ChapterⅪ
第1話 東島組
翌朝、東京 — 東島組事務所。
薄暗いオフィスの奥、組長の椅子に東島が悠然と腰を下ろしていた。壁の掛け時計が小気味よく時を刻む。狭い机、色褪せたソファ、壁に掛かった一振りの日本刀。外から聞こえる車の音が、ここがまだ現実の東京であることを思い出させた。
「最上の連中の時代は終わった。これより頂点に君臨するのは東島組だ」
東島の声はゆったりとしているが、どこか得意げで、確信に満ちていた。
剣崎は眉を寄せ、テーブルに肘をついて反論する。
「悠長に構えている場合じゃないですよ。上層部――警察が次に狙うのは、確実に俺たちです」
事務所は最上組のそれと比べれば明らかに小さく、所持品も乏しい。リボルバー拳銃が数丁、東島の愛刀が一本。金庫の中身は心もとない。犬神会と最上組の壊滅で上層組織の権力が流れ、東島組がその残り香を引き継ごうとしているところだ。組員は五人――警察から目をつけられれば、ひとたまりもない規模である。
「それでどうするつもりだ? このまま財産を取りに行くか? それとも警察に潰されるのを待つか?」と東島は肩をすくめるように続けた。目は勝利を確信している。
剣崎は声を少し低め、静かな怒りを含ませる。
「ブレイズに助けを求めると言ってましたが、正直、あの連中が手を差し伸べてくれるとは思えません。アメリカは危険過ぎる」
東島の指が卓上のコップを軽く弾く。透明な水が揺れ、光が微かに踊る。
「ではどうしろと言うんだ?」彼の口調が鋭くなる。「ここでじっとして財産だけ奪いに行くか? それじゃ、結局警察に先手を取られるだけだろう」
剣崎は言葉を詰まらせ、窓の外の街並みを一瞬見やる。決断は急を要する――だが無謀は許されない。二人の間に重い沈黙が落ちる。事務所の狭さと手持ちの乏しさが、計画のすべてを困難にしていることを、ひしひしと示していた。
第2話 崩壊
ぞろぞろと刑事たちが東島組事務所へと押し寄せる。朝日が薄く差し込む路地に、黒い制服と鉄の足音が連なる。
「いよいよだな」
悠が低く呟く。
「奴らは徹底的に根絶やしにする」
釜野が冷たく言い放つ。
山田がメガホンを握りしめ、声を張り上げる。
「いいか! これより東島組の壊滅作戦を開始する! 武力行使もいとわん!」
「応!」と整然と返す刑事たちの声が、狭い路地に響いた。
バンバンバン——。拳が扉を叩き続ける。山田の声がさらに大きくなる。
「最上組関係事務所だな! さっさと出てこい! 連行する!」
東島は眉を吊り上げ、椅子から跳ね起きた。
「やられてたまるかよ! おまえら、銃を持て! 港へ逃げるぞ!」
組員五人が慌てて裏口へと走る。銃を掴み、泥まみれの靴跡を残して飛び出していく。
「コラ、待て!」
悠は裏へ回り、追跡を始める。しかしベンツに乗り込んだ五人は容赦なく車を発進させ、悠を蹴散らすように押しのけた。
「クソが! おい、何やってんだよ! さっさと追えよ!」
悠は振り返り、怒声で山田を指図する。
山田は咄嗟に号令をかける。
「お前ら、行け! おれも行く!」
だが悠の手が伸び、山田を引きずり降ろす。混乱の中で二人は乱闘じみたやり取りを交わし、悠はパトカーに飛び乗った。サイレンを鳴らす暇もなく、彼はアクセルを踏み込み、車を猛然と発進させた――まるで限界を試すかのように、時速三百キロへと達する勢いで。
「ぐはっ!」
山田は尻もちをつき、体を捩じるようにして腰を押さえた。顔には怒気と困惑が交錯する。
「もうめちゃくちゃだ! あいつを止めろ!」
その叫びに、路地の空気はさらに張り詰めた。追跡か、それとも混乱のさらなる連鎖か。すべては一瞬先に決まる。
第3話 チェイス
パトカーのハンドルを握る悠の眼光は、もはや刑事というより獣のそれだった。
「……逃がすかよ」
スピードメーターは振り切れ、赤色灯が激しく点滅する。前方には黒塗りのベンツ。そのリアウィンドウ越しに、東島の姿が見えた。
「くらえ!」
東島が怒号と共にハンドルを切る。ベンツの車体が大きく揺れ、パトカーに体当たりした。
――ガシャァン!
鉄と鉄が軋み、火花が飛ぶ。衝撃で悠の頬をかすめるガラス片。
その瞬間、悠の中で何かがプツンと切れた。
怒りも理性も、すべてが吹き飛んだ。
「この野郎……!」
悠は片手でハンドルを押さえながら、もう一方の手で拳銃を抜いた。
狙いは迷わない。フロントガラス越しに照準を合わせ、タイヤへ向けて――。
バンッ! バンッ!
後輪が破裂音を立て、ベンツはスリップしながら蛇行する。
「くそぉっ!」
東島が叫ぶ。剣崎の顔が蒼白に変わった瞬間、車体は電柱へと突っ込んだ。
――ドガァン!
金属音と共に白煙が上がり、ベンツは完全に停止した。
悠はドアを蹴り開け、無言で歩み寄る。
東島は頭から血を流しながらよろよろと立ち上がった。
「う、うあぁ……」
その手に握られていたのは、鞘から抜かれた日本刀。刃が街灯を受けて鈍く光る。
「来いよ、刑事……」
東島は咆哮を上げ、刀を振りかぶった。
だが、悠は一歩も動かない。
ただ、冷たい瞳で照準を合わせ――。
バァンッ!
銃声が夜気を切り裂く。
東島の体がびくりと震え、次の瞬間、崩れ落ちた。
刀が地面に転がり、乾いた金属音を響かせる。悠は息を一つ吐き、血の滲む東島の胸元に手錠をかけた。
ほどなくして、サイレンの群れが到着する。
警察隊は東島組の残党全員を制圧。
現場には静寂が戻り、悠だけが立ち尽くしていた。
――その横顔には、勝利の色も、安堵もなかった。
第4話 アメリカにて
ホワイトハウス・大統領執務室
静かな執務室に足音が響く。
扉が開き、クライス王が黄金の紋章をたたえた外套を風のように揺らしながら入室した。
待ち構えていたマーク大統領は、深い皺を寄せたまま立ち上がる。
四年前。サダベルの襲撃で壊滅した西海岸の街を、クライスの魔法――治癒・再生・土壌改変術――を用いて奇跡的な速度で復興させた。
二人の信頼はその時から始まっている。
マークは手を差し出した。
「クライス……会えて嬉しい。君の力がまた必要だ」
クライスはその手を握り返す。
「以前の海賊団――ティード海賊団の襲撃について、既に部下より報告を受けている」
マークの瞳は鋼鉄のように固かった。
「奴らは我が国の艦艇を狙い、領海付近へ挑発行為を繰り返している。しかも“世界を渡る力”を持った可能性が高い……これは我が国だけの問題ではない」
国家安全保障補佐官のロバーツが資料を差し込み、モニターに衛星映像が映る。
「こちらが問題の海賊団のフローティング基地らしき構造物です。通常兵器では接近も困難です。殲滅には外部戦力――クライス殿下の“リンク”能力が不可欠と判断しました」
マークは深く息を吸い込む。
「クライス。君の世界に道を開いてほしい。米軍を送り込み、奴らに――“どこの国を敵に回したか”徹底的に思い知らせる」
短い沈黙が落ちた。
クライスはゆっくりと目を閉じ、盟友だったウォークの力――世界を渡る才能が自らにも覚醒した瞬間を思い返していた。
やがて、静かに頷いた。
「……君の決意、確かに見届けた。いいだろう、我が力を貸す」
マークの拳が震えた。
「感謝する、友よ」
米軍太平洋方面軍基地(某所)
サイレンが鳴り響き、格納庫の巨大シャッターが開く。
兵士たちは“対異世界戦闘用バトルアーマー”――通称 E.S.M.A.(Extra-Shift Mobile Armor) を装着し、ヘルメット内のHUDが一斉に点灯する。
「第三降下大隊、ローンチ準備完了! ヘリ編隊、Tマイナス2分!」
「戦術航空団、FA-49シルフィード、順次滑走路へ!」
将校がヘッドセット越しに怒号を飛ばす。
「海賊・巨大生物に遭遇した場合は迷わず**対魔力弾(Anti-Magic Rounds)**を使用しろ! 近接戦闘は想定外だ、絶対に距離を取れ!」
別の隊員が叫ぶ。
「異世界の地形は不明、GPSが機能しない可能性あり! ビーコンは必ず携行しろ!」
緊迫した空気の中で、アメリカ軍の隊長であるハーパー中佐が部下を前に言い放つ。
「聞け! 今回の作戦は“制圧”ではない。“示威”だ。
――アメリカに手を出した報いは、どれほど重いかを思い知らせる!」
「YES, SIR!!」
爆音を響かせながら戦闘機群が夜空へ飛び立ち、次いで降下ヘリ部隊がローターを回し始めた。
格納庫脇の特設スペースで、クライスが剣を地面に突き立てた。
刀身がまばゆい月光を帯び、空気が震え始める。
悠、そしてクリス、ダグが見つめる中、クライスの瞳は蒼く輝く。
「――リンク」
世界の地平が裂け、巨大な光の門が開いた。
異世界の風と匂いが基地に流れ込み、ヘリのローターを揺らす。
ハーパー中佐が敬礼し、叫んだ。
「第一波、突入開始ッ!!」
数十機のヘリが光の門へ吸い込まれるように飛び込んでいく。
爆音は門を越え、異世界の空へと響いていった。
第5話 revenge the attack
異世界海域 ― 大戦艦ヴァイオレット号
蒼黒い海を切り裂きながら、巨艦ヴァイオレット号が悠然と進む。
その空に、二機の米軍戦闘機 FA-49シルフィード が急降下してきた。
「こちらサンダー1、目標の戦艦を視認。これより第一波攻撃に移行する」
ティードは甲板で警備をしていたが、空の異変に気づき、目を見開いた。
「……なんだ、あの鉄の鳥は」
直後――。
ズドォン!!!
