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ChapterⅩ

第1話 アメリカ


 PM16時 アメリカ陸軍基地上空


 回転翼の唸りと振動が、金属製の座席を通じて隊員たちの体を揺らしていた。

 ダイは隣の黒人兵ナックスと肩を並べ、笑いながら談笑している。


「おいダイ、子供見せてくれよ!」

「お、ナックス!写真見るか?」


 ダイは迷彩服の胸ポケットからスマホを取り出し、画面を開いた。小さな笑顔がそこにあった。


「お、かわいいじゃん!女の子か?」

 左隣の眼鏡の兵士ワイドが身を乗り出す。

「よく分かったな、ワイド」

「俺、赤ん坊の性別を当てるのは得意なんだよ」

「ハイハイ」とナックスが茶化す。


 基地への帰投も間近――そのはずだった。


 ふと、ダイが窓の外を覗く。

「……なんだ、あれは」


 地上のはずの視界に、あり得ない光景が広がっていた。

 基地の真下、雪のような光が渦巻く巨大なワームホール。そしてその奥には、白銀の大地と、こちらを睨み上げる巨大な蛇――怪物の瞳があった。


「は? なんだよ、あれ……」

 ナックスの声が震える。


 次の瞬間、怪蛇が咆哮し、顎を開いた。

 ヘリ全体が激しく揺れ、鉄の悲鳴のような音が響く。

「うおおおっ!」


 怪蛇はワームホールの縁から首を伸ばし、鋭い牙で機体を噛み砕いた。

 重力が反転するような感覚。

 隊員の叫びがローター音をかき消し、ヘリはそのまま渦の中へと引きずり込まれた。


 ――ドカーン!


 雪原に叩きつけられた衝撃で、ダイは頭を座席に打ちつけた。

「……くそ……」

 視界がぐらつく中、ナックスの怒鳴り声が響く。

「全員、生きてるか!」

「頭が割れそうだ……」ワイドが呻く。


「武器を構えろ!」

 ダイの号令と同時に、後部の小窓が粉砕された。


 ぶわりと影が入り込み、兵士二人の体が尾に絡め取られる。

「うわあああ!」

 外へ引きずり出され、悲鳴は雪原に飲まれた。


「でかい……蛇……?」ナックスの声は震えていた。


 再び前方の窓が割れ、怪蛇が大口を開けて迫る。

「外へ出ろ!」


 ダイたちは飛び出すように雪原へ転がり出た。

 しかし、仲間の一人が尾に捕まり、骨が軋む音と共に丸呑みにされる。


「撃てっ!」

 M4カービンの連射音が凍てつく空気を裂く。弾丸が鱗を砕き、怪蛇がのけぞった。


「効いてるぞ!」

 残ったのはダイ、ナックス、ワイド、そして二名の兵士。


「グレネードだ! 足元を狙え!」

 一斉にピンを抜き、投げ放つ。

 ――轟音と閃光。雪が爆ぜ、怪蛇が悲鳴を上げた。


「やった……か?」


 しかし、怪蛇は低く唸り、喉奥が赤く光り始める。

「……来るぞ! 走れ!」

 閃光と共に爆炎が吐き出され、二人の兵士が一瞬で焼き尽くされた。


「投げ続けろ!」

 再び炸裂音。怪蛇は絶叫を上げ、雪原に崩れ落ちた。


 荒い息を吐きながら、ダイは銃口を下げた。

「……終わったのか」


「本部! 本部、応答しろ!」ナックスが無線を叫ぶが、返答はない。

 ワイドは焼け焦げた仲間の死体を見て顔を歪めた。


 その時――ナックスが空を指差した。

「……あれは?」


 雪原の空に、巨大な影が羽ばたいていた。

 鳥――だが、異様に鋭い目と、不気味な気配を放つ。


「きえええええいッ!!!」

 奇声と共に、バードリーが急降下し、羽から爆弾を三つ放つ。


 ――轟音。爆炎が雪を抉り、衝撃波が兵士たちを吹き飛ばす。


 ダイの視界が白く塗り潰され、意識は暗闇に沈んだ。


 雪山 捕縛地点


 意識の底から這い上がるように、ダイは目を開けた。

 背中には冷たい樹皮の感触。両腕は背後で固く縛られている。


「……ナックス!」

 声を上げると、すぐ横で同じく縛られたナックスとジェイドが、ぐったりと頭を垂れていた。


「クソ……何が起きた……」


 ――バサッ、バササッ!


