第10話:タルタロス大森林
翌朝。俺たちは王都の周辺を囲み、広がっている深い森【タルタロス大森林】の中にいた。
陽の光すら遮るほどに巨木が鬱蒼と生い茂るその不気味な森こそが、今回の標的、最悪の犯罪組織【大罪団】が目撃されたというルートだった。
「……なんか、不快感極まりないわ。こんな陰気な森ごと塵にしてあげたいくらいよ」
道を歩きながら、エレーナが美しい眉をひそめて高慢にそう呟く。
隣を歩くヒートはすでに完全な戦闘態勢に入っており、いつでも火力を爆発させられるよう、獰猛な狼のように低く身を構えながら歩いていた。
「……なあ、ずっとその体勢だと疲れないか?」
「こういう心構えが大事なんだよ!いつ敵が襲ってくるか分からねえからな!」
そういうものなのだろうか。
だが、ずっとその中腰の体勢で移動していたら、さすがに疲れそうなものだが。
少なくとも、前世がインドアなオタクだった俺からすれば、5分でバテる自信がある。
(それにしても、大罪団ってどんな見た目をしてるんだ? やっぱ、The・邪悪な悪の組織って感じのコテコテな見た目をしてるのか? できれば黒いフードとか被っててほしいな……)
脳内で、新たな敵のキャラデザインを勝手に想像してニヤついていると、ふと、視線を隣へと向けた。
そこには、透き通るような金髪を揺らした少女、ルナが、いつもの冷徹な鉄面をしながら、淡々と道を歩いていた。
だが、俺のアニオタセンサーは見逃さない。
何だか、無理やり表情を消して、必死に感情を押し殺しているような、そんな気がする。
(やっぱり、あいつ、何かあるのか? 昨日大罪団の名前を聞いた時から、ずっと様子がおかしいぞ……)
少しの不安を隠していると、先頭を歩いていた銀髪の優男、レイル先輩が、「よし」と言った直後、ピタリと足を止めた。
「どうしたんですか、レイル先輩?」
エレーナが問いかけると、レイル先輩はいつものチャラついた笑みを浮かべたまま、今回の作戦の説明を始めた。
「この広い森をただダラダラと歩き回ってたって、お目当ての連中と対峙できるかは分からないからね。……実はさ、僕はとある方法で、すでに近くに奴らが潜んでいることまでは分かっているんだ」
先輩はそう言って、細長い指先で木々の奥をひらひらと指さした。
「だからさ、今からフォーメーションを組んで、この周辺の
要所をそれぞれ見張ろう。もし、奴らを見つけたのなら、確実にここに誘き寄せて、一網打尽にするための配置だよ。もし助けが必要になったら、どんな方法でもいいからすぐに知らせるんだ。いいね?」
なるほど。ただ闇雲に探すんじゃなく、最初から先輩の手のひらの上で罠を張る作戦というわけか。
(……でも、とある方法ってなんだ? 何かをしてたそぶりなんて見えなかったのに)
まあ、こういう強キャラの能力ってのは後々判明するからいいんだ。今は、判明するまでの間を楽しみに待つとしよう。
そうして、先輩の隠れた能力の判明を待ち焦がれながら、俺たちは指示された通り、森の各要所へと散って配置につくことになった。
チーム分けの結果、ヒートとエレーナが南側を、ルナとレイル先輩が北側を、そして俺はヨマとの二人で、西側を見張ることになった。
ちなみに東側を見張らないのは、【タルタロス大森林】は東側に進んでいけば大きな崖があり、三方向から攻めていけば、その崖に敵を追い詰めることができるので、東側の見張りは要らないということだ。
そんなこんなで、配置についてから、わずか3分後。
「……ねえフェクト。僕はちょっとここで仮眠を取るからさ、何か起こったら起こして……」
「お前……まだ3分だぞ? どんだけ夜更かししたんだよ……」
根っこを枕がわりにし始めたヨマに、俺は戸惑いながらもツッコミを入れた。
「……まあ、僕は夜型だからね……。朝は苦手なんだ」
「……?」
なんだか、意味ありげに呟くものだから、思わず疑問に思ってしまった。
なにかわけがあるのだろうか?
