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ChapterⅫ

第1話 アメリカン


二週間後。

 悠は釜野、新田と共にアメリカへと旅立った。目的は、最上組系列の麻薬組織――ブレイズの壊滅。そのための共同作戦に参加するためだ。


 機内は薄暗く、エンジン音が一定のリズムで響いている。

 その中で、新田はアイマスクを付けたまま、大きく口を開けて眠っていた。


「……うるせぇな、新田」


 悠が低く呟く。


「こっちも眠れやしねぇ」

 釜野は窓側の席で肩をすくめた。

「まさかイヤホン忘れるとはな」


「ちょっとトイレ」


 悠はシートベルトを外し、釜野の前を通って通路に出る。


――出発前、対異世界捜査本部。


「いいか」

 山田は三人を見渡し、静かに言った。

「今日からおまえら三人には、アメリカで現地のFBIと共同し、ブレイズ壊滅作戦に挑んでもらう。心の準備はいいか?」


「こちらの捜査本部には、姫野や他の刑事たちが残る」


「ついにか……」

 釜野が短く息を吐く。


「まぁ、何とかなるだろ」

 悠は軽く肩を回した。

「いざとなったら、リンクで異世界繋げて、全員引きずり回してやる」


「あれ?」

 釜野が周囲を見回す。

「新田は?」


「出発前にお腹を壊したそうですよ」

 姫野が苦笑混じりに答えた。


「大丈夫なのか、そんなやつ連れてって」


 機内にて悠はトイレのドアを閉めた。


 狭い個室の中で、スマホを取り出し、チャット履歴を遡る。

 そこには、帰りを待つ雪とルイからのメッセージが並んでいた。


「……絶対、生きて帰る」


 誰に聞かせるでもなく、悠は呟く。

「約束する……!」


 固い決意を胸に刻み、悠はスマホを握りしめた。

 その瞳には、もう迷いはなかった。

第2話 ジョン


アメリカ・ニューヨーク――ジョン・F・ケネディ国際空港。


「まるで別世界に来た気分だ」


 悠は到着ロビーを見渡した。磨き上げられた床に白い照明が反射し、各国の言語が飛び交っている。スーツケースを引く観光客、足早に通り過ぎるスーツ姿のビジネスマン。その光景は、日本とも異世界とも違う独特の熱気を帯びていた。


