ChapterⅤ
第1話 はじまり
日本最大の暴力団組織・最上組。
その新幹部である牧本は、人通りの多い西成の街中に構えられた大きな事務所で、引っ越し作業に追われていた。
古びた木造の建物には、染みついた煙草の匂いが漂っている。
牧本は段ボールを持ち上げ、数名の部下とともに黙々と家具を運び込んだ。
「……こんなもんか」
一息つき、デスクに腰を下ろす。
半年前――異世界軍勢の侵攻。
世界を恐怖に陥れ、多くの命が奪われたあの事件で、牧本も仲間を失った。
胸の奥で、怒りと悔しさが渦を巻く。
人間の恐ろしさを、必ず思い知らせてやる。
そんな思いを抱えながら、埃をかぶった段ボール箱を開いた。
中に入っていたのは、仲間たちと笑顔で写る写真の数々だった。
「どうか……見ていてください」
写真を額に当て、牧本は静かに涙をこぼした。
半年前 午後11時 大阪府・最上組大阪支社
夜の大阪の街。
突然、腹の底に響く衝撃が連続して街を揺らした。
建物の壁が砕け、窓ガラスが粉々に散る。
悲鳴を上げながら、人々が四方八方へ逃げ惑う。
その混乱の中心で、SATが黒いローブに身を包んだテロリスト集団と銃撃戦を繰り広げていた。
「クソ……らちが明かない!」
当時刑事だった釜野は、リボルバーを構え、ローブ姿の一人に向けて引き金を引いた。
テロリストは両手をビルへ向け、光を帯びたエネルギーの塊を放つ。
それは建物に直撃し、爆炎と衝撃波を撒き散らした。
偶然にも、その一撃は最上組大阪支社を捉えた。
「こっちです! 早く!」
出張中だった最上を、唐松が車へ誘導する。
その直後、事務所は激しい爆発に包まれ、炎が一面に広がった。
「ぎゃあああああああ!!」
飛び散った火炎が人々を襲い、唐松たちは身体を焼かれ、地面に倒れ込む。
「あっつ……!」
最上は歯を食いしばり、その場から走り去った。
直後、ローブ姿のテロリストたちは、まるで最初から存在しなかったかのように、突如姿を消した。
この抗争で、多数の死者と負傷者が出た。
後に世間は、この事件を「大阪未知事件」と呼ぶことになる。
「入るぞ」
声とともに扉が開く。
「田崎さん! お疲れ様です!」
牧本たちは一斉に頭を下げた。
田崎は部屋を見渡し、頷く。
「だいぶ片付いてきたな。朝礼を始める、最上さんのところへ行くぞ」
最上啓介――最上組の組長。
殿様のような装いをし、拉致した一般人を残忍に拷問することを娯楽とする男。その姿は、まさに悪魔だった。
会議室にはすでに、各支部の幹部たちが集まり、椅子に腰かけている。
「遅ぇぞ、田崎」
「すみませんね、新人教育してたもんですから」
「組長が入られます!」
その声と同時に、全員が立ち上がり、歩いてくる組長へ深く頭を下げた。
最上は不機嫌そうに、長机の先に用意された玉座へ腰を下ろす。
「……今回の件よぉ。元からワシらの領地だっただろうが。奪われたもんを取り返しただけで、何一つ得てねぇじゃねぇか」
先日、別のヤクザに支社を乗っ取られた事件。
最上組は抗争の末、それを奪還したばかりだった。
「おめえら、本気で日本を取る気あんのか?」
最上は無造作に拳銃を構え、近くにいた部下へ向けた。
乾いた発砲音が室内に響き、部下の頭部が撃ち抜かれる。
床に崩れ落ちる身体。
組員たちは言葉を失い、凍りついたように立ち尽くした。
「我々の力不足です。申し訳ありません」
山崎が震える声で頭を下げる。
だが最上は、急に満面の笑みを浮かべた。
「……けどなぁ。おめえら、喜べ」
何もない空間へ、両手を突き出す。
次の瞬間、空間が歪み、円形のゲートが出現した。
「昨日、急に使えるようになってな。その先を覗いてみたんだわ」
「そしたらよぉ……ぶっとい尖った耳の連中の街が広がってやがった」
「腰抜かしたわ。なんじゃこりゃってなぁ。でもよ、あのローブ共の住処に間違いねぇ」
「行く気ですか?」
牧本は、抑えきれない興奮を滲ませながら尋ねた。
「当たり前だろ。カチコミに行って、皆殺しじゃぁ!」
最上組は、異世界侵略へ向けて動き出した。
同刻 東京・新宿 警視庁マル暴捜査本部
訓練道場。
「オラァ!」
釜野は新人捜査官・新田を豪快に背負い投げにした。
床に叩きつけられた新田は、顔をしかめて起き上がる。
「いてて……少しは手加減してくださいよ」
「甘えるな、新田。相手は日本最大のヤクザだ。いつ戦争になってもいいよう、鍛え続けろ」
第2話 イザ
青白い光に包まれたポッドの中で、中国人の青年がゆっくりと目を開けた。
視界はぼやけ、冷たい金属の匂いと消毒液の匂いが鼻をつく。
「……ん……」
イザは腕を動かそうとするが、両手はポッド内部の柱に手錠で固定され、点滴の管が何本も腕に刺さっていた。
じくじくとした鈍痛が腕を走る。
「あ……? 何が……あった……?」
プシュー……ガチャ。
ポッドの蓋が開き、医務室の白い蛍光灯が目に飛び込む。
「起きたかい、イザ」
足を組み、新聞をめくる白衣の男がゆっくり顔を上げた。
「……誰だ、お前」
「質問はいくらでもあるだろうが……その前に、お前に会いたがっている人物がいる」
ガチャリ──。
扉が開き、殿様の格好をした男が豪快に足を踏み入れてきた。
「おぉ、目を覚ましたか、同士よ」
最上啓介──最上組の頂点に立つ男。
医者は慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。
「お疲れ様です、最上さん!」
最上は無造作に椅子に腰を下ろし、葉巻に火をつける。