戦艦を揺るがす爆風。ティードは反射的に叫んだ。
「結界術・展開!!」
透明な魔力障壁が甲板を覆い、爆撃は火花と衝撃を散らしながら弾かれる。
だがミサイルの直撃で、結界には蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「おまえら!敵襲だ、全員戦闘配置!!」
怒号が海に響く。
船長室 ― キングス
重低音が艦全体を揺らす。
キングスは寝台で片目を開け、不機嫌そうに舌打ちした。
「……何だこの騒ぎは。ティードに任せておけばいいだろうが……」
暴君らしい余裕で、再び眠りに戻ろうとした。
甲板 ― 米軍降下部隊の突入
次の瞬間、複数のヘリがヴァイオレット号の側面に接近した。
「アルファ隊、降下始め! いけッ!」
ヒュゥゥゥン!
ワイヤーを伝い、フルアーマーの兵士たちが次々と甲板へ着地する。
甲板にいた海賊たちが叫んだ。
「おらぁああ!」
「侵入者だ、殺せぇ!!」
剣を振りかざし突撃してくる。
「デルタ陣形! 対異世界アサルトバレット装填!」
兵士たちが一斉に銃を構えた。
「――撃て」
ズドドドドドッ!!
純魔力装甲すら貫く“対魔力弾”が海賊たちの結界を粉砕し、次々と肉体を破壊していく。
海賊の一人が悲鳴を上げて崩れ落ちた。
空中 ― 魔弾ミサイルの直撃
戦闘機のジェイドが通信を飛ばす。
「サンダー2より報告、魔力反応の高い二名を確認。座標ロック……ミサイル発射!」
ゴォォォォ!
魔弾ミサイルが空を引き裂き、甲板にいたバードリーとジャックをまとめて爆散させた。
ドガァン!!!
二人は閃光と衝撃に飲み込まれ、黒焦げになって戦艦へ叩きつけられる。
ティード ― 最奥魔法解放
怒り狂ったティードは歯をむき出し、咆哮した。
「てめぇら……この程度で退くと思うなよぉ!!
最奥魔法――ブレス!!!」
ティードの口から灼熱の業火が噴射され、甲板を溶かしながらダイへ迫る。
「Sシールド展開!!」
兵士たちの腕部から六角形の光壁が展開。
炎熱は壁に吸収され、呆気なく霧散した。
「馬鹿な……俺の最奥魔法が……?」
キングス ― ついに出陣
ようやくキングスが船長室の扉を蹴破るように開いた。
「――あぁ? ずいぶん派手に暴れてくれてんじゃねぇか」
巨体を揺らしながら甲板に立つ。
米兵たちは明らかに異様な魔力を感知し、一斉に銃口を向けた。
「目標キングス、視認! 魔力値……極端に高い! 」
「全ユニット、最優先攻撃対象に指定だ!」
キングスは口角をゆっくりと吊り上げた。
「おい。
狙いは俺か? なら……殺してみろよ。できるもんならなぁ!!」
米軍総攻撃
ダイが腕を振り下ろす。
「全員――撃ちまくれ!!」
ズドドドドドドド!!!
銃弾の雨がキングスとティードに降り注ぐ。
同時に頭上では――
「魔弾装填完了、サンダー1より爆撃開始!」
ズドォォォン!
魔弾ミサイルが結界を粉砕し、甲板に巨大な穴を開け、戦艦内部にまで爆炎が突き抜けた。
ロックが叫ぶ。
「クソッ! 船体がもたねぇ!!」
ボーンズはガタガタと骨を鳴らしながら叫んだ。
「これ……沈むぞ! 俺たち、本当にやられる!!」
第6話 ボコボコ
戦艦ヴァイオレット号は、すでに限界まで追い詰められていた。船体は黒煙を吹き上げ、傾きながら海面へとゆっくり沈みつつある。
甲板で踏みとどまったティードは、血に濡れた口元を荒く拭い、吠えるように呪文を吐き出した。
「――最奥魔法、ブレス!」
口腔の奥から迸った業火は、陽炎のように空気を歪ませながら米軍部隊へ襲いかかる。だが兵士たちは動じず、手甲から展開された透明なバリアが、炎を受け止めて波紋を広げた。
焦げる匂いだけが残り、火炎は霧のように宙で消えた。
「――最奥魔法、デビルズ!」
ティードが拳を突き出した瞬間、凄絶な衝撃波が炸裂し、甲板全体が軋んだ。
バリアが悲鳴を上げるように亀裂を走らせ、次の瞬間には粉々に砕け散った。
破裂音が海面にこだまし、兵士たちは吹き飛びながら悲鳴をあげる。
「がはは……! どうした、地上の兵ども!」
一方その頃、ホワイトハウスの大統領室には、海戦の音声が緊迫した空気を満たしていた。
マーク大統領はクライスと警備隊に囲まれ、無線から伝わる破壊音に顔をしかめる。
「……まずい。あのシールドが破られた?」
その背後に、ふっと黒い影が立った。
「おい。」
冷えた声とともに、つるはしの刃先が大統領の首元へ寄せられる。
気付けばジールが転移して立っていた。クライスは即座にアーマーを展開し剣を抜く。警備隊の銃口が一斉にジールへ向いた。
「待て、話をしに来ただけだ。」
つるはしをわずかに引き、ジールは肩をすくめた。
「……聞こう。」
大統領は冷静を保とうとしていたが、声にはかすかな緊張が滲んでいる。
「我々は手を引く。これ以上やり合うつもりはねぇ。だから貴様らも戦闘を中止しろ。」
一瞬の沈黙。次いでジールは伝達魔法で海賊団へ指示を送った。
ティードは拳を止め、
「……師匠。しかし!」
と叫んだが、命令には逆らえず、剣を収めた。
甲板の空気には静寂が落ちる。
「撃ち方やめ!」
米側のハーパーが指示を叫ぶと、戦場は潮風だけが吹く異様な静けさに包まれた。
「これでいいだろ、大統領さん。悪かったな。おれたちは海へ帰る。」
ジールがつるはしを下ろす。
しかし――
「断る。撃て。」
マーク大統領は躊躇なく命じた。
ブラスターの閃光が一斉にジールへ降り注ぎ、結界に火花が散る。
「……チッ、エスケープ!」
ジールの姿が霧のように消え、次に現れたのは半壊したヴァイオレット号の甲板だった。
大海原を前に、彼は最後の呪文を叫ぶ。
「最奥魔法――ラストエスケープ!!」
手を床に触れた瞬間、戦艦全体が眩しい光に包まれ、巨大な影が世界から抹消されたように消え失せた。
次の瞬間、米軍の隊員たちは足場を失い、空中へ落ちていく。
「うわああああっ!」
「つかまれ! 落ちるぞ!」
甲板そのものが消えた衝撃で、兵士たちは次々と海面へ叩きつけられた。
ドボォン! ドバシャァン!
