないでください」
そう言って、ルナは逃げるように足早に廊下の奥へと去っていった。
いつも通りの冷たげな対応。
だが、何かがおかしい。アニオタの観察眼が告げている。あいつ、ただ俺を拒絶しているんじゃない。――何か別の『とてつもない恐怖』に怯えているような、そんな気がする。
「なんか……思ったよりもヤバい任務なのか?」
俺は残された廊下で、小さく呟いた。
*
その夜。第6団アジト、レイルの部屋にて。
「にしても、好き好んで任務に参加するとは、お前らしねえ
な。レイル」
卓上のカードを無造作にシャッフルしながら、対面に座る男――ジャックが、低く濁った声でそう問いかけてきた。
茶髪で、見るからに態度の悪そうな男。さっきアジトのロビーで賭けに負けて飛び出していったはずの男が、何もなかったかのように向かい側に座っている。
まあ、いつものことだ。
「別に、珍しくもなんともないよジャック。僕は、本当なら勤勉に任務を遂行するエリート君さ」
レイル先輩は手元に配られたトランプの山を綺麗に扇状に広げ、いつものチャラついた笑みを浮かべた。
「ハッ、どの口が言ってんだか。いつもはイカサマ紛いの賭博ばっかしているクズがよ」
「ひどいなぁ。僕がしているのはいつだって真剣勝負だよ?」
レイル先輩は、手元から一枚のカードをフッと机の中央へ差し出した。
だが、そのチャラついた態度の裏で、先輩の細められたツリ目の奥のハイライトが、静かに消え失せる。
「……それに、今回の任務は何かが違う気がするんだよね」
「は?」
ジャックが怪訝そうに眉をひそめる。
「この前の任務にも、危険はいっぱいあったはずだ。大量の魔獣発生など、普通なら命を落としていてもおかしくはない任務だっただろ?」
「まあな。でもあの新人ども、その任務をしっかり完遂したんだろ? だったら、心配することもないと思うけどな」
「確かに、まだ戦っている姿を見たわけじゃないけど、彼らは強い。特にフェクト君は、とてつもない才能を秘めていると思うよ」
レイル先輩は、机の上に裏返して置かれたすべてのトランプを、指先一つ触れずに――ただの『魔力の微振動』だけで、一瞬にして完璧な『表側のロイヤルストレートフラッシュ』へと反転させてみせた。
「けど、今回の任務は、そんな彼らでも――」
銀髪の隠れチート先輩は、氷のように冷徹な表情を浮かべ、最後のカードを指でパチンと弾いた。
「危険だと、そう思っただけだよ」