 鋭い風切り音と共に、影が雪面に落ちた。

 上空から舞い降りたのは、猛禽の翼を持つ異形の男――バードリー。その足には、がっしりと掴まれた人影がある。


「きぇえええええ!!」

 獲物を地面に放り投げるように降り立つと、その人物は静かに立ち上がった。


 人間の姿をしたティード――しかし、その瞳は獣そのものだった。

 彼はコートの胸ポケットから葉巻を取り出し、指先で弄ぶ。


「火を」

「承知」

 バードリーが羽爆弾の先端に火を灯し、ティードの葉巻に近づけた。


 ジュッ――紫煙が冷気の中に溶けていく。

「……やはり、弱った家畜の前で吸う葉巻は格別だ」


「答えろ! ここはどこだ! 何が目的だ!」

 ダイが声を張る。


 ティードは視線だけを向け、低く言った。

「人間に教える義理はない。だが、お前にはやってもらうことがある。俺の言葉に従え」


「ヘッ……あんたら、何を敵に回したか分かってんのか?」

 ダイは口角を上げる。

「――あんたらが敵にしたのは、アメリカだ」


 ティードの表情は変わらない。ただ一歩、雪を踏みしめて近づく。

「その口が、どれだけ自分の首を絞めるか……まだ分からんのか?」


 次の瞬間、彼の輪郭が揺らぎ、筋肉と毛皮が膨張する。

 狼の姿――鋭い牙が吐息と共に覗いた。


「いいか。お前らは“世界最強”のアメリカかもしれん。だが、俺たちは“世界最悪”の海賊団だ」

 その言葉に、ダイの喉がごくりと鳴る。


「大統領と話したい。無線を繋げろ」

「無理だ。この場所じゃ電波は――」


「違うな」ティードは振り返る。「出ろ、ジャック」


 空間が歪み、透過していたジャックの輪郭が現れる。

「透過魔法、解除」


「世界を繋げろ」

「了解、船長」


 ビュン――空間が裂け、円形のゲートが開いた。

 向こうに見えるのは海と、そこに立つ巨大な像――自由の女神。


「これで無線は通じる。繋げ」


 米陸軍基地 司令部


 作戦室は騒然としていた。

 訓練中のヘリが忽然と消えたという報告に、隊員たちはモニターを睨みつけている。


「……一体何が起きている」

 CIA長官が椅子に腰を下ろし、煙草に火をつける。


「長官! 無線が入りました!」

「繋げ」


 スピーカーから低い声が響いた。

「陸軍のボスだな」


「……誰だ。何者だ」

「俺が誰かはどうでもいい。兵士の命が惜しければ、大統領を出せ」


「隊員たちは無事なのか」

「三人はな。他は……喰われた」


「……喰われた、だと?」

「さあ、どうする。今すぐ繋げなければ、その三人もすぐに同じ運命だ」


 長官は隣の大尉を見た。

「……大統領に繋げ。今すぐだ」


 ホワイトハウス 大統領執務室


 夕暮れの陽光が、マーク大統領のデスクを黄金色に染めていた。

 ジリリリリ――鋭いベル音が、静けさを切り裂く。


 受話器を取り上げる。

「……何だと? すぐに繋げろ」


 ボタンを押し、陸軍基地の無線チャンネルが開いた。


「大統領、相手を回線に乗せます」CIA長官の声。


 低く湿った声が響いた。

「よぉ、あんたがアメリカのボスか?」


「何者だ」


「キャプテン・ティード・ロード――海賊だ」


「海賊……?」大統領の眉がひくりと動く。


「三人の兵士と引き換えに、お前らの兵器をもらう」


「兵器……何の話だ」


「お前らの世界で最も破壊的な爆弾だ。三つだ」


「……核爆弾、か」


 背後でダイが叫んだ。

「大統領! 俺たちのことはいい、断ってくれ!」


 バシン――バードリーの羽がダイの頬を打つ。

「黙れ、家畜」


 ティードの声は淡々としていた。

「勘違いするな。俺たちの手にかかれば、お前の国など一晩で消える」


 そして、不意にくつくつと笑った。

「……いいことを思いついた」


「何だ」


「交渉材料を、見せてやる」


「……?」


「バードリー。あの女神を壊せ」

「御意!」


 羽爆弾が次々とゲートの向こうへ飛ぶ。

 ヒュン、ヒュン――ドカン! ドカン!

