第3話:最弱魔法の使い方
王都の試験会場は人で溢れかえり、独特の熱気と緊張感に包まれていた。
予想では100人程度だと思っていたが、ざっと500人は超えている。
「まさか、ここまで人が多いとはな」
思わず圧倒されていると、聞き覚えのある声が響いた。
「ちょっとフェクト! 遅いわよ!」
鮮やかな赤髪を揺らし、エレーナがこちらへ駆け寄ってくる。その瞬間、周囲がにわかにざわつき始めた。
「お、おい。あれって……リエスタ家のご令嬢だぞ……!」
さすがはディナーレ家と並ぶといわれている国内最高峰の名家だ。知名度は抜群だな。
ちなみに、ディナーレ家の俺が噂されないのは、クソ実家が王都から離れた森の奥深くにあり、単純に顔を知られていないからである。
「ねえ、なんでそんな顔してんの?」
「いや、ここまで有名なのに、なんでお前が最後まで売れ残ってたんだろうと思ってな」
「なっ……! それは、あ、あれよ! 知名度がありすぎて、みんな恐れ多くて断ってきちゃったのよ!」
恥ずかしそうにエレーナは目を泳がせた。
なるほど。確かに俺が平民なら、名家の令嬢とのバディなんてビビって断るのも納得だ。
「そんなことより、試験に集中しなさいよ! 今のうちに互いの魔法の情報を共有しときましょう」
そう強引に切り替えると、エレーナは少し胸を張りながら言った。
「私は雷魔法と、リエスタ家特有の『回復魔法』よ! かすり傷なら一瞬、腕が吹き飛んだくらいなら魔力が続く限り10分で元通りにしてあげる。だからアンタは、安心して死ぬ気で前衛を張りなさい」
「心強いけど、できればお世話になりたくないな」
腕が吹き飛んでも治る、か。バディとしてはこれ以上ない最高の後衛だ。
「で、アンタはどんな魔法が使えるわけ? 家名を捨てるってことは、自分の腕一本で受かる自信があるんでしょ? だとしたら、相当強力な魔法を使えるのよね?」
「安心しろ。俺の魔法は最強格の『土魔法』と『幻魔法』だ」
「……は? 土と、幻?」
エレーナの顔から一瞬で期待が消え、同情の塊のような目になった。
「土魔法って地面を耕すだけの……? それに幻創魔法って、演劇とかでしか使えない、あのハズレ魔法?」
「いや、それは普通のやつが使ったらの話で……っておい、そんな同情の目で俺を見るな」
(異次元の妄想力がある俺からしたら最強の組み合わせなんだけど、まあ信じられないよな)
だからこそ、俺の実力を見たときの反応が楽しみではあるのだが。
「ま、まあ安心しなさい。最悪、私一人でも合格させてあげるから!」
「へいへい、そいつは頼もしい。まあ安心しろ。お前が思うほどこの魔法は弱くないからな。むしろ、最強まであるんだから」
「え?」
エレーナが疑問の声を上げた瞬間、「受験者は受験番号順にお並びください!」と開始を告げる声が会場に響き渡り、俺たちは二階のギャラリーへ向かった。
内容はシンプルで、闘技場での魔獣戦。一応試験の雰囲気を掴むため、他の受験生の戦いを見下ろす。
「受験番号0012、0013、失格!」
あっけない幕切れ。普通の人間にしてみれば、やはり魔獣は圧倒的な脅威なのだ。
(まあ、俺はここに来るまでの道中ですでに倒してるんだけどな)
そんなふうに優越感に浸っていると、背後から不意に聞き覚えのある声が聞こえた。
「おや、これはこれは。リエスタ家のエレーナ様。こちらにお越しでしたか」
嫌というほど聞き慣れた声だった。
「あら、たしかアンタは……」
「ディナーレ家次期当主、テイル・ディナーレと申します。覚えていただけていて光栄です」
振り返ると、そこには俺と同じ白髪の青年であり、実の兄、テイル・ディナーレが立っていた。
実家が至高とする攻撃系の『鋼鉄魔法』と『雷魔法』を授かり、幼い頃から「神童」とさんざんもてはやされてきた男だ。
「本日の試験は、お一人でお受けになさるのですか?」
「いえ。こいつとバディを組んでるわ」
そう言って、エレーナは俺を指さした。
その瞬間、テイルが俺を見て、信じられないというような目をした。
「……本当に、こいつとバディを……?」
「ええ」
その瞬間、テイルは、怒りの形相で俺に話しかけてきた。
「……なぜ、お前がここにいる? フェクト……。ディナーレ家を追放された一族の恥が、どの面下げてここに足を踏み入れた? 土と幻などという、戦闘すら満足にできない最弱魔法しか授からなかった無能が……。お前ができることと言えば、せいぜい魔獣の餌になって会場の笑い者になることくらいだ」
(マジかよ……。こんなテンプレなセリフ言うやつ、本当にいるんだな……)
あまりにテンプレな悪役ムーブに、俺は怒るよりも先に、純粋な哀れみの念を抱いてしまった。
「受験番号0023、0500番! 降りてこい!」
タイミングよく、俺たちの番を告げる声が響いた。
「よし、行くぞ、エレーナ」
「え? あ、うん……」
先程の一部始終を見て疑問で頭がいっぱいになっているエレーナを促し、俺たちは1階へ降りようとした。
その去り際、テイルが言った。
「安心しろ。お前が死のうと悲しむものはいない。安心して魔獣の餌になってこい」
(コイツ……マジでテンプレな煽りしか言えないのか……?)