波が跳ね、悲鳴が混じる。
ヘリコプターの救助班が慌てて降下し、必死に隊員たちを引き上げていった。
海には、もはやヴァイオレット号の影も残っていなかった。
第7話 ジール怒りの襲来
東京、飛鳥探偵事務所。
騒がしい街路の音が窓越しに届く中、悠は机に向かい、溜まりに溜まった報告書を片付けていた。傍らには、つい先日アメリカから戻ったばかりのロイスが護衛として控えている。
「お偉い刑事さんは、私のような半端者と違って忙しいんじゃないのかい?」
ワイングラスを指先でくるくる回しながら、ロイスが意地悪く笑った。
「スカウトを受けた条件が、探偵との兼任でしたから」
書類へ判を押しながら悠は答えた。
――刑事でありながら探偵としても活動を許された、異例の存在。それが彼、浪野悠だった。
ロイスがグラスを傾ける。
昼間から深紅の液体が舌を潤す。
「……昼からですか」
「飲む?」
ボトルを軽く持ち上げる。
「……」
迷ったが、今日は息が詰まるほど退屈な書類仕事だ。
「いただきます」
ロイスの茶目っ気のある笑みに根負けし、グラスを受け取った。
一口飲んで息を整えると、前から胸に引っかかっていた疑問が浮かぶ。
「あの……キングスって、何者なんです?」
「ティード海賊団の裏にいる黒幕だよ。各国の火種を煽り、略奪で肥え太る。最近アメリカとドンパチして返り討ちに遭ったらしいけどね」
ロイスは憮然とした表情で続けた。
「君がティードに襲われたのも、キングスの差し金だ」
悠は手を止め、薄い赤の揺れるグラスを見つめる。
自分が――その暴力の渦中に置かれているという実感が、じわりと背を冷やした。
◆同刻――飛鳥探偵事務所上空
雲の切れ間を縫い、木造の羽をバタバタと回転させながら、一機の飛行船が透明化魔法で姿を隠して飛んでいた。
船体の上には不穏な殺気が漂っている。
「覚悟はいいな。魔女の住処を襲撃する。キングス様はお怒りだ」
ジールの声が船内に響き、部下たちが身を引き締めた。
「どうやら小僧も居候らしいじゃねぇか……ちょうどいい」
ティードの口端が吊り上がる。
「けけ! キングス様に小僧の首をお持ちいたしますぞ!」
バードリーは翼を震わせ、狂気じみた笑みを浮かべた。
「まずは魔女の結界を破る。降下準備しろ」
風を裂く音が響く。
――獲物はそこだ。
暗い影が、東京の空へ忍び寄る。
第8話 救済
バリン!
空気が破裂するような音とともに、事務所を取り巻いていた結界が砕け散った。
同時に室内を揺らした衝撃に、ロイスの動きが一瞬止まる。
「……少年」
低い声が落ちてきた。
「なんすか、急に」
「我々はジールの力を……見くびっていたようだ」
「え?」
その瞬間だった。
バリン!――窓ガラスが弾け飛び、風を裂きながら黒い影が雪崩れ込んでくる。
先頭に立つのは、つるはしを携えたジール。
続いてティードとバードリーが床へ着地し、殺気が事務所を満たした。
「くそが! オオカミ野郎!」
悠が即座に身を構える。
「やぁ、大将が死にに来たのか?」
ロイスは静かに杖を持ち上げ、淡い光が杖先に灯る。
だが、ジールは薄く笑い――
「おっとっと、お前の魔術はもう効かん。俺たちはキングス様直伝の強化魔法で身を強化している」
つるはしの先端がロイスに向けられると、空気が重たく沈んだ。
「小僧、今度は逃がさんぞ」
ティードが斧を引きずるように一歩踏み出す。
「けけけ!」
バードリーは翼を震わせ、床をカツンと叩く。
ティードは悠の胸元へ斧を向け――
「貴様を今度こそ殺してやる。爪の先から髪の毛まで切り刻んでやる」
「やってみろよ。おもちゃか? その大きな斧は」
その一言で、ティードの顔に怒りが爆ぜた。
「ぐおおおおあああああ!!!」
血管が浮き、視界が赤く染まったかのように斧が振り下ろされる。
――がきん!
金属を叩き割るような衝撃音が事務所を震わせた。
悠の前に、銀の剣が割って入る。
斧の軌道を受け止めたのは――クライスだった。
「無事か!」
「クライス!」
「ロイス! 悠を連れて逃げろ!」
「任せた」
ロイスは即座に悠の腕を引き、魔法陣を展開する。青白い光が走り――二人は転移で消えた。
残された室内で、ジールがゆっくりとつるはしを構え直す。
「久しいな、アルタイルの王」
「ふん。だれかと思えば、あのとき逃げ出した臆病者じゃないか」
「俺の師匠を侮辱するな……今ここで貴様を殺してやってもいいんだぞ!」
ティードが再び咆哮とともに前に出る。
「やってみろ。返り討ちに遭うのは貴様ら海賊だ」
クライスの眼光が青白く光り、床に魔力の波紋が走った。
飛鳥探偵事務所は、完全なる戦場へと変貌した。
第9話 墜ちる結界
「お前をここから出すわけにはいかん!」
叫ぶと同時に、クライスの全身に紫の光が走った。
パープルアーマーが展開し、魔力の金属片が空中で組み上がる。
剣が弧を描いて振り下ろされるが――
ジールはつるはし一本で、まるで子どもの遊びを受け止めるかのように軽く弾いた。
「ティード、バードリー。貴様らは小僧を追え。近くに転移しているはずだ」
「御意」
二人は一拍の迷いもなく窓へ走り、ガラス片を踏み砕きながら夜空へと飛び出した。
◆池袋・路地裏
ロイスは息を切らしながら、悠を手前にかばう形で立つ。背後には異世界転移の魔法陣が揺らいでいた。
「すぐに異世界に避難する、準備はいいかい?」
「あぁ」
その瞬間――
「召喚術 ブラックボックス!」
濁声とともに空間が裂け、黒い立方体が現れた。
ティードが追いついていた。
ブラックボックスは膨張するように魔力を帯び、真紅の破壊光線を吐き出す。
「馬鹿な、結界魔法!」
ロイスは悠を覆いかぶさるように抱き寄せながら結界を展開した。
だが光線が触れた瞬間――バキィン! と結界が粉々に砕け、ロイスの身体は地面へ崩れ落ちた。
「け! 魔力消費を抑えるためにわざと近くに隠れたなぁ」
バードリーが薄く笑う。
「おい! その人に手ぇ出してんじゃねぇよ!」
悠がブラスター・ハンドガンを引き抜く。
連射された青白い弾がティードのガードを弾くように破壊し、火花が散る。
「ぬるい!」
ティードの腕が横から薙ぎ払われる。
ドンッ――悠の体が宙に浮いた。
次の瞬間、池袋の大通りへ吹き飛ばされ、ガードレールに**ガギン!**と身体が叩きつけられる。
「きゃああああ!!」
民衆が逃げ惑い、交差点は一瞬でパニックの渦に飲まれた。
悠は血を拭いながら無線に叫ぶ。
「おい! きこえるか!? 応援を頼む! オオカミと鳥の化け物が池袋を襲ってる!!」
◆警視庁・異世界捜査本部
山田は無線を聞くなり立ち上がった。
「対異部隊出動、総動員だ!」
すぐさま新田、釜野、姫野がアーマーのロックを外し、胸部装甲を閉じる。
反応炉が青く点灯し、各隊員が装備を確認する。
重武装バンのドアが一斉に閉まり――
ブォン! とエンジンが吠え、タイヤが白煙を上げて道路へ飛び出した。
第10話 包囲戦 ― 池袋交差点
サイレンを裂いて黒いバンが三台、交差点へ横滑りで停車する。ドアが跳ね上がり、対異部隊の隊員たちが一斉に飛び出した。
アーマーの駆動音と電子的な起動音が重なり、金属の足音が街に響く。
釜野隊長は装甲越しでもわかるほどの迫力で前へ踏み出した。
「全隊、散開!ウルフ型と鳥型を視認、戦闘態勢に入れ!」
新田が端末を展開し、状況を補足する。
「隊長、飛行型一体上空へ、地上にウルフ型!民間人散在、警備隊は避難誘導中!」
姫野が肩のパルスランチャーを構え、ティードを捉えた。
「射線通ってます、隊長。いつでも撃てます!」
「待て。まず足止めだ」
釜野の声が一段と低くなる。
「第一、第二班は地上のウルフ型を固定しろ。第三班は飛行型を落とす準備をしろ。撃ち漏らすな!」
隊員たちが車体やビル影へ一斉に散開し、レーザーサイトがティードとバードリーへ次々と向けられた。
バードリーは羽を大きく広げ、空へ舞い上がる。
「チッ……人間どもが増えやがる」
新田が叫ぶ。
「隊長、魔力反応急上昇!来ます!」
次の瞬間、バードリーが黒い光弾をばら撒いた。
爆風が交差点を揺らし、信号機が吹き飛んでガラス片が雨のように落ちる。熱風が舗装を焦がした。
姫野は盾を展開して踏みとどまった。
「っぐ……強すぎる!第三班、空中分断網を展開!」
青白いワイヤーが上空に向けて次々と射出され、立体的な拘束網が形成される。バードリーは一瞬動きを縛られて羽音を荒げた。
「罠かよ、人間らしい!」
一方、ティードは獣のように地面を蹴り、釜野のいる前線へ突進した。
釜野は一歩踏み出し、重アーマーで真正面から受け止めた。
金属の悲鳴のような衝突音が交差点を震わせる。
「ぐっ……テメェ、相変わらず化け物みたいな馬力だな!」
ティードは爪で釜野のアーマーを削りながら笑う。
「前より少しマシな装備を手に入れたようだな」
「新田!」
釜野が吠える。
「右側面に隙がある!姫野と一緒に撃ち抜け!」
「了解ッ!」
新田と姫野が同時に回り込み、照準を合わせる。
姫野がトリガーを引く。
パルスランチャーの閃光がティードの側面を直撃した。火花と黒煙が散り、ティードの動きがわずかに鈍る。
釜野が踏み込み直し、力でねじ伏せにいく。
「今だ、押し込むぞ!」
その隙をつくように、交差点の端で血を拭った悠が立ち上がった。
「……こっち見てねぇと危ねぇぞ!」
悠はブラスターハンドガンを連射した。
青い光弾がティードの背に叩き込まれ、一瞬バランスを崩させる。
釜野、新田、姫野、さらに悠。
四方からの包囲網が形を成した。
釜野が鋭く息を吐き、号令をかける。
「全隊――ウルフ型を包囲完了!一気に押し潰せ!!」
ティードの口角が、不気味に上がった。
「面白い……ならば見せてやる。獣の本気ってやつをな」
黒い魔力がティードの全身から噴き上がり、交差点の空気が一変した。
第11話 包囲戦・激化
その瞬間、オフィスビルの壁が爆ぜた。
ドガァァン!