紫煙がゆっくり天井へ昇る中、低い声が響いた。
「さて……どこから話そうか。お前はな、四年間、そのポッドで眠っていた」
イザの眉がわずかに動く。
「覚えているか? あの戦争を……お前が一度、死にかけたあの日を」
同刻──
警視庁 マル暴捜査本部・会議室。
マイクを握った釜野が、壁一面のスクリーンを背に刑事たちへ視線を送った。
「皆も知っている通り……異世界と呼ばれる未知の勢力の侵攻は、半年前が初めてじゃない」
ざわめく会議室。釜野は視線を鋭くした。
異世界 アルタイル王国・王宮。
窓の外で雷鳴が轟き、紫電が雲を裂く。
違法薬物、魔法強盗、街を覆う混沌──
若き王ガルルの暴力支配によって、王国は日々腐り落ちていく。
玉座の上で昼寝をしていたガルルが、薄く目を開けた。
「ん……」
「お目覚めですか、陛下」
騎士カイラが一冊の日誌を手に、静かに近づく。
「ノックぐらいしろ。不敬だぞ」
カイラは眉一つ動かさず、その日誌を差し出した。
「懐かしい物を見つけました」
ガルルは表紙に指を滑らせ、薄く笑う。
「懐かしい……これは我々の──」
場面は再び会議室へ。
釜野の声が重なる。
「そう……あれは四年前に起きた戦争」
最上の低い声と、ガルルの言葉が同時に響く。
「『1.1』と呼ばれる──異世界との戦争だ」
ガルルは冷たい瞳で日誌を閉じた。
「まさに我らの“聖戦”だ」
第3話 渡来
2025年1月1日──午前零時。
新しい年の鐘が鳴る京都の夜空を、轟音と悲鳴が切り裂いた。
魔女ヴェンデッタ率いる異世界の軍勢が、闇を裂いて侵攻を開始する。
石畳は爆ぜ、瓦屋根は炎に崩れ落ちる。
泣き叫び、逃げ惑う市民たちは、放たれた魔法の閃光に次々と飲み込まれていった。
「人間は一人も逃がさないわよ!」
ヴェンデッタの赤い瞳が暗闇に燃える。
「させるか!」
剣を抜き、異世界アルタイル王国の国王クライスが騎士団を率いて京都に降り立った。
鋼の鎧が街灯の光を弾く。
「クライス……来たか!」
ヴェンデッタの隣に立つ男──杖を構えるメントが嘲る。
「騎士団よ、人間を守れ!」
クライスの号令が響く。
「今頃ティードが、人間を喰い尽くしている。もう手遅れだ」
メントの口元が歪む。
「それはどうかな」
若き騎士カイラが剣を閃かせ、メントに迫る。
同じ頃、市街地の別区画では──
巨体の狼が自衛隊員を次々に引き裂いていた。
変身術の使い手ティード。クライスの実兄にして、最凶の獣。
「この世界の支配者は、この俺だァ!」
血に濡れた牙を剥くティードに、重装備の釜野が叫ぶ。
「狼野郎ォ!」
M4の連射が火花を散らす。
その時、頭上にローター音が近づいた。軍用ヘリだ。
「軍事ヘリ!? どこの所属だ!」と釜野が叫ぶ。
機内から身を乗り出したのは、中国マフィアの幹部イザ。
かつて仲間をヴェンデッタたちに殺され、復讐だけを生き甲斐にしてきた男だ。
「支配者は……お前らじゃない……」
その眼が狂気に光る。
「この……俺だァァァ!!」
「まずい……!」
「退避! 退避ィ!!!」自衛隊員の声が飛ぶ。
次の瞬間、ヘリから発射されたミサイルが火を引いてティードに直撃──
だが、炎の中から現れたティードは無傷だった。
「最奥魔法──デビルズ!」
大地に叩きつけられた魔力の拳が爆発を起こし、ヘリは制御を失い墜落する。
煙と瓦礫の中、両脚を挟まれ動けないイザに、ティードが歩み寄る。
銃口が額に向けられる。
「……は、ははは……!」
血に濡れた口元でイザは笑った。
「ちくしょおおおおおおおお!!!!!!」
乾いた銃声が夜空を裂き、イザの身体が力を失った。
その後、クライス率いる騎士団は激戦の末にヴェンデッタ一味を退け、京都の夜に再び静寂が訪れた。
アルタイル王国のクライス王とアメリカ大統領は、これ以上の惨劇を防ぐために互いの世界への干渉を禁ずる条約を締結。
ひとまず、異世界と現実世界の均衡は保たれた──。
最上は話を締めくくると、深く椅子に腰掛けたままイザを見据えた。
「──と、いうわけだ。俺たちの異世界征服……協力してほしいんだわ」
カチャリ、と乾いた音。
イザの背後で組員が無造作に銃口を突きつけている。
「ハハハ! もちろん、断れば殺す」
わざとらしく愉快そうに笑う最上。その目は冗談ひとつない獣の光だ。
イザはしばし黙り、ふっと口角を上げた。
「……葉巻、あるかい?」
「もちろんよ」
裾をまさぐり、最上は一本の葉巻を取り出した。
ジッポの炎が一瞬だけ赤く揺れ、イザの顔を照らす。
イザは火を受け取り、ゆっくりと紫煙を吐いた。
「……俺を、誰が殺せるって?」
その瞬間、牧本の顔色が変わる。
「最上さん! 今すぐこの部屋から──」
言葉を言い切る前に、信じられない速度で牧本の顔面が吹き飛ばされるように殴られた。
空気が震え、部屋にいた全員が一瞬硬直する。
「き、貴様ぁ!」
組員たちが慌てて引き金を引く。銃声が弾け、硝煙が充満する。
しかしイザの姿はすでに机の下。
反撃は一瞬だ。椅子が唸りを上げて飛び、組員の腹を打ち抜く。
男は崩れ落ち、そのまま動かない。
イザは転がった拳銃を拾い上げ、ゆっくりと最上に照準を合わせた。
薄暗い部屋に、二人の視線がぶつかり合う。
「……これでもお前には感謝してる。瀕死から生き返らせてくれてよ」
最上の口元が歪む。
「期待通りだわぁ! イザ! やっぱり俺らは同類だ!」
「殺したければ殺せ! 俺ぁもう満足だ!」
最上は豪快に笑いながら、わざと胸を張った。