 英語が話せてよかった――。

 悠は内心で胸を撫で下ろし、同じように安堵した表情の釜野と視線を交わす。


「お待ちしておりました。異世界捜査本部の皆さま」


 声をかけてきたのは、整ったスーツに身を包んだ男だった。


「あなたは?」

 釜野が問いかける。


 男は無言で警察証を提示する。


「FBI捜査官のジョンです。上官からあなた方をご案内するよう受けたわっています」


「これはこれは、ご丁寧にどうも」


 釜野たちも警察証を見せる。


 そのとき、ジョンの視線が悠に向けられた。興味を隠そうともしない、観察するような眼差しだった。


「……なんだ」


「ほう、あなたが噂の世界を繋げる能力者……お会いできて光栄です」


 悠は答えず、ただ短く息を吐いた。


「話は車でしましょう」


 ジョンに案内され、三人は空港の外へ出る。重たい雲が空を覆い、湿った風が吹き抜けていた。


 停車していたバンの前で、運転手の男が車を降り、軽く会釈する。彼もまた警察証を示した。


「ご心配なく、彼も私の同僚です」


 運転手は無言のままドアを開ける。


 新田を先頭に、三人は車内へ乗り込んだ。


「実は、ここにあなた方が来る前に、少しばかりトラブルがおきまして」


「トラブル?」


 釜野が眉をひそめた。


 話し始めた直後、フロントガラスに雨粒が落ち始める。やがてそれは筋を作り、視界を滲ませていった。


「出発しますね」


 運転手の声と共に、バンは静かに走り出す。


「以前、アメリカはティード海賊団に襲撃を受けました。核弾頭を奪取しようと企てたのです」


「無茶苦茶しやがる」


「しかし、我々の戦闘機には敵わなかったようで、すぐに退散していきました」


 ジョンは淡々と続ける。


「それだけではありません。四年前、日本を襲撃したサダベルという魔術師――彼の攻撃の流れ弾が、我が国の大陸の一部を焼き払いました」


 車内に短い沈黙が落ちた。


「悠さん。異世界には、まだまだ危険な存在であふれている。どうか、我々に力を貸してほしい」


「おれにどうしろってんだ」


「おっと……そろそろ本部に着くようです。続きは上官から話します」


 雨の向こうに、巨大な建物の輪郭が浮かび上がる。

 次なる戦いの舞台が、静かに彼らを待ち構えていた。

第3話 最上怒涛


東京某所――裁判所。


 正門前には記者たちが押し寄せ、無数のカメラが建物へ向けられていた。張り詰めた空気の中、世間の関心がこの裁判に集中していることは誰の目にも明らかだった。


「判決を言い渡す。被告、最上圭介は死刑」


 法廷に静寂が落ちる。


 収監された最上圭介、大介、東島の三名には死刑判決が下された。彼らは残された時間を刑務所で過ごすことになる。


「あーー、殺してぇ…」


 独房の中、最上は天井を見上げながら呟いた。


 次の瞬間、鉄格子を警棒で強く打つ音が響く。


「口を慎め。作業の時間だ」


 刑務官の鋭い声が飛ぶ。


 合図とともに囚人たちは慌ただしく整列させられ、無言のまま作業場へ連れて行かれた。


 各机に配置される囚人たち。


 作業内容は缶潰し――単純で、終わりの見えない労働だった。死ぬまで繰り返されるであろう、時間を削るだけの仕事。


「刑務官殿、ちょっといいかな?」


 最上が静かに手を挙げる。


「作業に集中しろ!」


 即座に叱責が飛んだ。


「ちょっと首が切れちまいまして、血が溢れ出てくんのサ」


 異変を察した刑務官たちは最上のもとへ駆け寄る。


 その瞬間だった。


 最上は口内に縫い込んで隠していた細い針を取り出し、刑務官の目へ深く突き立てた。


 男は悲鳴すら上げられず、視界を失ったまま崩れ落ちる。


 最上はためらいなく針を何度も突き入れた。動きは正確で、まるで最初から手順が決まっていたかのようだった。


 応援を呼ぶ声が上がり、複数の刑務官が最上の制圧に向かう。


 だが最上は拘束をものともせず、異様な身体能力で次々と振り払った。死刑囚とは思えない鋭い動きに、周囲の囚人たちは言葉を失う。


「じゃあ、これから最上組の新しいメンバー募るから」


 最上は穏やかな口調でそう言い放つ。


 その場にいた囚人たちは互いの顔を見合わせた。冗談だと笑える者は一人もいない。


 誰もが理解していた。


 この男は、檻の中にいてなお――怪物のままだということを。

第4話 ブレイカーズ


京都――ブレイカーズ事務所。


 廃工場。それがブレイカーズの拠点だった。


 錆びた鉄骨と割れた窓。床には油染みが広がり、かつての機械音の代わりに、今は荒くれ者たちの足音だけが響いている。


 高台に立つ男が、その光景を静かに見下ろしていた。


 つぎはぎだらけの顔。赤い着物を纏い、女物の装いをしているが、その佇まいは紛れもなく男のものだった。


 廃寺。


 彼は煙を肺の奥まで吸い込み、ゆっくりと吐き出す。甘く濁った匂いが周囲に漂った。


 その時、携帯電話が震える。


 廃寺は気だるげに通話ボタンを押した。


「そうか、わかったよ」


 それだけ告げると通話を切り、携帯を懐へ滑り込ませる。


 次の瞬間、リボルバーを抜き、天井へ向けて引き金を引いた。


 乾いた破裂音が工場内に反響し、作業していた部下たちの動きが一斉に止まる。


 視線がすべて廃寺へ集まった。


「ムショの最上さんが動き出した。迎えに行くぞ」


 短い言葉だったが、それだけで十分だった。


 部下たちの口元が歪む。抑えきれない期待が、にじみ出る。


 誰も理由を尋ねない。


 最上という名が持つ意味を、ここにいる全員が理解しているからだ。


 男たちは無言で武器を手に取り、数台のバンへ乗り込んだ。


 エンジンが唸りを上げる。


 向かう先は――最上が収監されている刑務所。


 嵐の前触れのように、車列は夜の京都へ滑り出した。

第5話 暴動騒ぎ


刑務所前。


 数台のバンが減速することなく正門へ突っ込んだ。


 鋼鉄の門は衝突の衝撃に耐えきれず、大きく歪み、そのまま内側へ押し破られる。


 門を警備していた刑務官の身体が宙に浮き、数メートル先の地面へ叩きつけられた。


 何が起きたのか理解できないまま、刑務官は息を乱し、震える視界の中で破壊された門を見上げる。


 やがて、先頭のバンの扉が静かに開いた。


 降りてきたのは廃寺だった。


「最上さんとイザはどこだ?」


 返答はない。


 廃寺は迷いなく拳銃を持ち上げ、引き金を引いた。


 銃声は短く、そして決定的だった。


 刑務官の身体から力が抜け、地面に崩れ落ちる。


 廃寺は一瞥すらくれない。


「全員武器を持て。もう引き返せねぇぞ」


 その一言で空気が変わる。


 部下たちは車内から次々に武器を取り出した。


 刀。金属バット。チェーンソー。猟銃。


 準備に迷う者は一人もいない。


 廃寺を先頭に、一団は躊躇なく刑務所の敷地へ踏み込んだ。


 まるで最初からここが自分たちの縄張りであるかのように。


 一方その頃――作業場。


 すでに秩序は崩壊していた。


 最上が引き起こした暴動によって、囚人たちの理性は削ぎ落とされている。


「じゃあ、全員ここで殺し合いをしろ。手段は問わない。最後に残った五人を、最上組の新メンバーとして迎え入れる」


 静かな声だった。


 だが、その宣告は確実に本能を刺激する。


 一人の囚人が、近くにいた気弱そうな男の顔面へ拳を叩き込んだ。


 男は抵抗する間もなく倒れる。


 その瞬間――均衡が崩れた。


 囚人たちは互いに殴りかかり、床へ押し倒し、首を締め上げる。


 悲鳴と怒号が混ざり合い、作業場は瞬く間に闘技場へと変貌した。


 最上はその光景を眺めながら、ゆっくりと口角を上げる。


 地獄を作り出しているのは自分だと理解した上で、なお楽しんでいた。

第6話 異世界への脱獄ショー


数分後、その死闘は意外なほど早く決着した。


床には血が広がり、激しい争いを生き延びた五人だけが立っている。やがて彼らは最上の前に進み出ると、深く膝を折った。


「よし、じゃあいこうか」


最上はそう言って、刑務官の身体に突き刺していた針を無造作に引き抜き、歩き出す。


次の瞬間、彼は作業室の扉へ強烈な蹴りを叩き込み、蝶番ごと破壊した。金属の扉は耐えきれずに歪み、激しく倒れ込む。


「おぉ、いたいた」


振り返ると、イザが刑務官の首を片手に提げながら歩いてきた。


「ブレイカーズも迎えに来てるみたいだ、そろそろ脱出用の魔力はたまったか?」


最上は小さく頷く。


すぐに異世界へのゲートを展開し、生き残った五人を中へと誘導した。


そのころ刑務所の廊下では、ブレイカーズと刑務官たちの激しい戦闘が続いていた。


「応援はまだか!?」


遮蔽物の陰に身を潜めた刑務官が仲間へ叫ぶ。しかし返答が届くことはなかった。言葉を発するより早く、その仲間は銃撃に倒れたのだ。


「イザ、先に行ってくれ、ブレイカーズを援護する」


イザは無言で警棒を差し出す。


「全部殺してこいよ」


まっすぐな目で、笑顔のままそう言った。


最上が廊下へ足を踏み入れると、広がる光景に思わず笑みがこぼれた。


「死ね...しね!!!!!」


廃寺は刑務官の死体にまたがり、執拗に刃を突き立て続けている。


廊下には臓物をさらけ出した刑務官たちの遺体が転がり、鉄臭い空気が充満していた。常軌を逸した、まさに猟奇的な光景だった。


「じゃあ、全部片付いたってことで、お前らも異世界来い、死にたくはねぇよな」


「へへへへ、もちろん、最上さん」


こうしてブレイカーズのメンバーと最上たちは、刑務所の内部から異世界への脱出に成功した。

第7話 田舎者のウィンター捜査官


一方その頃、悠とジョンたちはFBI本部へと到着していた。


 巨大なホールエントランスは吹き抜け構造になっており、磨き上げられた床が照明を反射している。行き交う職員たちは皆引き締まった表情を浮かべ、ここが国家機関の中枢であることを嫌でも実感させた。


 その光景に、釜野は思わず足を止める。


「いや、さすがというか、なんというか」


 悠もまた、言葉を探しながら周囲を見渡していた。


「皆様、こちらです」


 ジョンは迷いなく歩き出し、エレベーターへと一行を導く。


 扉が閉まり、静かに下降を始めた。


「地下なのか??」

「ええ、我々の捜査本部ですよ」


 やがて到着を告げる電子音が鳴り、扉が左右に開く。


 通路の先にあったのは、場違いなほど古びたドアだった。


 ジョンがそれを押し開けると、室内には数名の捜査官が待機している。カウボーイハットを被った黒人捜査官と、煙草をくゆらせる眼鏡の老人の姿がひときわ目を引いた。


「よくきた、座りなさい」


 老人――ダンクは灰皿に煙草を押し付けると、会議室の椅子へと手で促した。


「では、改めまして。FBI対異世界捜査本部長のダンクだ。こちらはウィンター捜査官」


「諸君、ウィンターだ、よろしくな」


 順に握手が交わされる。


「まて、異世界捜査本部?アメリカにも異世界対策班があるのか?」


 悠の問いに、釜野が低く呟いた。


「噂の連続誘拐事件だろうな」


「ご名答。単刀直入に言うとだな」


 ダンクは新しい煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。


「君たちに協力してほしい事件は二つ。最上組加盟団体、ブレイズの壊滅作戦。そして今、ニューヨークで騒がれている異世界勢力による新たな連続誘拐事件だ」


「...誘拐事件...」


「まだ犯人は掴めていない。だが——」


「現場に刻まれた髑髏のマーク...だろ?」


 悠の言葉に、ダンクは小さく頷いた。


「そうだ。君たちは一度その事件を終わらせることができた。だからどうか我々に協力してほしい」


「もちろんだ、我々にできることは何でもします」


「助かるよ、ミスター釜野」


 ダンクは立ち上がると、隣にいたウィンターの肩を軽く叩いた。


「このウィンターとチームの他の捜査官と共に事件を追ってくれ。ウィンターの支部はロサンゼルスの荒野地帯にある」


「遠いな!」


 悠は素直に驚きを口にした。


「さて諸君!行こうか!早速車は手配してある!」


 ウィンターは勢いよく立ち上がるとハットを脱ぎ、悠へ向けて軽く会釈した。


 新たな戦いの舞台は、すでに整っていた。

第8話 ロサンゼルス荒野行動


ロサンゼルス郊外――乾いた荒野の只中を、一台のバンが砂煙を引きながら走っていた。


 車内の空調が効いているとはいえ、窓の外に揺れる陽炎がこの土地の苛烈な暑さを物語っている。


「ここは少し熱いだろう。君たちも帽子を被ったらどうだ」


 運転席から振り返り、ウィンターが言った。


「仕事が終わればすぐ、まだ肌寒い日本に帰るさ」


 悠は外を一瞥しながら答える。


「そうすぐうまくいくとは思えんがな」


 含みのある声音だった。


 やがてウィンターが目を細める。


「お、いたいた。おーい!ヘクター!」


 窓を開け、大きく手を振る。


「なんだ」


 悠が眉をひそめた直後、バンは一軒のハンバーガーショップの駐車場へ滑り込んだ。


 派手な看板。油の匂い。炭酸飲料を片手に店から出てくる肥満気味の男。

 どこにでもある、見慣れたファーストフード店だった。


 そのテラス席で、一人の男がテーブルに体重を預けながらバーガーにかぶりついている。


 黒いカウボーイハットを外し、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。


「よお、やっときたか」


 悠たちは車を降り、男のもとへ歩み寄る。


「ヘクターだ。ウィンターの部下だ」


 多くを語らない男だった。だが顔や腕に刻まれた無数の傷が、言葉以上にその経歴を物語っている。幾度も死線を越えてきた者だけが纏う、重い気配があった。


「対異世界捜査本部の者です。よろしく」


 釜野が簡潔に名乗る。


 その直後、ウィンターが両手を打ち鳴らした。


「諸君!まずは腹ごしらえといこう!ここのバーガーは最高なんだ!!」


 緊張感の漂っていた空気が、わずかに緩んだ。


 だが悠は気づいていた。


 ヘクターの視線が、最初からずっと自分だけを観察していることに。


 まるで値踏みするように。


 これから向かう任務が、決して生易しいものではないと――その沈黙が語っていた。

第9話 勇者の剣


一方その頃――アルタイル王国。


アルタイル城の医務室には、張り詰めた静寂が漂っていた。


「準備は整った」


低く告げるクライスの視線の先で、騎士団員たちが慎重な手つきで病床を押し込んでくる。


そこに横たわるのは、一人の老人。


カイラが腕を組み、不安げに口を開いた。


「本当にできるのか?パルエル先生を目覚めさせるなんて」


パルエル――

かつて若き日のクライス、ティード、そしてコロウを鍛え上げた伝説的な師。


幾多の戦場を知る猛者だったが、ティード海賊団の襲撃によって致命傷を負い、以来、深い昏睡状態に沈んでいる。


クリスが一歩前に出ると、無言のまま一本の槍を差し出した。


黒く鈍い光を放つ、異様な存在感の武槍だった。


クライスはそれを受け取り、しばし見つめる。


自分が悠の持つ勇者の剣によって死の淵から引き戻された、あの瞬間を思い出していた。


ならば――同じ奇跡を起こせるのではないか。


「探偵を呼べ」


決意を宿した声が医務室に落ちる。


「勇者の剣を刺し、パルエル先生を目覚めさせる」


カイラはわずかに目を見開いたが、すぐに頷いた。


「忙しいとは思いますが……伝達魔法で呼んでみます」


だがクライスの胸中には、もう一つの懸念があった。


もしこの槍が、剣と同質の力を持つのだとしたら――

目覚めるのは、果たして“かつての師”なのか。


それとも。


別の何かか。


医務室の空気が、わずかに冷えた。

第10話 パルエル先生


悠の脳裏に、硝子がひび割れるような鋭い衝撃が走った。


思考の奥を直接叩かれるような、不快な振動。


「っ……いてぇな……」


こめかみを押さえた瞬間、頭の内側に声が響く。


『聞こえるか?探偵さん』


「カイラか……何だよ、仕事中だぞ」


『手伝ってほしい案件が生じました。城まで来られますか?

