↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/16

ChapterⅢ

第1話 大魔術学校 ルーン


 馬車の車輪が石畳を軽やかに叩いて進んでいく。

 バカラッ、バカラッ――そんな音が朝の通りに溶け込んでいた。


 その馬車の中、俺はカノンと並んで座っていた。窓の外には、雪化粧をまとう王都の街並みがゆっくりと流れていく。


 カノンはにこにこしながら、俺の横顔をじっと見つめていた。


 「……なんだよ」


 思わず声を漏らすと、彼は肩をすくめて言った。


 「いやぁ? 短い間だけど、探偵さんがうちの学校に来てくれるなんて、なんだか楽しくてさ」


 「警備じゃなくて、子供二人の“警護”だ」


 「わかってるって。でも海賊の襲撃があってから王室も動き始めたけど……正直、遅いよね」


 「城の警備、歩兵がメインか?」


 「うん。歩兵が多数、騎士が二人ってとこかな」


 「つまり、シフト制ってやつか」


 「そういうこと」


 そんな会話をしているうちに、馬車は巨大な校舎の前で停まった。


 「乗せてってくれてありがと! またね、探偵さん!」


 カノンが軽やかに扉を開け、制服姿のまま馬車から降りていった。続けて俺も足を地につける。


 目の前にそびえ立つのは、レンガ造りの堂々たる正門。朝のファンファーレのような賑やかな声が響き渡る中、緑色の制服を着た生徒たちが次々に登校していく。


 まるで、映画で見たホグワーツのようだった。


 「こんなのが本当に存在するなんてな……」


 思わずつぶやいたとき、制服の裾に剣を携えた少年がこちらに近づいてきた。


 「どうも、悠さん」


 「カイラ君……だよな?」


 「ええ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。あなたにお願いしたいのは、僕とカノンが授業を受けている間、王子と王女の見張りだけです」