吹き飛んだコンクリ片の中から、黒い影が砲弾のように放り出される。
「どああああっ!」
影は向かいのビルへ叩きつけられ、外壁に大穴が空いた。
粉塵が晴れる前に、紫の光をまとった人影が着地する。
「人間を避難させろ!急げ!」
怒号とともに紫光の残像が揺れる。だが次の瞬間、粉塵の奥から気配が跳ね上がった。
「油断したな!」
視界のど真ん中に突然姿を現し、つるはしの柄で腹を下から突き上げてくる。
衝撃に体が浮き、アーマーの内部で息が詰まった。
「くそ……ラチが明かねぇ!」
その叫びを呑み込むように、獣の咆哮が街に響く。
「まとめて一掃してやる!最奥魔法――ブレス!」
口の奥で黒炎が渦を巻いたかと思った瞬間、地獄の火柱が放たれた。
灼熱の奔流が道路を舐め、対異部隊の車両ごと吹き飛ばす。
「うわああああっ!!」
「退避ーッ!全員退避!!」
アスファルトが溶け、車体が横転し、アーマーの隊員たちが次々に転がっていく。
「我らの世界の運命より、人間の命が大切だと言うのか!」
炎で焦げた地面に膝をつきながら、紫の残光がきしむ。
「……お前たちは……一人や二人殺すだけじゃ済まない……!」
噴射孔が開く音がした。
ジェットアーマーから紫の焔が立ち昇り、空気が一瞬震える。
大地を抉るほどの勢いで飛び出し、斬撃の閃光がティードの軌道に走った。
その反対側では、空気を裂く甲高い羽音が響く。
「小僧!貴様はこっちだぁ!」
羽が硬質化し、鋭い刃へと変わった瞬間、尖鋭な斬撃が雨のように降り注ぐ。
「アーマー展開……!」
駆動音とともに対異アーマーが組み上がり、悠の両腕が金属の光を帯びた。
直後、羽の刃を**ガキィン!**と受け止める。衝撃が路面を砕いた。
「おらぁ!まだ終わってねぇだろ、鳥男!」
第12話 敵陣総攻撃
ティードの振り下ろす斧と、クライスの剣が火花を散らしてぶつかり合った。
金属音が交差点全体に響き渡る。
その刹那、側面からつるはしが飛び込み、クライスの肩口を鋭く貫いた。
「弱いぞ、クズめ!」
痛みに顔を歪めつつも、クライスは逆にティードを殴り飛ばし、続いてジールの首根っこを掴んで背後の壁へと叩きつけた。
ティードの怒号が響き渡る。
「ティード海賊団!!」
その合図とともに、上空の飛行船からふたつの影が降下した。
JOKERとジャックだ。
「久しぶりに暴れてやる!!」
カメレオンの姿に変じたJOKERが、異様に伸びる舌をクライスへ巻きつける。
その隙を狙い、ジャックが背後からクナイで刺しにかかった。
しかし――。
「そぉらああ!」
クライスは一瞬でその舌をこま切れにし、振り向きざまにジャックを薙ぎ払った。
紫の残光が弧を描き、二人は地面へ転がる。
「最奥魔法! デビルズ!!」
ティードの拳が紫光をまとい、灼熱の塊となってクライスの胸にめり込む。
「最奥魔法……デビルズ……!」
苦悶の声とともにクライスも同じ魔法で応戦したが、紫の光が霧散した。
魔力が尽きた――。
「好機ッ!!! けはぁ!!」
バードリーが悲鳴のような声をあげ、悠への攻撃を捨てて一気にクライスへ飛ぶ。
ドゴッ! バキッ! ドン!
ティード、ジール、バードリー、そしてジャックとJOKERまで、
五つの影が一斉にクライスへ殺到した。
五対一。
いくらクライスの格が上でも、強化魔法で力を伸ばした海賊団全員を相手にするには分が悪い。
それでもクライスは雄叫びを上げる。
「はあああああ!!」
最後の気力を振り絞り、剣圧だけで周囲を弾き飛ばす。
転移魔法で位置を変え、空間を裂くように刃を走らせる。
JOKERが倒れ、ジャックが斬り伏せられ、バードリーが羽根を散らして吹っ飛んだ。
「ちっ……まだ魔力が残ってたか!」
ティードは忌々しそうに吠え、口を大きく開けてブレスを放つ。
灼熱の奔流が一直線に走った。
クライスは避けきれず、半身を黒く焦がす。
「ぐっ……!」
膝が地面に落ち、皮膚が焼ける匂いが立ち昇る。
「貴様も……もうおしまいだ」
ティードがショットガンを持ち上げ、薬室に弾を送り込む。
銃口がゆっくりとクライスの額に向いた。
「悠……逃げ――」
バァン!
乾いた銃声。
クライスの頭ががくりと垂れ、その場に崩れ落ちた。
「クライス……!!」
悠の叫びが喧噪を裂く。
怒りで視界が白く染まる。
そのとき、倒れていた対異部隊が立ち上がり、ブラスターを一斉に放つ。
紫光の雨が海賊団へ降り注いだ。
「鬱陶しい家畜共め! 羽爆弾!!」
バードリーが羽根を弾丸のように飛ばそうとしたその瞬間――。
ひゅーん……ひゅーん……!!
