第6話:これぞ異世界ファンタジー
「おい寝坊助、起きろ」
ツンツン頭の同期が床で丸まる奴を足で小突くが、
「う〜ん、なに〜……? うるさいな……」
と身を翻すだけで、一向に起きる気配がない。
だが、前世のアニメ知識を持つ俺からすれば、この手の寝坊助キャラを起こす方法なんていくらでもある。
俺は不敵なポーカーフェイスを維持したまま、床の寝坊助の耳元にスッと口元を近づけた。
わざわざ大声を出す必要なんてない。ただ、ちょっとでも目を開けさせればいいだけだ。
「頼む、一瞬でいいから目を開けてくれ」
「え〜……。なんで?」
その言葉に、そいつが気だるそうにうっすらと目を開けた、
その瞬間。
俺は脳内のスイッチをパチリと切り替え、右手をかざした。
呼び覚ますのは、前世の神アニメで冷徹な能力者が放った、敵を串刺しにした、水の槍だ。
【幻創魔法:水穿槍】
脳内図で、槍の大きさをミニサイズに設定。
次の瞬間、どこまでもリアルな水流の槍が、そいつの額めがけて突っ込んでいった。
「うわああああっ!?」
眼前に迫る水の槍にビビリ散らかし、寝坊助は悲鳴を上げてバネのように弾け飛んだ。
だが、痛さでのたうち回るはずだった彼は、不思議そうに自分の額をペタペタと触り始めた。
「……あれ? 痛くない……」
「どうだ? 目が覚めたか?」
俺が手のひらの魔力を消しながら声をかけると、そいつは驚いたように目を丸くしながら、こちらを凝視した。
「君は……あの試験のときの化物くん……。なんでここに?」
「まあ、その説明は今は省くとして。早速だけどガルス団長から特級任務だ」
俺は振り返り、アジトの入り口で腕を組んで待っていたエレーナと、目の前のツンツン頭を指さした。
「俺たち同期3人に、リエスタ家のお嬢様を足したこの『4人』で、早速だけど任務に行くぞ」
「はい?」
呆然とする寝坊助、面白そうにニヤつくツンツン頭、なぜか大人しいエレーナ。
そして俺の、異色のメンツで、俺たちは第6魔法騎士団として最初の戦場――王都外縁に広がる、不気味な霧に包まれた『黒の深森』へと足を進めた。
*
「そういえば、まだお前らの名前を聞いてなかったよな? 教えてくれよ」
霧深い森の入り口を歩きながら、今更すぎる事実に気づいた俺は、同期の二人に自己紹介を要求した。
最初に名乗ったのは、青髪のツンツン頭で、見るからに口調の荒い男だった。
「俺の名前はヒート・ラゼルだ! 使える魔法は『威力増倍魔法』と『炎魔法』っていう、最強の火力魔法! 火力だけならリニシア、いや、世界最強レベルだ!」
「へえ。確かにその頭で突撃されたら、風圧だけで痛そうだね」
「テメエ……あんまりふざけてんじゃねえよ……」
もう一人の新人が悪気なさそうに小馬鹿にすると、ヒートは青筋を立てて怒りをあらわにした。
なるほど、ヒートの魔法は『威力増倍魔法』と『炎魔法』か。なんか、ディナーレ家が好きそうな魔法だ。
だが、ディナーレ家が好きそうということは、かなり強い魔法のはずだ。そんな超攻撃特化の魔法騎士が、なぜ第1団ではなくこの最下層のの第6団にいるんだ?
まさか、こいつも俺と同じ感じなのか?