 言葉は丁寧だが、その表情は無愛想だった。


 「おはよー! 探偵さん! カイラ!」


 明るい声が響き、振り向くとアリスが果実を両手に持って駆け寄ってくる。後ろにはギャバットの姿もあった。


 「げっ……」


 思わず本音が漏れる。どうやらこの三人は仲が良いらしい。


 「初めましてだな、探偵」


 ギャバットが腕を組みながら静かに言った。


 「ああ、みたいだな」


 そのとき――。


 「ようこそ! ミスター悠! 我が大魔術学校ルーンへ!」


 朗々とした声が響き、黒いロングコートに身を包んだ髭面の大男が歩いてきた。


 「あなたが……この学校の学園長ですか?」


 俺が尋ねると、男はくるりと一回転して指をピンと鳴らしながら名乗った。


 「その通り! 私が学園長のサダベルと申します!」


 何という濃いキャラだ……。


 「この度の王室襲撃を受け、君とカイラ君には特別に王子と王女の護衛を任せることになった」


 「護衛、ですか」


 「午前中はすべての教室で授業がある。君は王子たちのクラスの最後列の机で、静かに彼らを見張ってくれたまえ」


 ……なんてこった。

 完全に座ってるだけの見張り役じゃないか。退屈極まりない。


 でも――やるしかない。

 “雪”を取り戻すためには、彼らの力が必要だ。


 「わかりました。任せてください」


第2話 復讐


大魔術学校ルーン 高等棟Aクラス


「ギャバット、アリス、遅くないか?」


 カイラは眉をひそめ、教室を見渡した。いつもなら先に席についている二人の姿が見当たらない。


「もう授業始まるぞ。どうしたんだろうな」


 ギャバットも腕時計に目を落とし、首を傾げる。


 そのとき、教室の扉が開き、サングラスをかけた髭面の大男が姿を現した。

 ラー先生だ。威圧感のある外見とは裏腹に、生徒への距離は近く、教えることに真剣な教師として知られている。


「アリスが遅刻か……? 珍しいこともあるもんだな」


 その言葉を聞いた瞬間、カイラは席を蹴って立ち上がった。


「少し席を外します!」


「おい、欠席扱いになるからな!」


 ラーの制止を振り切り、カイラは廊下を駆け抜けていった。


大魔術学校ルーン 高等棟 校舎裏


「ねぇ、アリス……痛い目、遭いたいの?」


 壁際に追い詰められた少女を囲むのは、派手に着崩した女子生徒たちだった。三人とも目つきは鋭く、敵意を隠そうともしていない。


「みんな、あんたのことムカついてるの。だからさ、さっさとこの学校辞めてくれない?」


 乾いた笑い声が空気を裂く。

 一人が一歩踏み出し、アリスの胸元を乱暴に掴み上げた。


「なんとか言えば? 無口だと、もっと酷いことになるよ?」


「やめて……やめてよ……」


 か細い声は、人気のない校舎裏に溶けるように消えていった。


一時間後 高等棟Aクラス


二時間目・休み時間


「見つかったか?」


 息を切らして戻ってきたカイラに、ギャバットが問いかける。


「いや……いない」


 教室は休み時間に入り、無邪気な笑い声と雑談で満ちていた。その平和さが、ひどく異様に感じられる。


 そのとき、扉が静かに開いた。


 立っていたのは、制服が破れ、膝に擦り傷を負ったアリスだった。顔を伏せ、体を小刻みに震わせている。


「おい、それ……どうした」


 カイラが駆け寄り、視線を合わせようとする。


「な、なんでもないの。ちょっと転んで怪我しただけ……」


 明らかな嘘だった。

 こんな姿のアリスを、カイラもギャバットも見たことがない。


「アリス……」


 呼びかけても、彼女は視線を上げない。


「全部、わかった。今日は帰れ」


 カイラの声は静かだったが、その瞳は凍りついたように据わっていた。

「俺が何とかする。必ずな」


 アリスは近づき、かすれる声で耳打ちする。


「……カイラ。お願いだから……殺しはやめてね。私にも、悪いところがあるから……」


「分かってるさ」


 カイラは微笑んだ。

 だが、その奥に宿る炎が消えることはなかった。


放課後 帰り道


 夕焼けに染まる王都の空を見上げながら、二人は校門を後にする。


「アリスをやった奴らの正体、だいたい見当はついてる」


 低く抑えた声に、隠しきれない怒りが滲む。


「やっぱ、うちのクラスの不良か……」


 ギャバットは重く頷いた。


「殺すか?」


「もちろん。水神リヴァイアサン」


 空気が張り詰め、王都の上空が不穏に震え始めた。

 次の瞬間、カイラの背後に巨大な水の神が姿を現す。膨大な水塊で構成されたその存在は、天へと身をくねらせながら昇っていった。


「おいおい……たかがクラスメート三人のために神召喚かよ。相変わらずイカれてんな……」


 カイラは次元すら越えて神々を従える男だ。その力は、アルタイル王国でも群を抜いている。


「三人とも、同じ場所に固まってる……見つけた」


 遥か上空から王都の一角を見下ろす。

 不良女子生徒たちは、仲間たちと集まり、無防備に騒いでいた。


「三人だけ始末するのも面倒だな……リヴァイアサン。あの一帯の街ごと、地図から消せ」


 水神の体内に光が集束し、巨大な魔力の奔流が解き放たれた。圧縮された水が砲撃となり、地上へと降り注ぐ。


「なに、あれ……!?」

「こっちに来る!? 逃げ――」


 悲鳴と怒号が交錯する間もなく、街の一角は衝撃に呑み込まれた。

 建物も地面もまとめて削り取られ、そこには何も残らない空白だけが広がっていた。


「ああ……その声だ。その絶望が、最高に気持ちいい」


 カイラは胸に手を当て、荒い鼓動を噛みしめる。


「お掃除完了、だ」


 水神が霧散し、カイラは静かに地上へと降り立った。


「気は済んだか?」


 腕を組んだギャバットが問いかける。


「ああ。もう、最高の気分だ」


第3話 ガルル王子とサナ王女


 同日 大魔術学校ルーン 大聖堂


 今、俺は大聖堂でひとり給食を食べ、ひと休みしている。

 隣には、あの"男の娘"が座っている。


 今日の給食は、卵と野菜のサンドイッチと、何とも得体のしれない果実。

 だが、食べてみると意外にも美味かった。


 「探偵さん、一人で食べるご飯は美味しかった?」


 カノンがにやにやと、こちらを見ながら問いかけてきた。


 「なんだよ、これは馬鹿にされてるのか?」


 「私がお昼食べに来なかったら、探偵さん、ずっと独りぼっちだったでしょ?」


 カノンがそう言いながら、楽しそうに笑う。


 「かわいそうだからね、私が来てあげたの」


 俺は何気なくジャケットの胸ポケットを探り、戦いの日々でボロボロになったタバコを取り出し、くわえた。

 そして、ジッポライターで火をつける。久しぶりの一服に、ふと癒される。


 「もういい。俺はそろそろ王子の授業が始まるから、さっさと中学棟に行かなきゃな」


 タバコの火を消し、立ち上がると、足早に歩き始めた。


 「気を付けてね、この学校には、人間のあなたを良く思わない人が沢山いるから」


 カノンが少し不気味ににやつきながら言った。


 「えへへぇ、殺されないように気を付けてね、"人間"さん」


 ――この大魔術学校ルーンでは、俺の世界で言うところの、小学、中学、高校が一体となっている。

 卒業後は、大学に進むか、就職するか、それとも魔法使いをフリーランスとしてやっていくことになる。

 ガルル王子とサナ王女は、13歳で今、中学棟にいる。


 鐘の音が鳴り、午後の授業が始まることを告げていた。急がなければ。


 中学棟Bクラス。


 コンコンコン。渇いたノック音が鳴り響く


 「来たみたいだな、どうぞ」


 ローザ先生の声が教室の中に響く。


 「遅れて申し訳ない、失礼します」


 静かな教室の中、数多くの生徒たちが座っている。その中央に、目立つように立つロン毛の青年が教卓の前にいる。


 「初めまして、中学棟1年Bクラスの担任、ローザと申します」


 ローザ先生はゆっくりと手を動かしながら、教室を見回した。


 「早速だが、ガルルの席はあれだ」


 俺は驚いた。この先生、ガルル王子を「王子」ではなく、あくまで「ガルル」と呼ぶんだ。

 平等に接しようとするその態度が意外だった。


 ローザが指を差した先には、教室の窓際で頬杖をつきながら鋭い目つきで外を見ている少年と、その隣で教科書に向かうショートカットの少女が座っていた。


 「君がガルル王子か?」


 俺が尋ねると、少年は一瞬顔を上げて、ぶっきらぼうに答えた。


 「…あ? なんだよ」


 生意気なクソガキじゃねぇか。


 「そして、君がサナ王女」


 「話しかけないでください、授業中ですよ」


 こいつらと過ごすことになるのかと思うと、少し憂鬱になった。


 ローザは静かに俺に向き直り、言った。


 「では、探偵さん。短い期間ですが、よろしくお願いしますね」


 「こちらこそ、よろしくお願いします」


 だが、やるしかない。

 やりきらなければならない。


第4話 喧嘩


一週間後 大魔術学校ルーン 大広間


 この学園に来てから一週間が経った。

 幸い、今のところ王子たちに直接的な危険は及んでいない。だが、この世界が平穏と無縁であることだけは、日を追うごとに実感させられていた。


「おい、見ろよ。人間がいるぞ」


 乾いた嘲笑が背後から飛んでくる。

 振り向くと、腕に白いバンドを巻いた学生が三人。どこか選民意識を隠そうともしない、鼻につく連中だった。


「あ? なんだよ、お前ら」


 俺――浪野悠がそう言い返した瞬間、三人の表情から薄ら笑いが消えた。


「なんだ、その言い方は。家畜のくせに」


 空気が変わる。

 三人は同時に腰の剣へと手を伸ばした。


「俺たちは貴族だぞ? 家畜風情がこの学園に足を踏み入れたこと、後悔させてやるよ、探偵」


 ……なるほど。

 腕の白いバンドは、家系による特権階級の証か。エルフの中でも、いわゆる“選ばれた血筋”ってやつだな。


「へぇ……やるなら来いよ。後悔するのは、そっちだ」


 返答を待たず、一人が踏み込んできた。

 振り上げられた剣が一直線に首元を狙う。


「おっと」


 剣筋を見切り、体を捻って紙一重でかわす。余計な動きはない。


「バカが……」


 踏み込みの勢いが残る相手の懐に入り、拳を叩き込む。

 顎を正確に捉えた一撃で、相手の体が大きく揺れた。


「ぐっ……!」


 胸ぐらを掴み、そのまま引き寄せる。


「――まだだ」


 顔面、腹部、鳩尾。

 感情を挟まず、必要な箇所だけを確実に潰していく。


「お、おい! よせっ!」


 残りの二人が距離を取りながら叫ぶ。


「次は……お前ら二人だ」


 低く告げると、二人の顔色が一気に変わった。


「わ、悪かった! な? だから、許してくれ!」


 言い捨てるように頭を下げ、貴族の学生たちは大広間から逃げるように去っていった。


 ……拍子抜けするほどの小物だ。


「……あんた、なかなかやるな」


 背後から声をかけてきたのはカイラだった。

 その目にあったのは警戒ではなく、純粋な評価に近い色。


「仕事柄、こういう手合いと相手するのは日常みたいなもんでな」


「さすが探偵だよ」


 そのときだった。


「おーい! カイラー! そろそろ六時間目始まるよー! 一緒に行こー!」


 広間にアリスの声が響く。

 手を振りながら、何事もなかったかのように駆け寄ってきた。


「もうそんな時間か。わかった、行こう」


 カイラは一度うなずき、俺の方へ向き直ると声を落とした。


「そうそう。クライスはこれから二週間、ハッタン王国へ会談に向かう。その間に、海賊どもが動く可能性が高い」


「……つまり、その間の警護任務ってことか」


「頼む。お前にしか任せられない」


 俺は短くうなずいた。


「任せてくれ。絶対に、やらせはしない」


第5話 ハッタン王国の会談


 同刻、ハッタン王国 近海


 重々しい汽笛が、海を震わせるように響いた。

 それは、五時間前に王都を出航した豪華客船の到着を告げる音だった。


 出航時、王族クライスを乗せたその船は、港に集まった無数の市民の歓声に見送られながら、ゆっくりと沖へ向かって進み出していた。


「……む……寝てないぞ……zzz……」


 客室のソファにもたれかかるように座るクライスは、まぶたを限界まで持ち上げたまま、今にも眠りに落ちそうだった。

 長旅と会談の緊張に、疲労がじわじわと体を蝕んでいる。


「おいおい、寝るなって。もうそろそろ着くぞ」


 クリスが呆れたように言うと、クライスは大きく両腕を広げ、背筋を伸ばして立ち上がった。


「んー……あぁ、悪い……少し意識が遠のいてた」


 またも汽笛が鳴る。


「……着いたみたいですね……うぇぇ……」


 呻くような声と同時に、ひとりの男が膝から崩れ落ちた。

 メントだ。甲高い嘔吐音とともに、彼は床に盛大に吐き散らした。


「うおっ、なんだお前! 汚ねぇな!」


 クリスが眉をしかめる。

 メントは口元を押さえ、脂汗を浮かべながら、か細い声を漏らした。


「す、すみません……船はどうにも不慣れでして……」


「……まぁいい。行こうか」


 クライスの一言で、三人は客室を後にした。


 今回の会談の議題は、いま勢力を拡大し続けている《ティード海賊団》への対策について。

 両国にとって、放置できない脅威だ。


 ゆっくりと客船のタラップが降りる。

 陽光と砂風がぶつかる中、三人は慎重に船を降りた。


「うっ!」


 メントが思わずうめく。

 吹きつけた砂風に目をやられ、顔をしかめた。


 目をしょぼしょぼさせながらようやく見開いたその視界には――

 どこまでも続く砂の大地が広がっていた。


「ようこそ、我がハッタン王国へ」


 響いたのは、堂々たる声だった。

 全身を黄色い甲冑で固めた兵士三名を従え、ひときわ威厳を漂わせた男が立っていた。


「二年ぶりだな、クライス」


「生きて会えて嬉しいよ、フロスト」


 ――フロスト王。砂の王国を統べる主であり、クライスとは旧知の仲である。


「馬車が待っている。こっちだ!」


 乾いた砂風が遠吠えのように吹きつける中、クライスたちはフロスト王と共に、会談の地へと向かった。


第6話 王の集会


 ハッタン王国・城門前

 鋭い砂風が視界を削る中、フロスト王を乗せた馬車を先頭に、私とメント、クリスの三人を乗せた馬車列が砂の大地を進んでいく。


「もう着くぞ!」


 フロスト王が叫んだ。

 それと同時に、馬車がガクンと揺れて止まり、目の前に赤錆びたような巨大な扉が姿を現した。

 不気味な音を立てて、大扉がゆっくりと開く。

 風と共に吹き抜けてきた砂埃が、また視界を奪った。


「結界を張れ!」


 フロスト王の号令に、護衛の兵士たちが一斉に門に向かって両腕を伸ばす。

 瞬間、淡く揺れる魔法陣が宙に浮かび、城全体が結界の光に包まれた。


「凄い砂嵐だったな。貴国はいつもこうなのか?」


 私が問いかけると、フロストは誇らしげに笑んだ。


「そうだ。我がハッタン王国は、《砂の獣バース》の加護により、外敵の侵入を許さぬ。代償として、この地は常に砂に閉ざされることとなった」


 砂と引き換えに守られた王国――

 その契約が、まさにこの国の本質なのだ。


「おおお! ようやく到着したようだな、盟友よ!」


 豪快な声とともに、城からひときわ目立つ男が姿を現した。

 赤いコートに鉄槌を背負い、口元には逞しい赤ひげをたくわえている。


「ダイカン……君も、もう到着していたか」


 クライスが目を細めて微笑んだ。


 かつて――

 二十年前、彼とダイカンは共に魔王を討ち果たし、世界に名を轟かせた英雄同士だった。


「ふははは! 久しいな!」


 ダイカンは陽気に笑いながら、クライスの肩を豪快に叩く。

 その一撃で、クライスの体がわずかに揺れた。


「フロスト陛下、会談の準備が整いました」


 兵士の報告に、フロストは頷く。


「うむ……では、両陛下、それに護衛の諸君、ご苦労だった。さあ、城へ入ろう」


 同時刻――ハッタン王国・城下町。


 砂の結界で守られた都市では、商人たちの声が飛び交い、にぎわいを見せていた。

 とある果物屋の店先で、木槌を背負った中肉の男が、じっくりとリンゴをかじっている。


 やがて、芯まで食べ終えると、男は静かに立ち上がった。

 彼の視線の先には、遠くにそびえる王城――。


「へっへっへ……王様たちが揃ったってわけか」


 男はカバンから一つの帽子を取り出した。

 それは――黒地に髑髏のマークが描かれた“海賊帽”。


 そして、静かに――嵐の予感とともに、俺たちの会談が始まった。


第7話 強者達の衝突


 ハッタン城・王宮


 銀の車輪が床を滑り、紅茶の香りとともにエルフのメイドが入室してきた。

 その手には湯気を立てる急須があり、テーブルの脇に控えると一礼する。


 広間の中央には円卓。フロスト王、クライス、ダイカンらが椅子を並べていた。


「では……ティード海賊の件について話を進めよう」


 フロストが口を開いた、その刹那――


 壁が爆ぜ、重厚な窓ガラスが粉々に砕け散る。

 頭上から、巨大な木槌を手にした大男が舞い降りた。

 ドシンッ! 鈍い衝撃音とともに、男の体が円卓に着地する。


「げへへへ……海賊の話だってぇ? 俺様も混ぜてくれよおお!!」


 クライスが身を起こし、じっと男を見据えた。


「……ティードの団員じゃないな。貴様、別の海賊か」


 男は口角を吊り上げて叫ぶ。


「その通り! 俺様の名はゲイル!」


 フロストが目を細め、鋭く言い放った。


「仲間の姿が見えんが……無謀にしては過ぎるぞ」


 しかし、ゲイルはにやりと笑うと、コートの内ポケットに手を突っ込んだ。


「そいつはどうかな? これが目に入らねぇか、王様共――!」


 男が取り出したのは、生首だった。

 丸くて大きな、その首からは赤い血がポタポタと滴り落ちる。


 フロストの顔が凍りついた。


「……これはまずい」


 クライスの声が重くなる。


「あれは……まさか、この国の……」


 ゲイルは誇らしげに叫んだ。


「砂の獣バースの首だ!」


 血が、テーブルを伝って床に落ちる。

 ぴちゃ……ぴちゃ……と音が、静寂の中に響いた。


「……あれが死ねば、この国の加護は絶たれる」

 ダイカンが唸る。「今や、微弱な結界しかこの国を守れなくなる」


 フロストが怒気を含ませた声で詰め寄る。


「どうやって、バースの眠る部屋にたどり着いた? あの大魔法使いサダベルですら破れなかった結界を……!」


 ゲイルは笑いながら答えた。


「そんなもん、俺様がちょちょいのちょいでブッ壊してやったわ!」


 バース――巨大な羊の姿をした伝説の魔獣。

 百年前、突如ハッタン王国に降り立ち、先王と契約を交わした存在。

 その身をもって王国に加護を与え、地下三十階の最奥にて長い眠りについていた。


「さて……お前、かなりの強さだな?」


 クライスがにやりと笑みを浮かべ、腰を上げる。


「油断するな!」

 フロストが叫んだ。「奴の魔法、まだ不明だ!」


「バースト!」


 ゲイルが叫ぶと、全身に透明な膜のような魔力が現れ、彼の肉体を包み込んだ。


「総員、戦闘配備!!」

 フロストの怒号が響く。


 兵士たちが武器を構えた、その瞬間――

 ゲイルが消えた。


 次に現れたのは、フロストの背後。

 振り上げられる木槌。


 フロストの身体が一変する。

 皮膚が硬質な鱗に覆われ、巨大なトカゲ――否、竜人の姿へと変貌した。


「どらあああっ!!」


 ゲイルの木槌が唸りを上げて振り下ろされる。

 フロストは両腕でそれを受け止めた。


「ぐっ……なんという力だ……!」


「奴の魔法……物理攻撃の威力を限界まで高める術か」

 クライスが冷静に見抜く。


「それに奴自身の筋力も桁違いだ」

 ダイカンが薙刀を抜いた。


「まだまだぁ! おらぁっ!」


 ゲイルが再び木槌を振るう。


「調子に乗るなよ……俺の“竜の力”を、なめるな!」


 フロストが拳を握りしめ、木槌に迎え撃つように殴りかかった。


 拳と木槌が激突し、爆風が広間を覆った。


「このまま好き勝手にやらせるかよ!」


 ダイカンが咆哮し、ゲイルに薙刀を振るう。


 しかし――


「おいおい、冗談だろう……」


 刃は、ゲイルの腹に直撃したにも関わらず、まったく通らなかった。


「なんという防御力だ……攻撃だけでなく、防御力までも上昇しているのか」


 クライスが剣を抜いた。


「――ダイス。ビームで奴を打ち砕け」


 空に、巨大なサイコロの神獣が浮かび上がる。

 一つ一つのマス目が眼球へと変化し、閃光が迸った。


「ぐおおあああっ!」


 ゲイルの身体が爆風に巻かれ、フロストとダイカンもろとも吹き飛んだ。


「撃つなら言え……っ!」

 フロストが叫ぶ。


「相変わらず大胆な男だ」

 ダイカンが苦笑した。


「見ろ」

 クライスが指差す先で、ゲイルの動きが鈍っていた。


「さすがに効いてるようだな……!」


「このチャンスを逃すわけにはいかん!」


 フロストが一気に踏み込み、渾身の一撃を叩き込む。

 ゲイルの身体が大窓を突き破り、中庭へ吹き飛ばされた。


 ダイカンの痛みに悶える大声が轟く。


「――行くぞ! 炎波!!」


 背後に現れたのは、灼熱の溶岩の大波。

 それが、ゲイルの頭上に迫る。


「な、に……!?」


「ぐああああああっ! あちぃぃぃい!!」


 炎に包まれ、ゲイルの体がのたうつ。

 地面に到達した瞬間、溶岩は煙のように霧散したが、ダメージは絶大だった。


「……お前の目的は何だ?」

 クライスが問いかける。


「砂の獣を喰って、力を奪う気だったのか?」


 この世界の“魔法”には、二つの習得法が存在する。

 書物と訓練により魔法を学ぶ正道。そして、魔獣や魔法使いの肉体を喰い、魔力を無理やり体に刻み込む邪道――


「その通りだ。あの化け物の魔法と魔力……それがあれば、ティードに勝てる」


「ティードに、勝ちたい?」


「この世界に支配者は二人もいらねぇ! 俺様ただ一人で充分なんだよぉ!」


 ゲイルの身体が再び魔力を纏う。


「転移魔法――“エスケープ”!」


 その姿は、霧のように掻き消えた。


「……逃げられたか。首も持ち去られたな」


「胸騒ぎがする」

 クライスがつぶやいた。「これは、大きな戦の前触れだ。そんな気がする」


「お前の予感は当てにならんが……今回は、同感だ」


第8話 冬休み


 翌日 大魔術学校ルーン 体育騎室


 朝の冷たい空気が、天井の高い体育騎室に薄く漂っていた。今日は終業式。生徒たちはきちんと並んで校長の言葉を待っている。俺はというと、王子や王女たちとともに、教員陣の後ろに控え、彼らの様子を見守っていた。