うまくいけば、ティードたちを殺せるほどの強大な力が手に入る。すぐ終わります』


悠は一瞬だけ眉を寄せ、それから息を吐いた。


「わかった。すぐ行く」


椅子が床を擦る音が静かな室内に響く。


「どうした、探偵」


ウィンターが怪訝そうに見る。


「悪い。異世界から招集。すぐ戻る」


悠は“リンク”を起動した。


空間が歪み、光が折れ曲がる。


視界が白に塗り潰されると同時に、彼の姿は掻き消えた。


その場に残されたのは、焦げたような残光だけ。


「……これが」


ヘクターの低い声がかすれる。


「魔法か……凄いな」


ウィンターは帽子のつばを押さえながら呟いた。


「これから多く見ることになるでしょうね」


新田が静かに言った。


次の瞬間、悠はアルタイル城の医務室に立っていた。


重い空気。


薬草と血の匂い。


ベッドに横たわる一人の老人。


「よく来てくれた、感謝する」


クライスが勇者の剣を差し出す。


「これ、お前らが使えばいいだろ。俺いらねぇよ」


「違うの、悠君」


カノンが首を振る。


「君じゃないと、この剣の力は使えないの」


クライスが静かに続ける。


「剣を手に入れた時、剣の神ムートと契約したはずだ」


悠は舌打ち混じりに問い返す。


「……で?俺に何をしろと?」


クライスはベッドへと導く。


そこに横たわるのは、骨ばった身体の老人。


かつて最強と謳われた武人――パルエル。


「この方は私の師。武術の全てを教えてくれた。

だがティードの決起で暴動が起き、先生は植物状態に陥った」


クリスが低く言う。


「安楽死も考慮した。だが……彼は、神の力を持っていた時のカイラに匹敵する。魔法なしでだ」


静まり返る医務室。


クライスはまっすぐ悠を見た。


「頼む。この剣を先生に突き刺してほしい。うまくいけば蘇るはずだ」


悠は肩を回す。


「わかったわかった。やるよ。こっちも出張中なんだ」


勇者の剣を受け取る。


ためらいはなかった。


刃が肉を裂く鈍い抵抗が、手に伝わる。


騎士団が息を呑む。


時間が止まったような沈黙。


――その時。


パルエルの指先が、かすかに震えた。


眉がわずかに動く。


胸がゆっくりと上下し始める。


乱れていた呼吸が整い、鼓動が強くなる。


瞼が震え、


ゆっくりと――開いた。


その瞳は、深く濁った湖のようだった。


そこに宿る光は、


かつての師か。


それとも、目覚めてはならない“何か”か。


医務室の空気が、張り裂けるほどに重くなる。

第11話 蘇った師


そして――師は目覚めた。


「はぁッ!」


 目を見開いた瞬間、反射的に腕を振り抜く。


 老体とは思えぬ膂力で、ベッドの支柱を根元から引き抜いた。


 軋む金属音が医務室に響く。


 そのまま一直線にクライスへ叩きつける。


「失敗かよ!」


 ダグが思わず叫ぶ。


 クライスは両腕で受け止め、床を滑りながらも耐える。


「先生!私です!クライスです!!」


 その声が、刃のように空気を裂いた。


 パルエルの動きが止まる。


 濁った瞳が揺れた。


「……クライス? ここは……どこだ……?」


 崩れ落ちそうになる身体を、クリスが支える。


「戦争は!? ティードはどうなったんだ!!」


 喉を焼くような叫び。


 クライスは息を整え、答える。


「我々はティードを逃した。戦いは、まだ終わっていない」


 カノンが小さく付け足す。


「……あれから二十六年、経ってる」


 時間が凍りつく。


 パルエルの視線が、ゆっくりと室内を見渡し――


 止まった。悠に。


「……貴様ぁ……」


 その声には、露骨な嫌悪が滲んでいた。


「なぜ家畜のガキが城の中にいる? クライス、貴様の目も曇ったか」


 空気が変わる。


 悠のこめかみに青筋が浮く。


「は? なんだよジジイ」


 一歩前へ出る。


「目覚めさせてやったのは俺だぞ? その態度はなんだ」


 声が低く沈む。


「もう一度眠らせてやろうか? 今度は二度と起きねぇようにな」


 医務室の温度が下がる。


 クライスが間に入る。


「待ってくれ先生! 世界は変わった! この悠という人間のおかげで、我々は幾度も勝利してきた!」


「どうか、話を聞いてください」


 カイラが懇願する。


 その横で、カノンが小声で囁く。


「……悠君。今の先生は正気じゃない。僕が合図したら、すぐリンクで逃げるんだ。いいね?」


「逃げる? この状況でか?」


 悠は睨んだまま答える。


 しばらくの沈黙。


 やがてパルエルは言う。


「……わかった。話は聞こう」


 だが次の瞬間、鋭く指を突きつけた。


「だが――貴様は要らぬ。帰れ」


 悠の血が逆流する。


 視界が赤く染まりかける。


「やるなら来いよ。相手になってやる」


 今にも踏み込もうと拳銃を構えた悠を、クライスが必死に押さえる。


「悠、本当にすまぬ! だが……彼の力を無駄にはできぬのだ!」


 震える声で訴える。


「これで本当に戦争が終わるかもしれない。どうか、わかってくれ……!」


 医務室の中心で、

 旧時代の英雄と、

 新時代の異物が、

 静かに火花を散らしていた。

第12話 血と力


「クライス」


低く、湿った声。


「力とは血で受け継がれるものだ。今の私に、期待されるような力など残ってはおらぬ」


一瞬、諦観が滲む。


だが次の瞬間、その目が歪む。


「だが――この家畜を殺すだけの力は、まだ残っておる」


狂気を孕んだ笑み。


引き抜かれた柱が、一直線に悠へ向けられる。


空気が裂ける。


「やっぱ殺す気じゃねぇか!」


悠が踏み込もうとした瞬間――


「悠君! 逃げて!」


カノンの叫びが医務室を震わせる。


その時だった。


「――お待ちなさい」


甲高く、それでいて凛とした女性の声が割って入る。


全員の動きが止まった。


扉の向こうから、優雅な足取りで一人の女性が歩み出る。


気品あるドレスに身を包んだ貴婦人。


「……あんた、クライスの奥さんか?」


悠が目を細める。


「お久しぶりです、先生」


ワンダは静かに頭を下げた。


パルエルの表情が、わずかに和らぐ。


「久しいな、ワンダ。立派になった……涙が出そうだ」


その声音には、かつての師の温度があった。


ワンダは真っ直ぐに見返す。


「そう思ってくださるなら、この悠を逃がしてください」


一歩前へ出る。


「この世界は、四年前に変わりました。良い方向へ」


室内が静まる。


「エルフと人間は和解しました。共にティード海賊団を討つ関係になっています」


クライスが深く頭を下げる。


「あなたの力が必要だ……どうか、我々に力を貸してほしい」


沈黙。


パルエルは悠を睨み続ける。


やがて――


「……いいだろう。事情は理解した」


ゆっくりと柱を下ろす。


折れたベッドの骨組みを器用に組み直し、元の形へ戻す。


老体とは思えぬ正確な手つき。


そして、静かに腰を下ろす。


軋む音が部屋に響く。


「すまぬが……まずは食事にせぬか?」


その言葉に、張り詰めていた空気が一気に抜けた。


だが。


誰も、完全には安心していなかった。


パルエルの瞳の奥には、まだ消えていない炎が揺れていた。


それが味方の炎なのか――

それとも、世界を焼く業火なのか。


まだ、誰にも分からない。

第13話 師と弟子


かつての戦場――京都。


 今は静かな温泉旅館。


 湯上がりのクライスは、湯気をまとったまま客室へ戻る。


 障子越しの月明かり。


 窓辺に、一人の老人が立っていた。


 パルエル。


「……ここでしたな」


 クライスが静かに言う。


「ここで我々の価値観は崩れた。エルフと人間、その隔たりが」


 夜風が障子を揺らす。


「あなたが居れば……これまでの戦いで、より多くの民を救えたかもしれぬ」


 クライスは、ゆっくりと膝をついた。


 湯上がりの身体から、ぽたりと雫が落ちる。


「あなたに、再びお返ししたい。騎士団のリーダーの座を」


 深く、頭を下げる。


 静寂。


 遠くで鹿威しの音が響く。


 やがて、パルエルが口を開いた。


「過去を嘆くな、古き友よ」


 振り返らぬまま、穏やかな声。


「この世界のことは、わしよりお前のほうがよく知っている」


「貴様以上の適任はおらん」


 その言葉に、クライスは胸を押さえる。


 誇りか。


 重責か。


 あるいは、赦し。


「……応えてみせましょう」


 顔を上げる。


 瞳には、冷たい決意。


「必ずや、ティードを討つ」

第14話 会見にて


パルエルが目を覚ましてから一週間。


 アルタイル騎士団に、日本政府から正式な記者会見の要請が届いた。


 総理大臣自ら、国民へ今後の防衛方針を示したいという。


 クライスはそれを承諾し、悠を伴って東京へ渡った。


 官公庁 記者室。


 無数のカメラが並び、報道陣のざわめきが充満している。


 シャッター音が連続して弾ける。


 壇上には、クライスと渡辺総理が並んで座っていた。


 クライスはゆっくりと口を開く。


「今後も引き続き、我々アルタイル騎士団が日本の防衛を担う。それが現時点での方針だ。以上」


 簡潔な声明。


 だが、すぐに一人の記者が立ち上がった。


「どうも初めまして。吉良新聞の渡良瀬と申します」


 柔らかな口調。しかし目は笑っていない。


「失礼な質問をお許しください。これは編集長からの問いです」


 一拍置く。


「海賊団を呼び寄せているのは、いったい誰でしょうか?」


 室内がわずかに静まる。


 クライスの視線が、まっすぐ渡良瀬を射抜く。


「何が言いたい?」


「これまでの戦いを見ていて思ったのです。海賊が現れる場所には、必ずあなた方エルフがいる」


 淡々と続ける。


「彼らの狙いは――あなた方ではありませんか?」


 空気が張り詰める。


「もし本当にそうなら、我が国の安全のため、黙って去っていただけますか?」


 どよめきが広がる。


 数秒。


 クライスは黙したまま、視線を落としもせずにいた。


 やがて、静かに答える。


「君たちの自由意志は尊重する」