 自由の女神像が火柱と共に崩れ落ちた。


「やめろ!!」ダイが叫ぶ。

「なんということだ……」長官の声が震える。


「どうする、大統領? このまま侵攻してもいいが」


「……分かった、やめろ。それでいいなら核を三つ渡す」


「大統領!!!」


「だが条件だ。二度と我々の世界に手を出すな」


「いいだろう」


 翌朝 米陸軍基地 滑走路


 朝靄の中、三発の核弾頭が並べられていた。

 70名の重武装兵、戦車20両、上空には軍用ヘリが旋回している。


 記者を乗せたヘリが上空から状況を中継していた。

「信じられない光景です! 核の前に緑色の光が……」


 ビュン――光の中から現れたのは、二足歩行の巨大な狼。

「これはこれは、アメリカ国民総出での出迎えか」


 バードリーが羽でロープを切り、捕虜を解放する。

 ダイはナックスとジェイドに駆け寄った。

「無事か!」

「ああ、なんとか……」


「核を運べ! 隊員を救助しろ!」長官の声が飛ぶ。


「本当は何が望みだ、海賊!」大統領が叫ぶ。


「世界征服だ」


 大統領は目を細め、短く命じた。

「――ステルス迷彩を解除」


 瞬間、ティードたちの周囲を数十台の装甲車と兵士が取り囲む。


「本当に核をやると思うか?逃げ場はないぞ」ダイが笑った。


 ティードは一瞥すると、

「撤退だ、バードリー」


 二人の姿は転移魔法の光に包まれ、消えた。


第2話 新生活


 二週間後――悠は見事、退院を果たした。


 「……おきて」

 耳元に落ちてくる雪の小さな声に、悠はうっすらと目を開けた。


 古めかしい木の匂いが漂う六畳間。くたびれたカーテン越しに朝の光が差し込み、狭い居間ではルイと雪が並んでテレビを眺めている。


 「おじさん! そろそろ就任式の準備しなくていいの?」

 ルイが振り返り、嬉しそうに声を弾ませた。


 「わかってる……ふわぁ」

 悠は大きな口を開け、遠慮のないあくびをひとつ。


 ここが、彼らの新しい暮らしの拠点――東京の外れにある安アパート〈風鈴荘〉だ。探偵事務所を離れ、雪とルイと三人での生活を始めたばかり。どこか頼りないが、それでも“自分たちの家”を手に入れた喜びがあった。


 「さてと……」

 重い腰を上げ、制服に袖を通す悠。


 「いよいよね、悠」

 雪がそっと腕に抱きつき、微笑む。


 「あぁ」


 今日は、警察官としての就任式。山田が局長に掛け合い、局長直々のヘッドハンティングで任命が決まった。これで釜野たちと本格的に捜査へ乗り出せる。


 ――ピンポーン。


 「誰だよ」


 「いいよ! 私、見てくる!」

 ルイが勢いよく立ち上がり、玄関へ駆けていく。ドアを開けると、そこには見慣れた笑顔があった。


 「やぁ、私だよ」


 「所長……こっちの世界に来てたんですか」

 悠の声に、ロイスは肩をすくめる。


 「たまには顔を出すようにしてる。入っても?」


 ルイの小さな手を握りながら、ロイスが部屋へ上がり込む。


 「事務所のことは任せたまえ」


 「やっと真面目に働く気になりましたか」


 「いつまでも異世界に引きこもっていても、退屈でならないからね」


 ――数時間後、警視庁。


 壇上には釜野と山田が並び、その奥で長塚長官が悠に任命状を手渡していた。


 「おい、てめぇ。ご託はいいから、さっさと渡せよ」

 まるでチンピラのように長官へ噛みつく悠に、会場の空気がわずかにざわつく。


第3話 異世界事件捜査本部


 蛍光灯の白い光が、冷たく会議室の机を照らしていた。紙の擦れる音と、空調の低い唸り声だけが静けさを支配する。壁際には捜査資料が積み上げられ、煙草を絶ったはずの刑事たちの手元には、コーヒーの缶がいくつも転がっている。誰も口を開かない――山田の言葉を待っていた。