 壇上に立ったのは、担任教師のローザだ。朗らかな声が、広い体育騎室に響く。


 「では、サダベル学園長先生から最後の一言を頂きます。学園長、よろしくお願いします」


 ローザの言葉を受けて、ゆっくりとサダベルが登壇する。

 その瞬間、王子のガルルが大きな欠伸をかました。


 「ふわぁ……」


 サダベルがまだ一言も発していないというのに。隣の王女サナが肘で小突く。


 「寝ちゃだめだよ、お兄ちゃん。お城帰ってからお昼寝してね」


 「分かってるって……」


 その後、長くも眠気を誘う校長の話が続き、約二十分後――ようやくサダベルの言葉が締めに入った。


 「では皆さん、良い冬休みを」


 だがその頃には、すでに何人もの生徒が立ったまま眠りこけていた。王族たちすらも目を閉じており、教師陣も苦笑いだ。


 正午を知らせる鐘が鳴ると、生徒たちはぞろぞろと帰路についた。


 正午 学園中庭


 「アレン、飯でも行かないか?」

 カイラが気軽に声をかける。


 「いいね、行こうか」

 アレンは頷いた。


 「ギャバットはどうする?」

 「わるい、今日は親父の手伝いでスモーク山まで薪割りに行かなきゃならん」

 「そっか、頑張ってな」

 カイラは肩を軽く叩く。


 「アリスたちは?」

 「ごめんね! 今日はカノンと服屋さん行くの!」

 アリスは手を振りながら離れていった。


 「……結局俺らだけか」

 「そうみたいだね」

 二人は肩をすくめながら歩き出した。


 正午 学園長室


 俺はサダベルに呼び出されていた。冬の日差しが窓から差し込む室内で、サダベルは机の向こうから穏やかに微笑んだ。


 「さて、短い期間だったが、君は本当によくやってくれた。感謝しているよ、探偵君」


 「何も起きなくてよかったよ。王子たちも、今のところは問題なさそうだし」


 「まったく、その通りだ」


 サダベルは立ち上がり、やかんに水を注ぎながら口を開いた。


 「実は、クライスが話していないことがある。君に、それを伝えたいと思ってね」


 「……どういう意味ですか?」


 「紅茶を淹れよう」

 その言葉と共に、湯が静かに沸き始める。


 「君の世界の人間たちが、ティード海賊団に誘拐されている。この事実は、我々の世界でも問題視されている。だが……一方で、人間を“食料”として扱う家庭もある」


 サダベルはティーカップを並べながら、静かに続けた。


 「だがな、探偵。みんながそうではないんだ」


 「……そうかもな」


 「君が恋人をさらわれ、怒るのは当然だ。だがその怒りを、間違った方向に向けるな。怒るべきは海賊、そしてその人間を買った者たちだ」


 サダベルは湯気の立つカップを差し出した。


 「ティード海賊団には、アジトとなる島がある。“ケッカイ島”だ。誘拐された人間は、まずそこに護送される」


 「まさか……そこに雪が?」


 「だが、さらわれてからすでに時間が経っている。今はもう、別の場所……あるいは、誰かの“所有物”になっているかもしれない」


 サダベルの目が静かに細められる。


 「クライスは、君を“駒”として使っている。かつて君がティードとの交換材料にされたことがあるはずだ。それが根拠だよ」


 「……!」


 「いいか、覚えておけ。今の君にとって、この世界に“本当の味方”などいない」


 ――その言葉は、重かった。


 「君が今すべきことは、ケッカイ島を調査し、潜入すること。そして、もしそこにいなければ……その先は、“魔国ジーン”だ」


 「魔国ジーン? それは……?」


 「この世界には三つの主要種族が存在する。我々エルフ、君たち“人間”、そして……魔族」


 「魔族……」


 「魔族は凶暴で、争いと力を好む種族だ。赤い肌と、頭に生えたツノが特徴。彼らが暮らす国、それが魔国ジーン。誘拐された人間の多くが、そこで取引されている」


 カップの中の紅茶は、すでに冷めかけていた。俺は立ち上がった。


 「行く気か?」


 「……行かなきゃ。一生、後悔する」


 そうだ。

 たとえ一%の可能性でも、雪が生きているなら――俺は賭ける。

 必ず取り返してみせる、この手で――!


第9話 警視庁


 スモーク山

 任務をひとまず終え、俺は元の世界へ帰る決断を下していた。


「それじゃ、一旦戻る」


 ワームホールの前でそう告げると、カノンがぴょこんと片手を挙げて言った。


「お気をつけて! くれぐれも人間にこの世界のことを話しちゃダメだからね!」


「わかってるさ」


 俺が「繋がれ」と呟くと、目の前の空間が波打ち、淡く光る円形の門が現れた。行き先は、俺の探偵事務所──あの馴染みあるドアの前だ。


 カノンが首を傾げながら言った。


「ねぇ、“繋がれ”って、ちょっと単純すぎない?」


「そうか? シンプルで気に入ってるんだけど」


「うーん……せっかくならもうちょっと技名っぽくしてもよくない? “リンク”とか?」


「リンク?」


「“繋げる”って、そっちの世界の英語では“リンク”っていうでしょ? かっこいいと思うな」


「……確かに、悪くないかもな」


 苦笑しながら頷くと、俺はワームホールの中へ足を踏み入れた。


「久しぶりの現世だな……」


 ガチャリ、と扉を開けると、いつもの事務所の空気が流れ込んできた。


「おかえり。一体どこで何をしていたんだい?」


 飛鳥所長が珍しくデスクに向かって作業していた。


「……あ、所長。久々ですね」


「まあいい。それより、釜野くんが訪ねてきてね。君に用があるらしいよ」


「えっ、マジですか?」


 慌ててポケットからスマホを取り出す。画面には20件の不在着信。そのほとんどが姫川と釜野からだったが、見知らぬ番号も五件あった。


 ──どうやら、異世界ではやっぱり携帯は繋がらないらしい。


 そこへドアが勢いよく開いた。


「やっとお出ましか、この重役出勤野郎」


 現れた釜野が、俺の胸ぐらを掴んできた。


「……い、いや、悪かった。ちょっと急な仕事でな」


「ほう、そうかそうかって言うと思ったか?」


「なんもしてねぇよ」


「まさかとは思うが、まだあの誘拐事件を調べてるんじゃねぇだろうな。あれはもう捜査対象外だ。ちゃんと上層部の許可を取ったのか?」


「……お前に関係ねぇだろうが」


 そのとき、部屋の扉が開き、姫川がコーヒーカップを二つ手にして顔を覗かせた。


「失礼しまーっす!! ……あ、取り込み中でしたか?」


「外してくれ、姫野」


 姫野が部屋を出た直後、背後から重厚な声が響いた。


「おいおい、何をやってるかと思えば……君が噂の探偵か」


 髭面の長身男がゆっくりと歩み寄ってきた。Yシャツにノーネクタイというラフな出で立ちだが、その目はただ者ではない。


「誰だ?」


「山田っちゅう刑事だ」


 釜野が驚愕の声を漏らす。


「や、山田さん……」


「釜野、お前が規則に忠実なのは悪くない。だが、誘拐事件を放置してる上層部の“規則”に従って、本当に正義が守れると思うか?」


 釜野の肩を軽く叩きながら、山田は俺の方を振り向いた。


「ちょっと探偵を借りるぞ。話がある」


 俺たちは静かな廊下を並んで歩いた。ふと横目で彼の顔を見た。鋭く研ぎ澄まされた目は──まるで、ティードやクライスのそれに似ていた。


 喫煙室の扉を開けた山田が訊いた。


「お前、吸うのか?」


「あ、あぁ。吸います」


 ボロボロのタバコ箱を取り出し、一本を咥えながらライターを差し出した。


「使いますか?」


「お、悪いな」


 山田が煙を吐き出すと、しばしの沈黙が訪れた。


「……お前、誘拐事件を追ってるんだろ?」


「……!」


 すべてを見透かされたような気がして、背中に冷たい汗が流れた。


「実は俺もだ」


「えっ……」


「警視庁の上層部は、何かを隠している。いや、はっきり言おう。俺は奴らが“犯人グループの一員”だと考えてる」


「まさか……」


 だが、その言葉に否定しきれない根拠が頭をよぎる。ティードたちは次元を超える力を持っている。ガウスやレガースの力だ。やつらがこの世界に入り込み、“警察幹部”に化けていたとしたら……?


 ──こちらの捜査情報も、すべて筒抜けじゃないか。


「そこでだ。君に頼みたい任務がある。この報告書を警視庁の窓口に提出してほしい」


 そう言って、山田は封筒を差し出した。


「中には小型の録音機が仕込んである。窓口に“岡本”という、気だるそうな女刑事がいる。彼女は俺の内通者だ。俺からも連絡は入れておく。この録音機を局長室のコンセントに取り付ける。なんとかして、証拠を掴むんだ」


第10話 正体


 警視庁 一階受付窓口

 ざわつく空気が漂う警視庁の受付フロアは、どこか冷たく、時間が止まったような空間だった。


 俺は一階へ降り立ち、岡本という女性刑事を探し始めた。

 無数に並ぶ窓口ブースを通り過ぎるたび、警察官たちの声や足音が反響し、どこか遠くに感じられた。


 ――その時、耳元で低い囁きが聞こえた。


「……屋上で待ってる」


 ハスキーな声。そのまま俺の脇を、小柄で丸眼鏡をかけた女性が通り過ぎていく。何気ない仕草だが、ただならぬ気配を放っていた。


 ――あれが、岡本か。


 俺は一度深呼吸し、彼女とは別のエレベーターに乗り込んだ。


 警視庁 屋上

 冷たい風がビルの間を抜けて吹きつける中、彼女は無言で缶コーヒーを開けた。


「ようやく来たようね、探偵君」


 淡々とした声色だった。

 俺は懐から封筒を取り出し、歩み寄る。


「……あんたが岡本さんか? 山田刑事からの伝言だ。ここに長居はできない、ブツを渡す」


 彼女は無造作に封筒を受け取り、手際よく中身を確認する。


「確かに、受け取ったわ」


「ところで……あなた、誘拐事件を単独で追っているの?」


 俺は短くうなずいた。


 すると岡本は、ふと視線を遠くにやりながら、こう続けた。


「そう。じゃあ、うちの部署に来る気はない? 私と山田刑事で立ち上げた特別調査班。あなたの経歴もざっと調べさせてもらったけど、正直――かなり乱暴だけど、期待してる。山田さんも最初から、あなたと組みたがってた」


 その言葉に、一瞬だけ心が揺れた。


 だが――無理だ。異世界のことに触れれば、俺は石になる。

 この身体にかけられた呪いが、それを許さない。


「……悪いけど、遠慮しとく」


「そう。残念ね」


 彼女はコーヒーを一気に飲み干すと、何も言わずにその場を去っていった。


 飛鳥探偵事務所

「はぁ……ただいま戻りました……」


 ドアを開けた瞬間、全身から力が抜けた。精神的にも限界が近い。

 それなのに――


「お疲れ様。残念だけどね、浪野くん」


 所長の声が冷たく響いた。


 ……やめてくれ。もう、これ以上の爆弾はいらない。


「ここ最近、事務所の仕事は放りっぱなし。警察にもマークされてるとか。君は一体どこまで誘拐事件に関与している? もしかして――誘拐された子供たちを一度見ているのでは?」


 ズキンと胸を突かれた。まさか、ここまで見抜かれていたとは……。

 頭が真っ白になる。何か言わなくちゃいけないのに、言葉が出てこない。


「……」


 沈黙が重く空気を圧迫する中、所長はゆっくりと立ち上がった。


「さて。もう、興ざめだ。あーあ、人間ってのは、やはりその程度だったんだね」


 コツ、コツ……と足音を響かせ、俺の目の前に立つと、低く呟いた。


「変身魔法――解除」


 ふわりと、所長の姿が溶けるように変わっていった。

 黒装束、鋭い目元、尖った耳……その姿は、人間ではなかった。


 俺は即座にポケットに手を突っ込み、拳銃を抜いて構えた。


「……あんた、一体何者だ!」


「私はロイス。魔王討伐メンバーの一人よ」


 信じがたい名が、その口からあっさりと出た。


「ずっと見てきたわ、あなたの活躍を。期待していたの。……ええ、最初から」


「本物の所長はどこだ、答えろ!」


 ロイスはくすりと笑うと、柔らかく頷いた。


「二十年前、魔王を倒したあと、不老の魔法書を見つけた。そして"世界を繋ぐことのできる少年"のせいで、私はこの世界に迷い込んだの」


「それから長い間、山奥で身を隠していた。人間社会に溶け込む術を学びながら。そして八年前……東京に来て、飛鳥とかいう探偵を殺し、成り代わった」


 あまりにも淡々と語るその言葉に、俺は銃口を震わせながら問い返した。


「じゃあ……最初から、本物の所長なんて、いなかったのか……」


「そういうことね」


「なぜ、今になってそれを明かした?」


 ロイスは杖を取り出し、無言で俺に向ける。


「あなたが、もう限界に見えたからよ。私はこの誘拐事件に興味はない。でも――海賊も警察も魔族も、今のあなたには既に王手をかけている。次に変な動きをすれば、即座に警察が動くわ」


「だから助けてあげる。少しだけね」


 ロイスは杖を大きく振り上げと風を切る音が鳴った。


 その瞬間――


「う……っ! 体が、軽い……?」


「君にかけられていた“呪法ベベル”を除去したの。ヴェンデッタの魔法は強力だったけれど、私なら何とかできたわ」


 信じられない。あの忌々しい呪いが――消えている。

 俺の身体から、重苦しい束縛の感覚が、跡形もなく消えていた。


第11話 緊急事態


 「どうして助けてくれるんだよ」


 そう問いかける俺に、ロイスはふっと視線を落とした。まつげが揺れる。やがて口元を手で隠し、くすっと笑う。


 「私は人間が大切だとは思わない。ただ……この世界で、誘拐された被害者の遺族の声を聞いたの。叫ぶような、涙を絞るような、あの訴えにね。なぜか分からないけど、胸が苦しくなったのよ。止めたくなった。こんな負の連鎖を」