空からジェット音が近づく。
見上げると、自衛隊と米軍の戦闘機が編隊を組んで飛来していた。
「ジール様、まずい……アメリカです!」
ティードの声が震える。
「攻撃開始の示しは見せた。もう十分だ……逃げるぞ!」
ジールが飛行魔法で飛行船へ跳び乗り、残る海賊たちも慌てて続いた。
次の瞬間、空に開いたゲートが飲み込み、飛行船は異世界へと消え去る。
池袋に、焦げた匂いと、まだ収まらない怒号だけが残された。
第13話 新王
その後、クライス王の遺体は、厳重な儀礼のもと異世界アルタイル王国へ返還された。
白布に包まれたその身体が医務室へ運ばれると、部屋の空気は一瞬で沈痛な色を帯びる。
アルタイル城・医務室
「父さん…!」
カイラは駆け寄り、震える手を伸ばした。触れれば壊れてしまいそうなほど冷たく、静かなその顔を見つめ、拳をぎゅっと握り締める。
ウォークの力を持たない自分たちでは、結局なにもできなかった――その痛みが胸に突き刺さる。
「すまん…あいつはおれを守って…」
悠は俯き、噛み締めるように言葉を搾り出す。
「お前は悪くない。クライスは…いつもすぐ一人で突っ走るからな」
ダグの声も掠れていた。
「次期国王はガルルで決まりか…」
クリスが呟くように言う。
ガルル――かつて魔国ジーンと手を組み、大陸規模の火種を撒いた張本人。
だが今は海賊を討つために力を合わせる戦友となり、クライスも最後にはその可能性を信じていた男だ。
引き戸がゆっくりと開く。
ガルルが足を踏み入れると、病室の空気がわずかに震えた。
「親父…! 見ててくれ。今度こそ、おれは立派な王になってみせる…!」
絞り出すような声で宣言したその横顔は、いつもの傲慢さとは違う、揺るぎない決意の色に満ちていた。
――その夜。
アルタイル城下町・大広場
篝火が焚かれ、王国の兵団が整列し、街中の人々が広場を埋め尽くしていた。
中央に立つガルルは、ゆっくりと民の視線を受け止めるように口を開いた。
「我が父、クライスは死んだ。だが、おれはここで終わるつもりはない」
ざわり、と群衆が揺れた。
「そうだ。おれは以前、君たちを不安にさせる国際問題を起こし、戦争の引き金となりかけた。そんな男が再び国王として返り咲く…不安なのは分かっている」
民の間でひそひそ声が広がる。
不信と期待、どちらともつかないざらついた感情が夜風に混じり合う。
ガルルは一歩前へ踏み出し、拳を胸に当てた。
「我が父に諭され…理解したのだ。平和のあり方を」
「頼む、私にもう一度チャンスをくれないか!」
深々と頭を垂れたその姿に、広場全体が息を呑んだ。
――ぱち、ぱちぱち。
どこかから小さな拍手が聞こえた。
前列にいた男の子だった。かつて火炎魔獣キメラの襲撃で家が焼かれかけたとき、ガルルがその命を救ってくれた少年だ。
その拍手に、周囲が釣られるように一つ、また一つと手を叩き始める。
やがて広場全体が拍手の波で包まれた。
「みな、すまぬ…期待に応えてみせる…!」
ガルルの声は震えていたが、そこには確かな覚悟があった。
夜空を焦がす篝火が、その姿をまるで新たな王の誕生を告げるかのように照らしていた。
第14話 収監中
東京・某刑務所
本国である中国への送還を控え、イザは独房で待機していた。
“独房”と呼ぶにはあまりにも清潔で整いすぎており、漂う消毒液の匂いまで無機質だった。
イザはベッドに寝転がり、退屈そうに天井を見上げてつぶやく。
「…退屈…」
しばらくすると、何かに導かれるように静かに床へ降り、背を壁に預けて座り込んだ。
その目はまるで別の世界に焦点が合っているかのように虚ろで、しかしどこか愉悦を含んでいる。
「…」
右手を持ち上げ、小指をしばらく見つめる。
その小さな指先に、なにか特別な意味が宿っているかのように。
「…」
そして唐突に、喉奥に響くような音を立てて――
がぶり。
刹那、鮮血がぱっと飛び散り、イザの身体がびくんと震えた。
耐え難い痛みにのたうつように身をよじりながらも、彼女の瞳だけはどこかうっとりしている。
さらに深く、ぐちゃりと肉を噛み千切った。
「…」
口元を赤く染めながら、イザはゆっくりと笑った。
狂気と快楽が混ざり合った、あまりに静かな微笑み。
そのまま血だまりの上に寝そべり、まるで花でも咲くのを待つかのように動かなくなる。
「おい!どうした!?」
刑務官が慌てて駆け込んできた。床を覆う血を見て顔色が変わり、急いで檻の鍵を開ける。
キーッ、と錠前が鳴る。
その刹那――影が跳んだ。
イザの体当たりは野生動物のそれのように鋭く、刑務官の喉元へ噛みついた。
「ぎゃああああ!」
男は床に転げ落ちながら叫び声をあげる。血が噴き出し、独房の白い壁を赤く汚した。
イザは男の上に跨ったまま、口から垂れる血を拭いもしないでつぶやく。
「はぁ、指は犠牲になったけど、武器を手に入れた」
倒れた刑務官の腰から鍵束と警棒を抜き取り、立ち上がる。
裸足で血を踏みながら、すたすたと独房を後にした。
第15話 本部にて
その夜。
アルタイル騎士団の臨時本部で、悠は机に両肘をつき、深く頭を垂れていた。
「ジールは、五柱の神をキングスに吸収させるつもり。
全部が揃えば、この世界は持たない」
低く告げたのは団長代理となったカノン。
彼の声には怒りよりも、焦燥と覚悟が宿っていた。
悠は拳を強く握りしめた。
あの最期の言葉が耳から離れない。あの時、自分は何もできなかった。
だからこそ、ここで止まるわけにはいかない。
悠は深く息を吸い、立ち上がる。
「行こう。クライスが命を懸けて守りたかった世界を、今度は俺が守る」
その瞬間、外の空が低く震えた。
遠くの雲の向こうで、光が一筋、裂けたように走る。
――神々の力が目覚めはじめている。
悠の旅は、この世界の命運そのものを左右するものとなる。
そして、五つの神殿を巡る旅の先で、彼はまだ知らない。
“最後の継承”が、自らの魂さえ変えるほどの代償を伴うことを。
新たな冒険への幕が、静かに上がった。
第16話 神殿へ
アルタイル王国の空気は、まだクライス王の死を引きずっていた。
哀悼と怒りと、そして喪失。そのすべてが国の奥まで沈殿しているようだった。
その中で、悠は一人、剣を携えたまま立っていた。
胸に残る痛みは、時間が経っても薄れない。
ジールの笑い声が、何度も耳の奥で反響する。
——このままじゃ終われない。
悠は深く息を吸い、視線を前に向けた。
アルタイル城の議場では、ガルル、クリス、ダグ、そして王国の代表騎士たちが集まっている。
ガルルは悠を見つめ、重く口を開いた。
「ジールはティード海賊団を使い、世界を混乱に落とし込もうとしている。奴の目的は——神そのものの力をキングスに吸収させることだ」
ダグが拳を握り締める。
「神の力なんざ全部奪われたら、この世界は終わるぞ。早く止めなきゃなんねぇ」
悠はこくりと頷き、前に歩み出た。
「だから……おれも行く。クライスの意志を継ぐためにも」
クリスが剣の柄に手を添え、言う。
「ジールを止めるには、悠。お前が神の力を継いでいくしかない。水、雷、炎、光、闇……五柱の神殿を巡る旅だ」
室内の空気が引き締まる。
そしてガルルが静かに告げた。
「最初の目的地は北の果て、アクエリア湖。その湖底に水神の神殿が眠っている」
第17話 継承
アクエリア湖・水神殿への道
その日の夕暮れ、悠はアルタイル騎士団の選抜メンバーとともに出発した。
風は冷たく、空には細い月が浮かんでいる。
湖へ向かう道中、クリスが焚き火の前で言った。
「神の力を継ぐってのは、ただの儀式じゃない。失敗すれば……精神そのものを水に飲まれて死ぬ」
悠は火の揺らぎを見つめながら呟く。
「大丈夫だ。やるしかない」
その声には、迷いの影が確かにあった。
だがその迷いは、クライスの最後の背中が押し返してくれる。
水神殿 —湖底の祈りの間—
翌朝、アクエリア湖のほとりに立った瞬間、空気が変わった。
湖面は風ひとつないのに、淡く光を反射して揺れている。
「ここに……水神殿が?」
クリスが頷く。
「湖の底だ。水の加護持ちの者じゃなければ近づくことさえできない」
そう言うと、クリスは湖に手を触れ、静かに呪文を紡いだ。
次の瞬間、湖面が円形に割れ、下へと道が開いていく。
悠は喉を鳴らし、暗い水の回廊を進んだ。
水神殿は、静寂そのものだった。
青白く輝く柱が立ち並び、中央に巨大な水の球が浮かんでいる。
そこに、声が響いた。
『……人の子よ。我を継ぐ覚悟はあるのか』
水の球の中に、透き通るような神の姿が見える。
悠は前に踏み出し、真っ直ぐに見返した。
「覚悟はできてる。ジールを、倒すために」
水神の気配が揺れた。
次の瞬間、轟音とともに大量の水が悠を包み込む。
「——っぐ!」
肺が焼けるように苦しく、意識は暗転しそうになる。
『心を乱すな。己の魂が濁れば、水はお前を拒む』
悠は必死に目を開ける。
そこに浮かぶのは、クライスの姿——幻影だ。