……まあ、今は深く追求するべきではないのかもしれない。
(まだ出会って少ししか経ってないんだ。深いところに首を突っ込むのは、まだ得策ではないな)
そんなことを考えていると、不意に森の空気がガラリと変わった。
……カサリ。
不自然に枯れ葉が踏み荒らされる、微かな足音。
巨木が鬱蒼と生い茂る原生林の静寂が、まるで冷たい刃で切り裂かれるように、じわじわと、圧倒的なプレッシャーを伴って張り詰めていく。
小鳥のさえずりも、虫の羽音も、一瞬にして完全に消え失せた、悪意の気配。
(……ついにきたか、大罪団。どんな見た目しているのか、見せてもらおうじゃないか)
「――たくっ、なんで俺たちがこんなことしなきゃいけないんだよ。第一、なんでリニシアなんかに用があるんだよ?」
「そう言うな。観察は重要なことだ。それに、スロース様直々の命令だ。逆らったら何をされるかわからんぞ」
「仕方ねえな。愚痴を吐くのはこれくらいにしとくか。いつどこで会話を聞かれてるかもわからないからな。あの幹部は、逆らうと何されるかわからないからな」
そんな会話を繰り広げていたのは、謎の模様が描かれている不気味なお面を被っている、大罪団と思われる2人組だった。
スロース? 幹部?
聞いたことのない単語が出てきすぎて少し理解が遅れたが、前世のアニオタ知識を総動員するに、大罪団には幹部がいて、そのうちの1人がスロースという奴なのだろう。
(キタキタキタ!!! こういう未知の組織の全体像が明らかになっていく感じ、最高にワクワクするぜ!)
心の中が興奮で満たされていると、ふと隣にいたヨマが目に入った。
先ほどまで眠そうにしていたはずのヨマが、驚くほど真剣な、いや、怒りと憎しみの孕んだ顔をして会話を聞いていた。
「スロース……」
ヨマは、そう低く呟き、カタカタと体を震わせている。
そうして、小刻みに震える体が周囲の草にぶつかり、カサリと音が鳴ってしまった。
(あれ? これまずくね?)
俺がそう思った――次の瞬間だった。
「――! ……おい、誰かいるぞ」
「なんだって?」
どうやら、あいつらに気づかれてしまったらしい。
(少し音を立てすぎたな)
「チッ、どこにいる? 早く出てきた方が身のためだぞ?」
2人組のうちの片方が、俺たちに語りかけるように言ってきた。
「おい、草むらから音がしたからって、誰かいるってわけじゃないんじゃないのか? なんかの動物だって可能性もあるだろ」
「ああ、確かにそうかもな。だが、念の為に確認しておく分には損はない。もし動物だったのなら、それだけの話だ。……よし、この辺りを探すぞ」
そう言って、そいつらは茂みを漁り始めた。
もし、このままここで待機していれば、いずれ見つかってしまうだろう。
俺は大丈夫だと思うが、固まっているヨマはこのままだとまずい。
(仕方ない、とりあえず正気に戻すとするか)
俺は、誰にも聞こえないような小さな声で、ヨマへと話しかけた。
「おい、そろそろちゃんとしろ。このままだとまずいぞ」
俺はそう言いながら、ヨマの肩をさすった。
「――! ……ああ、ごめん。もう大丈夫だよ」
明らかに大丈夫そうではないが、とりあえず固まっていた状態からは抜け出せたので、今はよしとしよう。
「おい、ヨマ。1つ提案があるんだけど、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ。それで、作戦ってなに?」
「フッ、聞いて驚け見て笑え。俺の考えた作戦、それは……」
俺はヨマヘと向き直り、言った。
「その名も、”いきなり襲われたら反応できない作戦”だ」
「……はい?」