イザはしばし沈黙し、銃口を下げる。
ポケットに銃をしまい、低く呟いた。
「……久々だな。同じ悪党に会えたのは」
「おれぁ、わかってくれて嬉しい!」
最上は椅子から立ち上がり、迷いなくイザを抱きしめた。
その笑みは、獲物を捕らえた獣のように危うい。
ドス…ドス…と地面を震わせる重い足音。
翌朝、最上組の精鋭たちは正門前に整列していた。全員、戦闘服に身を包み、目は血走っている。
山崎が一歩前に出て、低く響く声で命じた。
「ええかお前ら。向こうに着いたら──誰だろうと撃って、刺して、殺せ。殺しまくれ」
「銃弾は温存だ。ナイフで刺せるなら、刺し殺せ」
「うっす!」
一糸乱れぬ返事が揃い、殺気が空気を染めた。
牧本が口元を押さえ、抑えきれぬ高揚を漏らす。
「……いよいよですね」
「じゃあ行くべぇ」
殿様姿の最上が両手を広げ、目をカッと見開く。
「──繋がれ」
空間がうねり、光の輪が浮かび上がる。
おおお……! と組員たちが息を呑む。
「先陣は俺だ」
イザが無造作に拳銃をぶら下げ、迷いなくゲートをくぐった。
最上がにやりと笑い、叫ぶ。
「お前らも続けぇ!」
──次の瞬間。
賑わうエルフの商店街が目の前に広がった。香ばしいパンの匂いと笑い声が満ちるその中心で、最上は躊躇なくカチャリと銃を向ける。
「え……?」
女のエルフが驚きの声を上げた刹那──。
銃声が商店街を裂く。女はその場に崩れ、赤い飛沫が最上の袴に散った。
「ははは……!」
最上はナイフを抜き、倒れた腹を何度も何度も突き刺す。
「やっぱ、生はええなぁ」
「きゃあああああああああああ!!!」
阿鼻叫喚の声が四方に響き渡り、エルフたちが一斉に逃げ出す。
「何してる!撃ちまくれ!」
山崎の号令で組員たちは我に返り、四方へ散って逃げる背中を撃ち抜いた。
バンッ、バンッ──血が石畳に線を描く。
「……刺してたら腹減ったなぁ」
最上の腹が鳴った。
牧本が笑みを浮かべ、古びたパスタ屋を指す。
「このパスタ屋はどうです?」
「おお、ええなぁ! よし行くぞ!」
血に濡れた靴音を響かせ、最上たちは悠然と店へと向かった。
──アルタイル城・王宮。
「ふぅん……人間が?」
王ガルルは玉座で顎に手を当てる。
「ハッ。人間たちが商店街で市民を虐殺した模様です!」
兵士が緊張の面持ちで報告する。
ガルルの目が細まり、冷ややかに命じた。
「騎士と兵士三十名を動員しろ。市民を守れ」
「かしこまりました!」
兵士は敬礼し、走り去った。
第4話 ごきげんよう
チリン――。
鈍い音を立て、古びたパスタ屋のドアが開いた。
午前の陽光が差し込み、そこに殿様姿の男――最上が立っていた。背後には、刃物や拳銃を手にした無骨な男たちがずらりと並ぶ。店内にいたエルフの客たちは、一瞬、何が起きたのかわからず手を止めた。
皿に盛られたパスタの湯気だけが、ゆらゆらと揺れている。
「ごきげんよう、貧民諸君」
最上は不敵に笑い、歩み寄る。
「わしら、腹が減っておってなぁ。さっさと旨いもん出してくれんか?」
店長は営業用の笑みを作り、愛想よく応えた。
「これはこれは……人間のお客様とは珍しい。どうぞおかけください」
案内された大きな円卓に、最上たちはゆっくりと腰を下ろす。
――しかし。
店長の目が、ふと吊り上がった。
「ミーヤ!前の客の皿、まだ片付けてないのか! 待たせるんじゃねぇよ!」
スプーンの柄でテーブルをコンコンと叩く音が、店内の静けさを不快に切り裂く。
「す、すみません! 今すぐ――」
慌てて厨房から現れた少女ミーヤは、手にした布で必死に皿を拭き始めた。
「まったく、どいつもこいつも役立たずだな……これだから貧民は」
店長の吐き捨てる声に、最上の笑みがわずかに歪む。
「……お前、勘違いしてんじゃないけ?」
殿様姿の男は、ゆっくりと懐から拳銃を抜いた。
「欲しいのは、お前らの“肉”だわ」
「え……?」
乾いた銃声。ミーヤの背後にいた従業員が、頭を撃ち抜かれて崩れ落ちた。
悲鳴が爆ぜる。
「きゃああああああああ!」
客席は椅子を倒しながら混乱の渦に飲まれる。
「うるせぇんだよォ!」
最上は叫び、近くの若い女客に飛び蹴りを放つ。倒れた彼女に馬乗りになり、平手で頬を打ちつけるたび、赤く腫れ上がっていく。
「かわいい顔して……何が“きゃあ”だ!」
バシ、バシ、と乾いた衝撃音。
店長は青ざめて裏口へ走ろうとするが、牧本が足を狙ってナイフを突き立てた。
「どこ行くんだよぉ?」
「……いただきまぁす」
最上は血走った目で女客の首筋に噛みつく。生温い血が口中に広がり、肉を引きちぎると、真紅のしぶきがテーブルや床に飛び散った。
客たちは悲鳴を上げながら、我先にと出口へ殺到する。
「うんめぇなぁ……女の肉はよぉ」
最上は口端から血を滴らせ、山崎に肉片を放った。山崎は無言でそれを咀嚼する。
「……お前らは何なんだ……!」
泣きじゃくる店長に、イザが膝をついて顔を近づける。
「俺たちは、この世界に戦争を吹っかけに来た。その犠牲第一号が、お前らだ」
「イザ、そのミーヤってやつの耳を切り取れ」
最上の声は淡々としていた。
「え……?」
少女の瞳が恐怖に見開かれる。
「悪く思うな。悪いのは、この世界だ」
イザは彼女の首を片手で押さえつけ、もう片方の手に握ったナイフをゆっくりと耳へあてがう。刃先が皮膚を裂く感触が、指先にじわりと伝わる。
「いやああああああああ!」
必死の抵抗も、怪力に封じられる。耳を裂く生々しい音と、悲鳴が重なる。
「……取れたぜ」