 「さっそくだが――最上組と犬神会の壊滅、そして最上圭介の確保を経て、下部組織の東島組が不穏な動きを見せている」

 低く抑えた声が響くと、張り詰めた空気がさらに強まる。


 「東島組? どんだけ下部組織があんだよ」

 悠が肩をすくめ、皮肉混じりに吐き捨てた。


 「銃火器を、例のブレイズから密輸しているとのことだ」

 釜野の報告に、場の緊張が一気に増す。数人の刑事が顔をしかめ、机の下で拳を握りしめた。


 ブレイズ――アメリカ裏社会を牛耳る巨大麻薬組織。最上組と盟約を結び、資金と武器を提供してきた影の黒幕。


 「アメリカに行く前に、まずそこを潰す必要があるってわけか」

 悠が低く言い、視線を鋭く光らせる。


 「その通りだ」

 山田が力強く頷き、椅子の背に拳を打ちつける。


 釜野が書類をめくりながら続ける。

 「しかも奴ら、反社会的高校生グループ――ブレイカーズを支援しているらしい」


 会議室にざわめきが走る。壁に貼られた写真には、制服の胸元をはだけた少年たちが、不敵な笑みを浮かべて写っていた。ナイフや鉄パイプを手にし、まるで自分たちを兵士か何かと勘違いしているかのようだ。