 その言葉は、俺の心にまっすぐ届いた。


 「……異世界に帰る気はないのか?」


 問いかけると、ロイスは小さく笑って首を横に振った。


 「遠慮しとくわ。今はね、この事務所で仕事をしてるほうが心地いいの」


 彼女の口調にはどこか安らぎが滲んでいた。


 だが俺には、まだやるべきことがある。警察にすべてを話さなきゃならない。異世界の存在、エルフたちのこと、この事態の全貌を暴いて、世界に知らしめるんだ。俺の力で、ゲートを通じて各国の軍隊を動かせるはず——


 「うあっ……!」


 電流のような痛みが脳に走った。鋭く、意識が揺らぐ。頭を抱える俺の中に、誰かの声が直接響いてくる。


 《聞こえますか? 探偵さん》


 「カイラ……? どうして……どうやって……?」


 《特定の脳に直接語りかける魔法です。詳しい説明は後にします。今は緊急事態です。単刀直入に言います。サダベル学園長がティード海賊団と手を組み、アルタイル王国を襲撃しています》


 「……はぁ!? あのサダベルが……海賊と……?」


 にわかには信じ難い情報に、脳が追いつかない。


 《騎士団も総動員で応戦していますが、戦況は極めて厳しいです。あなたの力が必要です。今から、こちらに来ていただけますか?》


 「……本当に、あんたはカイラか?」


 《そんなこと言ってる場合ですか!? 信じてください!》


 疑いは残るが、俺には選択肢がなかった。仲間を、王子たちを守らなければ——


 「……分かった、すぐ行く」


 背後から静かな声がかかった。


 「行くのね、浪野君」


 「……ああ。行かなきゃならない。俺の務めだから」


 息を深く吸い、呟く。


 「リンク」


 瞬間、目の前に緑の光を帯びたゲートが開いた。そこに映ったのは——燃え上がる校舎、響く悲鳴、崩壊した学園の姿だった。


 「……一体、何が……!」


 愕然としながら、俺は一歩、また一歩とゲートに踏み込んだ。


***


 その頃——アルタイル王国、学園長室。


 サダベルは静かに木製のデスクに腰掛け、コーヒーを一口含んだ。その目が細められ、ぽつりと呟く。


 「……潮時だな。出てこい」


 ぬるりと空間が揺らぎ、透明だった空間からティードとレガースが姿を現す。


 「わが友よ。計画通りか?」


 ティードの問いに、サダベルはわずかに笑みを浮かべた。


 「ああ。カイラは今、ぐっすり眠っている」


 ソファの上、手足を拘束されたまま意識を失ったカイラが横たわっていた。


 「探偵はこちらから誘導した。うまくいけば、既にこの世界に来ているはずだ。クライスや有力な騎士たちは、今ちょうどハッタン王国での会談中。カイラという最強の戦力も封じた。つまり——今がその時というわけだ」


 ティードの口角がゆっくりと吊り上がる。


 「人間どもの世界を繋ぎ、征服する好機だな?」


 サダベルは立ち上がり、眼鏡を外した。


 「……始めよう。革命を」


第12話 最悪の惨劇


 「……はぁ、そこにいるのは分かってるぞ。出てこい、槍兵」


 サダベルが天井を指差した。

 その先で、薄く透けていた空間が揺らぎ、輪郭を失っていた存在が形を取り戻していく。


「バレちまってたか。透過魔法ってのも万能じゃねぇな」


 ダグが天井から身を翻し、床へと降り立った。唇を歪め、獣じみた笑みを浮かべる。


「何を企んでるかと思ったら、まさかクソ海賊と手を組んでたとはなぁ」


「貴様ァ!」


 レガースが怒りに任せて踏み出した、その瞬間だった。

 鋭く振るわれた竹槍が、正確に首元を打ち据える。


 衝撃に耐えきれず、レガースは呻き声を漏らしながら後退した。


「この情報……何としてもクライスに伝えなきゃな」


 ダグは喉を鳴らし、息を整える。

 だが、その前に立ちはだかる影があった。


「できると思うか? この状況で。二対一だぞ」


 ティードが低く笑った、その刹那――


 学園長室の扉が強引に破られ、舞い上がる粉塵の中から人影が現れた。


「違うな」


「!?」


 サダベルが驚愕に目を見開き、振り返る。

 その背後には、拘束されていたはずのカイラが立っていた。


「三対二だよ」


 カイラの剣がサダベルの喉元に突きつけられる。

 刃先から滴り落ちた血が、静かに床を染めた。


「驚いたな……私の睡眠魔法を、この短時間で破ったのはお前が初めてだ」


「隊長! 冬休みはどうしたんだ?」


 ダグの問いに、カイラは肩をすくめて答える。


「遊びに来たんだよ」


「学園長室の扉を蹴り破るとは……ふむ。だが、ここで引いてくれるなら見逃してやってもいい」


「どうする? カイラ」


 アレンが口元を吊り上げる。


「断る」


 その声は冷え切っていた。


「学園長が海賊と手を組んでるんだ。学生としてじゃない――騎士団隊長として、あんたらを皆殺しにする」


 言い終えると同時に、カイラはサダベルへと踏み込んだ。


「アレン! ギャバットとカノンと一緒に、残ってる先生たちを避難させて!」


「任せろ!」


 アレンは踵を返し、廊下へと走り去る。


「いくらお前でも、私の魔力を侮るな……《ブレア!》」


 サダベルの右手が、カイラの腹部に触れた。

 瞬間、内側から炸裂するような魔力が解放され、カイラの体は激しく弾き飛ばされる。


「やはり、あなたの得意魔法は火炎系……」


「その通り。私の青の炎で、お前を焼き尽くす!」


 サダベルは狂気を帯びた声で叫んだ。


「もはやこの学園に用はない。王やクライスは動けない。今こそ世界を繋ぎ、日本やアメリカを手に入れる時だ。そのためにティードと手を組んだ」


「サダベルとは、拉致した人間の三分の一を引き渡す約束をしている。こちらも好都合でね」


 ティードがいやらしく口角を上げる。


「……そういうことかよ」


 ダグは竹槍を握り直し、視線を鋭くした。


「ダグ、ティードの相手を頼めるか? 学園長を倒したあと、すぐに援護に行く」


「ああ! 時間稼ぎは任せとけ!」


「やれ、リヴァイアサン!」


 カイラの背後から、青い竜が姿を現す。

 圧倒的な存在感を放ちながら、一直線にサダベルへと突進した。


 学園長室の壁は耐えきれずに崩れ落ち、二人は中庭へと叩き出される。


「……チッ」


 ティードが舌打ちする。


「《ドルフィンズ!》」


 ダグの呪文に応じ、水で形作られた二匹のイルカが出現し、ティードの周囲を旋回し始めた。


「てめぇの相手はこの俺だ。投獄なんざ悠長だ。ここで処刑してやるよ!」


「図に乗るなよ、槍兵風情が」


 ティードの体が歪み、骨格そのものが変質していく。

 次の瞬間、そこに立っていたのは巨大な狼だった。


「変身魔法か……それ、こっちの世界の獣じゃないな。どうやって……」


「“狼”さ。俺が人間の世界に初めて行ったとき、最初に殺した獣だ」


「レガース、今だ! 繋げろ!」


「了解!」


 空間が裂け、池袋の夜空に緑色のゲートが出現した。


「ヘッ! 何をする気だ! 《ドルフィンズ!》」


 二匹のイルカが放たれるが――


「遅い」


 ティードはそれを素手で受け止め、容易く掴み潰した。


――十二月三十一日、午後十一時五十五分。池袋。


 人々が年越しの瞬間を待ち、笑顔を浮かべる中――


 一月一日、午前零時。

 池袋の空に、巨大なワームホールが口を開けた。


「……おい、なんだあれ?」


「え? 何が?」


「空……あそこだ……」


 人々が視線を向けた、その直後。


「なぁ、槍兵。戦うなら、もっと楽しもうぜ?」


「……何をする気だ」


 ダグは竹槍を構え、警戒を強める。


「こうするのさ」


 狼と化したティードは、大きく身を屈め、ワームホールへと跳躍した。


 次に現れたのは、新宿の街だった。


「な……」


 ダグが言葉を失うその目の前で、ティードは池袋交差点の人混みへと躊躇なく突入する。


「やめろ――!」


 悲鳴が連鎖する中、ティードは人間を掴み上げ、その命を容易く奪った。


「家畜共が。皆殺しにしてやる」


「船長ォ! 連れてきたぞ!」


 レガース、ジャック、ヴェンデッタが次々とゲートを越えて降り立つ。


 逃げ惑う群衆。絶望に染まる街。


 その中心で、ティードは――

 地獄の始まりを宣言するかのように、不敵な笑みを浮かべていた。


第13話 最期


 悲鳴がビルの谷間を突き抜け、夜の池袋に響き渡った。


 獣のような雄叫びを上げ、ティードは群衆へと跳び込んだ。牙をむき、腕を振るい、喰らい尽くす。男も女も、老いも若きも、肉塊と化して次々と血に沈んでいった。


 喰らい、喰らい、喰らい尽くす。


 一瞬にして、繁華街は血濡れの地獄と化した。


 「……何を考えてやがる……」


 ダグは交差点の中心で立ち尽くしていた。視線の先で、人々の命がまるで紙くずのように引き裂かれていく。理不尽な暴力。狂気の宴。


 「ドルフィンズ!」


 彼の声に応え、水の精霊たちが路面の水分を巻き上げ、透明なイルカの群れとしてティードを取り囲んだ。


 「てめぇの相手はこの俺だ。投獄? 冗談じゃねぇ……てめぇは今ここで、俺が処刑する!」


 「図に乗るなよ、槍兵ごときが――!」


 再びティードは咆哮し、筋肉が隆起し、獣へと変貌する。毛並みの荒々しい狼の姿となったその体からは、人智を超えた力の波動が滲み出ていた。


 「へぇ……だったら見せてもらおうか、獣の本能とやらの力をよ!」


 次の瞬間、ティードは一気に距離を詰めた。轟音のような足音。巨大な拳がダグめがけて振り下ろされる。


 「速いな! ドルフィンズ!」


 イルカの水盾が拳を受け止める。衝撃は交差点全体に強風となって吹き荒れ、街路樹がなぎ倒され、人々が空中へと吹き飛ばされた。


 「効かん!」


 ティードの腕が水盾を貫き、風圧で舗道が砕け散る。


 「げ、やっぱそうなるよな! 知ってた!」


 冷や汗を浮かべながらも、ダグはとっさに叫んだ。


 「エスケープ!」


 その身体が一閃、信号機の上へと瞬間移動する。


 「どうした? さっそく逃げ腰か?」


 「いや……まだだ」


 ダグの目に炎のような光が宿る。再び両手で槍を構えた瞬間、槍全体に水の膜がまとわりついた。魔力の波動が空気を震わせる。


 「水の魔法で槍を強化したつもりか?」


 「つもりじゃねぇよ――やってみせる!」


 ダグの一撃がティードの右足をかすめる。鋭い切っ先が肉を裂く。


 「ぬるい!」


 返す手で、ティードはダグの首を鷲掴みにした。


 「なっ……!?」


 そのまま、ティードはダグの身体を地面へと叩きつける。


 コンクリートが裂け、蜘蛛の巣のような亀裂が交差点中に広がった。


 血を吐き、ダグは地に伏す。骨が砕け、意識が薄れていく。


 「終わりだ、槍兵」


 ティードは腰からショートバレルの散弾銃――ソードオフショットガンを引き抜き、無慈悲に構えた。


 「……へ、へへ……こりゃ……まずったなぁ……」


 歪んだ笑みを浮かべながら、ダグは最後の力で呟く。


 「くそ……すまねぇ……クライス……おれは……おれは務めを果た――」


 バァン!!