右耳を切り離されたミーヤが、血だまりの中でもがく。イザはその耳を最上へ差し出す。
「この耳、喰え」
「……は?」
「遠慮すんな」
最上は店長の首をつかみ、口に無理やり耳を押し込む。吐き出そうとした瞬間、さらに力を込め、喉へ押し流す。
ごぼ、ごふ、とむせる音が響いた。
「よし、もう出るか。……燃やせ」
ガソリンが床に撒かれ、マッチの火が落ちる。炎が一気に広がり、木の壁もテーブルも赤く舐め上げた。
炎上するパスタ屋を背に、血と煙の匂いをまとった最上たちが路地を抜けたその瞬間――。
「……動くな、人間共」
冷たい声が響いた。
通りの先、鎧に身を包んだ兵士たちがライフルを構え、一斉にこちらを狙っている。その中心に立つ一人の男が、青いマントをはためかせ、磨き上げられた剣を腰に携えていた。
「……あぁ?」
最上はゆっくりと顔を上げ、狂気を孕んだ薄笑いをその男に向ける。
「おい、どっかで会ったことあるか?」
イザが片目を細めて問いかける。
「初対面だよ、間抜け」
青マントの男――カイラは一歩前へ進み出た。声は低く、しかし殺意を隠そうともしない。
「さっさと終わらせよう。陛下に怒られるのは御免だからな」
その横で、巨大な鉄槌を肩に担いだ男がニヤつく。
「怒られるのは管理職のお前だけだから、俺は平気さ」
ギャバット――カイラの幼馴染であり、圧倒的な怪力を誇る戦士だ。
「じゃあ、最初は私から行かせてもらおっかなぁ!」
甲高い声とともに、道着姿の女戦闘員エリーが一歩前に躍り出る。目の奥が、戦いを求めて爛々と輝いている。
「俺たちは、騎士団」
カイラが告げる。
「お前らが、我が国に不法侵入し、市民を虐殺した人間だな?」
「だったらどうすんじゃ、ボケェ」
最上は鼻で笑い、血に濡れた手で拳銃を回した。
「――潰す」
カイラの声は、剣が抜かれる音と同時に低く響いた。
「ほぉらっ! 炎拳ッ!」
エリーが跳び出す。振りかざした拳が灼熱の炎に包まれ、空気を裂く衝撃波となって最上たちを襲った。
「ボス!」
組員の一人が最上を突き飛ばし、その身を盾にする。炎が一瞬で彼を飲み込み、黒煙と悲鳴が同時に上がった。
燃え上がる肉の匂い。地面に崩れ落ちながらもがく姿を、最上はただ見下ろす。
「……これが魔法か」
狂気の笑みが、さらに深く刻まれる。
「夢みたいな力だぎゃ……!」
第5話 カメレオン
雨が冷たく降りしきる中、アルタイル王国の地下深く――
ガルル王率いる科学者たちは、新たなる“兵器”の開発に没頭していた。
ベッドに手足を縛り付けられ、注射のチューブが無数に刺さる一人の男。
その隣には、同じく管で繋がれた巨大なカメレオンが、檻の中でじっと身を潜めている。
「陛下、準備が整いました」
科学者の一人が、玉座に鎮座するガルルにスイッチを差し出す。
「よし、始めるぞ――これが我らの切り札、カメレオンと罪人の融合兵器だ」
ガルルの言葉に、装置が唸りを上げる。
ウィーン――ウィーン――。
装置が男の身体を締め付け、彼の喉からは悲痛な叫びがこぼれ落ちた。
「や、やめろ……頼む!」
男の意識は次第に霞み、隣のカメレオンもおとなしくなっていく。
周囲の科学者たちは、かすかに詠唱めいた呟きを重ね、排気ガスの煙が辺りを覆った。
「終わったか?」
ガルルが問いかけ、立ち上がる。
煙の中から、奇声を上げながら現れたのは、融合体――カメレオン男だった。
「きええええ!」
その姿はもはや人の形を留めず、うねる蛇のような動きで拘束を解き放つ。
「大成功だ……!」
狂気に満ちた笑みを浮かべ、ガルルは背後からそっと迫る。
「お前はこれから《JOKER》と呼ぶ。俺たちの切り札だ」
「お前に俺は止められない」
JOKERは冷たく言い放ち、呪法を詠唱した。
「呪法!」
凍りつく巨大なツララが、ガルルへと迫る。
「呪法《罰剣》!」
ガルルは剣を抜き、呪いを纏わせて迎撃。
金属と氷の衝突音が地下室に響き、火花が散った。
「俺は自由になった。こんな力を授けてくれたお前には感謝するぜ!」
「何だと?」
突然、科学者たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。
「逃がすものか!皆、ぶっ殺してやる!」
JOKERは凶暴な化け物と化し、手近にあったバールを振りかざして追い詰める。
グシャッ!
一人の科学者の頭蓋にバールが深々と刺さる。
「一匹」
次々と非道な音が地下室を満たし、JOKERは残虐に命を奪い続けた。
「さらばだ、王よ。いつかまた会える気がするぜ」
「逃がすかぁあああ!!!」
ガルルは叫びながら手を掲げ、爆発魔法を放とうとするも、
JOKERは天井を破壊し、地下道を駆け抜けて王都へと姿を消した。
第6話 メガティード
最上組が異世界へ侵攻してから、わずか三時間が経過していた。
長野県の山奥にひっそりと佇む阿連研究所。
かつて異世界との大戦“1.1”で京都を襲った魔狼団、ティード海賊団の船長・ティード。
狼へと変身する異能を駆使し、かつて国王クライスと死闘を繰り広げた彼は、その激戦の末に命を散らしていた。
しかし三年間、秘密裏に進められたクローン計画が遂に完成を迎える。
ティードの血液、DNAを機械の肉体へと埋め込み、新たなる“メガティード”が誕生したのだ。
「死者のクローン……これが我々の真骨頂だ」
奈津総理大臣はビールを片手に、無表情にその装置を見つめていた。
科学者が慎重にスイッチを差し出す。
「起きろ、オオカミめ」
バシュン——!