ここまでテンプレ通りだと、逆に尊敬するレベルだ。
そんなテイルに俺は返答もせずに、1階へと降りていった。
「……ね、ねえ、アンタってもしかして、ディナーレ家の人間だったの!? だったら、どうして言わなかったのよ!」
「まあまあ、それは後で話すとして、今は試験に集中しようぜ」
混乱しているエレーナを軽くあしらっていると、闘技場の扉の前についていた。
「……あとで、ちゃんと話してもらうからね」
「ああ、分かってるって」
そう軽口を交わして俺たちは闘技場のの白砂の上へと足を踏み入れた。
と同時に、今回の試験用として用意された、俺たちよりも何十倍もデカい魔獣『ギガント・バイソン』が姿を現した。
「グルアァァァァァァーーーッ!!!」
「……来たわね」
いつも余裕そうだったエレーナも、この迫力を前に、少し緊張している様子だった。
「とりあえず、私が戦うから、アンタは生き残ることに集中し……って、ちょっと!? アンタ何してんの!?」
エレーナの声を無視して、俺は魔獣へと歩み寄り、静かに右手をかざして魔力を練り上げる。
脳内で思い描くのは、前世で何度もループ再生したアニメの戦闘シーン。
標的を全方位から密閉し、一切の脱出を許さない、超高圧で激しく回転する水の檻だ。
【幻創魔法:アクア・ジェイル】
瞬間、激しく回転する超高圧の水流が格子状に立ち上がり、暴走魔獣を全方位から包囲した。
もちろんただの幻覚だ。物理的な水など1滴もない。
だが、音、匂い、気配、見た目、触覚以外の五感のすべてを直接叩き込む。
五感をハッキングされた魔獣の脳は、「触れれば肉が一瞬で削ぎ落とされる水の檻」だと完全誤認し、恐怖でその場に硬直した。
そうして俺は、トドメを刺すために、もう一つの『ハズレ魔法』を発動する。
思い描くのは、密度を限界まで圧縮し、高度が最大にまで高まった、天から降り注ぐ巨大な土の槍。
「オタクの妄想力を舐めるなよ!」
【土魔法:創造】
次の瞬間。天に巨大な槍が現れ、魔獣めがけて垂直に落下していった。
ズゴオォォォォン……!!!
闘技場全体が激しく揺れ、衝撃波で白砂が津波のように舞い上がる。
地響きが止んだとき、そこには巨大なクレーターと、跡形もなく消し飛ばされた魔獣の残骸だけが残されていた。
「嘘……。一瞬で、勝っちゃった……?」
後ろで構えていたエレーナが、小刻みに震えながら啞然と呟く。
名門リエスタ家の天才たる彼女すら、今目の前で起きた『異次元の現象』が理解できていないのだ。
――しん、と闘技場全体が静まり返る。
観客席のギャラリーを見上げれば、そこには今にも手すりから落ちそうなほど身を乗り出した兄、テイルの姿があった。
さっきまであれだけ饒舌だった男が、今は壊れた人形のように口をパクパクと戦慄かせている。
『鋼鉄』だの『雷』だの、目に見える破壊力しか愛せないお前らには、何が起きたか分からないだろ、クソ兄貴。
――これが、お前らの言う『最弱のハズレ魔法』の使い方だ。
「お、おおおおおおおおおおーーーっ!?」
「な、何だ今の魔法は!?」
ワンテンポ遅れて、地鳴りのような大歓声と、悲鳴に似た驚愕が闘技場を包み込んでいく。
最高の優越感に胸を躍らせながら、俺の目指す『理想の魔法騎士』への物語は、最高の形で幕を開いた。
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