 「ただのガキの遊びだろ」

 悠が鼻で笑う。だが、その声にかぶせるように釜野が言い放った。


 「奴らを甘く見るな」


 「最上組に繋がる連中は、徹底的に叩くぞ」

 山田が椅子を蹴るように立ち上がり、机に両手を突いた。

 「放っておけば、異世界にまで影響が及ぶ。この件は、この世界だけの問題じゃねぇ。ここで食い止める。いいな、お前ら!」


 「応っ!」

 全員が一斉に声を張り上げる。机が震え、窓ガラスまで微かに揺れた。刑事たちの顔には疲労の色が濃く刻まれていたが、その瞳は鋼のように固く燃えていた。


第4話 雪国来訪


 アルタイル城――王宮。


 季節は巡り、王国には涼やかな秋風が吹き込んでいた。その風に乗って、遠き雪国レンダルからの使者が訪れる。


 玉座には王クライスが腰を下ろし、その周囲を固めるようにデジャヴの面々が並ぶ。広間の奥で重厚な扉がこんこんこん、と叩かれた。


 「入れ」

 クライスの一声に、がちゃりと大扉が開く。黒のロングコートを翻し、キザな雰囲気を漂わせた男が悠然と歩み入った。


 「お初にお目にかかります、陛下。私は雪国レンダルより、レンダ女王の使いとして参りました。ガーバット少佐と申します」


 場の端でギャバットが眉をひそめ、小声で隣のエリーに囁いた。

 「……わざわざこんなところに何しに来やがったんだ?」


 「さぁ」

 エリーが肩をすくめると、ハンドルが低い声で二人を制した。

 「二人とも静かに」


 「君の電報は拝読した。ティードが貴国に現れたそうだな」

 クライスの問いに、ガーバットはにこりと微笑み、芝居がかった動作で答える。


 「えぇ。女王陛下はその件について殊のほかご機嫌が悪くてね。何せティードは我が国で強盗事件を起こしました。それも――禁忌魔法《メテオ》の魔導書を奪って」


 広間の空気が重く沈む。クライスはしばし沈黙し、瞳を細めた。

 「……それで、私にどうしろと?」


 「女王陛下はあなたとの会談を望んでおられる。ティードの実の弟である、あなたと」

 ガーバットはゆっくりと歩き回りながら、両手を大げさに掲げる。唇には不気味な笑みが浮かんでいた。


 「あなた方の功績は女王も承知している。だからこそ力を貸してほしいのですよ。メテオの魔導書が盗まれた時点で、それはもはや我が国だけの問題ではない」


 「……」

 玉座に座るクライスの沈黙を破るように、ガーバットは身を乗り出し、挑むように囁いた。

 「来ていただけますね、クライス王?」


 「……ギャバット、私と来い。ほかの者はカイラとガルルを中心に、城の護衛に努めよ」


 「仕方ねぇな」

 ギャバットが舌打ち混じりに応じた。広間の空気は、これから訪れる嵐を予感させるように張りつめていた。


第5話 謁見


 アルタイル城から数日後――。


 クライスとギャバットは、レンダル国へ向かうため、少数の供を連れて北方の山岳地帯を越えていた。山々の稜線は早くも雪に覆われ、風は鋭く頬を裂くように冷たい。


 「……なんでわざわざこんな寒い国に行かにゃならねぇんだ」

 馬上のギャバットが肩を竦め、白い吐息を荒げる。


 「黙れ。これは我らだけの問題ではない」

 クライスはマントを翻しながら、前を見据えて言い放つ。彼の眼差しは氷原のように冷たく揺るがなかった。


 やがて、雪嵐の中から巨大な石造りの城塞が姿を現す。氷雪に閉ざされた大地の中心、白銀の女王が治める城――レンダル王宮だ。


 城門を抜けると、内部は外の荒涼とした寒気とは対照的に、荘厳な静けさで満ちていた。厚い絨毯が広がる謁見の間。天井から吊るされた氷晶のシャンデリアが、淡い青白い光を放っている。


 「レンダ女王、御前に」

 兵士の声とともに、扉が重く開かれる。


 奥の玉座に座すのは、白銀のドレスをまとった女王――アナスタシア・レンダル。冷徹な瞳は雪よりも鋭く、声は凛として響いた。


 「……よく来たな、アルタイルの王、クライス」


 「女王陛下。ティードの件での招きと承知している」

 クライスは片膝をつき、深く頭を垂れた。ギャバットは渋々ながら後に続く。


 「その通りだ。ティードは我が国の宝を奪った。禁忌魔法《メテオ》――もし奴の手に渡れば、この大陸全土が焦土と化すだろう」

 女王の声には怒りが潜んでいた。周囲の家臣たちも沈痛な面持ちでうなずいている。


 「……なるほど。だが、私に何を望む?」

 クライスの問いかけに、女王は立ち上がり、冷たい視線をまっすぐ彼に注いだ。


 「弟ティードを追え。血を分けた兄であるお前にしか果たせぬ役目だ。そして――必ず魔導書を取り戻せ」


 玉座の間に、氷を砕くような沈黙が落ちる。クライスはしばし目を閉じ、やがて低く答えた。


 「……承知した。ティードを討ち、禁忌の魔導書を取り戻そう」


 その声が響いた瞬間、謁見の間に漂う空気が変わった。王国と王国の命運を背負った、重い同盟の幕が、ここに下ろされたのだ。


第6話 ごろつき


 レンダル王宮を後にし、クライスとギャバットは王都の石畳を歩いていた。空は分厚い雲に覆われ、吹きすさぶ雪が視界を奪う。街並みは白銀に沈み、人々は毛皮をまとい、足早に家々へと消えていく。


 「……まるで亡霊の街だな。誰もかれも顔を隠して歩いてやがる」

 ギャバットが吐き捨てるように言う。


 「この寒さだ。余計な雑談をする気力も失せるのだろう」

 クライスは淡々と答え、雪に覆われた市場の方へと足を向けた。


 市場では、わずかな食糧や薪を売り買いする人々が肩を寄せ合っていた。その中に混じる、どこか場違いな影が目にとまる。黒いローブを羽織り、顔を隠した男たち――。


 「見ろ、あれだ」

 クライスが視線を送ると、ギャバットの唇が吊り上がる。

 「あぁ、間違いねぇな。あの臭い……剣呑なもんを隠してやがる」


 ローブの男たちは、人目を避けるように路地裏へと姿を消した。二人は距離を取って後を追う。


 やがて、薄暗い裏通りに足を踏み入れたとき――。


 「ここから先は通さねぇ」

 雪煙の中から現れたのは、若い男たちの集団だった。まだ年端もいかぬ顔立ちだが、手には鉄パイプや短剣を握りしめている。制服の上から無造作に革ジャンを羽織った彼らの瞳は、異様にぎらついていた。