装置が轟音と共に破裂し、煙が室内を満たした。
咳き込みながらも、総理と科学者たちは気を張る。
「ぬああああ!」
響くのは怒りに満ちた咆哮。
「俺様は!メガティードだぁあああ!!!」
「制御を!急げ!」
総理が怒声を飛ばすが、科学者は顔を歪めた。
「無理です!制御できません!」
「な、なぜだ……!」
「貴様らに俺様を制御できると思うな!焼き尽くしてやる!」
メガティードの身体は巨大な狼へと変貌し、烈火の如き炎を吐き出した。
「最奥魔法!」
猛火が室内を襲い、悲鳴が轟いた。
「ぎゃあああああああああ!!!」
総理も科学者たちも焼き尽くされ、灰となる。
メガティードは高笑いを響かせた。
「俺様は帰ってきたぞぉ!!!」
辺りの魔力の気配を嗅ぎ取り、牙を剥く。
「この方向……魔力の気配がする。ゲートがあるな?」
「待っていろ……俺が再び頂点に君臨する!必ず報復してやる、クライス!」
そう吠えたメガティードは、鋭い眼差しで最上組の事務所の方向へと歩を進めた。
そして、異世界への帰還を果たしたのだった。
第7話 解放
一方
カイラが冷たく告げる。
「死にたくなければ、投降するんだな」
最上たちを囲む兵士たちは、銃を構えて動きを封じていた。
「わかったわかった!降参する!」
最上が腹の底から声を絞り出す。
山崎が驚愕の表情で最上を見つめ、牧本は諦めの色を浮かべた。
「ここまでか……」
その瞬間、カイラと仲間たちが一斉に殴りかかり、最上たちは意識を失った。
「させねぇよ!」
牧本は叫びながら兵士のひとりを撃ち、その場から走り去る。
「逃がさん」
狙撃手のハンドルがボウガンを構え、獲物を狙う。
「これならどうだ!」
牧本は手にしていたスモークグレネードを投げ込み、一帯を濃煙で覆った。
「くそっ……」
ハンドルは苛立ちを滲ませた。
「そう簡単には逃げられん。奴は後でな」
カイラは冷静に言い放つ。
――二時間後――
アルタイル城、地下収容所。
暗い檻の中で、イザが目を覚ます。
「んん……」
辺りを見回しながら、イザは静かに呟いた。
「掴まっちまったか」
重いため息をつくと、兵士の声が響く。
「おい、起きろ、ヤクザ」
イザが反応すると、兵士が首を掴み強引に起こした。
「この世界に来るのは構わないが、これ以上被害を出すなら排除する。わかったか?」
背後から声が響く。
「後ろだ、馬鹿野郎!」
牧本がバールを手に現れ、兵士の横腹を一閃。
ザクッ——と鈍い音が響き、兵士が絶叫しのたうち回る。
イザはその隙を逃さず、兵士の耳に噛みついた。
「アアアアアアアアアアア!!!」
血まみれになりながら、くちゃくちゃと旨そうに耳をむさぼるイザ。
やがて兵士は動かなくなった。
「へへへ」
イザは満足げに薄ら笑い、牧本を見た。
「鍵だ!兄貴!」
牧本は手錠の鍵を差し出す。
イザは素早く解錠し、自由を取り戻した。
「最上の手錠も外してくれ」
イザの瞳が闘志に燃え、静かにそう告げた。
最上が伸びをしながら声を上げる。
「ん〜!あー!」
数分後、解放された最上たちは地下収容所の薄暗い回廊で背伸びをしていた。
「よし、仲間、増やすぞ」
イザは黙って鍵を差し出す。
「鍵だ」
最上はそれを受け取り、次々と檻の錠を解いていく。
檻の中のエルフたちは戸惑いの表情を浮かべる。
「え…?」
最上は彼らに手を差し伸べる。
「お前ら、出してやる。だから俺たちに協力しろ」
罪人のエルフたちは迷いながらも、やがてその手を掴んだ。
「おい、山崎!」
最上が鍵を放り投げる。
「ヘイ!」
山崎が次々と檻の鍵を開けていく。
エルフたちはゆっくりと牢から出てきたが、その顔には困惑が浮かんでいる。
そこへエルフの兵士たちが駆けつけ、ライフルを構えて叫んだ。
「動くな!」
だが、牧本が叫びながらバールを振り下ろす。
「おおら!」
一撃で兵士の頭蓋を砕き、血しぶきが舞った。
兵士たちは恐怖に駆られ、地上へと逃げ去る。
最上は木箱の上に跳び乗り、大声で叫んだ。
「俺は最上!異世界をぶっ壊しに来たんだ!お前らを自由にしてやる!俺たちの仲間になれ!」
「お前らだって、捕らえられた国に復讐したいだろ?」
エルフたちは薄く笑みを浮かべながら、静かに頷いた。
そうして、新たな仲間が最上たちのもとへ集い始めた。
第8話 JOKER
「いやっほー!」
自由を手にしたカメレオンのキメラ、JOKERは王国の広大な森を駆け回り、解き放たれた喜びを全身で謳歌していた。
だが、背後から冷たい声が響く。
「見つけたぞ」
振り返る間もなく、王国最強戦力のカイラが一撃を見舞い、JOKERの後頭部を殴りつけた。意識は一瞬にして闇に沈む。
やがて意識を取り戻すと、JOKERは堅牢な椅子に拘束されていた。
テーブルの端では、王国の王ガルルが豪快にステーキを頬張っている。
「きええええええい!!!」
威嚇するJOKERの視線を、ガルルは冷静に受け止める。
「まあ、落ち着けよ」
ガルルの声は穏やかだ。
「殺したいわけじゃない。国内では自由にさせてやる。だから、うちの兵士になれ」
その言葉は、JOKERにとって悪くない提案だった。
自由——それは、罪人として捕らわれていた過去からずっと夢見ていた最高の権利。
そして、合体実験で得た力もある。
しばしの沈黙の後、JOKERは決意を口にした。
「…何をすればいい」
ガルルはにやりと微笑んだ。
第9話 美術館
クローンとして甦ったメガティードは、世界を繋ぐ禁断の魔法を駆使し、異世界へと渡った。
──アルタイル王国、東国立美術館。
ここはかつての戦争の書記や武器が所蔵されている場所だった。
巨大な門の前に、狼の姿をした大男がどっしりと立つ。
「俺の船はどこだ――」