 その声は穏やかだった。


「だが、帰ったら編集長とやらにこう尋ねてほしい」


 わずかに身を乗り出す。


「もし、敵の狙いが我々でなかったら?」


 ざわめきが止まる。


「もし狙いが――この国そのものであったなら?」


 クライスの瞳は、揺るがなかった。


「その時、我々が去った後の責任を、誰が負う?」


 記者室に、重い沈黙が落ちた。

第15話 ドブデブオタク君


アルタイル王国

 大魔法学校ルーン 執務室。


 分厚い巻物に、さらさらと筆が走る。


 脂肪を揺らしながら、眼鏡の奥の目が細められる。


「……よし」


 パックは筆を置くと、机の引き出しから異世界製の携帯ゲーム機を取り出した。


 指先に小さな雷を灯す。


 ぱちり、と静電が走り、魔力を電力へと変換。


 画面が光る。


 本棚には、所狭しと並ぶ人間世界のゲームソフト。


 パックの顔が緩む。


「人間世界は凄いなぁ……こんな文化があるなんて……」


 ニュースーパーマリオブラザーズ。


 水中ステージ。


 残機1。


 巨大魚が迫る。


「ちょ、ちょ、ちょっと待て待て待て!」


 そこへ――


 扉を叩く音。


「パック先生、クライス王がお見えです」


 ローズの声。


「パクパクさん、入るぞ」


「待て待て待て待て! マリオが死ぬ!!」


 叫び虚しく、扉が開く。


 積み上がったゲームソフトが雪崩を起こす。


 床に散乱するパッケージ。


 画面の中で、マリオが泡を吐いて沈んだ。


 静かな“ゲームオーバー”。


 パックはゆっくり顔を上げる。


「……よう。マリオは死んだよ」


 クライスは気にせずソファに腰を下ろす。


「ビジネスの話だ。酒はあるか」


 煙草に火が灯る。


 パックは立ち上がり、無造作にウイスキーを注ぐ。


 二人は、学生時代からの数少ない親友。


 今やパックは、アルタイル政府直属の魔導書製作者。


 彼の作る魔導書は、ハッタン王国やボルケーノ王国にも供給されている。


 クライスがグラスを受け取る。


「ジール海賊団に、メテオの魔導書が奪われかけた。使用寸前だった」


 空気が変わる。


 パックの手が止まる。


「……詳しく聞こうか」


「私の最奥魔法で吹き飛ばした。もうメテオの魔導書はない」


 一拍。


「だから、新たにメテオの魔導書を――」


「断る」


 即答だった。


「誰が星を滅ぼす凶器を作るかよ。汚名を着せる真似はやめろ」


 クライスの目が細くなる。


「頼むパクパクさん。これは抑止力だ。あらゆる敵からのな」


 パックはしばらく黙る。


 やがて、息を吐いた。


「……無理なものは無理だ」


 ウイスキーを差し出す。


「だが酒は提供する」


 クライスはそれを一気に飲み干す。


 部屋には、重い沈黙だけが残った。


 ゲーム機の画面には、

“CONTINUE?” の文字が静かに点滅している。

第16話 協力者


パックはグラスを揺らしながら言った。


「メテオほどじゃないが……街一つ吹き飛ばす程度の代物ならどうだ?」


 眼鏡の奥の目が光る。


「まぁキングス連中には大した抑止力にならんかもしれんがな」


 クライスは迷わなかった。


「それで頼む」


 懐から封筒を取り出し、机に放る。


 ずしりと重い音。


 パックは中身を確認し――口元を歪める。


「……相変わらず羽振りがいいな、王様」


 クライスは煙を吐き出す。


「もう一つ、頼みがある」


「なんだよ、まだあるのか」


「我が城で働く気はないか」


 一瞬、部屋が静まる。


「家族を住まわせる家も用意してある」


 パックの視線が、執務室の隅へ向く。


 丸くなっている魔犬――オットー。


 のんきに尻尾を揺らしている。


「家って……城下町か?」


 クライスは身を乗り出し、声を落とす。


「貴族街の一等地だ」


 言葉に重みがあった。


「広い庭付きだ。魔法の実験もできる。好きに改造していい」


 パックの眉がぴくりと動く。


 クライスはさらに畳みかける。


「犬も、こんな狭い部屋では落ち着かんだろう。広い庭で走らせてやれ。きっと喜ぶ」


 オットーが欠伸をする。


 パックは腕を組み、長く考え込む。


 やがて、深く息を吐いた。


「……わかったわかった。そこまで言うなら、お前のとこで働こう」


 グラスを机に置く。


「校長には話つけてあるんだろうな?」


 クライスは静かに頷き、煙草をくゆらせる。


 その横顔は、すでに次の戦を見据えていた。

第17話 一等地


アルタイル王国――城下町。


 貴族街を、引っ越しの馬車がゆっくりと進んでいく。


 磨き上げられた石畳。

 整然と並ぶ白亜の邸宅。

 行き交う貴婦人たちの優雅な笑み。


 その中を、大量の荷物を積んだ馬車が横断していた。


「ほほー……」


 パックが身を乗り出す。


「いいとこじゃねぇか、えぇ?」


 完全に田舎から出てきたおじさんの口調である。


 クライスは苦笑する。


「私とお前の仲だ。家賃も土地代も、全てこちらで持つ」


「じゃあ俺は何も気にせず住めばいいんだな!」


 目が輝く。


 馬車が止まり、パックは弾むように降り立った。


 目の前に広がるのは――


 大きな噴水。


 整えられた庭園。


 そして中央には、なぜか誇らしげに立つ“パックの像”。


「……なんで像があるんだよ」


 庭は広く、奥にはプールまで備わっている。


「中を見よう」


 クライスが鍵を回す。


 扉が開く。


 高い天井。

 磨き上げられた床。

 魔導実験用の専用区画まで完備。


 さらに――


「お帰りなさいませ、パック様」


 専属メイドが二人、丁寧に頭を下げる。


 家事と料理を担当するらしい。


「ほえぇぇ……」


 パックは口を開けたまま立ち尽くす。


 クライスは煙草に火を灯す。


 ゆっくりと紫煙を吐き出す。


「どうだ。気に入ったか? パクパクさん」


 パックはしばらく無言だった。


 やがて、ゆっくりと笑う。


「……よし」


 目が変わる。


「早速、製作に取りかかるよ。納期は?」


 クライスの声は静かだった。


「遅くても一か月」


 一拍。


「その代わり――強力なのを頼む」


 豪奢な邸宅の中で、

 新たな“兵器”の開発が始まろうとしていた。


 噴水の水音だけが、やけに穏やかに響いていた。

第18話 Mafia


アメリカ某所――巨大工場地帯。


 その一帯を支配する麻薬組織《ブレイズ》。


 外観はただの老朽化した工場。

 だが内部は、血と金の匂いで満ちていた。


「吐けよ」


 サイガが低く言う。


 裸同然の姿。瞳は焦点を結ばない。


 足元には、借金を返せなかった男。


「金はどこだ?」


 返答は嗚咽だけ。


 構成員たちはウイスキーを飲みながら、その様子を眺めている。


 笑い声が、機械音と混ざる。


 やがて男は麻袋を被せられ、奥へと連れて行かれる。


 重機が動き出す。


 金属の駆動音。


 絶叫は、すぐに機械音へと吸い込まれた。


 ――


 別室。


 監視モニター越しにそれを見ている男がいた。


 ブレイズのボス、ドアラ。


 葉巻をくゆらせ、ワインを直接ボトルから飲む。


 重厚な扉が叩かれる。


「……入れ」


 大柄の男、ウスが入室する。


「ボス。臓器は取り出しました。いつものルートで流しますか」


「婚約指輪は?」


 一瞬の沈黙。


「……すみません。確認を――」


 乾いた銃声。


 デザートイーグルの反動が室内に響く。


 ウスは崩れ落ちた。


 ドアラは無表情で見下ろす。


「忘れるな。俺たちは金を“最後の一滴まで”回収する」


 そこへ、ベレー帽の男が入る。


「秘書、空きましたね。僕が代わりましょうか?」


「……コックか」


 ドアラは葉巻の灰を落とす。


「使えたからこそ、残念だ」


 冷え切った空気。


 これがブレイズ。


 最上組を裏で支えていた、裏社会の大黒柱。


 ――


 一方。


 ロサンゼルス郊外のハンバーガーショップ。


 ウィンターは最後の一口を飲み込み、スマートフォンを耳に当てる。


「どうした」


 釜野の声。


「小汚いマフィアに、生きる価値はない」


 淡々とした声。


「これから戦争を始める。軽い火付けだ」


 短く言う。


「撃て」


 ――郊外の丘陵地。


 非正規狙撃部隊《ウンダー》。


 スコープ越しに、工場外の見張りを捉える。


 引き金が絞られる。


 乾いた音。


 一人、また一人と倒れる。


「スナイパーだ!伏せろ!」


 工場内が騒然とする。


 窓ガラスが砕け散る。


「クリア」


 無線越しの報告。


 ウィンターは静かに頷く。


「帰投しろ」


 通話を切る。


 煙草に火をつける。


 ゆっくりと煙を吐き出す。


 戦争は、すでに始まっていた。

第19話 攻撃中


バーガーショップを出た悠たちは、黒いバンでFBI西支局へ向かっていた。


 悠はコカ・コーラを開け、一気に飲み干す。

 そのとき。


 バックミラーを見ていたヘクターの目が細くなる。


 後方の大型トラック。


 不自然なほど一定の速度で、ぴたりと追走。


「くそ、ウィンター、まずい。奴らだ」


「奴ら?」


 悠が振り返る。


 ウィンターは無言で窓を開け、身を乗り出して確認する。


 風に髪をなびかせ、口元が歪む。


「来たか」


 窓を閉める。


「全員、銃に弾を込めろ」


 アタッシュケースが開かれる。


 中から三丁のグロック。


「ジャパン諸君、歓迎の品だ」


 放られる銃。


 新田が慌てて受け取る。


「一体誰なんですか、あれ!」


「ブレイズの差し金だ」


 ヘクターが吐き捨てる。


「奴ら、俺たちを殺そうってんだ」


 カチャ、カチャ。


 車内にリロード音が響く。


 ――その瞬間。


 ドンッ!!


 衝撃。


 後方から激突。


 車体が前へ押し出される。


「くそっ!」


 トラック助手席から身を乗り出した男が発砲。


 パン、パン!