 「……ゴロツキか」

 クライスの低い声が雪を裂く。


 「ただのガキどもじゃねぇな。目がマジで人を殺す目だ」

 ギャバットが舌打ちし、腰の剣に手をかける。


 若者たちは笑いながら、クライスたちを囲むように広がった。


 「よそ者が偉そうに歩きやがって……この国じゃ俺たちがルールなんだよ」

 リーダー格の少年が吐き捨て、ナイフを光らせる。


 雪国レンダル――女王の影で暗躍する不良集団。

 その存在が、いま目の前に牙を剥こうとしていた。


第7話 タッグ


 斧を振りかざしたごろつきの腕が振り下ろされるより早く、クライスの剣が閃いた。

 冷たい金属音とともに刃は斧の柄を叩き折り、その衝撃にごろつきの体は雪の上へ転がった。


 「なっ……!」

 仲間たちが目を見開く間に、ギャバットが一歩踏み出す。長い脚が雪を蹴り上げ、拳が風を裂いた。轟音と共に一人が石壁に叩きつけられ、呻き声を上げて崩れ落ちる。


 「遊びにもならねぇ」

 ギャバットが不敵に笑い、残ったごろつきを睨みつける。その目の圧だけで、数人が腰を抜かし、武器を投げ出した。


 クライスは剣を鞘に収め、冷然と告げた。

 「……次はない。立ち去れ」


 言葉に刃のような威圧を込めると、ごろつきたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。雪を蹴り散らし、暗がりの奥へと消えていく。


 静寂が戻った路地で、クライスは周囲を見回しながら呟く。

 「些細な障害だな……だが、こんな連中ですら妙に浮き足立っている」


 ギャバットが鼻を鳴らす。

 「裏で誰かが糸を引いてるってわけか」


 二人は視線を交わし、雪の匂いの濃い風を背に受けながら再び歩き出した。

 その足取りは、禁忌の魔導書を追う長い探索の始まりを告げていた。


第8話 痕跡の残影


 ごろつきを退けた後、クライスとギャバットは雪に閉ざされた街の奥へと足を進めた。吐く息は白く濁り、石畳を覆う雪には誰も歩こうとしない不自然な静けさがあった。人々は影のように道の端をすり抜け、視線を合わせることすら避けている。まるで、見えない恐怖がこの街を支配しているかのようだった。


 「……妙に静かだな」

 ギャバットの低い呟きに、クライスは無言で頷き、足元の雪を見下ろす。そこには黒々とした焦げ跡が刻まれていた。円形に走る紋様が幾重にも重なり、地面そのものが焼き爛れたように歪んでいる。


 「これは……」

 クライスは膝をつき、指先でなぞった。そこに残るのはただの炎の痕ではない。重苦しい魔力の残滓が、空間を震わせるかのように漂っていた。

 「……ティードの魔法だ」


 その名を聞いた瞬間、ギャバットの表情が険しくなる。

 「間違いねぇのか?」


 「奴は《メテオ》だけじゃない。破壊と混乱を好む魔術を数多く使いこなしていた……この痕跡は奴の癖だ」


 言葉を交わした刹那、近くの廃屋から小さな声が漏れた。

 「……ティード、って……」


 振り返ると、母親に抱きすくめられた子供が怯えた瞳を覗かせていた。母は必死に首を振り、震える声を上げる。

 「お願いです……関わらないでください。あの人に逆らえば、村ごと消される……!」


 ギャバットが一歩踏み出しかけたが、クライスが手で制した。

 「……十分だ。奴がこの地に現れたのは確かだ」


 そのとき、街の奥から突風が吹き抜ける。雪煙が渦を巻き、視界の先に黒い刻印が連なる道筋が浮かび上がった。まるで「こちらだ」と誘うかのように。


 「……追え、ギャバット」

 クライスの声音は冬の冷気よりも鋭く、抗いがたい命令となって響いた。


第9話 参上


 クライスは柄を固く握りしめ、森の奥へと足を進めた。木陰は深く、湿った土の匂いが鼻腔をくすぐる。

 彼の隣で、巨躯のギャバットは重い鉄槌を構え、低くうなり声を上げた。互いの呼吸だけが、しんとした空気を震わせる。


「強化魔法を発動しろ」クライスが短く命じる。

「了解」とだけ答え、ギャバットは両手で地を叩き、力を溜め始めた。やがて彼の身体を包むように、穏やかながらも確かな力の波が伝播する――強化魔法バーストの発動だ。


 やがて森が急に開け、視界に広い平原が現れた。だがそこは静寂とは程遠かった。ぬかるんだ地面の上に、ことごとく倒れ伏した人影が散らばっている。ティードの手下たち――無数の者が、一掃されたように動かなくなっていた。