とりあえず、今はその疑問を置いといて、一触即発になりそうな2人の間に割り込むことにした。
「まあ、身内での言い合いはそこまでにして、次はお前が自己紹介をしてくれよ」
「ん? 僕? 僕はヨマ・ハウゼン。ヨマって呼んでよ。僕の魔法は、『風魔法』と、ただの一本の縄を出せるだけの、世間じゃハズレ扱いの『縄魔法』さ」
異世界にしては珍しい、漆黒の髪を揺らしながら、ヨマが気怠げに微笑む。
【幻魔法】と【土魔法】の俺、【威力増倍魔法】と【炎魔法】のヒート、【縄魔法】と【風魔法】のヨマ。超エリート級の破壊力を持ちながらワケありなヒートと、世間一般では完全なハズレ扱いの縄魔法を持つヨマか。……確かに、明らかに普通じゃないな。
「じゃあ、次は俺たちの番だな。俺の名前は……」
「必要ねえよ。お前ら2人の名前はすでに聞いてるぜ。フェクトとエレーナだろ?」
ヒートが鼻を鳴らす。どうやら、もうわざわざ名乗る必要はないらしい。正直また名乗るのはめんどくさかったので助かる。
「で、なんでお前はさっきから一言も喋んないんだよ? エレーナ?」
俺が先程から無口なエレーナに話しかけると、彼女は「ちょっとこっちに来なさいよ……!」と、手招きをして俺の袖を引っ張った。
少し離れた大樹の木陰で、エレーナは周囲に聞こえないような小声で訴えかけてくる。
「だって、見るからにあの2人おかしそうじゃない! 第6団にいるってことは、あいつら何かしらの問題を起こした問題児なのよ!? 変なこと言って、あのトゲトゲ頭に八つ裂きにでもされたら溜まったもんじゃないわよ……!」
何だ、やけに静かだと思っていたら、名門お嬢様特有の偏見とビビりだったのか。
だとしたら、いくら何でも怖がりすぎな気がするが……。
ていうか、なんでこいつらはトゲトゲ頭で攻撃されると思ってんだよ……。
「でも、ずっとそんな態度だったら、団の中で居心地が悪いままだぞ。ほら、勇気もって普通に話しかけてみろよ」
「そんなこと言ったって……」
「おい! オメエら、さっきから後ろで何コソコソ話してんだよ!?」
俺たちの密談を不審に思ったのか、前を歩いていたヒートが振り返り、大声を張り上げた。
「なんでもない、今行く。……ほら、行くぞ?」
「分かったわよ……」
嫌そうなエレーナを連れて、俺は2人の元へと戻った。
「そういや、お前の魔法ってまだ聞いてなかったな。土魔法が使えることは知ってるけどよ、他には何が使えるんだ?」
確かに、俺はまだ、自分の魔法をこいつらに話して無かったな。
「俺の魔法は……」
そう言おうとした――次の、瞬間だった。
ガサガサガサガサッ!!!
突如として、俺たちの周囲の深い霧の奥から、無数の不気味な『赤い眼光』をもつ、凶悪な肉食魔獣『アーマード・ベア』の群れが、辺り一帯を埋め尽くした。
「ハッ! 囲まれたな。こりゃあ、ざっと30匹はいるぞ」
ヒートが不敵に口元を吊り上げる。
「嘘……いくらなんでも多すぎるわよ……! こんなの……」
エレーナは恐怖に怯え、手を小刻みに震わせている。
「大分面倒くさいことになったね」
ヨマは相変わらず気怠そうなままだが、その瞳の奥は、いたって冷静に見える。
試験では一匹しかいなかった魔獣が、数十匹以上いる絶望的な状況。だが――。
(俺の魔法で一網打尽にすれば、まったく問題なしだ)
どうやって倒そうか。巨大な技で、一発で全員を消しとばし、量より質で勝つのもいいし、大量の槍の雨を降らせて、質より量で勝つのもいい。
(究極の選択だな)
前世のアニメのどの最強演出を使うかで脳内で大はしゃぎしながら、前に足を踏み出したその時。
「おっと、エリート。ここは俺に任せてもらおうか」
「え?」
ヒートが片手で俺の胸元を制し、不敵に前に歩み出る。
「まあ見てろって。火力最強と豪語する、俺の実力をよ」
「あ、ちょっ……」
俺の呼び止める声も虚しく、ヒートは獰猛な笑みを浮かべ、魔獣たちの方へと歩いていく。
その瞬間、何十もの巨大な魔獣が、一斉にヒートへと突進していく。
「グルアァァァァッ!!」
先頭の巨獣が地を割り、猛烈な突進で牙を剥く。
しかし、ヒートは避けるどころか、拳を構えて迎え撃つ。
「食らえ。世界最高峰の火力をな!」
【炎魔法:プロミネンス】×【威力増倍魔法:ダブル】
その瞬間、ヒートの手元に火花が散った。
(まさか、これは……)
前世のアニメで擦り切れるほど観た、あの大技の予感がした。
ゴォォォォンッ!!!
次の瞬間、空間を歪める重低音が響き渡った。
放たれたのは、ただの火球ではない。
通常の2倍の火力を誇る、まるで神アニメで放たれるような「極太の炎熱線」だった。
ドガァァァァァァン――ッ!!!
突進してきたアーマード・ベアの鋼鉄の装甲を一瞬でドロドロに溶かし、そのまま背後の魔獣たちをもまとめて一列に消し飛ばし、森が静寂に包まれる。
「嘘……っ! 一撃で、あの数を……!?」
後ろで構えていたエレーナが、啞然と呟く。
フェクトとしてのポーカーフェイスを必死に維持しながらも、俺の脳内は興奮でいっぱいだった。
(……まさか、底辺の第6団で、こんなの劇場版クオリティの戦いを見れるなんて……!)
興奮が収まらない中、ヒートはこちらを振り返り、豪語してきた。
「どうだ! これが俺の『最強の火力』だ!」
小細工なしの単純な火力で制す。
これぞ……。
(最高の異世界ファンタジーじゃねえか!)
俺の心の興奮は、治ることを知らず、いつまでも高ぶり続けていた。