 タイヤへ。


「まずい……!」


 破裂音。


 バンは蛇行。


 ハンドルが効かない。


 電柱へ――


 激突。


 沈黙。


「っ……いってぇ……」


 悠が顔を上げる。


 額から血が一筋。


 ウィンターはすでにドアを蹴り開けていた。


「降りろ。迎え撃つ」


 外。


 トラックから二人が降りる。


 重武装。


 さらに荷台が開く。


 ぞろぞろと武装集団。


 半円状に展開。


 完全包囲。


 ヘクターが乾いた声で言う。


「……で、どうする?」


 ウィンターは煙草を咥えたまま、周囲を見回す。


 火はまだ点けない。


「待て」


 一拍。


「考えている」

第20話 異質の戦い


銃声が荒野に響き渡る。


 乾いた風が砂を巻き上げる。


「くそ……!」


 悠は車体の陰に身を伏せた。


「こっちも準備がある!釜野、対異アーマー起動しろ!」


「ダメだ!さっきの衝撃でシステムが死んでる!」


「マジかよクソが……!」


 弾丸が鉄板を穿つ。


 火花が散る。


 ウィンターが叫ぶ。


「おい!同じアメリカ人だろ!話し合いで解決できないのか!」


 返答は銃弾。


 容赦なく撃ち込まれる。


 悠の呼吸が荒くなる。


「やってくれたなぁ!」


 リンク起動。


 視界が歪む。


 次の瞬間、悠は敵の背後に立っていた。


 ナイフが閃く。


 温かい飛沫。


 男は声も出せず崩れ落ちる。


「な、なにやってんだ!殺すな!」


 ヘクターの叫び。


 だが悠の耳には届かない。


 二人目。


 三人目。


 ワープと同時に、喉元へ。


 奇襲。


 血が砂に吸い込まれる。


 ウィンターが笑う。


「すごいな……いいぞ。やってしまえ」


 最後の一人が撃たれ、倒れ、這う。


「ま、待て……!」


 悠が歩み寄る。


 だが――


 パン。


 銃声。


 男の頭が跳ねる。


 ウィンターが煙を吐く。


「タバコは頂いて帰る」

 男の胸元を探り、たばこを抜き取った


 静寂。


 風だけが吹いている。


 悠の手は、震えていた。

第21話 非正規


シャッターの半分だけが開いた倉庫。


入口横には壊れた自販機。


中から油と金属の匂いが漂う。


ウィンターが先に入る。


悠は無言で続いた。


カウンターの奥に、白髪混じりの男。


分厚いサングラス。


「紹介は?」


低い声。


「ウィンターだ」


男は一瞬だけ止まる。


「ああ……FBIの亡霊さんか」


「今日は客だ」


店主の視線が悠へ移る。


悠は棚に並ぶ銃を眺めながら答える。


「試し撃ちできるか?」


店内の空気がわずかに張る。

「気に入ったのがあればな」


奥のケースが開かれる。


ハンドガン、SMG、サプレッサー。


悠は一丁を手に取る。

スライドを引く。

重さを確かめる。

構える。


カチ、と空撃ち。


「トリガー軽いな」


店主の眉がわずかに動く。

「わかるのか?」


悠は次を取る。


分解。

慣れた手つき。


ウィンターは黙って見ている。


店主が言う。

「お前何人やった?」


悠は少し考える。


「覚えてない」


嘘ではない。


本当に数えていない。


店主はゆっくりとショットガンをカウンターに置く。


「これがいい。近距離なら一発で終わる」


悠は首を振る。


悠は黒いコンパクトSMGを持ち上げる。


「静かで、速くて、取り回しがいいやつ」


店主は口の端を上げる。


「暗殺屋か」


悠は笑う。


「そんなとこだ」


ウィンターが割って入る。


「弾とサプレッサーも付けろ」


金が置かれる。


店主は最後に言う。


「おい」


悠が振り返る。


「楽しむなよ」


倉庫のシャッターが下りる。


金属音が響く。


外は夕暮れ。


ウィンターが煙草をくわえる。


「自覚はあるのか?」


悠は銃をケースに収める。


「ねぇよ」

第22話 情報


倉庫のシャッターが完全に閉まる。


 店主はしばらく無言で立っていた。

 引き出しから古いガラケーを取り出す。


 だが通話ボタンを押す。


「……俺だ」


 低い声。


 相手は名乗らない。


「さっき、面白い客が来た」

「ウィンターと一緒だ」


 電話の向こうで空気が変わる。


「手慣れてる。あれは素人じゃない」


「武器はSMG。サプレッサー付き。弾は多めだ」


「値段はいつもの口座でいい」



 ブレイズ側 ― 工場地下


「例の銃器屋から連絡です」


 コックがタブレットを差し出した。


「ウィンターが動いていると」


 ドアラは葉巻をくゆらせる。


「ほう……」


「ガキが一人。暗殺向きの装備を購入」


 コックが映像を出した。


 悠の横顔。

 ドアラは画面を見つめる。

「面白いな」


「泳がせろ」

「殺さないのですか?」


「すぐ殺すのは三流だ」

 ドアラはワインを口に含む。


 一方、バンを乗り捨てて、FBIの迎えが来た。車内にて


 ウィンターが運転席で煙草に火をつける。


 悠は窓の外を見ている。


 しばらくして、ぼそっと言う。

「さっきの店」


「どうした」


 悠は鼻で笑う。


「俺たちを売る顔してた」


 ウィンターは否定しない。


「だろうな」

第23話 誘拐


悠たちは西局までたどり着き、荷物を降ろす


 釜野「先に迎えの警官と荷物を持ってはいる、後に続けよ悠」

 そう言い残して、釜野は颯爽と車を降りる


 ウィンターたちは一服して、数分後セーフハウスの扉を開けた瞬間、空気が違った。


 静かすぎる。


 ヘクターが眉をひそめる。


「……ミスター釜野?」


 返事はない。


 室内の照明は点いている。椅子が一脚倒れている。机の上のノートパソコンは床に落ち、画面が割れていた。


 ウィンターが足を止める。


「触るな」


 悠は無視して奥へ進む。


 床に、細い血の筋。


 乾ききっていない。


 悠はしゃがみ込み、指で触る。


 まだ温い。


「連れてかれたな」


 ヘクターの呼吸が荒くなる。


「くそ……いつだ、俺たちが戻る前か?」


 ウィンターは室内を見渡す。窓は割れていない。鍵も壊れていない。


「内部構造を知ってる動きだ」


 悠が立ち上がる。


「監視は?」


 ヘクターが端末を叩く。


「……落ちてる。ログも消されてる」


 一瞬の沈黙。


 悠は壁の弾痕を見つける。


 小さい。抑制射撃。


「暴れてねぇな」


 つまり、生かしてる。


 そのとき、机の下で微かに振動音。


 ウィンターが引き出す。


 釜野の予備端末。


 画面は割れているが、位置情報が点滅している。

 ウィンターが地図を拡大する。


 悠はもう玄関へ向かっていた


「まぁ待てよ」


 悠は止まらない。

「だから早ぇほうがいい」


 新田が叫ぶ。

「一人で行く気ですか!?」


 悠は銃器ケースを肩に掛け、闇へ消える。


 室内に残されたのは、壊れた端末と、乾き始めた血だけだった。

第24話 拷問


事務所から連れ去られた釜野は、目隠しと猿ぐつわをされたまま車に押し込まれていた。


 頭を殴られた衝撃で視界が揺れる。


 やがて車は止まり、荒い手つきで引きずり下ろされる。


 足元はコンクリート。湿った匂い。


 目隠しが外された。


 薄暗い倉庫。


 天井の裸電球が揺れている。


 椅子に縛り付けられ、両手は後ろで固定されている。


 目の前に立つのは、ベレー帽の男――コック。


「お目覚めですか、技術屋さん」


 釜野は唾を吐く。


「……誰だお前」


 コックは微笑む。


「あなたに恨みはない。ただ、知りたいだけだ」


 後ろから拳が飛ぶ。


 頬が裂ける。


「対異アーマーの制御コード。遠隔起動の仕組み。バックドアは?」


 釜野は歯を食いしばる。


「言うわけ……ないだろうが」


 腹に鈍い衝撃。


 息が詰まる。


 床に血が落ちる。


 コックはしゃがみ込み、釜野の顎を掴む。


「あなたは戦闘員ではない。だから痛みに弱いはずだ」


 指が折られる。


 鈍い音。


 震えながらも睨む。


「……てめぇら、終わりだ」


 コックの表情が消える。


 合図。


 後ろの男がバケツの水を釜野の頭から浴びせる。


 呼吸が乱れた瞬間、電流が流れる。


 身体が跳ねる。焦げた匂い。電流が止まる。釜野は荒い呼吸を繰り返す。


「まだ始まったばかりですよ」


 コックが立ち上がった。


「あなたが壊れるか、彼らが来るか」


 倉庫の奥で、鉄扉が軋む音がした。


 コックは振り向かない。


「ならば、楽しみに待ちましょう」


 裸電球が揺れる。


 釜野の指先から、血がぽたりと落ちた。

第25話 出動


港湾地区、古びた倉庫群。


潮の匂いと鉄錆の匂いが混じる夜。


悠は建物の陰に身を伏せ、巡回の足音を数える。


二人で間隔は三十秒。


照明は入口側が強い。裏は暗い。


「……甘ぇな」


リンクでワープした。視界が歪み、次の瞬間には男の真後ろ。


口を塞ぎ、喉を裂く。


血が跳ねる前に体を支え、物陰へ引きずる。


もう一人が角を曲がるも異変に気付く前に、影が動く。