 弾丸が放たれた。


 顔面に命中した散弾は、容赦なくダグの頭部の三分の一を吹き飛ばした。


 熱と煙の残滓が、冬の夜空に溶けて消えた。


第14話 連れ去られた過去


―十年前。


 当時十二歳だった只野大樹は、両親からの暴力に耐える日々を送っていた。

 愛情の痕跡はどこにもなく、殴打の痕が消える前に、次の痛みが訪れる。家は安らぎの場ではなく、ただ生き延びるための檻だった。


 そんなある日、異世界から現れた海賊ティードによって、彼は攫われた。

 無力な子どもとして。


 雪山の山道を、複数の馬車が重々しく進んでいた。

 荷台には木製の檻。その中で、子どもたちが身を寄せ合い、震えている。泣き声は夜気に溶け、誰の耳にも届かない。


「お母さん……お父さん……!」


 救いを求める声に、応える者はいなかった。


 大樹は檻の隅で体を丸め、歯を噛み合わせて寒さに耐えていた。

 冷たい空気が肺に突き刺さる。


 そのとき、檻の床に淡い光が落ちていることに気づいた。


「……え?」


 小さな銀の指輪だった。雪明かりを受け、どこか神聖な輝きを放っている。


「なんだろう……これ……」


 次の瞬間、空気を切り裂くような一撃が走り、檻が横から断ち割られた。

 衝撃で馬車は大きく傾き、視界が激しく揺れる。


「……う……」


 意識が遠のきかけた中で、大樹は目を開けた。

 横倒しになった馬車の向こう、折り重なる子どもたちの亡骸。その先で、青いマントを翻した男が、海賊の胸ぐらを掴み上げていた。


「おい、下っ端。王家の指輪はどこだ」


 感情を削ぎ落とした声。


「ひ、ひぃ……! 俺は何も知らねぇ! 見逃してくれ!」


 命乞いに、男はわずかに目を細める。


「ならば……また地獄で会おう」


 刃が胸元に突き立てられ、海賊の体から力が抜けた。


「……ん?」


 もう一人の男――メントが、大樹の方を見ていた。


 大樹は反射的に身を伏せる。震えが止まらない。


「人間。その指にはめている指輪……どこで拾った?」


「お、檻の中で……拾いました……」


「それは我らのものだ。返してもらおう」


 差し出された手に、大樹は指輪を外し、震える指で渡した。


「感謝する。君が拾わなければ、雪に埋もれていたかもしれない」


 青いマントの男――クライスが、穏やかに微笑んだ。


「……これも何かの縁だ。君を兵士として雇ってやる」


「え……?」


「選べ。ここで死ぬか。我らの仲間になるか」


 沈黙ののち、大樹はかすれた声を絞り出した。


「……仲間にしてください」


 クライスは静かに頷いた。


「賢い選択だ。……名前は?」


「た、只野大樹です」


「呼びづらいな。今日からお前の名は“ダグ”だ」


「……どうして、助けてくれるんですか……?」


 クライスの瞳に、遠い記憶の影が差した。


「かつての仲間に似ていた。私と共に、魔王を討った……ある人間にな」


―現在、池袋交差点。


 ティードは重い足取りで歩み出した。

 背後には、頭部を破壊されたダグの亡骸が横たわっている。


「貴様を、俺は殺せない」


 その背後を、鋭い気配が掠めた。


「……まだだ……これ以上、好きにはさせねぇ……!」


 血に濡れた体で、ダグは再び立ち上がる。


 この世界に戻りたいと思ったことは一度もなかった。戻れば、あの地獄の家が待っている。

 それでも――


「他の人間まで巻き込むお前だけは……許せねぇ!」


 全身の力を振り絞り、ダグは竹槍を拾い上げ、ティードの背へと投げ放った。


 槍は背中に突き立ち、一瞬だけ動きを止める。


「……!」


 その隙に、ダグは魔力を練り上げた。


「出し惜しむな……これで、終わらせる……!」


 足元に青白い魔法陣が浮かび上がり、水の輪が空間を歪める。


「行け……最後の――ドルフィンズ!」


 巨大な水の獣が顕現し、一直線にティードへと突進した。


「まずい……!」


 激しい衝撃が交差点を揺るがし、視界が白く染まる。


 ダグは膝をついた。

 魔力は底を尽き、もはや体は動かない。


 煙の向こうから、ティードが姿を現す。


「惜しかったな、槍兵」


 次の瞬間、背後に立つ気配。


「……う、嘘だろ……」


 乾いた発砲音が夜を裂いた。


 頭部を撃ち抜かれ、ダグの意識は急速に遠ざかる。

 砕けた視界のまま、彼は血の広がる地面へと沈んでいった。


第15話 水神 リヴァイアサン


 会談を終え、クライスたちはハッタン城の大扉をくぐった。


 「ハッタン王国とも、これでおさらばだな」とクリスが肩をすくめて言う。


 「またあの砂嵐を通らなきゃいけないなんて……勘弁してくださいよ」と、メントが渋い顔でぼやいた。


 クライスは微笑んで、顎をしゃくった。「ああ、帰ろう。皆の者、出航の準備を!」


 「ハッ!」

 兵士たちが号令に応じ、馬車の準備に走り出す。そのとき――


 キーン――!と鋭い金属音のような衝撃が、クライスの脳を貫いた。


 「……クライス王、聞こえますか?緊急事態です」

 声が響く。カイラの魔力通信だ。

 「サダベル学園長とティードが学園を襲撃しています。直ちに帰国してください!」


 「……何があった?」とクリスが眉を寄せる。


 クライスはすぐさま声を張った。「今すぐ帰国する! 海賊共が学園を襲っているとのことだ。メント、貴様の強化魔法で船の速度を最大まで上げろ!」


 メントはすぐさま敬礼した。「承知しました、我が王よ」


 *


 《魔術大学校ルーン・中庭》


 サダベルの腹に、リヴァイアサンの牙が深く食い込んでいた。


 「ぐふぅ……さすがは水神を操る最強の戦力だな……」


 カイラは静かに告げる。「選べ。牢獄か、死か」


 ――この世界の魔物は、魔獣・神獣・神に分けられる。

 その中でも“神”は異質だ。神獣や魔獣とは比にならない力を持ち、各国の政府が厳重な契約のもと兵器として運用している。


 カイラは、そんな神の中でも水神リヴァイアサンと雷神イカリ――二体と契約を交わした、世界初の存在だ。


 契約とは、力で縛るのではない。神の“認可”が必要なのだ。


 「……選択肢はもう一つあるさ。君を殺す!」


 サダベルはそう叫ぶと、右手をリヴァイアサンの口へ向ける。


 「ブレア!」


 爆発音が響き、リヴァイアサンの顔面が弾け飛んだ。サダベルはその隙を逃さず、燃え盛る神の顎から抜け出して、カイラへと歩み寄る。


 「さぁ、始めようか」


 その身体から、青く光るスライムが滴るように飛び出してくる。


 「……神獣、ブレアスライムか」と、カイラが目を細める。


 「その通り。こいつは触れた物質をすべて溶かす、獰猛な溶岩のスライムだ。人間世界へ渡る前に、この学園を地図から消してやろう」


 「何を考えている! やめろ!」

 カイラは叫び、空に向かって手を伸ばす。


 「イカリ、来い!」


 天空が割れ、雷鳴が轟く。雷神イカリがその巨躯を現した。


 「もう遅い! ブレアスライム、学園を溶かせ!」


 スライムの体内からあふれ出た溶岩が、津波のように校舎へ押し寄せる。


 青白く燃え上がる建物。逃げ遅れた学生たちの絶叫が空を裂いた。


 「くそがッ……結界魔法!」

 カイラが魔法陣を展開し、周囲に強力なバリアを張る。


 《ルーン学園・正門》


 「おい……まじかよ……!」


 悠は絶望に立ち尽くした。溶岩は、もはや後方の校舎だけでなく、目の前の空間までも呑み込もうとしている。


 「もう一回繋がれ! リンク!」


 眼前にゲートが開き、悠はその中へと走り込んだ。


 溶岩がすべてを溶かし、更地と化した学園の上で、カイラは静かに結界を解いた。


 「……学園が……」


 そこに、アレンが走り込んでくる。


 「カイラ! 学生の七割は学園の外に逃がした! だが、残りの三割は……」


 「いい。僕が殺さなかったから、こうなったんだ」


 そのとき――


 「素晴らしい……」

 サダベルが、ゆっくりと拍手を打った。


 「雷神を間近で見られるとはな……想像以上だ、カイラ」


 「……目的はなんだ、学園長」


 「人間世界の支配だ。そのために、ティード海賊団と手を組んだ」


 カイラは鼻で笑った。「聞き飽きた」


 「目的も動機もそれだけだ。今から人間世界へ渡る。まずは日本を火の海にする」


 「ふはは、どうやって? 世界を繋ぐ能力もないくせに」


 「……そろそろ、だな」


 サダベルの背後にゲートが顕現する。


 「おい、学園長さんよ! 迎えに来たぜ!」


 レガースの声だ。


 「じゃあな、カイラ。日本が終わったら、次はアルタイル王国だ」


 「だったら、僕も連れてってもらおうか」


 「……は?」


 その瞬間、カイラの姿が掻き消え、レガースの前に現れた。


 拳が炸裂し、レガースの顔面を叩き潰すと、カイラはそのままゲートへと駆け込んだ。


 「走り抜ける!」


 アレンもカイラの背中を追って飛び込んでいく。


 ――池袋。

 すでにティードたちが暴れ、特殊部隊SATと激しい抗争を繰り広げていた。


 レガースが吹き飛ばされる。


 サダベルはふっと笑った。「私のブレアスライムに手も足も出なかった者たちが、この私を止められるとでも?」


 「止めなきゃ、あんた来るだろ?」

 カイラが笑い返す。


 「ぶふっ……!」

 アレンは噴き出しかけた笑いを手で押さえた。


第16話 救出作戦


 池袋――血と悲鳴の交差点。


 「きゃあああああっ!!」


 耳を劈く悲鳴が、血に濡れた路面を震わせた。無数の死体が転がる異常事態の中で、ティードが咆哮を上げた。


 SAT部隊と獣のような海賊頭領が激しく交戦する。炎と銃声が街を飲み込んでいた。


 その頭上。池袋上空をヘリコプターが旋回していた。


 「信じられない光景です!狼です!絶滅したはずの狼が警察隊と交戦しています!この男は――」


 キャスターの言葉が終わるより早く、空中に一陣の風が走った。黒衣の女――ヴェンデッタが宙を滑るように浮遊し、ヘリに並んで叫んだ。


 「邪魔よ、ツンドラ!」


 瞬間、巨大な針状の物体が虚空から現れ、ヘリの胴体を貫いた。


 断末魔と共に、ヘリは近くのビルに激突。大爆発を起こした火柱が夜空を照らす。


 俺はその光景を、唖然としながら見つめていた。


 「なんなんだよ、これ……。奴ら、ついに東京まで攻め込んできやがった……」


 とっさに身を引き、異世界から再び現実世界へ逃げ込んでいた俺は、思わず呟いた。


 「海賊どもに、サダベルまで……まさか、あいつが学園を……?」


 だがすぐに、ある可能性が脳裏をよぎる。


 「待てよ。幹部どもは池袋に集まってる。ならケッカイ島の警備は手薄なはず……!」


 今なら、誘拐された人々を救えるかもしれない。そう思った瞬間、俺は携帯を取り出し、釜野へ電話をかけた。


 深夜 警視庁前


 「悠か!?今どこにいるんだ!無事なんだな!?」


 釜野の声がすぐに返ってきた。


 「聞いてくれ。今なら本当のことが話せる。誘拐された人たちを救えるチャンスなんだ!」


 「は?こんな時に何を……!」


 「説明はあとだ。今すぐ部隊を動かしてくれ。警視庁前で落ち合おう!」


 そう言って通話を切ると、俺は全速力で警視庁へと走った。


 門の前で、釜野が俺を待っていた。その背後には警察隊が列を成している。


 「来たか」


 「こんなに……局長の許可は?」


 釜野はわずかに目を伏せ、低く答えた。


 「それが……局長がどこにもいないんだ。まるで消えたように」


 「今はそんなこと言ってる場合じゃない。あの化け物どもが現実世界にいる今が最大のチャンスなんだ。終わった後、全部話す。だから、今は俺を信じてくれ!」


 釜野はしばし無言だったが、やがてふっと笑って俺の肩を叩いた。


 「全く、お前ってやつは……でも、今は俺がいる。信じるよ」


 「ありがとう」


 そして、俺は一歩前に出て言った。


 「じゃあ、これからすることに驚くなよ」


 「は?」


 「リンク!」


 右腕を前に突き出すと、空間が歪み、ゲートが現れた。


 警察隊がざわつき、釜野が目を見開く。


 「な、なんだこれは……!?」


 「行くぞ。俺についてこい」


 午前二時三十分 異世界・スモーク山 小屋前


 重たい夜の空気が肌にまとわりつく。ゲートを抜け、俺たちは異世界に足を踏み入れた。


 小屋の扉を激しく叩く。


 「爺さん!俺だ、悠だ!」


 扉が開き、懐かしい顔が現れる。


 「おお、悠。生きておったか」


 「手短に言う!海賊たちは今、現実世界で交戦中だ!ケッカイ島に乗り込んで人間たちを救いたい。力を貸してくれ!」


 コロウはしばし黙した後、言った。


 「お前は、やはりあの人間に似ている」


 「は?」


 「いや、昔の話じゃ。今は関係ない」


 棚から小銃を引き抜き、コロウは外へ出た。


 「いいだろう。手を貸そう」


 彼の手を握り、俺は静かに礼を述べた。


 「本当に、ありがとう」


 午前三時 ケッカイ島


 ざあああああ……と豪雨の中、我々は砂浜を踏みしめて進んだ。雨が視界を遮る。


 「ここに……誘拐された人たちが……」


 釜野が濡れた顔を手でぬぐいながら呟いた。


 「幹部はおらんが、下っ端はうようよおるぞ。わしが先導する。ついてこい」


 コロウが小銃を構え、森の中へと進み始めた。


 やがて、島の森の入口が見える。そこには警備中の下っ端ども。


 「……あ?なんだあれ……」


 「おい、探偵どもが攻めてきたぞお!!」


 警報のベルがカンカンカン!と鳴り響き、海賊たちが一斉にこちらへ殺到してくる。


 「早速バレたな。どうする」


 「やることは変わらねえ。全員地獄に送ってやる」