「……おれが……弱音を吐けると思うなよ……!」
叫んだ瞬間、体の奥底から白い光があふれ出した。
水が収まり、悠は膝をついて息をつく。
手の甲には青い紋章が刻まれていた。
クリスが駆け寄り、目を見開く。
「やったな……水神の継承……成功だ!」
第18話 雷神の在処
――五柱の神を継ぐ旅・導入部(雷の神殿へ向かうまで)
崩れ落ちた街区に、まだ火薬の匂いが漂っていた。
ティード海賊団の強襲、ジールの暴走、そして――クライスの死。
悠は瓦礫の上に腰を下ろし、拳を握りしめていた。
脳裏に焼き付いて離れない。あの瞬間、ジールの刃がクライスの胸を貫いた光景。
(絶対に……終わらせねぇからな)
その時、夜空を裂くように白銀の影が降り立つ。
アルタイル騎士団の副官、リオラ。鎧に残る傷跡はそのままに、彼女は悠の前へ静かに歩み寄る。
「悠。あなたに伝えなくちゃいけないことがある」
その声は震えていなかった。もう悲しみに沈む段階を越え、決意だけが残っているように聞こえた。
「クライスは……まだ終わっていないわ。魂が完全に消えたわけじゃない」
悠は顔を上げる。
続く言葉を待つように息を止めた。
「ジールの魔術は魂を分断する性質がある。救い出すには、五柱の神々の力を“継受”しなきゃならない。ジールが狙ってるのも同じ……ただし目的は最悪よ」
リオラの目が、怒り混じりに細められる。
「五柱全部を手に入れて、“キングス”に吸収させる気。もし成功したら、この世界も異世界も……全部喰われる」
悠の背筋が冷える。
キングス――虚無そのものの怪物。
異世界で恐れられてきた滅びの象徴。
「だけど、逆に言えば……ジールより先に神の力を得れば、道はひらける。クライスを取り戻す可能性も」
その瞬間、悠の胸に渦巻いていた怒りが、はっきりと方向を持った。
これは復讐じゃない。救出だ。
そして、世界を守るための戦いでもある。
「行くさ。やるしかねぇ」
リオラは静かに頷く。
「最初に向かうのは――“雷の神殿”。五柱の中でも最も荒々しく、警戒心が強い神の領域よ。雷鳴の森を越えた先に神殿がある。でも……そこには神を守護する者がいる。簡単には通してくれないはず」
風が一陣、瓦礫をかすめる。
空のどこかで雷が微かに唸り、新たな旅路の始まりを告げるようだった。
悠は対異アーマーのバイザーを下ろした。
胸の奥に燃える決意は、もう揺らがない。
「案内してくれ。雷の神を……継ぐんだろ?」
リオラは無言で背を向け、歩き出す。
雷鳴の森へ。
その奥で――雷神を守る“新たな人物”が、すでに二人の到来を察していた。
第19話 ヴィータ
悠たちは雷鳴の森を抜け、ようやく雷の神殿へと到達した。
雲が流れ込み、空は低く唸っている。階段は古代の雷による刻印が走り、空気が鉄の匂いを帯びていた。
「やぁ、待ってたよ。世界をつなぐ能力者君」
神殿の階段中腹に、すたすたとブーツの音を鳴らしながら金髪の中年男が姿を現した。
腰にはくるくる回して遊ぶリボルバー。
佇まいだけは場違いなくらい軽い。
悠は反射的にブラスターを構える。
「……誰だ」
クリスが前へ踏み出し、鋭い眼光で階段の男をにらんだ。
「貴様、ここは神聖なる場だ。汚い銃口を下して失せろ」
金髪の男は肩をすくめ、悪びれるそぶりもない。
「つれないなぁ。そう言うなよ。僕はね、君がここに現れるのを十年も待ち続けたんだから」
「……十年?」
男は口元だけで笑った。
何か企んでいる目だ。
「たまに“世界を繋ぐ能力者”は見かけるさ。でも“勇者”を見たのは今日が初めてだ」
「何言ってんだよ」
男の笑いは深まるだけで、説明する気はない。
「僕はヴィータ。ティード海賊団の新人だよ。よろしくねぇ」
その名乗りと同時に、ヴィータはベルトのバックルに青いカセットを差し込んだ。
「チェンジ」
瞬間、眩い青光が爆ぜる。
光が収まると同時に、ヴィータの身体は蒼い装甲に包まれ、仮面には雷が裂いたような四本の亀裂が走っていた。
続いてヴィータはカードケースを開き、一枚の騎士のカードを抜き取る。
「いってらっしゃい」
カードがバックルに差し込まれた瞬間――
《デッドナイツ、召喚》
機械音とともに魔法陣が周囲の空間を満たし、そこからゾンビのような騎士たちが次々に起き上がる。
「魔獣?! こんなの見たことねぇ!」
ダグが後ずさった。
「気をつけろ。何をしてくるかわからんぞ」
クリスは剣を構え、瞬時に仲間の前へ躍り出た。
ヴィータは楽しそうに指を鳴らす。
「君は、こっちね!」
次の瞬間、悠の身体が宙を舞った。
ヴィータの動きは目にも見えない速さで、悠は階段上の石壁に叩きつけられる。
「ぐはぁ!」
肺の空気が一瞬で抜け、視界が揺れた。
「君はすでに水神の継受を済ませてあるらしいねぇ。君の仲間は僕の騎士に任せるとして……」
ヴィータはゆっくりと黄金のリボルバーを抜いた。
銃口が悠の額へ迷いなく向けられる。
「遊ぼうか?」
第20話 一方ニューヨークにて
悠たちが五神継受のため、異世界を巡る旅を続ける一方――
ニューヨークでは、別の異変が静かに進行していた。
ぷぷー、と無遠慮なクラクションが飛び交い、人々が絶え間なく行き交う摩天楼の街。
初夏の陽射しの下、アイスクリームを手にした幼い少女が、母親の手を握って歩いていた。
口元についたクリームを、母はピンク色のハンカチで丁寧に拭ってやる。
「ここで待っててね。すぐ戻るから」
そう言い残すと、母は通り沿いの銀行へと駆け込んでいった。
少女は素直にその場に立ち、アイスクリームをぺろぺろと舐めながら周囲を見渡す。
――その時だった。
人の流れの中で、不自然なほど鮮やかな金色の猫が、こちらをじっと見つめていた。
陽光を反射する毛並み。
まるで作り物のように整った瞳。
次の瞬間、猫はくるりと踵を返し、路地裏へと走り出す。
「待って!」
少女は反射的に声を上げ、猫の後を追った。
薄暗く、人通りのない路地裏。
その奥で猫は立ち止まり、そして――
そこには、一人の男が立っていた。
背は高く、船乗りのような服装。
潮と血の混じった、鼻を刺すような臭気が漂っている。
「やぁ、こんにちは。僕はジョージ。君の名前は?」
男は猫を肩に乗せ、にこやかに問いかけた。
「……キャサリン」
怯えながら、少女は小さく名を告げる。
「そうかぁ、キャサリンかぁ。かわいいねぇ」
男はにたりと口角を歪めた。
彼は懐から飴玉を取り出し、少女の前に差し出す。
「この飴はねぇ、僕が作ったんだよぉ。とある生き物の骨から抽出した成分を使っててねぇ。僕もよくわからないけどさぁ、あはは」
甘い香りがふわりと漂う。
少女は一瞬ためらいながらも、飴を受け取り、そっと口に運んだ。
「どぅ? おいし?」
「おいしい!」
無邪気な笑顔が浮かび、少女は男を見上げる。
「そっかぁ、よかった。まだまだ沢山あるよぉ。船においでぇ」
男の背後に、現実とは思えない光景が顕現した。
空間が歪み、異世界のゲートが開かれる。
その向こうには、どこまでも続く大海原。
「わぁ! 海だ!」
少女は目を輝かせた。
視線の先には、人骨で組み上げられた小さな舟が浮かんでいる。
「船においでぇ」
男は手招きをした。
「あなたの船?」
問いかけに、男は――
「アーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
虚空を見つめ、意味のない叫びを上げながら、よだれを垂れ流した。
「……でも、そろそろお母さんのとこ戻らないと! またね! 船乗りさん!」
少女が踵を返した、その瞬間。
「待ってぇ」
男は一気に距離を詰め、少女の腕を掴んだ。
抵抗する暇もなく、彼女はゲートの向こうへと引きずり込まれる。
何事もなかったかのように、空間は閉じた。
路地裏には、ただ静寂だけが残された。
――クライスがアメリカを去った現在。
この国では、正体不明の連続行方不明事件が急増していた。
第21話 独占された召喚獣たち
雷の神殿に、乾いた銃声が響いた。
くるくるとリボルバーを回しながら、乱れ撃ちで弾丸がばら撒かれる。
床石を削り、柱を穿ち、火花が弾けた。
「遊んでやがるな……」
吐き捨てるように呟き、走りながら弾道を読む。
紙一重でかわし続け、その隙を突いてブラスターを放った。
光弾が数発、確かに命中する――
しかし、青く輝くアーマーに触れた瞬間、すべてが弾き返された。
「……だったら」
足を止め、覚悟を決める。
「力貸せよ、水神!」
呼びかけに応じるように、空間が歪んだ。
蒼き巨影が悠の背後に顕現し、うねる水流とともにその身を現す。
水神リヴァイアサン。
神威が満ち、神殿の空気そのものが重く沈んだ。
リヴァイアサンは口を開き、鋭い光線を放つ。
一直線に走る水の神撃が、ヴィータを捉えにいく。
「君には、これなんかちょうどいいかな!」
余裕の声とともに、カセットテープがバックルへと差し込まれた。
――ダイジャ!