低く唸る声が闇に響く。
「最奥魔法、ブレア!」
メガティードは突然、口から炎の嵐を吹きつけ、美術館を襲撃した。
「きゃあああああ!!」
慌てふためくエルフたちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。
ドシドシと無慈悲に足音を響かせ、美術館の奥へと潜入していく。
そして、ついにその目はあの木造の海賊船を捉えた。
「見つけた……20年ぶりだな、我が愛しき船よ!!」
古びた海賊船はしっかりと固定具で縛られている。動かすには並大抵の力ではない。
「運が良いことに、隣が川だ。この先に海がある……!」
メガティードは豪快に海賊船へと飛び乗った。
「動くな!」
しかし、ライフルを構えた兵士たちが続々と美術館に駆けつける。
「ガルルの差し金か……いいだろう、全員焼き尽くしてやる!」
メガティードは再び口を大きく開き、灼熱の炎の壁を吐き出す。
兵士たちはその炎に焼き焦がれ、悲鳴をあげてのけぞる。
「ぎゃああああ!!」
燃え盛る美術館を背に、メガティードは力を込めて固定具を引きちぎり、船を川へと押し出した。
「待っていろ、ガルル!今、出航する!!」
狼の咆哮が夜空に響き渡る。
第10話 罪人逃亡
最上は仲間と数十名の罪人たちを引き連れ、城へと駆け上がった。
「はぁっ!」
兵士が槍を突き出し、罪人の一人に深々と刺しつける。
「なんにしょんだわ、このボケカスがぁ!」
激昂した最上はバールを振りかざし、報復の如く兵士の頭部をザクザクと抉った。
「牧本、イザは先に街へ出て、馬車を数台連れてこい。この暴動が終わり次第、すぐに東京へ戻るぞ」
山崎が冷静に指示を飛ばす。
「了解です」
牧本が応じた。
「おぉい、山崎ぃ!」
狂気を帯びた表情で最上が呼びかける。
「このクソ兵士を拉致しろ。こいつも連れて行くぞ」
最上は兵士の耳を掴み、無理やり引きずった。
「了解」
山崎はまるでロボットのように黙々と兵士を縛り上げる。
「よぉ、クソ野郎」
不意に最上の背後から声がした。カイラが立っている。
「ボス!」
山崎は慌てて銃を連射した。
「随分と暴れてくれたな。で、用件は何だ?」
銃弾を受けてもビクともしないカイラの肉体。
「決まっとろうが、この大阪襲撃の復讐に来たんだぎゃ!」
最上は叫ぶ。
「ついでに魔法の力も奪い取って、都庁と戦争を仕掛ける!」
右腕を掲げ、最上の手のひらから火球がほとばしった。
「まさか……魔法か?!」
山崎が驚く。
「がっかりさせるなよ」
カイラは余裕の表情だ。
「喰らえ!爆発!」
火球はカイラへ向かい、轟音と共に炸裂した。
「ボス!馬車連れてきました!」
牧本の声が響く。
「今の内に逃げるぞ」
山崎は最上を促し、馬車に飛び乗った。
その瞬間、空間が歪み、「魔導士」が現れた。
「なんだと?」
カイラが振り返る。
黒いローブをまとい、スーツ姿のダンディな男がにこやかに手を差し伸べる。
「こんにちは、君が最高戦力か。ぜひ握手を」
男は穏やかに言った。
「氷結魔法」
カイラの呪文が放たれ、魔導士の男は一瞬で凍り付いた。
「やだなぁ、握手がしたいだけなのに」
バリン、と氷を割りながら男は再び微笑む。
「一体何者だ?」
カイラは問い詰める。
「魔女ヴェンデッタの師匠とでも呼んでくれ」
男は静かに答えた。
第11話 アメリカ再建
1.1で甚大な被害を受けたアメリカは、前国王クライスとの契約により、魔法の力を用いて建造物の再建と復興を進めていた。
三年にわたるその努力はようやく実を結び、クライスはほっと安堵の息をつく。
ホワイトハウス、大統領室。
クライスは、戦闘能力もかつてほどではなくなっていた。
ソファに腰掛け、虫眼鏡越しに新聞を読みながら呟く。
「ふむ……この体も、だいぶガタがきたようだな……」
髭を撫でながら呟いた。
ルイス大統領がデスクに置かれたポッドで紅茶を淹れ、静かに差し出す。
「紅茶でよろしいですか」
「ああ、すまない、いただこう」
ルイスは何度も口にするように続けた。
「君たちには本当に感謝している」
「そろそろ祖国に戻るべきだろう。今は大変な時期だろうし」
クライスは視線を遠くに向けて、静かに答えた。
「そうだな……息子が国を導くに値するか、見極めてきたつもりだったが、ここまでとは手に負えん」
「もうすぐ、決着をつけねばならんな」
第12話 魔国ジーン
異世界、アルタイル王国の沖合。
旅行船のプールサイドでは、パシャリ、パシャリと映写機の音が響いていた。
何人もの新聞記者が集まり、その視線の先には、プールで悠々と浮き輪に揺られながら泳ぐガルル王と、隣には魔国ジーンの現国王ディッシュがいた。
ガルルはサングラスを外し、だらけきった口調で宣言を始める。
「え~、これより協定を結ぶ~」
だが、その緩んだ態度は記者たちの心にまったく響かない。
「我が国に反旗を翻す愚かな国は、直ちに処す~」
「そして、互いの国が他国へ侵攻する際に必要な兵力は、相互に提供することとする~」
魔国ジーンはかつて、1.1の際に日本へ襲来した国だ。
当時の国王メントは多数の兵士を引き連れ、日本を震撼させた存在であった。
しかし、そのメントは、かつてアルタイル王国の陛下であったガルルの父、クライスによって討たれた。
ディッシュはそれを受けて拍手をしながら応じた。
「お~、いいねぇ~」
パシャパシャパシャ。
シャッター音が鳴り響く中、信じがたい協定式は静かに幕を閉じた。
第13話 オール
アルタイル城 王宮。
最強の剣士カイラと、謎めいた魔導士オールが対峙する中、最上たちは罪人たちを引き連れていた。
「では、始めようか」
オールが静かに告げると、カイラが頷いた。
バコーン!