 俺はリボルバーを構える――が。


 「……あっ」


 ――弾が、ない。


 戦いの中で、使い果たしてしまったのだ。


 「ほれ、手を出せ」


 コロウが手を差し出した。すると――


 彼の手の平から、ぽろぽろと銃弾が零れ落ちた。


 「なっ……これ、本物の銃弾……!?どうやって……」


 「これがわしの魔法《無限弾薬》じゃ。魔力が続く限り、あらゆる銃の弾を望んだ数だけ生み出せる」


 「……ありがてぇ!」


 俺はその銃弾をポケットに詰め込み、拳銃へと装填した。


 その時――


 「そこにいるぞお!矢を放てぇっ!」


 海賊どもが殺到してくる。


 「始めるぞ――救出作戦だ!」


第17話 救出作戦 PartⅡ


 真夜中のケッカイ島。

 ティード海賊団の部下たちが、一斉に刃を振り上げて襲いかかってきた。


「おらぁ!」


 下っ端の一人が叫びながら突進してくる。

 俺は視線すら向けず、冷静に拳銃を構え、二発の弾丸をその腹部へ撃ち込んだ。


「叫んで突っ込めば勝てると思ってるのか。愚かだな」


 下っ端海賊はその場に崩れ落ち、動かなくなる。


「森へ進むぞ! ついてこい!!」


 コロウが指示を飛ばし、俺たちはケッカイ島の森へと踏み込んだ。

 釜野は拳銃を構えたまま、周囲に神経を張り巡らせている。


「こ、これが……別世界なのか?」


「油断するな、刑事」


 コロウが低く警告した。


「この島には、まだティード海賊団の幹部が残っている可能性が高い」


「さっさと進むぞ」


 俺はそう言って歩調を上げた。


 その時、背後から叫び声が上がった。


「探偵だ! 探偵が来ているぞ! 船長に連絡を!」


 周囲で海賊たちがざわつき始める。

 俺たちは島の中心部へと向かい、ついに被害者たちが収容されていると思われる大きな木造倉庫を発見した。


「ここだ……ここに雪がいる!」


 俺は駆け出し、倉庫の門を蹴り開けた。


「おい! 危険だ、離れるな!」


 釜野の叫びが背後から聞こえたが、立ち止まる余裕はなかった。


 その瞬間、空から甲高い声が響いた。


「探偵ィィィッ!」


 振り向く間もなく、バードリーが上空から舞い降りてきた。


「羽爆弾!」


 鋼鉄の羽が周囲へ散り、倉庫の前で爆発が起きる。


 釜野や警察隊は爆風に巻き込まれ、地面へと倒れ込んだ。


「くそ……釜野!!」


 俺は歯を食いしばり、バードリーに向き直る。


「よそ見するな、探偵」


 バードリーは転移魔法で俺の背後へ回り込み、鋼の羽を振り下ろしてきた。


「……っ!」


 咄嗟に振り向き、拳銃を構えようとするが、羽は凄まじい速度で迫ってくる。


「殺す」


 三発の弾丸を羽に撃ち込む。しかし、手応えはなかった。


「無駄だ。俺の羽は、状況に応じて性質を変える」


 冷笑を浮かべ、バードリーはさらに攻撃を続ける。


「悠!! 今助ける!」


 コロウの声が響いたが、俺はすでに目の前の敵に集中していた。


「貴様の相手は、この私だ!!!」


 転移魔法で、もう一人の男が現れる。

 忍者のような動きで姿を現したのは、ジャックだった。


「幹部が、もう一人……!」


「奥義・忍仁砲!」


 ジャックの両手から放たれた光線が、コロウの両脚を切り裂いた。


「ぐ……っ!」


 コロウの脚は無惨にも吹き飛び、その場に崩れ落ちる。


「じいさん!!」


「ここまで……か……」


 コロウは力尽き、地面に伏した。


「よくやったぞ、ジャック!」


「元騎士団メンバーを討ち取ったぞ!!」


 誇らしげに叫ぶジャックを見た瞬間、俺の中で何かが切れた。


「戦闘中に余所見とは、随分と余裕だな」


 俺は拳銃を下ろし、バードリーの羽を掴むと、その先端を無理やり彼の腕へ突き立てた。


「な、何を――!」


 鮮血が噴き出し、バードリーは悲鳴を上げながら暴れる。


「やっぱりな。抜け落ちた羽毛まで硬質化してるってわけか」


 その背後から、ジャックが叫びながら迫ってきた。


「探偵!!」


 その瞬間、倒れていたはずのコロウが、かろうじて猟銃を構えた。


「まだ生きていたか、老いぼれ!」


「貴様だけでも……道連れだ!」


 コロウは最後の力を振り絞り、ジャックの心臓を正確に撃ち抜いた。


「……っ!」


 ジャックはその場に倒れ、二度と動くことはなかった。


「そんな……ジャック!!」


 バードリーは取り乱し、激しく暴れ始める。


「終わりだ」


 俺は無表情のまま、バードリーの胸に羽を深く突き刺した。


「やめてくれ……命だけは……」


「助けを乞う資格はない」


 俺は冷たく言い放つ。


「お前たちは、何百人もの『助けてくれ』を踏みにじってきた。地獄で償え」


 羽を頭部へ突き立てると、バードリーは力なく崩れ落ちた。


「……鍵か」


 腰元には、牢屋の鍵と思われる物が下げられていた。


 俺はすぐにコロウの元へ駆け寄り、彼を抱き起こす。


「じいさん……!」


「悠……お前は、先に行け……人間たちのところへ……」


「見捨てられるか! 血を止める……!」


「わしは……ここまでだ……」


 コロウは微かに笑い、言葉を続けた。


「お前が……エルフと人間の……架け橋になるんだ……」


 そう言い残し、彼は静かに息を引き取った。


「……くそ……」


 俺は歯を噛みしめ、釜野の元へ向かう。


「無事でよかった。散っていた部下たちも戻りつつある。すぐに倉庫へ向かうぞ」


 釜野は立ち上がり、拳銃を装填した。


 倉庫の扉を開いた瞬間、言葉を失った。


 中には、何十もの籠。

 その中には、ぼろ切れのような服を着せられた子どもや女性たちが詰め込まれていた。

 虚ろな瞳で、こちらを見つめている。


「警察だ! 助けに来た! もう大丈夫だ!」


 叫びかけても、反応はない。


 やがて沖縄へと繋がるゲートが開き、光が差し込む。


「なぜ沖縄だ?」


 釜野が問う。


「今、関東に繋げたら戦場になる」


 俺たちは一人ずつ檻を開け、外へと連れ出していった。


 その時、微かな声が聞こえた。


「……悠?」


 最奥の檻に、雪がいた。


「雪……!」


 俺は駆け寄り、檻を開けて彼女を抱きしめる。


「怖かったな……もう大丈夫だ」


 雪は震えながらも、次第に落ち着いていった。


 夜明けの沖縄の海辺で、俺は雪を抱いたまま空を見上げる。


「終わった……わけじゃない」


 だが今だけは、この時間を守りたい。

 そう、強く思った。


第18話 混乱戦


 カイラはサダベルの怒声が響く中で、必死にその力に立ち向かおうとしていた。


「お前らの相手は僕だ!」


 その言葉が響き渡った瞬間、サダベルは冷ややかな笑みを浮かべ、指を鳴らすと、巨大なブレアスライムが地面を震わせながら現れた。その姿はまさに巨大な青い溶岩の塊、池袋の高層ビルをも超える圧倒的な大きさだった。


「きゃあああ!!!おいなんだあれええ!!」


 池袋の市民たちが恐怖に駆られ、悲鳴を上げながらその巨体を見上げていた。スライムの溶岩がじゅうっと周囲の建物を溶かし始め、町が飲み込まれていく。


「サダベル!もう人間はありったけ攫った!もう好きにしてよい!じゃ、逃げるか…」


 ティードが背を向け、余裕を見せるように言った。しかし、アレンの声がそれを遮った。


「逃がさない!」


 アレンはその一言を放つと、目にも留まらぬ速さでサダベルの隣に転移した。サダベルは一瞬で動揺を見せたが、それでも冷徹に冷笑し、手を上げて言った。


「ブレアスライム、"墓場"だ。」


 その瞬間、青い溶岩が池袋全域を覆い、関東地方全体がブレアスライムの溶岩に包まれていった。ブレアスライムの流れる溶岩で全てを無に還すというその必殺技は、言葉通り、東京を、そして関東全域を瞬く間に更地に変えた。


「これが、世界一の魔法使いの魔力か…」


 カイラは必死にその魔力を感じ取りながらも、どこか冷静さを保っていた。だが、その目の前で都市が崩壊する光景に、心の中で諦めかける自分もいた。


「無理か、諦めよう。」


 心の中でそうつぶやき、カイラはその重圧を感じた。しかし、そんな自分にカイラはすぐに言い聞かせるように、叫んだ。


「まぁ思ってないけどな。結界魔法!」


 その瞬間、カイラは周囲に結界を張り、青い溶岩の進行を少しでも防ごうとした。結界魔法は、範囲によってその効力が変わる。だが、サダベルの圧倒的な魔力の前では、国内最高戦力のカイラでさえ、周囲2メートルの小さなバリアを張るのが精一杯だった。


「その結界で果たして防げるかな?さぁ放て!」


 サダベルの挑戦的な言葉とともに、溶岩の雨がカイラを襲う。その圧倒的な力がカイラの結界を打ち破り、周囲の景色が焼け焦げていく。真夜中の都心で、命の叫び声が響き渡った。


「何とか防げたか…」


 カイラは焦りながらも、冷静に溶岩の収縮を見守った。なんとかブレアスライムの溶岩が収束し、周囲は更地となっていたが、その先にはサダベルの残忍な笑みが待っていた。


「エスケープ!」


 その瞬間、カイラの背後に突如現れたサダベルの手が彼を掴み、二人はどこかへ転移した。


 ここで、カイラとサダベルが岡山に転移するシーンに続きます。


 AM1時 岡山県 岡山駅前


 新年の祝福に沸く岡山駅前広場で、人々が笑顔を交わしていたその瞬間。


「そぉら!」


 サダベルの声が響き、突如として広場に現れた。彼は、カイラを力任せに放り投げた。カイラはその勢いでバスターミナルに吹っ飛び、痛々しくバスにめり込んだ。


「んぐ!」


 カイラは激しい衝撃に思わず息を呑んだが、それでもすぐに立ち上がろうとする。その顔には怒りが滲み出ていた。


「クソが、やってくれたな、時代遅れのじじいが!」


 カイラは歯を食いしばり、必死に反撃を誓った。サダベルにされるがままでいるわけにはいかない。その後ろで、市民たちがカメラを構え、彼らの壮絶な戦いを撮影し始める。


「お前、もう終わりだ。」


 カイラは意気込んでサダベルに向かって駆け寄る。だが、その目の前でサダベルは余裕の表情を浮かべていた。


「あんたの首を持ってクライス王のとこ行かないと僕の隊長としての立場ないんだよ。おまえ、ここで自殺してくれてもいいんだぞ?」


 カイラの冷徹な言葉がサダベルを挑発した。それでも、サダベルは全く動じることなく、カイラを見つめ返す。


「手間かけさせやがって、刺し殺してやる!」


 カイラは一気に距離を詰め、剣を振りかざした。鋭い一閃がサダベルの腹部を切り上げた。


「まだまだぁ!」


 サダベルはその剣を笑みを浮かべながら、軽々と受け流す。そして、すぐさまカイラの首を掴んだ。カイラは必死に腕を振り払おうとしたが、サダベルの力はそれを許さなかった。


「うおおお!」


 カイラはサダベルの腕を無理やりへし折り、その瞬間、サダベルは悲鳴を上げる。カイラの剣はサダベルの体を何度も突き刺し、再び激しい攻撃を繰り返した。


「痛いか?貴様に焼かれた者たちはもっと痛かっただろうなぁ!」


 カイラは怒りを込めてサダベルに剣を突き刺し続けるが、その度にサダベルは反撃を試みる。カイラの剣が突き刺さった瞬間、サダベルは一瞬で剣を折り、カイラを後方へ吹き飛ばした。


「僕の剣が…」


 カイラはうろたえ、倒れ込む。剣が壊れてしまったのは予想外だったが、彼は冷静さを保ちながら、また立ち上がろうとする。


「痛い…」


 サダベルは立ち上がったカイラに向かって、冷徹に言い放った。


「人間とはうっとうしいやつらだ。」


 サダベルの言葉に、カイラもまたうなずくように言った。


「同感だね。」


 その瞬間、サダベルは再び火炎魔法を放ち、周囲に爆発を引き起こした。カイラはその熱波を耐え抜きながらも、再びサダベルに向かって走り出す。


「お前は、私のフルパワーを出さなければ勝てなさそうだ。」


 その言葉がカイラに冷徹に響いた。サダベルは再び、恐ろしい力を見せつけようとしていた。


「アーマード・ブレア!」


 サダベルの体を取り囲む青い溶岩の鎧が現れる。その輝きは、まるで地球の破壊を示すかのように眩しく、熱気を帯びてメラメラと燃え上がっていた。


「これ、勝てるかなぁ…」


 カイラはその圧倒的な力を前に、ただ冷静に考え込んだ。だが、少し考えた後、彼は決意を込めて言った。


「まぁやるだけやってみるか。」


 その言葉とともに、カイラはもう一度、サダベルに向けて走り出す。だが、その目には、決して引き下がることはないという強い覚悟が宿っていた。


 AM一時 沖縄 那覇空港


 一方、沖縄ではアレンがティードを追い詰めていた。転移した先は海沿いの空港。すぐにティードは海面で暴れながら、アレンに向かってきた。


「動くな!オオカミ!」


 アレンの叫びとともに、ティードはアレンを必死に捕まえようとする。アレンはその猛攻をかいくぐりながらも、何とかティードを掴み取った。


「掴んだぁ!」


 ティードの暴れる力が強く、アレンを砂浜に投げ飛ばした。砂嵐が巻き起こり、アレンは地面に叩きつけられた。


「ガハハハ!貴様を殺してやる!待ってろ!」


 ティードはそのまま海中から勢いよく跳ね上がり、アレンに向かって猛然と突進してきた。


「まずい…!」


 アレンは即座に剣を抜き、立ち上がった。しかしその時、ティードの一撃がアレンを直撃し、空港に向かって吹き飛ばされた。


「空港が…爆発した!?」


 アレンは苦しみながらも立ち上がり、再びティードに立ち向かう決意を固めた。その惨状を見た観光客たちは、驚愕し、必死に逃げ出す。


第19話 オオカミ狩り


 那覇ホテル 1Fロビー


 危険な状況を乗り越え、無事に被害者たちを救出した俺たちは、沖縄の某ホテルに避難させることにした。釜野が支配人に事情を説明し、どうにかかくまってもらうことができた。