鈍い衝撃と共に首が折れる。


悠は息を整えもしない。


倉庫裏口にたどり着き、小さな解除音と共にカギを開ける


中は薄暗く地下への階段を下った。


笑い声と電気の弾ける音が聞こえた


リンクで階段の下へ跳ぶ。


血が床を流れており、最奥の鉄扉の中から呻き声が聞こえる。


悠は蹴り開けるとその先には裸電球の下、縛られた釜野。


その前に立つコックがゆっくり振り向く。


「来ましたか」


銃を向ける。


だが悠はもういない。


次の瞬間、背後へとワープし、コックの腕が撃ち抜かれる。

悠は至近距離で見下ろす。


「……おい!大丈夫か!」


コックが血を吐きながら笑う。

倉庫内の足音が増える。増援だ


悠は釜野の拘束を切る


「立てるか?」


釜野は歯を食いしばる。

背後の扉が開き、武装した構成員がなだれ込む。

釜野を抱えたままリンクで地下通路の奥へ跳ぶ。


「帰るぞ」


外へ出ると遠くでサイレンが聞こえる誰かが通報したらしい。

第26話 ザック


平和を取り戻した魔国ジーン。


その片隅に、ただ一人取り残された男がいた。


ザック。


四年前、悠と共にこの国へ突入し、裏切られ、ジーンに生け捕りにされた元ロシアンマフィア《スカー》のリーダー。


部下は死に、組織は壊滅。金も地位も失い、残ったのは擦り切れた命だけ。


ザック「……娘はどこだ……」


焦点の合わない目で、瓦礫の街をさまよう。


そこへ足音が近づく。


大介「おい、あんたザックだろ?」


振り向いたザックの顔はやつれていた。


大介――脱獄し、暗躍する最上組の男。


ザック「く、来るな……誰か……助けてくれ……あぁ……」


かつての冷酷なリーダーの姿はない。


大介は鼻で笑う。


大介「残念だ、噂と違うな」


値踏みするように見下ろす。


大介「あんたが今後、決起でも翻したら俺たちの存亡が危なくなるかもしれん」


沈黙。


大介「せっかく脱獄できたんだ。平和にいかねぇと困る」


その言葉に、ザックの瞳がかすかに揺れる。


ザック「……ふざけるなぁ!!!」


喉を裂くような叫び。


ザック「おれが何したってんだ! おれはただ娘を取り返したいだけだ!!!!」


膝をつき、地面を叩く。


大介はぼりぼりと頭をかく。


大介「四年前、あんたの娘は死んでるよ」


そう言って、布に包まれたものを放る。


乾いた音を立てて転がる頭蓋骨。


ザックは震える手でそれを抱き寄せる。


空洞の眼窩を覗き込み、崩れ落ちる。


声にならない嗚咽。


全てが終わった男の姿。


大介は踵を返す。


大介「じゃあな」


振り向きもせず、拳銃を構える。


引き金が引かれる。


弾丸はザックの頭を撃ち抜いた。


抱えた頭蓋骨ごと、後ろへ倒れる。


静寂。


平和になったはずの魔国ジーンに、誰にも知られない死がひとつ増えた。

第27話 完成


王都・魔導院地下書庫。


 分厚い扉の前に立つクライス。隣にはパック。


 床一面に刻まれた巨大な魔法陣が淡く光っている。

「……三年だぞ、クライス」


「長かったな」


 中央の台座に置かれた一冊の魔導書。


 黒い装丁。金の縁取り。表紙にはただ一語。

《MINI METEOR》


 パックが息を吐く。

「理論上は成功だ。だが発動すれば街一つ消える」


 クライスは静かに答える。

「だからこそ、我々が持つ」


 魔導院の長老が杖を鳴らすと魔導書の紋様が浮かび上がる。


 空気が震え、天井の結界が軋む。

「……抑えろ、暴走するぞ!」


 クライスが前へ出て右手を魔導書に触れさせる。


 膨大な魔力が流れ込み床の魔法陣が白く発光する。


 そして、書庫全体が揺れる。


「人の身で制御できる代物ではない!」

「ならば――」


 歯を食いしばる。

「人である我々が証明する」


 魔力の奔流が一点に収束する。


 やがて、静寂となり光が消える。魔導書は完全に沈黙した。


 パックが肩で息をする。

「……成功だ」


 クライスはずしりと書を持ち上げる。それは兵器ではない。抑止力。


「これで、ティードが再び現れても」


 目を細める。

「空から裁きを落とせる」


 遠く、雲が流れる。


 まだ誰も知らない。


 その一冊が、世界の均衡を塗り替える鍵になることを。

第28話 話し合い


じりりり……。


 旧式の固定電話が鳴る。


 薄暗い執務室。


 葉巻の煙が漂う中、ドアラが受話器を取る。


 ドアラ「はい」


 低い声。


 数秒の沈黙の後、聞き慣れた声が返る。


 ウィンター「久しぶりだな、じじい」


 ドアラの口元がわずかに歪む。


 ドアラ「ウィンターか。前はすまなかったよ」


 灰皿に灰を落とす。


 ドアラ「まさかあの日本人がお前の仲間だとはな」


 電話越しに小さな息。


 ウィンター「二人で話せないか。このままじゃ潰し合いになるぞ」


 一瞬の静寂。


 ドアラは椅子に深く腰を預ける。


 ドアラ「貴様一人で我々の事務所へ来い」


 冷えた声。


 ドアラ「話はそれからだ」


 返事を待たない。


 受話器を置く。


 静まり返る室内。


 ドアラはゆっくりと葉巻をくわえ直す。


「来るか、ウィンター」


 煙が天井へと昇っていく。

第29話 長男


アルタイル城 王宮。


騎士団の間。


中央の卓に置かれた一冊の魔導書。


黒い装丁に刻まれた紋章が淡く光る。


クライスは静かに言う。


クライス「完成した。ミニメテオだ」


ダグが息を呑む。


ダグ「これが……ミニメテオ……」


クリスも目を細める。


クリス「神の力以外で都市を一つ滅ぼす魔法……作り物とはいえ、初めて見た」


パックは腕を組み、鼻で笑う。


パック「どうだ。おれの力作は」


その空気を裂く声。


???「ふん、くだらぬ」


紫に輝く鎧。


重い足取りで現れた一人の騎士。


クライスの目がわずかに動く。


クライス「ジョーカース?兄さん、なんでここに?」


クライスとティードの兄――長男ジョーカース。


外交官としてアルタイル王国の均衡を担う男。


ジョーカース「久しいなぁ、無能ども」


騎士団の空気が凍る。


ジョーカース「キングスの動きが怪しくなってきてな。貴様に一報入れてやりに来た」


クライスたちは露骨に嫌悪の視線を向ける。


ジョーカース「……ふん。無礼な奴らだ。これでも俺は王族だぞ」


クライスは冷たく返す。


クライス「報告して仕事に戻るがいい。で?何だ、クソ野郎」


ジョーカースの口元が引きつる。


ジョーカース「キングスが各国に電報を放った。内容は宣戦布告。近いうちに大きな戦争が起きる」


ダグが机を叩く。


ダグ「そんだけか!?言いてぇことはよ!」


ジョーカース「まぁ待て」


わずかに視線を逸らす。


ジョーカース「不可解なのはな。キングスは人間世界のアメリカにも巻物を送った。内容は同じく、宣戦布告だ」


一瞬の沈黙。


クライス「……よほど返り討ちにされたのが気に入らんのだろう」


ジョーカース「あぁ」


その瞬間。


剣が抜かれ、クライスの首元に突きつけられる。


騎士団がざわめく。


クライスは微動だにしない。


クライス「どうした、斬れ。末っ子が王に選ばれたのが気に入らんのだろう?」


ジョーカースの目が血走る。


ジョーカース「クライスぅ!貴様に戦いを申し出る!俺が勝てば証明される……俺こそが王にふさわしいとなぁ!」


クライスはゆっくりと剣を抜く。


クライス「やってみろ」


次の瞬間。


ジョーカースの魔力が爆発する。


呪法――大罰剣。


禍々しい衝撃波が放たれる。


床が軋み、空気が裂ける。


だが。


クライスは一歩踏み込み、振り下ろす。


衝撃波が真っ二つに割れる。


そのまま間合いを詰め、拳を叩き込む。


ジョーカースの身体が吹き飛ぶ。


床を転がり、壁に叩きつけられる。


倒れたまま、歯を食いしばる。


ジョーカース「……親父に気に入られていたのに……!貴様が親父を殺したせいで!! おれの人生はめちゃくちゃだ!!!」


クライスは見下ろす。


感情はない。


クライス「民を暴力で支配する貴様の理念は王にふさわしくない」


剣を収める。


クライス「仕事に戻るがいい、外交官殿」


踵を返す。


騎士団も後に続く。


広間に残されたジョーカースは、舌打ちをしながら立ち上がる。


悔しさを飲み込み、鎧を鳴らしながら部屋を去った。

第30話 解決までの長い道のりは続く


アメリカ――ブレイズ事務所。


 夜の湿った空気の中、重低音を響かせながら一台のバイクが門前に滑り込む。エンジンが止まり、振動が消えると、あたりは不気味なほど静まり返った。


 ヘルメットを外し、門を見上げる。鉄柵の奥では監視カメラが無機質にこちらを捉えている。


 スーツ姿の構成員が二人近づき、無言のまま全身を探る。ホルスターから拳銃を抜き取られる。


「水鉄砲だぞ」


 皮肉めいた一言。構成員の片方がわずかに口角を上げる。


 重たい門が開き、内部へと通される。


 敷地内は整然としているが、その静けさの裏に殺気が滲んでいる。廊下を進むたび、壁際に立つ構成員たちが嫌悪の視線を向ける。


 最奥の扉の前で足が止まる。


 がちゃり、と鍵が回る音。


 構成員が扉を開けた瞬間――


 バァン!