突如、カイラが目の前に瞬間移動し、オールの腹部に強烈な一撃を叩き込んだ。
「バラバラに解体されたいようだな」
吐き捨てるように淡をぺっと吐いたカイラは、腰の剣を抜いて身構えた。
「無傷だけどなぁ」
オールは涼しい顔で言う。
彼の禁忌魔法「パラメーターカスタム」は、ガード、パワー、スピードなどあらゆる能力を自在に調整可能。まさに、最強戦力と称されるカイラと互角に渡り合える唯一の力だった。
「こっちから行かせてもらう、呪法 呪砲」
オールが右手を構えると、音速で紫に輝く光線が放たれた。
「な……?!」
避けきれず、まともに食らったカイラは、今まで感じたことのない圧倒的な力に膝をつく。
「これはまずいな……」
カイラは剣を床に突き刺し、呪文を唱え始める。
「五神召喚……!」
彼の周囲に魔法陣が浮かび上がり、水神、雷神、炎神、光神、そして断罪神が姿を現した。
「やれ、リヴァイアサン!」
巨大な水の神リヴァイアサンがにょろにょろと動きながらオールへと襲いかかる。
「今の内です……!早く馬車へ!」
牧本が最上とイザを急かし、馬車へと誘導する。
「おめぇらも!早く馬車に乗るか、走って逃げるんだ!」
バタバタと足音を響かせ、最上たちは一斉に逃げ出した。
「繋がれぇ!」
最上が大声をあげ、元の世界へと繋がるゲートを開く。馬車や罪人たちは一斉にその門をくぐり抜けた。
「動けん……!神には通用しないか……!」
リヴァイアサンの咥えたオールはもがくが、動けない。
「じゃあね、最強。また会おう」
その言葉を残すと、オールはシュンとどこかへ転移した。
「あーあ、逃げられたか……まさか俺と互角の奴がいるなんてな」
カイラは呆れたように呟いた。
第14話 契約剥奪
カイラたちはその後も最上たちを追い続けたが、やがて彼らの足取りは掴めなくなってしまった。
──アルタイル王国、港町ダイアリー。
返り血にまみれた服のまま、カイラは疲れた足取りで家路を辿っていた。彼には愛する妻と娘がいる。
木製のドアを開けると、晩ご飯の支度をする妻・アリスの姿が迎えた。
「おかえり。遅かったね」
「……ああ、もう戦いはこりごりだ」
アリスとは幼馴染で、1年前に婚約している。
「パパ」
娘リアが、よちよちと自室から出てきた。
カイラとアリスはベッドに入り、ランプの灯りを消した。
「おやすみ、あなた」
「おやすみ」
しかし、カイラの瞼が突然はじけ飛び、目の前には果てしなく広がる白い空間が広がっていた。
「ここは……?」
そのとき、天空から五神がゆっくりと舞い降りてきた。
「私たちが呼び出したのだ」
カイラは困惑の色を隠せない。
「あんたら……何の用だ?」
「ここで君との契約は破棄させてもらう」
「……は?」
衝撃の言葉に、カイラは言葉を失った。
「残念だよ、君は全盛期よりもかなり弱くなった。魔導士一人倒せやしない」
「君はもう我ら神の力を使えない」
「では、元気でな、カイラよ」
五神の言葉が冷たく響く。
「おい、おい、ちょっと待てよ!!!!!!」
叫び声とともにカイラは目を覚ました。
そこは見慣れた自室のベッドの上。
「おはよう。大丈夫? とてもうなされていたみたい」
隣でアリスが優しく声をかける。
こうして、カイラは神の力を失ったのだった。
第15話 真の王の帰還
アルタイル王国、アルタイル城。
ガルルは背後に整列したデジャヴの面々と多数の武装兵士たちを見据え、低く宣言した。
「では、進軍開始だ。」
その言葉に、JOKERが舌を長く伸ばしながら興奮気味に叫ぶ。
「早速暴れられるのかぁ!」
だがその瞬間、ガルルはデジャヴの仲間たちに向けて銃口を向けた。
「え、陛下?」エリーの声が驚きに震える。
「冗談はやめろ…!」ハンドルがクロスボウに手をかけた。
「ハンドル、やめろ。これだけの人数じゃ勝ち目はない。」ギャバットが制止する。
ガルルは冷たく笑いながら言った。
「今までよく働いてくれた。しかし、もうお役御免だ。」
「カイラにはもう神の力はない。貴様らの時代は終わったのだ。」
その時、重々しい声が響いた。
「待て。」
振り返ると、王座の影から現れたのは――かつての王、クライスだった。
クライスは迷いなくガルルの腕を掴む。
「驚いたか、父さんじゃないか。」
ガルルの顔がこわばる。
「こいつらは元々、私の大切な部下だ。殺させはしない。」
「なぁ、バカ息子よ。もうやめろ。こんなことは。」
クライスはガルルの首に手を回す。
「老いぼれがぁ!構えろ!」JOKERの号令で、武装兵士たちは一斉にクライスに銃口を向けた。
ガルルは苦痛に顔を歪める。
「魔国の連中と手を組んだらしいな。どういうつもりだ。」
「さあ、何とか言ってみろ!」
叫ぶと同時に、クライスはガルルを地面に叩きつけた。
「ここは引くべきだ、クライス。」カイラが告げる。
「外を見ろ!」
クライスが正門の方を振り向くと、空を横断する魔国ジーンの飛行船が幾つも見えた。
「魔国の連中だ!あいつらはガルルを救いに来たのか!」
「デジャヴよ、今すぐ逃げるんだ!馬車に乗り込め!」
「逃がすかああ!!反逆者めぇ!一匹残らずぶっ殺してやる!!」ガルルの叫びが響き渡る。
第16話 暗所
群馬県、とある山中。夜の20時。
「なんで俺たちがこんな山の中でゴミ拾いなんてしなきゃならねぇんだよ」
山田がぶつぶつ呟く。
「仕方ないでしょう?本部長が犯人撃っちゃったんだから」
姫野が肩をすくめて答えた。
「あれは……強盗から被害者を守るためだったけどな……」
釜野はため息をつき、手を動かす。
「いいからさっさと終わらせましょう。夜とはいえ、俺たちは謹慎中ですから」
数日前、新宿の宝飾店で強盗の立てこもり事件が起きた。
犯人は刃物で店内の客を脅し、店を占拠。