「何があった──」クライスの声は震えを含む。

「クライス!」ギャバットが声を上げ、ひとつの方向を指さした。


 木の枝の上に、侍の姿があった。苔と影に紛れるその佇まいは、まるで風景の一部のように静かだ。鬼面を被ったまま、侍はじっとクライスを見下ろしている。


「貴様、何者だ!」クライスが剣を前に突き出す。

 侍は無言で、ただ冷たく首を振る。やがてその場に散っていた幹部の一人、偵察に出ていたジャックへ向かい、躊躇なく一閃した。


「ぐはっ!」ジャックが膝をつき、息を漏らす。続けて、残る手下たちがぞろぞろと姿を現し、クライスたちを包囲する。


「おい……ジャック、生きていたのか」クライスの問いに、ジャックは震える笑みを返した。

「くっくっく……ティード様のために、我らは死なぬ!」その声に怯えはなく、狂気に近い高揚が混じる。


 手下の一人が侍に喰ってかかる。「てめぇ、何者だ!」怒号とともに槍が振るわれる。すると、侍はゆっくりと面を外した。その素顔は誰もが予想しないほど若く、背中を伝う長髪を揺らす好青年の顔であった。


「おれは、ゲートウォーカーだ。覚えておけ」


 そう名乗ると、彼は腰のベルトに手を伸ばす。バックルには小さなカセットを挿入するための刻みがあり、侍は赤いカセットテープを取り出してそれを滑り込ませる。


「おい、おい、冗談だろ……」ギャバットが思わず漏らす。だが侍は笑わない。代わりに低く、一言だけ放った。


「見せてやる。チェンジ──」


 その言葉と同時に、彼の身体に不思議な音が重なり、まるで鎧が一枚一枚装着されていくかのように質感が変化していった。仮面には三筋、亀裂のような模様が刻まれていく。鎧が滑り込み、やがて彼は完全に別の姿となった。


