第2話:一文無しの解決法
一晩中、冷たい夜風が吹き抜ける森を歩き続け――俺はついに、リニシアの王都へと到着した。
「ここが王都か。初めて見たな……」
俺が住んでいたディナーレ家の本家は、王都からかなり離れた『ヘルニシアーナ森林』の奥深くにある。
この世界に生まれてから十五年、あのクソ実家は俺に外出を一切許さなかった。
だから、俺がこの目で本物の王都を見るのは、これが人生で初めての経験だった。
「すげえ、マジでアニメのまんまじゃん! リアルで見ると迫力が段違いだ!」
中世ヨーロッパ風の壮麗な街並みに胸を躍らせつつも、俺はあらかじめ決めておいた目的地である『魔法騎士団本部』へ向かう。
画面の前で憧れ続けた、あの最高の魔法騎士ライフを満喫するためには、年に二回開催される魔法騎士試験に合格しなければならない。
前世の記憶と最強の魔法がある俺にとって、難関とされる魔法騎士試験は通過点に過ぎない。
だが、問題は別にあった。
それは、完全に一文無しであることだった。
正直、一晩中一歩も休まずに歩き続けてきたので、今すぐにでも宿を取ってふかふかのベッドにダイブしたいところだった。
だが、あいにく俺のポケットの中身は、文字通りの『ゼロ』だ。
あのクソ親父が、一銭の金すら持たせずに、家から追い出しやがったからな。
普通の世界、普通の十五歳なら、この時点で詰んで絶望する状況だろう。
だが、前世のリアルなサバイバルゲームの知識がある俺からすれば、ホームレス状態なんて全く苦じゃない。
それに、魔法騎士になれば、毎月給料がもらえるだけでなく、各騎士団が所有するアジトで、無料で暮らすことができるのだ。
つまり、一文無しと住処なしを一撃で解消できる最高のボーナスステージが、あの門の向こうに待っている。
問題は、追放されたせいで試験の詳細な日程すら知らされていないことだった。
最低限のルール確認のためにも、まずは本部の重厚な門の前に立った、その時だった。
「ねえ、そこのアンタ! ちょっと待って……!」
後ろから、鈴の音を転がしたような、少し焦った少女の声が響いた。
振り返ると、そこには炎のように鮮やかな赤髪をした、美しいポニーテールの少女が、肩を上下に揺らしながら息を切らして駆け寄ってくるところだった。
「……えっと、どうかしたか?」
平常を装いつつも、俺のアニオタ脳は一瞬で臨戦態勢に入った。
鮮やかな赤髪に、形の良い綺麗なポニーテール。そして仕立ての良い上質な衣服から漂う、圧倒的な気品。
間違いない。前世のアニメなら確実にメインヒロインを張っているタイプのキャラクターだ。
「アンタ、こんなところにいるってことは、もしかして明日の受験者?」
「……まあ、そのつもりだけど」
「それじゃあ、一つ質問! アンタ、バディはもう組んだ?」
バディ。魔法騎士試験を有利に進めるために、受験生たちが二人一組で組むパートナー制度のことだ。試験自体は一人でも受けられるが、実技での連携を見られるため、大半の受験生はあらかじめ信頼できる相手と組んで挑むのが鉄則とされている。
「いや、組んでいないけど。さっき王都に着いたばかりだからな」
「本当!?」
俺の答えを聞いた瞬間、少女は子供のように嬉しそうに飛び跳ねた。
それから、躊躇うことなく俺の右手を両手でぎゅっと握りしめてきた。
柔らかくて温かい、女の子の手の感触。前世なら一瞬で童貞特有の勘違いを起こして硬直するところだが、今の俺は最強の魔法騎士(仮)だ。必死でポーカーフェイスを維持する。
「それなら、私とバディ組まない!?」
「いいぞ。組もう」
俺は至って冷静に返答をした。
日程すら怪しく、受付手続きの締め切りも過ぎているかもしれない俺にとって、彼女がこの後口にした「リエスタ家のコネを使って、遅れている受付を裏から通してあげる」という交換条件は、これ以上ないほど破格のメリットだったからだ。
「本当!? 断られたらどうしようかと思ったわ! ありがとう! 私はエレーナ・リエスタよ。アンタの名前は?」
そう名乗ると、エレーナは誇らしげにふんわりと胸を張り、その偉大な家名を口にした。
リエスタ家。
前世のゲーム知識を合わせても驚愕するレベルの、死にかけた体すら一瞬で復活させるという、国内最高峰の『伝説の回復魔法』を代々受け継ぐ名門中の名門だ。
そんなエリート令嬢からの問いかけに対して、俺は一瞬だけ、数時間前に乱暴に閉ざされた、あの実家の重苦しい鉄門の音を思い出す。
フェクト・ディナーレ。
それが昨日までの俺の名前だ。
だが、あんな陰湿で実力主義のクソ実家の名前を、わざわざ背負ってやる義理なんて一ミリもない。
これからは前世の妄想力と、最弱と言われた【幻】と【土】の魔法を武器に、俺の腕一本で、この世界で無双する。
「――俺はフェクトだ。家名は無い、捨てちまったからな」
「捨てた!? ……えっと、ま、まあ、訳ありってことね。これ以上は深く聞かないわ」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「それじゃあ、試験が始まるのは明日の午前10時からだから! 騎士団本部の演習場よ。絶対に遅れないようにしなさいね!」
彼女は少し目を丸くして驚いたものの、それ以上の詮索はせず、受付のコネを回すために「また明日ね!」と足早に去っていった。
そして、結局俺は一文無しのままなので、宿には泊まれないが、改めて考えればそんなの俺には関係ない。
俺は王都の外れにある、人通りの全くない寂れた裏山へと向かった。
右手を静かにかざし、夜の冷気と風雨を完全に凌げる、前世のミリタリーシェルターを脳内で精密に想像する。そして、土魔法を静かに唱えた。
【土魔法:創造】
ズドン……! と小さな地鳴りが響き、地面の土がうねりながら、驚くほど滑らかな質感のドーム型シェルターとしてせり上がってきた。
ずっとここで暮らすとなったら流石に嫌だが、一夜を明かす程度なら、問題ない。
明日の魔法騎士試験。
この『神作画』の妄想力をフル稼働させて、最高に楽しんでやろう。
見せつけてやる、俺という最強の存在を。
暗闇のシェルターの中で身を横にする。
俺は最高にワクワクした胸の鼓動を感じながら、ゆっくりと意識の深淵へと落ちていった。
◇
同じ頃、王都の中心街にある、貴族御用達の最高級宿舎の一室にて。
「――ほう。あの無能が、夜のうちに姿を消したか」
贅沢な毛皮や金箔の調度品に囲まれたソファーに深く腰掛け、白髪の青年が冷酷な笑みを浮かべていた。
攻撃特化の『鋼鉄魔法』と『雷魔法』を授かった、若き神童――テイル・ディナーレだ。
その手元には、実家から送られてきたばかりの、フェクトの追放通知書が握られていた。
「探す手間が省けたというものだ。ハズレ魔法の【幻】と【土】しか使えぬ欠陥品など、今頃は森の魔獣の餌にでもなっているだろう」
テイルは、通知書をゴミのように放り捨て、窓の外にそびえ立つ、月光に照らされた魔法騎士団本部を見つめる。
「明日の試験、使えるやつがいないか見定めてやるとしよう。——ディナーレ家、次期当主としてな」