 銃声が室内に炸裂する。


 開けた構成員の額に弾丸が突き刺さり、そのまま崩れ落ちる。血が絨毯に広がる。


 デスクの向こう、葉巻をくわえた男が拳銃を下ろす。


「ノックもできない無能に用はない」


 死体に視線を落とすこともなく、銃を置く。


「ひどいことをするな、無能はお前もだろう、ドアラ」


 ウイスキーの瓶が傾けられ、琥珀色の液体がグラスに注がれる。


「座れ」


 デスク前の椅子を示される。


 腰を下ろすが、背もたれには寄りかからない。


「手打ちにしないか? おまえの守る街はもう狙わない。薬も銃も流さない、約束するよ」


 柔らかい声音。しかし目は冷え切っている。


「ゴミクズの口約束を信じるわけにはいかない」


 即答。


「…正式に貴様らの壊滅作戦が始まる。もう終わりだよ。ドアラ」


 椅子を引き、立ち上がる。


「待て、いいのか?」


 スマートフォンの画面がこちらに向けられる。


 映し出されたのは、陽光の下で水しぶきを上げて笑う少女。傍らで見守る妻。


 無邪気な笑顔。


「貴様ぁこの外道…!!」


 低く、怒りを押し殺した声。


 グラスが静かに揺れる。


「家族の生殺与奪の権はおれの手の中にある。どうする?」


 空気が凍りつく。


 数秒の沈黙。


「…だが俺にも策がある」


 その瞬間、空間が歪む。


 黒い裂け目が生まれ、渦が広がる。


 ワームホール。


 そこから悠が踏み出す。


「よぉ、てめぇが最上のクソに銃を流してたのか」


 迷いなく銃口を向ける。


 周囲の構成員が一斉に動く。


「動くなぁ!!!ボス撃っちまうぞぉ!?」


 怒号が響き、引き金にかかった指が緊張する。


 構成員たちの動きが止まる。


「いいか、俺の家族に手を出してみろ。この部屋は死体で埋め尽くされることになる」


 葉巻の煙がゆっくりと天井へ昇る。


「てめぇなんざ怖くねぇ、俺にも家族がいる...必ず戻ると約束した」

 悠は決意を固めた


 三人の視線が交錯する。


 次の一瞬が、すべてを決める。

第31話 トーヨコ連続誘拐事件


深夜 歌舞伎町 トー横通り。


 薬と酒に溺れた未成年たちが、居場所を求めて集まるこの街に――


 異世界から“何か”が来る。


 そんな噂が、匿名掲示板に流れ始めていた。


 耳の尖った、古びた船乗り姿の男。


 光を失った目。


 潮と鉄錆が混じったような、生臭い匂い。


 男は夜の街を彷徨う。


 子どもを攫い、世界を繋ぐ力でどこかへ消える。


 そして二度と戻らない。


 行方不明者は増え、だが遺体は見つからない。


 ただ――


 どこかで、きしむような船の軋み音がするという噂だけが残る。


 どうしても衝動が抑えきれない夜。


 男はトー横へ向かう。


 行き場を失った若者を、甘い言葉で誘う。


 影の中へ。


 そして、闇だけがそれを知る。


 今夜も男は、ビル街の奥で獲物を待つ。


 社長と呼ばれる男に腕を振り払われ、地雷メイクの少女が路上に転ぶ。


「はなせっつってんだろ!」


 少女はアスファルトに打ちつけられ、視界が揺らぐ。


 真っ暗な空。


 耳鳴り。


 絶望。


 そのとき――


「おいでぇ。甘いアイスクリームがあるよぉ」


 ビルの隙間、闇の奥から声がする。


「辛いよねぇ。一緒に食べよう」


 細い指が、暗がりから手招きする。


「早く来ないと溶けちゃうよぉ」


 少女は、導かれるように立ち上がる。


 ふらり、ふらりと。


 闇へ足を踏み入れる。


「ほら、こっちだ」


 男の顔が、街灯の届かない場所で歪む。


 次の瞬間――


 短い悲鳴が、ビルの谷間に吸い込まれた。


 それ以上の音は、夜に溶けた。


 しばらくして。


 路地には誰もいない。


 ただ、血で描かれた髑髏の印だけが、コンクリートに残されていた。


 男――ジョージは、虚ろな表情でそれを見下ろす。


 そして、空間が歪む。


 闇が裂ける。


 彼の姿は、波紋のように揺れて消えた。


 遠くで、潮の匂いがした。

第32話 壊滅作戦


どーーん!と衝撃音。


 夜のブレイズ事務所前に、黒塗りのバンが門を突き破る勢いで突っ込む。鉄柵がひしゃげ、見張りのマフィアをはね飛ばす。


 地面に転がった構成員たちは何が起きたのか理解できず、狼狽える。


 上階の窓から様子を見ていたドアラは、舌打ちしながら拳銃のマガジンを叩き込む。


 カチリ、と乾いた音。


 バンのドアが勢いよく開く。


 ウィンターがゆっくりと降り立つ。


「悪党は死ね!諸君!いこうか!」


 両手を広げ、挑発するように煽る。


 次の瞬間。


 閃光。


 卓越した早撃ち。


 引き金を引くたび、ドアラの部下の額に穴が開く。次から次へと、まるで的当てのように撃ち抜かれていく。


 遅れて悠とヘクターが飛び出す。


 背後からはおびただしい数の武装捜査官。


 M4の銃口が一斉に火を噴く。


 銃声が重なり、硝煙が敷地を覆う。


 マフィアたちは応戦するが、統制の取れた掃射の前に崩れていく。


 悠は低い姿勢で前進し、遮蔽物から遮蔽物へと移動する。ヘクターは冷静に指示を飛ばし、捜査官たちは隊列を崩さず制圧を進める。


 数分で外は制圧された。


 ウィンターは建物内部へと踏み込む。


 廊下に転がる死体を越え、最奥の扉の前へ。


 どんどん、とわざとらしくノックする。


「なんだ留守か?じゃあ仕方ない」


 次の瞬間、鋭い蹴り。


 扉が内側へ吹き飛ぶ。


 室内に雪崩れ込む。


「撃て!」


 ドアラの号令。


 部下たちが一斉に掃射する。


 銃弾が壁を抉り、机を砕く。


 だが。


 ウィンターの早撃ちは異常だった。


 銃声とほぼ同時に、撃ってきた相手の頭が弾ける。


 一人、また一人。


 反撃する間もなく倒れていく。


 静まり返る室内。


「クソ…」


 ドアラが後退る。


「最上組に手を貸したお前が悪い。こちらとしてもお前ら癌を消す理由ができて助かったよ」


 銃口はぶれない。


 ――二時間前。


 FBI本部。


 作戦室の空気は重い。


 カチャカチャ…と金属音が響く。


 捜査官たちが防弾ベストを着込み、弾倉を確認し、ヘルメットを締める。


 テーブルの上にはブレイズ事務所の見取り図。


「では、皆さんどうか穏便に。まぁ冗談です」


 軽口に、わずかな笑いが起きる。


「爆笑だ。諸君、では行こうじゃないか。合戦に」


 空気が引き締まる。


 悠は少し離れた場所でスマホを開く。


 画面には雪との写真。


 無邪気な笑顔。


 一瞬だけ目を閉じる。


 覚悟を固め、ポケットにしまう。


「釜野と新田、そして俺は敵基地外の一掃作戦に徹する」


「で、ウィンター筆頭に捜査官たち、おれがドアラの部屋へと突入するわけか」


 視線が交わる。


 誰も迷っていない。


 それぞれの守るものを胸に、武器を手に取る。


 そして現在。


 銃煙が立ち込めるブレイズ事務所最奥。


 すべての決着が、今まさに下されようとしていた。



 ブレイズ事務所 最奥。


 銃口が、ドアラの眉間を捉える。


 引き金にかけた指が、わずかに沈む――


 ズドン!


 轟音。


 次の瞬間、悠の身体が横殴りに吹き飛ぶ。


 壁に叩きつけられ、石膏が砕け散る。


「ぐおあ!」


 肺の空気が強制的に吐き出される。


 視界が揺れる。


 視線の先に立っていたのは、異様な巨体。


 大男――ウス。


 丸太のような腕で、悠の首元を掴み上げる。


 床がきしむ。


「どうした、撃てよ。だが小僧は死ぬぞ」


 ドアラが薄く笑う。


 拳銃を持つウィンターの動きが止まる。


 その瞬間。


「死ぬもんか。お前も判断が鈍ったな」


 低い声。ドアラの背筋に冷たいものが走る。


 ほんのわずか、視線が逸れた。


 バァン!


 乾いた一発。弾丸は迷いなく額を貫く。


 ドアラの身体が後ろへ崩れ落ちる。


 葉巻が床に転がり、火花が散る。


 空気が変わる。


 その隙に、悠はウスの腕を振りほどく。


 血走った目で飛びかかる。


 ナイフが閃く。


 腹、脇腹、肩――めった刺し。


 だが、肉厚な筋肉が致命傷を拒む。


 ウスが怒号を上げ、拳を振るう。


 悠は床を転がり、すぐさま背中のケースを開く。


 対異ライフル。


 銃口を持ち上げる。


 引き金を引く。


 重い反動。


 炸裂音。


 通常の銃とは違う、抉るような衝撃がウスの身体を打つ。


 二発、三発。


 装甲のような筋肉が裂ける。


 さすがのウスも、目を見開く。


 膝が折れる。


 痛みと驚愕の入り混じった呻き声。


 最後の一撃が胸を貫き、巨体が前のめりに倒れた。


 ――一方、別フロア。


 釜野たちは幹部サイガ率いる構成員と交戦していた。階段を挟んだ銃撃戦。


 閃光弾。そして突入。


 正確な連携。


 サイガが倒れ、最後の抵抗も潰える。


 血と硝煙の匂いが廊下を満たす。


 無線が入る。


「完了だ。そっちは」


 数秒の沈黙の後。


「終わったよ」


 ブレイズは壊滅した。


 だが、その余波は確実に広がっていく。


 警視庁 異世界捜査本部。


 薄暗い作戦室。


 壁一面のモニターにアメリカからの断片的な映像が映し出されている。ノイズ混じりの無線、揺れる画面、銃声。


 山田は腕を組み、無言で立っていた。


 視線は一点に固定されたまま。


 祈ることなど柄ではない。


 だが、胸の奥で無事を願っている自分を否定できない。


 ピッ――


 中継器に無線が飛び込む。


 姫野が素早くヘッドセットを押さえる。


「こちら異世界捜査本部、応答どうぞ」


 数秒の空白。


 そして、向こうからの報告。


 姫野の表情が、ゆっくりと緩む。


「……了解。確認しました」


 マイクを外し、深く息を吐く。


「作戦完了とのことです」


 山田の肩から、わずかに力が抜ける。


 その時。


 コツ、コツ、と乾いた音。


 尖った革靴が廊下を進んでくる。


 規則正しい足取り。


 室内の空気が自然と張り詰める。


 がちゃり。


 ドアが開く。


 カイゼル髭を整えた男が、静かに入ってくる。


 八条。


 新たに警視庁局長へ就任した元一課のエリート捜査官。


 悠に辞任状を突きつけた前局長は不慮の事故に遭い、その座を八条が継いだ。


「どうだ。若造は大丈夫そうか?」


 落ち着いた声。


 山田は視線を向ける。


「局長になったんですって?八条さん」


 わずかな皮肉を含ませる。


 八条はハットを脱ぎ、軽く振る。


「そう警戒するな、私と君の仲だろう」


 歩み寄り、山田の肩を掴む。


 指先に力がこもる。


「この仕事が終われば、浪野には刑事を辞めてもらう。彼には問題が多すぎる」


 その言葉に、室内の空気が一変する。


 山田の目が見開かれる。


「……何を」


 八条は淡々と続ける。


「元通り、探偵業を再開させろ。奴には浮気調査がお似合いだ」



 ニューヨーク。


 摩天楼の隙間を、冷たい風が吹き抜ける。


 多発する失踪事件。


 その影を追い、悠とウィンターは街へ出ていた。


「今回の件はお前が使える。聞き込みはなしだ」


 ウィンターが低く言う。


 悠は肩を鳴らす。


「さっさと終わらせるぞ。帰って奥さんに会いたいんだ」


 軽い口調。


 だが目は笑っていない。


 悠は静かに探知魔法を展開する。


 見えない波が街を走る。


 そして――


 ビルの谷間。


 微かな、歪んだ魔力。


「見つけたぞ、カス野郎が」


 次の瞬間、悠は駆け出していた。


「待て! 応援を呼ぶ! 居場所を掴む約束だ!」


 ウィンターの制止を振り切る。


 すぐにウィンターはヘクターへ連絡を入れる。


 一方、悠は細い路地へ飛び込む。


 最奥。


 闇の中に、耳の尖った船乗り姿の男――ジョージ。


 振り向く暇もなく、衝撃。


 ジョージの体が壁に叩きつけられる。


「魔法を使われる前に仕留めてやろうと思ってよ」


 悠の声は低い。


 ジョージは腫れ上がった顔で、薄く笑う。


「君は誰だい? 知り合いかな?」


「あぁ、知り合いかもなぁ」


 再び拳が振り上がる。


 そこへ足音。


「おい! そいつは殺すな!」


 釜野が駆け込んでくる。


「は? 殺すなって?」


 直後、ヘクターの声が通信越しに響く。


「そいつは異世界に繋ぐ能力を持っている。その力を引き継げれば、人類は自由に異世界へ渡れる。海賊どもと対等に戦える可能性がある」


 釜野が続ける。


「頼む。上からの指示だ」


 数秒の沈黙。


 悠の瞳が、ゆっくりと冷えていく。


「あぁそうか」


 乾いた銃声が、路地に響いた。


 静寂。


 釜野の口がわずかに開く。


「あ……」


 悠は銃を下ろす。


 釜野は震える手で無線を取る。


「……殺しました」


 その報告を聞いた山田は、本部で無線機を叩き壊した。


 路地。


「何やってんだ! お前!」


 釜野の声が割れる。


「雪ちゃんが帰ってきたのはよかったさ。だがな、お前のやってることは殺人だ! 今まで何人その銃で撃ってきた!? 本当なら逮捕だ!」


 息を荒げながら続ける。


「だがそうしない理由は、お前の力が捜査に必要だからだ。……そして俺の意思だ。お前を友達だと思ってる。だから無理を言って刑事にさせた。雪ちゃんとの生活もあるだろうからな」