機械音声が鳴り響き、魔法陣が展開する。
スモーク山の主、大蛇ダイジャが姿を現した。
咆哮とともに、大蛇が水神へと襲いかかる。
だが――
勝敗は、あまりにも早かった。
神と怪物。
その差は埋めようもない。
リヴァイアサンは一瞬で距離を詰め、大蛇を丸呑みにした。
断末魔すら許されず、怪物の存在は水の中へと消えていく。
「ふむ……」
興味深そうに眺めながら、男は肩をすくめる。
「君たちは、なかなか実力がありそうだ。また遊ぼうよ」
銃を収め、周囲にいたデッドナイトたちは光となってカセットへと吸い戻された。
「消えた……!」
驚愕の声が漏れる。
「じゃあ、また遊ぼうよ。ウォーク能力者さん」
ベルトの側面にあるボタンが押し込まれる。
――緊急離脱システム起動。
機械音が流れた瞬間、空間が歪み、男の姿は跡形もなく消え去った。
雷鳴だけが、神殿に虚しく残された。
第22話 炎神フレイム
「……あ、あちぃ……!」
悠は額に滲んだ汗を拭い、耐熱加工のジャケットを脱いだ。
ここは炎の神殿。雷神の継受を終えた後、悠とダグたちは次なる神の力を求め、この地へ辿り着いていた。
足元には赤く揺らめく溶岩の湖。
その中心に、まるで忘れ去られたかのように、石造りの小さな祠が静かに佇んでいる。
そこに、炎神が祀られているという。
「……これが……」
ダグは慎重に歩み寄り、石碑へと手を伸ばした。
その瞬間、指先に鋭い熱が走る。
皮膚の表面が焼かれ、焦げる匂いが鼻を突いた。
「熱っ……!」
反射的に手を引き、息を吹きかけるダグ。
指先には、わずかに溶けた痕が残っていた。
「神様は……俺たちと話す気はあるのか?」
クリスが低く問いかける。
次の瞬間、祠の奥で沈黙していた石像が、重く軋むような声を響かせた。
「――エルフ……そして人間よ……。
よくもこの地獄を駆け抜けてきたな」
炎神フレイム。
石像の瞳に、赤い光が宿る。
「我の力を、そなたに授けよう……だが――」
「なんだよ。条件でもあるのか」
悠が肩をすくめて言う。
「光神ダイスが鎮座する、光の神殿がある。
そこが今、キングスグループの一派に襲撃を受けている」
「……なんだと」
クリスの表情が一気に強張った。
「我からの頼みだ。
この炎の祠を守り、そして光の神殿へ向かえ」
炎の揺らめきが、祠全体を包み込む。
その熱は脅しではなく、試すような圧を帯びていた。
第23話 砂漠の天空
ハッタン王国・上空
砂煙が止むことのない大地とは対照的に、雲海の上には息を呑むような光景が広がっていた。
白い雲を踏み台にしたかのような空島。
その周囲を、数隻の飛行小船が円を描くように旋回している。
――キングスグループ所属、ヨーヨー海賊団。
甲板に立つのは、ちょび髭を整えた大柄な男。
豪奢な装飾を施した服に身を包み、腹の底から余裕を滲ませる船長、ファットだった。
「ふふん……ここが光の神殿か。
探偵が来る前に、先回りして待ち伏せってわけだ」
武装した団員たちが、短く気合の入った声で応じる。
ファットは腰から垂らした巨大なヨーヨーを掴み、手首を回して重さを確かめるように振った。
その直後――
悠たちの小船が、雲を割って空島の縁へと姿を現した。
「……待ち伏せてやがるな」
悠が目を細める。
「やるか?」
クリスがダグに視線を向ける。
「好きにしろ。小物には興味ねぇ」
その瞬間、敵船の甲板で動きが走った。
「見えたぞ!構えろ、撃て!」
天空での砲撃が始まり、弾道が雲を切り裂く。
悠は舵を強く切り、小船を大きく旋回させながら、あえて敵船へ距離を詰めていった。
「おい!正気か!?
なんで敵船に突っ込む!」
「こうすんだよ」
悠は操縦桿を放り、船縁を蹴った。
次の瞬間、宙を裂いて敵船の甲板へ飛び込む。
「なんて野郎だ!
囲め、やっちまえ!」
団員たちが一斉に剣を振り上げるが、悠は躊躇なく踏み込み、拳と肘で間合いを潰していく。
一撃ごとに、敵の体が宙を舞い、甲板に転がった。
「……噂通りだな。
相当、無茶苦茶な探偵らしいじゃねぇか」
「そっちも似たようなもんだろ」
ファットは嗤い、ヨーヨーを振りかぶった。
重たい円盤が、唸りを上げるような気配とともに迫る。
悠は半歩引き、軌道を見切ってかわす。
「どうした!
その程度か、探偵!」
「最奥魔法――大車輪!!」
ヨーヨーが高速で回転し、質量そのものが凶器となって悠に襲いかかる。
「……馬鹿が」
悠は腰を落とし、踏み込む。
拳を腹部へ突き立てた。
ファットの体が大きく揺れ、息を吐き出すように膝を折る。
悠は間髪入れずブラスターを引き抜き、周囲を旋回していた小船へ狙いを定めた。
正確な射撃が次々と船体を貫き、飛行制御を失った船が砂漠へと落ちていく。
「掴まれ!」
ダグが船縁から手を伸ばす。
悠はその手を掴み、再び自船へと戻った。
眼下では、制御を失ったヨーヨー海賊団の一味が、砂の大地へ吸い込まれていく。
悠は無言で、それを見下ろしていた。
第24話 狩り
海賊を退け、光神ダイスの力を継受した悠は、最後の目的地――風の神殿を目指し、馬車を走らせていた。
「なぁんで俺が操舵なんだよ……」
先頭に座り、手綱を握るダグが不満をこぼす。数分前、軽い気持ちで始めたじゃんけんに敗れた結果だった。
「だが、この砂嵐だと馬がかわいそうだ」
クリスの言葉どおり、荒れ狂う風が砂を巻き上げ、馬車の側面を容赦なく叩いてくる。馬は足取りを乱し、喉を震わせるようなか細い鳴き声を漏らした。
「いくらなんでも無謀すぎるな。一度、そこの街に寄ろうぜ。レンタカーとか、なんかあるだろ」
「了解! じゃあ街へ向かう」
ダグは進路を変え、馬車を街道へと導いた。
ヘンリー街
街を覆う結界の内側に入った途端、外界の荒天が嘘のように遠ざかった。砂嵐は遮断され、人々の行き交う賑やかな町並みが広がっている。
その中で、王国兵士が悠たちに気づき、歩み寄ってきた。
「クライス王の使いですね。フロスト王がお待ちです」
兵士に案内され、彼らはラクダの背へと誘導される。
「えええええ、また乗るのかよ……」
「でも、操舵ではないみたいよ」
リオラの言葉に、ダグは渋々ながらもラクダに跨った。
こうして一行は、ハッタン城へと向かう。
ハッタン城・王宮
巨大な門が開かれ、ラクダはそのまま城内へと進んだ。広々とした王宮の奥、玉座に座する男が悠たちを迎える。
「来たか、若き勇者たちよ」
フロストは悠たちを静かに見据え、その存在を確かめるように言葉を続けた。
「神の力を集めているそうだな」
「なぜ知ってんだよ」
「俺も水神の力を継受している。使いこなせてはおらんがな」
フロストは小さく息を吐き、視線を上げる。
「水神から色々聞いた。クライスの危機とあらば、私も何か手伝いたい」
その瞬間、空気を引き裂くような衝撃が連続して走った。城壁の向こうから伝わる振動が、王宮全体を揺らす。
「キングスか!?」
「いや、おそらくジール海賊団だ。あの飛行船には見覚えがある」
フロストは即座に立ち上がり、声を張り上げた。
「戦闘態勢!」
「迎撃態勢!」
「よっしゃあああ!!」
戦闘狂のダグははしゃぐ
上空・ジール海賊団飛行船
「小僧共に神の力を渡すわけにはいかん。おまえら、砲弾をありったけ撃て!」
ティードは甲板に膝をつき、後方を振り返る。その先に立つのは、全てを見下ろすような視線を持つ男――ジールだった。
「ここから先は、俺たちの大勝負だ」
ジールは静かに告げる。
「始めるぞ。狩りをな」
第25話 舞い降りる
「探偵、いいか!今すぐ風神の継受に向かえ!ここは俺とクリスが食い止める!」
「こんな状況でか!?」
「風神を敵の手に渡すわけにはいかぬ。急げ!」