「雪、大丈夫か?」

 俺はロビーのソファに雪を座らせ、隣で見守る。


「ごめん、無理させてるよな…」


 雪は力なく笑顔を見せたが、その表情に隠された痛みを感じ取った。

「ちゃんと助けに来てくれたから、大丈夫だよ!」


 外から爆発音が響き渡る。

 釜野は驚きの声を上げ、近くの窓から外を見た。

「なんだ…今度は一体、何が起きてるんだ…」


 雪は震える手で俺の腕をぎゅっと握った。

「大丈夫だよ、俺がいるから。」


 釜野は静かに拳銃を構え、冷静に指示を出す。

「被害者たちを客室に避難させてもらえるか?」

 スタッフは慌てながらも対応し、すぐに被害者たちをエレベーターに乗せて上階へと送り出した。


 その時、ロビーを通りかかった小さな女の子が震えながら、低い声で言った。

「オオカミが、私たちを捕まえに来たんだ…」


 それは不安を掻き立てる言葉だった。ティードたちは今、東京にいるはずだ。ここまで来るはずがない。

 釜野は目を見開き、再度俺を見た。

「雪ちゃん、君も避難しよう。こっちへ!」


「あとで必ず迎えに行く。今は釜野の言う通りにして。」

 雪は無言で頷き、スタッフに手を引かれてエレベーターに乗り込む。


 釜野はすぐに立ち上がり、外を見に行くと言った。

「ちょっと外を見てくる。」


「だめだ、危険すぎる。」

 俺は強く引き止めたが、釜野は軽く肩をすくめて答える。

「大丈夫だって、出入り口から顔を出して確認するだけだ。」


 そう言って、釜野はホテルのロビーから外に出て行った。


 数分後、雨に打たれながら戻ってきた釜野は、顔を険しくしていた。

「空港だ、間違いない。どうやら爆撃が起きてる。」


「ティードか?」

 俺は一瞬だけ考え込む。


「いや、違うだろ。ティードが沖縄まで来るなんて。」


 釜野は拳を握りしめ、深く息をついた。

「じゃあ、どうするんだ?」


「沖縄県警に連絡を取ってくれ。」

「まさか…行く気か?」


「当然だろ。真犯人が目の前にいるんだ。応援呼んで、即逮捕だ。」


 釜野はしばらく黙っていたが、やがて、諦めたように頭を掻きながら携帯電話をかけ始めた。


 20分後、沖縄県警の武装集団がロビーに到着した。

 警察官はウージーサブマシンガンを携え、厳戒態勢で俺たちを取り囲んだ。

「で、作戦の方は?」

「作戦などない、とにかく撃ちまくれ。やつが倒れるまでだ。」


 警察隊は不安げに顔を見合わせ、ひそひそと相談し始めた。

 釜野は呆れた様子でため息をつく。

「やっぱりそうなるよな。」


「無理もないさ。だが、俺には世界を繋ぐ能力がある。もしもの時は、海の中にでも繋いで放水攻撃をかければいい。」

 釜野はまたため息をつき、何も言わなかった。


 那覇空港


 アレンとティードの壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 アレンは剣を振りかざしてティードに突進する。

「遅い!」

 ティードは冷静に散弾銃を構えて撃ち込む。

 アレンはその銃弾をかわし、背後に回り込んでティードを切り上げた。


 ティードは激痛に苦しみながら、後ろへ転がりながら反撃する。

「うおおあああ!!」


 アレンは息を荒げながらも、ティードの首を切り落とし、散弾銃を手に取る。

「ふぅ、やったぞ、カイラ。これでティード海賊団は終わりだ。」


 しかし、次の瞬間、ヴェンデッタが現れた。

「最奥呪法スピア」

 アレンの首が切り落とされ、彼はその場に倒れた。


「な、なぜお前が…ここに…」

 アレンは最後に言葉を漏らし、目を閉じた。


 ヴェンデッタはティードの亡骸を抱え、再び転移していった。


 アレンはそのまま命を落とし、静かに戦いの終焉を迎えた。



 沖縄県警の隊員たちが空港に到着し、内部に入っていく。

「どうなってるんだ?」

 アレンの死体を見つけた俺は、すぐに駆け寄った。

「ごめん、早く到着できれば、こんなことにはならなかったかもしれない…」


 俺たちはアレンの亡骸を包み、沖縄県警の装甲車へと運び込んだ。

「こいつはカイラの友達だ。遺体はカイラに返す。」


「わかった。」

 釜野は頷き、装甲車の中に遺体を安置した。

 その後、俺たちは沖縄県警本部へ向かうことになった。


第20話 青炎


 岡山市街のビル群。

 青い炎がサダベルの体にまとわりつき、メラメラと輝きながら燃え盛っている。

「この炎の鎧は何もかもを溶かす、たとえ国であろうともな。」

 サダベルは冷徹な目でカイラを見据える。


 耳に手を添えながらカイラが一言。

「炎がなんだって?」


「これが私の全力だ。」

 サダベルはその言葉とともに、カイラに向かって突進した。

 カイラをがっちりと捕まえ、そのまま突き抜けるように奥のビルへと進む。

 壁が崩れ落ち、次々にビルが崩壊していく。

 周囲の人々は悲鳴を上げ、四方八方に逃げ惑う。


「ほう。」

 カイラは冷淡に呟きながら、その破壊の様子を見守る。


 ビルが次々と崩れ落ちる中、岡山市は次第に壊れていった。

「それだけか? あんたの力は?」

 カイラはサダベルの腹を蹴り上げると、サダベルは直角に飛ばされ、空へと舞い上がっていった。


「ぐぅ!」

 サダベルは空、高速で大気圏を抜け、宇宙へと吹っ飛んでいく。


 カイラは小さく笑い、サダベルを追いかけて宇宙へと飛んでいく。

「どうやらじじい、攻撃力に全振りしすぎたようだな。」

 サダベルの魔法は驚異的だが、その防御には隙があったようだ。


「ふん!」

 大気圏でようやく身体を止めたサダベル。

 その直後、カイラが追いつく。


「じじい、終いだな。」

 カイラの隣に、巨大な水神リヴァイアサンが現れ、大きな口を開けてサダベルに迫っていく。


「食らえ、リヴァイアサン! 奥義・ブレアスピア!」

 サダベルの目から、光線が放たれ、リヴァイアサンに向かって突き進む。


「ちっ。」

 カイラは舌打ちし、リヴァイアサンを転移させる。

 その間にも、レーザー光線がカイラの横を通り過ぎる。

 頬が焼け、血が流れ落ちる。


 そのレーザーは岡山市を貫き、街に到達するや否や、大爆発が巻き起こる。

 岡山の街並みは、無惨に崩れ去った。


「そうだよなぁ、せっかく手に入った水神を殺すわけにはいかない。」

 サダベルは冷ややかな声を出す。

「水神なしでもお前を殺せるさ。」

 カイラはそのまま告げる。


「ならば今度は――"全魔力"だ。」

 サダベルの目から、再び青いレーザーが放たれる。


「おっとっとぉ!」

 その瞬間、カイラはサダベルの正面に転移し、一撃でサダベルを打ち飛ばす。

 サダベルの顔が側方へと傾き、その結果レーザーの発射角度が変わり、レーザーはアメリカへと向かっていった。


 その光線は、発射からわずか0.001秒でニューヨーク市街地に到達。

 その瞬間、アメリカ全域の地盤が歪み、爆発が起きる。

 あらゆる建物が崩壊し、全土が荒れ果てた。


「じっとしろぉ!」

 カイラはサダベルを羽交い絞めにし、背後から拘束する。


「離せ!!」

 サダベルは必死に抵抗するが、カイラはその頭部を強く押さえ込んだ。


「今まで学園長の勤め、ご苦労だったな。退勤しろ。」

 カイラは無情に言い放つ。


「やめろおおおおおお!!」

 サダベルの必死な叫びも、無駄に終わる。


 ゴギッ――!

 サダベルの首が音を立てて折れ、完全に動かなくなった。


「やっとくたばったな。」

 カイラはサダベルを片手で抱え、池袋へと向かう。


 池袋の、もはや更地と化した地面。

「うそだろ、これが池袋なのか?」

 悠は沖縄から池袋へと繋がった現状を見て、驚愕の声を上げる。


「やったのか! カイラ!」

 上空から、学園長を抱えたカイラが降りてきた。


「まだです。アレンがどこにいるのか、探さないと。」

 カイラは決して安堵しない。


 悠はそのことをどう伝えるべきか、悩んでいた。

「カイラ...残念だけど、お前の友達は殺されたよ。」

 彼は静かに告げる。


 カイラはその言葉を聞いて、絶望の色が顔に広がる。

 彼はうつむき、しばらく言葉を失った。


「アレン...!」

 力強く下唇を噛みしめ、静寂の中で一分間、動かずに立ち尽くした。


第21話 変わってしまった世界


 那覇、ホテルの部屋。


 ピピピピ!と目覚まし時計が鳴り響く。


「んー…」


「ほら、起きて!寝ぼすけ!」


 雪が声をかける。


「わかってる…あと五分だけ…」


 ふと、思い出す。


 雪はもう大丈夫なんだ。


「どした?怖い夢でも見た?」


「いや、何でもないよ。」


 二度と失わないように、守らなきゃ。


 悠は強く念じた。


「久しぶりだな、探偵。」


 声が響く。


 目の前に現れたのは、あの時、重要参考人として捕らわれていた海賊団のグリスだ。


「なんで生きてる…石になったはずじゃ…」


「忘れたのか?俺は石化を逃れて、警察たちの記憶を改ざんし、逃げ延びた。」


 そうだった、あの後何事もなかったかのようにみんな過ごしていたな。


「魔法って便利なんだな。でも、人の部屋に透明で居座るなんて悪趣味でしかないぞ。」


「話が終われば出ていく。」


 雪が悠の袖を掴んで、震えている。


「大丈夫だよ。少し外してくれ、すぐ終わる。」


「うん、わかった…」


 雪は部屋を出ていった。


「お前が助けたケッカイ島の人間たちはまだ出荷されていない。おそらく、ティードはまだ生きている。復帰したら真っ先に日本に攻め込んでくるだろう。」


「それに、今テレビをつけてみろ。」


「テレビ?」


「いいから。」


 リモコンでテレビをつける。


「なんだよ…これ…」


 ニュースが映し出される。


「狼野悠、エルフの手先として全国指名手配。」


 指名手配!?


「どういう訳かお前はサダベルの仲間として追われている。おそらく、世界を繋げる能力を目の当たりにして、サダベルやティードを送り込んだ張本人として追われているらしいな。」


 呆然としている俺を尻目に、グリスは言った。


「せいぜい生き延びろよ、探偵。」


 そう言うと、姿を消した。


「悠?どうしたの…?」


 雪が心配そうに部屋に戻ってきた。


 どうする…?とにかく、今すぐ逃げないと。


「雪!!逃げ!」


 ピンポーン!