 悠は背を向けたまま答える。


「だがな、俺は海賊共を許せない。雪をあんな目に合わせた連中、皆殺しにしてやる。この意思は変えねぇ」


 振り返らない。


「いいか。二度と俺に指図するんじゃねぇ」


 そのまま、悠は闇の向こうへ歩き出す。


 ニューヨークのネオンが、冷たく瞬いていた。


 正義と復讐。


 その境界線が、静かに崩れ始めていた。



 日本――。


 重たい雲の下、飛行機が滑走路に降りる。


 ニューヨークでの一件を終え、悠は何も言わず帰国した。


 ウィンターたちとは空港で別れた。


 短い握手。


 それだけだった。


 そして数日後。


 悠は自ら退職届を提出する。


 誰にも止められないように、静かに。


 警視庁・局長室。


 重厚な扉の向こう。


 八条は丁寧な所作でコーヒーを淹れ、カップを悠の前へ差し出した。


「……君のお父さんとは、同期だ。私が上司で、君のお父さんが部下だった」


 唐突な話。


 悠は眉をひそめる。


「いきなり何の話だ。もう帰るぞ」


 踵を返そうとする。


「まぁまぁ待て」


 八条は穏やかな笑みを浮かべ、肩を押してソファへ座らせた。


 湯気の立つコーヒー。


 沈黙が流れる。


「君の父親は占いに興味があったんだ」


 八条はカップを揺らしながら続ける。


「実は私は幽霊が見える」


「はっ」


 悠は乾いた笑いを漏らし、立ち上がる。


 ドアへ向かう。


 その背中へ、低い声。


「私が見るに、近いうちに大きな戦争が起きる。そして――二つの世界は消滅する」


 ぴたりと足が止まる。


 ゆっくりと振り返る悠。


 八条の目は、冗談を言う人間のそれではない。


「探偵の仕事は続ければいい。だが――奥さんは守ってやれ」


 静かな忠告。


 それは命令でも脅しでもない。


 予言のような響き。


 悠の視線が鋭くなる。


「親父の行方は知ってんのか? ガキの頃から行方不明だ」


 一瞬の間。


 八条は目を伏せ、すぐに顔を上げた。


「さぁ? 見当もつかない」


 冷たい声音。


 カップを口元へ運び、ゆっくりと啜る。


 その仕草が、やけに計算されたものに見えた。


 局長室の窓の外。


 東京の街が広がっている。


 だがその空の向こうで、


 何かが確実に動き始めていた。


 悠は何も言わず扉を開ける。


 戦争。


 世界の消滅。


 父の失踪。


 そして、守るべき存在。


 静かに、歯車が噛み合い始めていた。

第33話 師


アルタイル王国 王宮。


 昼下がりの玉座の間。


 高い天窓から差し込む光が、赤い絨毯を柔らかく照らしている。


 玉座に深く腰掛け、足を組むクライス。


 老眼鏡をかけ、片手には煙草。ゆっくりと紫煙を吐きながら、小説の頁をめくる。


 束の間の休暇。


 王という立場を忘れられる、わずかな時間。


 その一瞬を――突かれた。


 空気が裂ける。


 視界に何も映らぬまま、腹部に鈍い衝撃。


 槍の穂先が、背後から貫いていた。


 玉座の背もたれに血が飛び散る。


 クライスの目が見開かれる。


「魔力が感じられなかった…!! まさか、魔法なしでこの速度!!」


 槍が引き抜かれ、血が床に滴る。


 振り返った瞬間、その姿を認める。


「先生…」


 そこに立っていたのは、パルエル。


 かつての師。


 すでにティード側へ寝返り、ジールの死を誘導し、悠に勇者の剣を覚醒させた張本人。


「悪く思うな、我が旧友よ」


 感情の読めない瞳。


 衝撃音を聞きつけ、騎士団が駆け込んでくる。


「来るな! 騎士団たち!」


 血を流しながらも、鋭く制止する。


「なぜだ!先生!なぜ裏切りを!」


 パルエルは一歩踏み出す。


「この世界は変わった。だから元に戻すのだ。エルフ食人世界へとな」


 次の瞬間、拳が振り抜かれる。


 クライスの身体が玉座から吹き飛び、床を転がる。


「ドルフィンズ!」


「ザンダー!」


 ダグとクリスが同時に魔法を放ち、刃と衝撃波で斬りかかる。


 しかし。


 パルエルは槍を使わない。


 素手。


 卓越した格闘術で魔法をいなし、拳と蹴りで弾き返す。


 魔法陣が砕け散る。


「貴様、海賊に何を吹き込まれた? 王国を敵に回して、後悔しても知らんぞ」


 カイラが前へ出る。


 装甲が展開し、全身を覆う。


 金属音が響く。


 パルエルと激突。


 拳と拳がぶつかり、衝撃波が広間を揺らす。


 互角。


「やりおるな、貴様、名は」


「カイラ・ロード、陛下の息子にして影の護衛だ」


「さすが隊長!あいつと互角にやりあってる!」


 騎士団が息を呑む。


 だが、パルエルはふっと笑う。


「だが、この勝負はお預けだ」


 足元に魔法陣。


 エスケープ。


 閃光とともに姿が掻き消える。


「くそ!」


 カイラが即座に魔力を追うが、残滓は空へと消えていく。


 ――アルタイル城上空。


 雲間に浮かぶ一隻の飛行船。


 甲板に転移したパルエルが静かに立つ。


 船体にはティード海賊団の紋章。


 帆が風を受け、進路を変える。


 こうしてパルエルは正式にキングスグループへと加入した。


 王宮の空に、嵐の気配が広がっていく。

第34話 結婚式


悠は夜風に肩をすくめながら、家路に着く。


 古びたアパートの階段を上り、見慣れたドアの前で一瞬だけ立ち止まる。


 がちゃり、と鍵を回す。


 扉が開く。


「おかえり!おじさん!」


 ルイがぱたぱたと駆け寄り、悠のコートを受け取る。背丈はまだ低いのに、どこか誇らしげだ。


「おかえりなさい、悠。ご飯はもうできるからね」


 雪は穏やかな声でそう言い、皿をテーブルへ運ぶ。湯気が立ち上り、部屋にあたたかな匂いが広がる。


 静かな晩餐。


 これが、我が家の食卓。


 戦いも、銃声も、ここにはない。


 箸を置いた悠が、不意に口を開く。


「雪、結婚式をあげないか」


 時間が止まる。


 雪の目が大きく見開かれる。


「……嬉しい……」


 頬を染め、照れたように微笑む。


 その表情を見て、悠は小さく息を吐く。


「警察が用意したこのアパートも、もう引っ越そう。もう警察は辞めたしな」


「くびになったの?」


 少し不安そうな声。


「いや、辞表は俺が出した」


 淡々とした返答。


 ルイが身を乗り出す。


「おじさん! 私も探偵になりたい! お仕事手伝わせて!」


 目をきらきらさせて見上げてくる。


 悠は一瞬だけ考え、それから笑う。


「あぁ、いいよ。所長にお願いしてみるよ」


 こうして、三人はアパートを離れた。


 新しく借りたマンションの一室。


 少し広いリビング。


 少し静かな夜。


 少しだけ、未来が近づいた気がした。


 ――一か月後。


 飛鳥探偵事務所。


 雑居ビルの一室。


「所長、いますか?」


 がちゃっとドアを開け、ルイと共に入る。


 ソファの上でもぞりと動く影。


「おはよぉ、少年」


 ぼさぼさの寝ぐせ、パジャマ姿。


 ロイスが半分寝た顔で起き上がる。


「こんなんだけど、一応この事務所の所長だよ」


「一応ってなんだ一応って」


 ロイスが眉をひそめる。


 悠は真顔のまま続ける。


「所長、ルイに物書きを教えたい。この事務所使っていいですか? あと、この子は探偵になりたいそうです」


 ロイスは露骨に嫌そうな顔をする。


「ええ、やめときなよぉ。探偵なんて稼げんよ……でもまぁ、この部屋なら自由に使ってくれたまえ」


 投げやりに手を振る。


「はい! 一生懸命頑張ります!」


 ルイは勢いよく頭を下げる。


 その瞳は、未来しか見ていない。


 悠はその様子を見て、ほんのわずかに微笑む。


 血と硝煙の世界から離れたはずなのに。


 それでも、どこかで嵐の気配は消えていない。


 だが今は。


 この小さな事務所と、守るべき日常がある。


 それだけで、十分だった。

 結婚式当日。


 都内の小さな式場。


 白を基調としたチャペルに、柔らかな光が差し込む。


 派手ではない。


 だが、温かい。


 身内と、ほんのわずかな友人だけの小規模な式。


 扉が開き、雪が現れた瞬間――


 悠は息を呑む。


 純白のドレス。


 静かに揺れるベール。


 いつも隣にいるはずの彼女が、まるで別人のように美しく映る。


 直視できない。


 視線を逸らして、また戻す。


 胸の奥が妙に熱い。


 誓いの言葉は短く、確かだった。


 指輪がはまり、拍手が小さく広がる。


 パーティーが始まる。


 控えめな音楽。


 笑い声。


 その中に、見慣れないが堂々とした二人の姿。


 クライスとカイラ。


 クライスがグラスを持って悠に近づく。


「悠、結婚おめでとう」


 肩を掴むその手は、王ではなく友のそれだった。


「あぁ、来てくれてありがとう」


 素直に返す。


 カイラが隣で笑う。


「いいんだ。これからおれらは忙しくなる。お前らを守ってやらないとな」


 冗談めかしているが、目は本気だ。


 クライスはゆっくりと雪の前に立つ。


「いつぞやは兄が迷惑をかけてすまなかった。ここで改めて謝らせてくれ。約束する。兄は必ず打ち倒し、君たちに安心して暮らせる世界を実現してみせる」


 深く、頭を下げる。


 王が。


 雪は慌てて首を振る。


「そんな、頭を上げてください、クライス王。いいんです。私はどんなことになっても夫のそばにいます」


 その言葉に、悠の喉が詰まる。


 カイラが空気を変えるように声を上げる。


「父さん、ワインがあるぞ。こっちだ」


 クライスは苦笑しながら連れていかれる。


 そこへ、釜野と新田が歩いてくる。


 少しだけ、ぎこちない表情。


「前はすまなかったな」


「何がだ」


 悠は肩をすくめる。


 釜野は視線を落とす。


「言い過ぎた」


 悠は少し考え、それから首を振る。


「いや、いいんだ。俺は……俺の立場を理解してなかった。それだけだ」


 短い沈黙。


 だが、わだかまりは溶けていた。


 グラスが触れ合う。


 笑い声が重なる。


 そのとき。


 式場の大きな窓に、雨粒が落ちる。


 ぽつり。


 やがて、静かな雨音が広がる。


 祝福のように。


 それとも、嵐の前触れのように。


 悠は雪の手を握る。


 温かい。


 確かな現実。


 たとえ世界が揺れようと。


 この手だけは、離さないと決めていた。

第35話 二年後


結婚式から二年後。


 春の柔らかな陽射しが差し込むマンションの一室。


 悠と雪の間に、ひとりの命が生まれた。


 息子――歩九(あるく)。


 小さな手。小さな指。小さな寝息。


 その存在だけで、部屋の空気が変わった。


 以前は静かだったリビングは、今では笑い声と泣き声で満ちている。


 ミルクの匂い。


 洗い立てのタオル。


 床には小さなおもちゃ。


「おーよしよし」


 悠は歩九を抱き、ゆっくりと部屋を歩く。


 ぎこちないが、優しい腕。


 赤子は安心したように、くすりと笑う。


 その顔を見るたび、悠の胸の奥に何かが込み上げる。


 守るべきもの。


 もう、失えないもの。


 夜。


 布団を並べて、川の字。


 雪、歩九、ルイ。


 そして悠。


 歩九は真ん中で小さく丸まり、規則正しい寝息を立てている。


 ルイも隣で、すやすやと眠っている。


 静かな時間。


 窓の外では遠くの車の音がかすかに聞こえる。


「ねぇ、悠」


 雪が小さな声で呼ぶ。


 歩九の髪を撫でながら。


「どうした」


「いつもありがとうね」


 不意の言葉。


 悠は少し笑う。


「急にどうしたんだ」


 雪は目を閉じたまま続ける。


「いつか、言えなくなっちゃうような気がして。言えるうちに言っておきたくて」


 その声は穏やかで、でもどこか切実だった。


 悠は一瞬だけ天井を見つめる。


 戦い。予言。世界の行く末。


 消えたわけじゃない。


 だが、今はここにいる。


 温もりがある。


「大丈夫だ」


 ゆっくりと言う。


「何があっても俺がお前らを守る。雪も、ルイも、歩九もな」


 そう言って、雪をぎゅっと抱き寄せる。


 雪は小さく笑い、悠の胸に額を預ける。


 歩九がむにゃりと寝返りを打つ。


 その小さな音に、二人は顔を見合わせ、声を殺して笑う。


 平凡で、かけがえのない夜。


 嵐が来るとしても。


 この瞬間だけは、確かに幸せだった。


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