一時間後、山田はライフル銃を犯人に向けて説得を試みたが、全く効き目はなかった。
窓越しに犯人の頭が見えた瞬間、山田は無許可で引き金を引いた――。
犯人は即死。
そのため、山田率いる捜査チーム全員が謹慎処分を受けていた。
「ふぅ~!!」
豪快なエンジン音と共に、地元の不良集団が高級車でやってきた。
「何だよ、一体……」
釜野は眉をひそめる。
不良たちは高らかに笑いながら、釜野たちの前で車を止めた。
「ゴミ拾いっすか?大変っすね~!」
缶ジュースの空き缶をポイっと投げ捨て、さらに嘲笑した。
「これもよろしくっす!ギャハハハ!」
不良たちの汚い笑い声が夜の山中に響き渡る。
「ゴミ共が……」
山田は拳銃を取り出し、容赦なく高級車へと銃弾を浴びせた。
バンバン――夜の静寂を突き破る銃声。
「おい、おい何やってんだよ!」
釜野が慌てて山田を制止するが、山田の怒りは収まらない。
高級車はガードレールに激突し、停止した。
「う、うぅ……」
運転手と数人は即死。缶を捨てた不良だけが大怪我で生き残った。
「降りろ!こら!」
山田は嫌がる不良を無理やり引きずり出し、
「俺たちはゴミじゃねぇんだよ!」
リズムよく不良の顔面を殴りつけていく。
「姫野!本部に通達しろ!」
釜野は必死に山田を押さえつけた。
「やめ、やめろ山田さん!」
しかしその時、遠くからの銃声が響き、流れ弾が釜野の鼻に命中。
「ぐあっ!」
釜野は倒れこみ、苦痛にのたうち回る。
不良はその隙に動かなくなっていた。
「あーあ、埋めねぇとな」
山田は不良の死体を高級車のトランクに押し込み、闇夜に消えていった。
「釜野さん!」
姫野が駆け寄る。
「本部には通達したか?」
「しました!応援がもうすぐ来るはずです!」
釜野はかすれた声で呟いた。
「山田さん……一体どこへ行ったんだ……」
第17話 襲撃準備
「で、どうする?まだ森まで距離があるぞ」
カイラが馬の鞍を握りながら問いかける。
クライスは前を見据え、答えた。
「ひとまず、友人がいたスモーク山へ向かう」
「コロウさんのいた小屋か!」
カイラの声に、かつて戦死したクライスの親友・コロウの名が響く。
バカラバカラと馬の蹄の音が街の石畳に鳴り響き、彼らは街を駆け抜けていった。
数日が過ぎても、クライスたちの居場所を掴めずにいたガルルは、かつてクライスが守った日本へ襲撃を仕掛けることで、彼をおびき寄せる計画を進めていた。
王宮の王座に腰を落としたガルルの前に、JOKERが冷ややかに問いかける。
「お前に、父を殺せるのか?」
「殺せるさ。大義のためにな」
ガルルは淡々と答え、その目には決意が宿っていた。
第18話 きれいな血
最上はぼんやりと周囲を見回した。
「ここ、どこだ…?」
馬車に揺られながら、最上たちは現実世界へ戻ってきた。真っ暗な森の中、罪人のエルフたちも戸惑いを隠せない。
山崎が地図を見ながらつぶやいた。
「ここは…長野だ」
田崎も地図を覗き込みながら頷いた。
「本当だ。マップにもそう書いてある」
だが、最上はまだ能力を使いこなせておらず、自由な転移はできなかった。
「めんどくせぇ、ま、いいわ」
そう言うと、最上は拉致してきたエルフの兵士を無造作に馬車から引きずり降ろした。
ペチペチと意識のない兵士の頬を叩きつける。
「起きろ、こらぁ」
兵士が目を見開き、慌てて声をあげる。
「うわぁ!な、なんだ!」
最上は無遠慮に言い放つ。
「うるせぇんだよ、黙ってろ」
そして大きく足を踏みつける。
「おめぇ、死にてぇか?」
兵士の耳を掴み、最上は冷たく問い詰めた。
「し、死にたくない…頼む、助けてくれ…!」
最上は田崎に声をかけた。
「おい、兵士が持ってた剣をよこせ」
田崎は馬車から剣を投げ渡す。
「おめぇら、兵士を押さえろ!」
最上の号令に、仲間たちは一斉に兵士へ駆け寄り、その手足を押さえつけた。
兵士が必死に抵抗する。
「何をする気だ!やめてくれぇ!」
最上は冷酷に告げた。
「これからお前の両腕を切り落とす。そっから先は、逃げるも死ぬもおめぇ次第だ」
兵士の絶叫が、深夜の山に虚しく響いた。
「じゃあ行くぞ」
最上は左腕に刃を当て、ざくざくと切り刻んでいく。
ぶしゃあっ、と返り血が舞う中、右腕も根元から切り落とされていく。
兵士の叫び声はやがて弱まり、血まみれの姿を最上たちは薄ら笑いで見下ろした。
辺りには鮮血が大量に噴き出していた。
山崎が冷たく言った。
「じゃあ、もう行っていいよ。またな、兵士」
兵士はもはや動かなかった。
最上は血を見つめながらつぶやく。
「綺麗な血だなぁ」
牧本が訊いた。
「で?このまま東京へ行って、警察本部と戦争するんだろ?」
最上はにやりと笑った。
「あぁ、この世界の生き物、みんな俺が地獄に送ってやる」
第19話 幕
アルタイル城 王宮。
昨今、国内で頻発する最上一派の残虐行為、クライスの反逆、そして魔導士の出現が、異世界に深刻な混乱をもたらしていた。
王宮には記者たちが殺到し、ガルルを取り囲む。
ガルルは冷静ながらも鋭い眼差しで宣言した。
「我々は今、大きな困難に直面している。最上組と呼ばれる人間のテロリストの襲撃、魔導士たちの暴動、さらには我が家臣たちの裏切り行為だ」
「これらの悪党どもを野放しにはしない。必ずや息の根を止めることを、ここに誓おう」
――――――
最上組の事務所。
奪った車で帰還した最上たちは、日本警察との激闘を目前に控え、一息ついていた。
最上は葉巻に火をつけ、デスクに腰を沈める。
カシャカシャと写真機のシャッター音が響く中、王宮ではガルルが重々しく宣言していた。
「我々は“必ず”奴らを見つけ出す」
「悪党ども、絶対に逃がさない」
それを聞き、最上はふと呟いた。
「この世の生き物、み~んな地獄に送っちゃるからなぁ」