 部屋のインターホンが鳴り響く。


「雪、部屋の奥で待ってろ。」


 恐る恐る覗き穴を見ると、そこには誰もいない。


「きゃあああ!」


 部屋の奥で雪の悲鳴が聞こえ、俺はすぐに駆けつけた。


 雪を拘束していたのは、パーカーを着たフードを被った数人の男たち。


「てめぇら動くなぁ!」


 銃を構える。


「お前がな。」


 後頭部を銃で殴られ、俺は倒れ込んだ。


 目を開けると、そこは事務所のような場所で、10人ほどの強面の男たちが立っていた。


 手足を縛られ、身動きが取れない。


「クソ…ここは…」


 中央の椅子に腰掛けたサングラスの男が口を開いた。


「起きたか、探偵さん。」


「なにもんだよ…あんたら。」


「俺たちはロシアンマフィア スカー、俺はそのボス、ザックだ。」


 ロシアンマフィア…?どういうことだ、まさか…ここは。


「ここは…どこなんだ…」


「言いそびれていたな、ここはロシアの孤島、カリ島だ。」


「安心しろ、お前さんの彼女には一切乱暴してない。ただ彼女を返してほしけりゃ俺たちに協力してもらう。」


「何が目的だ…?」


「異世界に攫われた俺の娘を取り返す。」


「おらぁ、戦争したいんだよ、エルフたちを皆殺しにしてやるんだ。」


 フフっと鼻で笑い、そう言った。


「銃と魔法ってさ、どっちが強いと思うか?」


第22話 王の帰郷


 クライス王、メント、そしてクリスはサダベルの報告を受けて、アルタイル王国へと帰還した。しかし、すでにその時は遅かった。


「それで、ティードはまだ生きているのか?」

 クライスは玉座に座り、足を動かしながらイライラと問いかけた。


「ええ、仕留め損ねました。」

 カイラは無表情で答えた。


「陛下、お言葉ですが、これはカイラの責任ではありません。」

 クリスが続ける。「ダグもアレンも殺され、しかも相手は極悪海賊に世界一の魔法使いです。」


「わかっている。」

 クライスは低く、力なく答えた。「遅れてしまった私にも責任がある。」


 その時、突然の痛みが走った。

「は?」

 カイラが目を見開いた。


 クリスが激しくうめいた。

「ぐぅ...貴様...!」

 彼の体が急に後ろへと崩れ、背中を深く刺したのはメントの杖だった。


 血が吹き出し、クリスはその場に倒れた。

「いやああああ!!」

 カノンが駆け寄り、血を押さえようと必死に手を当てた。


「貴様ぁ!」

 クライスは目を見開き、剣を握りしめて立ち上がった。その音は、王宮に響き渡った。


「いつから裏切っていた!」

 クライスの声は怒声となった。


 メントは冷徹に答えた。

「ずっと前さ。」

 メントがそう言い終わると、窓が突然割れ、赤い鎧を着た兵士たちが数十人も王宮に侵入してきた。


「その赤い鎧...貴様ら魔国の者だな?」

 クライスの声には驚きと怒りが込められていた。


「そうだ、魔国ジーンだ。」

 メントが不敵に笑った。「ティード海賊団がピンチだとなれば、我々も黙って見ているわけにはいかない。」


「クソが...」

 クリスは朦朧とした意識で呟いた。 「毒が強すぎる...」


 カノンは涙をこぼしながら、彼の頬を手で支えた。

「いやだ...死なないで...」

 彼女は泣きながら言った。


「カノン、ごめんな。」

 クリスの声はかすれていた。「一緒に居てやれなくて...お前はもう兵士を辞めて、静かに暮らせ。長生きしてくれ...それが...おれの...願い...」


 その言葉を最後に、クリスは動かなくなった。


第23話 裏切


 静止したクリスの遺体を見つめるクライスの怒りは、もはや抑えきれないものとなった。


「クリス...!よくもぉ!わが友を!!」

 クライスは剣を天に掲げ、激情に満ちた声を上げた。


「来い!光神ダイス!」

 彼が召喚の呪文を唱えようとしたその瞬間、突然、ヴェンデッタの声が響いた。


「呪法べベラ!」


 転移したヴェンデッタが、クライスに石化の呪いをかけた。


「クソ!」

 クライスは咄嗟に右腕を振るい、その石化の進行を切り落とした。腕が床に転がる。


「ふーん、石化が始まった片腕を切り落としたか。やるじゃないか。」

 ヴェンデッタの言葉は冷徹で、挑発的だった。


「おい!貴様は何者だ!いつメントに成り代わった!」

 クライスが叫んだ。


 メント?と呼ばれる男は、冷笑を浮かべながら答えた。

「言ったろう?ずっと前だ。」


 その瞬間、ヴェンデッタが再び呪文を口にした。


「最奥呪法スピア!」


 彼が指を向けると、カノンに向かって呪いのレーザーが飛び出した。


「カノン!早く逃げろ!」

 カイラの声が響く。


 カイラはすぐさま手を差し出し、カノンの周囲に結界魔法を展開してレーザーを防いだ。


「エスケープ!」

 カイラはカノンの手を握り、瞬時に王城外へと転移した。


「アーマード!」

 クライスは叫びながら、自身の身体に鎧を装着させる。


「ほほう、それが強化形態ってわけね。」

 ヴェンデッタの冷徹な声が響く。「じゃあ、これを防ぎきれるかしら?最奥呪法ストーム!」


 クライスの目が見開かれた。

 全方位から呪いのレーザーが彼を包囲する。


「エスケープ!」

 クライスはすぐさまレーザーの外側へと転移し、攻撃を避けた。


「ヴェンデッタ!覚悟ぉ!」

 クライスは再び天を仰ぎ、剣を高く掲げた。


「光神ダイス!」

 だが、その瞬間、メントの冷たい声が響いた。


「じゃあな、王様。」

 気がつけば、メントはクリスの遺体を担いでいた。


「何だと...」

 クライスは唖然とした表情で言葉を失った。


「いまよ!全員転移魔法で逃げて!」

 ヴェンデッタの命令で、一瞬の隙を突かれ、敵たちはすぐさま転移魔法を使って逃げてしまう。


「くそ!」

 クライスは怒りを露わにしたが、すでに遅かった。


 次の瞬間、ヴェンデッタたちは王宮から姿を消し、クリスの遺体もろともその場から消え去った。


第24話 悪党共


 ロシア、カリ島


 悠と雪は、ロシアンマフィア「スカー」と呼ばれる組織に連れ去られ、今、薄暗い檻の中に囚われていた。


「よう、起きたか?」

 ロウが低い声で言う。手錠を付けられ、冷たい床の上で目を覚ました悠に、ロウは冷ややかな視線を送った。


「眠れるわけねぇだろうが。」

 力なく答える。


「それもそっか。」

 ロウは小さく納得し、ガラガラとパイプ椅子を動かして、腰を掛ける。


「俺はロウだ。短い間、お前の監視を頼まれた。」

 ロウは無表情でカロリーメイトの箱を投げてきた。


「カロリーメイトかよ。というか、あんたら日本語わかるんだな。」

 箱を受け取り、目を見開いた。


「俺たちは国際的なギャングだ。」

 ロウが冷たく笑う。」

「これから潰す他国の言語を理解するのは当たり前だろうが。」


 同刻、中国

 中国マフィア ジョンイル 拷問室


「ふーんふーんふーんっと♪」

 センター分けの若い男、イザが無邪気に鼻歌を歌いながら棚の上の刃物をガサガサと漁っていた。


「よせ…頼む、やめてくれ…家族がいるんだ…」

 スカーの工作員、ライズが必死に泣きながら命乞いをする。だが、血が頭から大量に流れ、彼の体はすでに衰弱しきっていた。


「だったら喋れよ、アホンダラがぁ!」

 イザはライズを罵りながら、ナイフを振りかざした。「てめぇのその低能さで自分のボスの首を絞めてんだぞ、わかってんのか?」


 ライズは弱々しく声を絞り出す。

「…ボスは、今指名手配されてる日本人を捕らえて、これから魔国ジーンに乗り込んで戦争を始める気だ…」


「その答えが聞きたかったんだよぉおお!」

 イザはライズに抱きつき、血塗れの頭を優しく撫でた後、ナイフを彼の首に突き刺した。


「地獄の底でな。」

 ライズの体が一瞬で硬直し、動かなくなった。


 同刻、中国マフィア ジョンイル 書斎


 ドアが開き、イザの弟、二ムが入ってきた。


「兄貴!ボスが呼んでる!そいつ、喋ったのか?」

 二ムは急かすようにイザに聞いた。


 イザはにやっと笑い、うなずく。


「はい、スカーの連中は既に日本人を捕らえたそうです。」

 イザは満足げに言った。


「ボス、俺たちの武装は完璧です。どうでしょう、ここはスカーと共に魔国ジーンに乗り込み、国ごと乗っ取ってしまうのは?」


「我々の銃とエルフの魔法、どう考えても技名がない我々の銃弾が、先に奴らの腹をえぐりますよ。」

 二ムは目を輝かせて言った。


 イザと二ムはキラキラした目でパクに向かって話す。


「やれやれ、君たちにはかなわないわ、わかったわ。」

 パクはくすくすと笑いながら、穏やかに答えた。


「やったー!皆殺しだ!」

 イザがはしゃぎながら言った。


 数分後、イザたちは書斎を後にした。


「なぁ、ニムー。」

 イザがふと声をかけた。


「んー?どったの兄ちゃん?」

 二ムが首をかしげる。


「もし、この戦争でボスが死んだら、次のボスは俺だな!」

 イザが少し不敵に笑って言った。


「兄貴も人が悪いよ!」

 二ムが笑いながら返す。


第25話 第一次異世界大戦


 カリ島


「じゃあ、そろそろ働いてもらおうか」


 ザックの声と同時に、頬に鋭い痛みが走った。叩かれた勢いで床に転がりそうになる体を無理やり起こされる。


「いてぇんだよ、馬鹿野郎!」


 怒鳴り返したが、ザックは無表情のまま胸倉をつかんできた。


「いいか、お前が言う通りにすれば、娘は解放する。だが──」

 鋭い目がこちらを射抜く。

「もし少しでも逆らえば……わかってるな?」


 ため息を吐いて目をそらす。


「わかったって。離せよ、おっさん」


「聞き分けが良いな。さあ、連れていけ」


 薄暗い独房を出て、眩しい西日が差し込む事務所の外に出る。足元に広がるのは、スカーが占拠した無人島──ロシア沖の孤島、カリ島だった。


「ここにゲートを立てろ」


 ザックが指さしたのは、事務所から10メートルほど離れた平坦な地面。従うしかない。俺は目を閉じ、異世界──魔国ジーンを思い浮かべる。


「リンク」


 空間がうねり、まるで水面のように歪んだ光の幕が開く。そこに現れたのは、魔国ジーンの市街だった。


「ここに繋げたまま固定しろ」


「は? そんなことやったことねえぞ」


「言ったはずだ。できなければ娘もろとも殺す」


 くそ、どうすれば……。深呼吸し、意識を集中させる。思い描け。ここに固定する、絶対に動かないイメージを。


「……やってやる」


 ビビッ、と小さな破裂音。収縮するはずのゲートは形を保ったまま、安定している。


 成功──したのか?


「皆、装備しろ。重装備だ。奴らを皆殺しにしろ」


 それから一時間後、パク率いる中国マフィア500人がカリ島へと上陸する。


「ここかぁ、スカーのアジトは」


 笑顔を浮かべながらイザが呟き、そばにいた部下に手を伸ばす。


「おい、斧貸せ」


「はい、兄貴」


 斧を受け取ったイザは、何のためらいもなく部下の脚に振り下ろした。


「ぎゃあああ!」


 膝を砕かれた男がのたうちまわる。


「こらこら、敵地で暴れないの。狙うなら首にしなさい」


 パクが煙草に火をつけながら、呆れたように言う。


「この斧、切れ味悪くないか?」


 イザはそう言ってさらに二発、斧を振り下ろした。


「うぎゃあああ!!」


 叫び声が島中に響き渡る。


「切断するのに三発もかかるとはな。これから相手にするのは魔法を使う異種族だぜ? こんな装備で大丈夫か?」


「大丈夫だよ、問題ない。奴らの耐久力は俺たち人間と同じだ。この程度で十分」


 ニムが軽く笑って返すと、兄弟はそのまま砂浜を抜け、ゲート前へと到着した。


「これがゲート。ここから先が魔国ジーンってわけね」


 パクは吸っていた煙草を投げ捨て、トンプソン短機関銃を構えた。


「じゃあ、みんな──いきましょうか」


「おい野郎ども、銃を構えろ。虐殺開始だ。女、子供、捕虜、スカー、全部だ!皆殺しだぁ!!」


 同刻 アルタイル王国 アルタイル城


「カノン、今までご苦労であったな。これから君に与える最後の仕事だ」


 クライス王の言葉に、うつむいたままのカノンが応じる。


「……はい、クライス王」


 クリスを失った心の空洞はまだ埋まらない。だが、それでも──


 復讐に燃える王は兵を動員し、カノンを伴い記者会見の場へと向かう。


 城の中庭。噴水の前に集う数十名のエルフ記者たちの前に、クライスは姿を現した。


「魔国の連中は、私の信頼していた友の命を奪った」


「海賊、そしてサダベルの抗争で、数多の同胞が血を流し、命を落とした。我々は今ここに宣言する──」


「魔国ジーンに、宣戦布告する!」


 その言葉は風に乗り、瞬く間に世界を駆け巡った。魔国ジーンの国王──ジーンの耳にも届く。


 魔国ジーン 王塔


 地獄のような光景が広がっていた。奴隷として扱われる人間たちが、エルフの手にかかって次々と殺される。もはや秩序など存在しない。そこは純然たる闇の王国だった。


 王塔、王の間。人間の皮膚で張られた玉座にふんぞり返るのは、黒い眼帯をつけた肥えた男──魔王ジーン。


「へぇ、たてつく気か。ゴミの分際で」


 爪をカチカチと鳴らしながら、嘲笑する。


「どうされますか、国王様?」


 傍らに立つ臣下・メントが問いかける。


「迎え撃つに決まってるだろうが。当たり前のことを聞くな、ゴミが」


 魔国ジーン 王塔地下


「がぁあああ……」


 呻きながら傷を癒すのは、かつて勇者に討ち漏らされ、時の隙間へと逃げた怪物──魔王グランド。


 この地に再び、深い闇が胎動を始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。