二人はそう言い切ると、空から降り注ぐ海賊たちへ迷いなく踏み込み、武器を振るった。
「お、おい……くそ!」
悠が声を上げた瞬間、飛行船から放たれた砲撃が地面を穿った。衝撃が結界を直撃し、街を守っていた防壁は耐えきれずに崩れ落ちる。
遮るものを失った砂嵐が一気に街へ流れ込み、視界と空気を塗り潰した。
悠の身体は爆風に弾き飛ばされ、民家の外壁へ激しく叩きつけられる。息が詰まり、意識が暗転した。
どれほどの時間が経ったのか分からない。
その静寂の中で、ひときわ強い光が揺らめいた。風神の祠が、まるで呼応するかのように輝きを放っている。
夢とも現実ともつかぬ場所で、低く、しかし確かな声が響いた。
――お主に力を授けよう。我らの国を、民を、守ってみせよ。
悠ははっと目を見開いた。右手に、微かな流れを感じる。指先を撫でるような、確かな風の存在だった。
立ち上がり、息を吸い込む。
次の瞬間、解き放たれた風が街路を駆け抜け、海賊たちをまとめて吹き飛ばした。
上空から、異様な影が降り立つ。
狼の姿へと変じた男が、砂塵を踏みしめて立っていた。
「小僧。今度こそ俺が始末してやる」
そう言い放つと、二連式のショットガンに手際よく弾を装填する。
引き金が引かれた瞬間、放たれた弾丸は悠へ向かった。しかし、風がその軌道を歪め、銃弾は虚空へ逸れていく。
悠は間合いを詰め、拳を叩き込んだ。衝撃に、男の首がわずかに傾ぐ。
一瞬の驚きが、その表情に浮かんだ。
「成長したなぁ!だが、まだまだだ」
紫に歪んだ魔力が拳に集中し、次の一撃が放たれる。悠の身体は再び宙を舞い、民家の壁を突き破って屋内へと叩き込まれた。
床に転がる悠の視界に、ゆっくりと迫る影が映る。重い足音が、家屋の中を揺らしていた。
首を掴まれ、強引に引き上げられる。
「……いい気分だ。貴様の肉を掴む感触はな。じわじわ苦しませてから殺してやる」
吐息混じりに言葉を落とし、男は大きく口を開いた。
その直前――
背後から鋭い水の奔流が突き刺さった。
男は体勢を崩し、悠の首から手を離す。
「ドルフィンズ……ウォーターキャノン!」
水で形成された光線が、背中を正確に貫いていた。
「……貴様らに未来はない」
男は体を立て直し、歪んだ笑みを浮かべる。
「ジール様の計画はな、メテオの魔導書の複製だ。そして今、それは完成した。今、この瞬間にも……隕石は落ちる」
「な、何言ってやがる……そんなことしたら、ハッタン王国は滅びるぞ」
第26話 砂漠の国の王
「そんなことはさせぬ!」
フロストの声が戦場に響いた。
その合図と同時に、兵士たちが一斉に前へ出て、ぞろぞろとティードを取り囲む。
フロスト王。
ハッタン王国の国王にして、かつてクライスと肩を並べて魔王討伐を成し遂げた盟友でもある。
「砂漠の王が何しにきやがった?」
ティードが嘲るように口角を歪める。
「まさか俺を殺しに? 笑わせるなよ」
「違うな」
「あ??」
「貴様を完膚なきまで叩き潰し、肉片をバラバラにしてやるんだ」
言い終わるより早く、フロストの身体が変質した。
鱗に覆われた竜人の姿へと変じた次の瞬間、視界が歪むほどの速度で踏み込み、拳を叩き込む。
ティードの巨体が空を切り、地面を転がった。
「早い……!」
「まだだ!」
フロストは間を与えず、最高速度で拳を叩き込み続ける。
空気が裂け、衝撃が連なってティードを押し潰していく。
「召喚術……ブラックボックス……!」
黒い宝箱の怪物が姿を現した。
口を開けたまま蠢き、周囲の魔力を吸い込もうとする。
「おい、まずいんじゃねぇか?」
悠が叫ぶ。
「あいつ、フロスト王を吸収するつもりか?」
だが、その懸念は一瞬で打ち消された。
フロストは信じがたい速さで間合いを詰め、ブラックボックスを殴りつける。
怪物は抵抗する間もなく吹き飛ばされ、瓦礫の向こうへ消えた。
「じゃあ、お前は狙わぬ」
ティードの視線が、悠へと向く。
「まずい!探偵!離れろ!」
フロストが叫んだ瞬間、魔力によって極限まで強化された銃弾が放たれた。
弾丸は悠のアーマーを貫通し、その身体を貫く。
フロストは悠を守ろうと必死に駆け出すが、間に合わなかった。
「悠!! おい!」
ダグが駆け寄り、すぐさま回復魔法を施す。
だが、悠が目を覚ますことはなかった。
――――
「……ここは……」
悠が意識を取り戻すと、そこは巨大な祠の前だった。
「よくぞ、ここまで戦った。見事であったぞ」
巨大な剣を構えた、鎧姿の存在が語りかける。
剣の神・ムート。
カイラですら従えることのできなかった、最強格の位にある神。
「我らの力を一つに……お主に秘密の力を授けよう」
「この力は、かつて勇者ルーシェへ授けた力だ」
ムートは静かに続ける。
「今度はお主が新たな勇者となり、平行世界の安定を図れ」
ムートは手のひらから、青く光る剣を取り出し、悠へ差し出した。
「これは……」
「目覚めよ! 新たなる勇者よ!」
第27話 新たなる勇者
「はっ!」
悠は反射的に身を起こし、胸元の傷口を押さえた。
だが、そこに痛みはなく、裂けていたはずの肉体は完全に塞がっている。
そして、右手には――
あの剣が握られていた。
「大丈夫か!? 何だその剣!」
ダグの叫びに、悠は一瞬だけ視線を向ける。
「……リンク」
その一言とともに、空間が歪み、アルタイル城へと繋がるゲートが開いた。
その先、医務室のベッドには、意識を失ったまま横たわるクライスの姿があった。
「剣……力貸せ」
悠は躊躇なく、剣を構えると、その刃をクライスの胸元へ突き立てた。
「何やってんだぁ!!!!」
ダグが絶叫する。
「クライスを殺す気か!!!!!!????」
ダグは慌てて駆け寄るが――
「む……」
クライスが微かに声を漏らし、ゆっくりと目を開いた。
そのまま上体を起こし、何事もなかったかのように立ち上がる。
「悠……戻ってきてくれたのか……」
致命傷だったはずの傷は、完全に消え去っていた。
「馬鹿な……ありえん……」
ティードが目を見開き、言葉を失う。
「アーマード!!」
クライスは即座にアーマーを装着し、そのままゲートをくぐる。
再び戦場へ戻り、ティードと真正面から向き合った。
「戻ってきたぞ、ティード」
クライスは剣先をまっすぐに突きつける。
――だが、その瞬間を見逃す男ではなかった。
「俺の勇者の剣だ」
転移魔法で現れたジールが、悠を蹴り飛ばし、勇者の剣を奪い取る。
「まずい!」
クライスが叫ぶ。
「ふはは! 勝負はお預けだ!」
ティードが高笑いする。
「また会おう! 兄弟!」
ティードもまた転移魔法で、ジールの待つ飛行船へと逃げ込んだ。
「おれの宿敵たちは、俺を止めることはできぬ……!」
「さぁ! 始めましょう!」
「メテ――」
ジールが言い切るより早く、空から一条の白が降り注いだ。
ジェットアーマーを装着したクライスが放った最奥魔法〈ホワイトアウト〉。
凍結と衝撃が飛行船を包み込み、機体は空中で砕け散った。
ジールの身体は、砂漠の街の中心へと叩きつけられる。
クライスは瞬時に距離を詰め、迷いなくその手足を切断した。
「選んだ国が悪かったなぁ!」
クライスは吐き捨てる。
「その顔面を切断してやる!」
剣閃が走り、ジールの顔面は顎から裂かれた。
ジールはそのまま動かなくなり、命を落とした。
「クソ……そんな……」
師範の死を目の当たりにし、ティードは言葉を失う。
「これで終わりじゃないからな……」
そう言い残すと、傷を負ったまま転移魔法で姿を消した。
――戦いは、終わった。
緊張が解け、誰もが安堵の息を吐く中、
悠は地面に突き刺さっていた勇者の剣を、静かに引き抜いた。