「一体、こいつは何だ……!」クライスの吐息に混じる驚愕。周囲の空気がぎゅっと収縮する。


 笑い声が突然、辺りを満たした。ジャックを含む手下たちが腹を抱え、嗤い出す。

「はっはっは! こんなふざけた奴が、キング様を殺したってのか!?」彼らの嘲笑は獰猛さを増していく。


 その瞬間、豪速で侍が背後へ回り、笑っていたジャックの喉元を一閃する。鋭い刀が走り、ジャックは断末魔の呻きとともに地に伏した。


「ぐはぁっ!」最後の声が闇に消える。侍は冷たく、しかし確かな声で言った。

「おふざけかどうか、試してやる。来い。全て潰す──」


第10話 変幻自在


 怒号と血飛沫が入り乱れる森の広場、ゲートウォーカーはただ一人、無言で刀を振るっていた。

 剣閃が走るたび、海賊たちは悲鳴を上げる間もなく斬り伏せられていく。


 「てめぇ、化け物が!」

 怒声とともに数人の手下が一斉に襲いかかった。


 ゲートウォーカーはため息のように小さく息を吐くと、腰の図鑑を取り出した。

 厚い装丁のそれを開き、炎の紋章が描かれた一枚のカードを抜き出す。


 「少しだけ遊んでやる」


 金属音とともにカードがバックルへと差し込まれた。

 機械的な声が響く――火炎魔法、起動。


 次の瞬間、彼の右手から火炎が奔流となって放たれる。

 燃え上がる熱波が平原を包み、海賊たちは悲鳴を上げる間もなく炎に呑まれた。


 「貴様ぁっ!」

 煙の中から、ジャックが血走った目で飛び出した。両手にクナイを構え、獣のような勢いで跳躍する。


 ゲートウォーカーは冷ややかにもう一枚のカードを取り出す。今度は氷の紋章。

 再びバックルに挿入――氷結魔法、起動。


 瞬間、木々が凍りつく。霜が這い、世界が一瞬で白に染まった。

 ジャックの身体は空中で凍結し、氷像のように動きを止める。


 「こんなところか」


 ゲートウォーカーが刀を振り上げた、その刹那――


 ばりん、と鋭い音を立てて氷が割れた。

 血まみれのジャックが飛び出し、足をもつれさせながら後方へ跳ぶ。


 「今日はこれで勘弁してやる! ティード様に報告だ!」


 罵声を残し、ジャックは木々の間を飛び移って闇の中に消えた。


 炎も氷も跡形もなく消え、静寂が戻る。

 ゲートウォーカーはバックルからカードを抜き取り、変身が解除された。鎧が剥がれ落ち、侍の姿が露わになる。


 「受け取れ」

 彼は手にしていた魔導書をクライスへと投げ渡した。


 「なぜ助けた?……まあいい。おかげで奴らに奪われずに済んだ。礼を言う」

 クライスが低く呟くと、ゲートウォーカーはわずかに笑った。


 「忠告だ。この世界には、俺の他に世界を渡る能力者があと二人いる」


 クライスの表情が険しくなる。

 「……何が言いたい?」


 「一人は――お前たちが“探偵”と呼んでいる男だ。こいつは問題ない」

 ゲートウォーカーの目が鋭く細められる。

 「だがもう一人は、すでにティードのもとへ降った」


 「なんだと……?」


 「はっきり言っておく。もしそいつが目の前に現れたら、すぐに逃げろ。お前たちの手には負えない」


 風が止み、空気が凍りつく。

 ゲートウォーカーの声音には、恐怖にも似た重みがあった。


 「奴は、自分の目的のためなら、大衆の命など容赦なく撃ち殺す。拠点を転々としながら標的を狩る――雇われのガンマンだ」


 クライスが問い返そうとした時、ゲートウォーカーは背を向けた。

 「また会おう、強き王、勇敢なる兵士よ」


 その言葉を最後に、空間が歪む。

 眩い光が縦に裂け、異世界へのゲートが開いた。

 ゲートウォーカーは一歩、また一歩と光の向こうへ進み、やがてその姿を消した。


第11話 遺体逃亡


 ――その夜、アルタイル城・地下二階。

 冷気の漂う遺体安置室に、微かな呻き声がこだました。


 上下に真っ二つに裂かれたキングの死体は、大きな棺に収められていた。

 処理の時を待つだけのはずだった。


 だが、棺の中で肉片が蠢く。

 血に濡れた唇が、憎悪に歪んだ。


 「なめやがって……あの侍……!」


 かろうじて息の残っていたキングは、掠れた声で呪詛を吐いた。

 その瞳には、死者ではない確かな怒りの炎が灯っていた。


 ――同刻。


 遥か彼方、月明かりに照らされた広い海原を、一隻の黒い帆船が進んでいた。

 ティード海賊団が新たな拠点を築くため、無人島を目指している。


 ティードは舵を握りながら、暗い水平線を見据える。

 「……このあたりの海域にしよう」


 「けけけ! では、偵察を!」

 バードリーが翼を広げて夜空へ舞い上がる。

 黒い影が月を横切り、やがて島の上空を旋回した。


 「ん……?」


 彼は空中でピタリと動きを止めた。羽音が消える。


 ロックが甲板から叫ぶ。

 「どうしたバードリー! 何か見つけたのか!?」


 「ジール様! ジール様ですぞ!」


 ティードの目が見開かれた。

 「……なんだと?」


 次の瞬間、彼は舵を放り出して立ち上がった。

 「上陸だ! 急げ!」


 ――無人島の浜辺。

 焚き火の前で、壮年の男が笑い声を上げていた。

 炎に照らされたその顔は、懐かしい威厳と優しさを併せ持っている。


 「おおおおおおっ! ティード!」

 ジールの声が夜気を裂いた。


 ティードは船から飛び降り、砂浜を駆け抜けた。

 波飛沫を蹴り上げながら、師のもとへと一直線に走る。


 「師匠……!」


 ジールは両腕を広げ、若き弟子を迎えた。

 焚き火の横ではボーンズが静かに肉を焼き、笑みを浮かべている。


 「ははは! 人生は巡り合わせだな。まさかお前に、もう一度会えるとは思わなんだ!」


 「俺もですよ、師匠」

 ティードは涙をこらえるように笑い、背後を振り返る。

 「船に酒があります。……みんなで、一杯やりましょう」


 焚き火の火がぱちりと弾けた。

 師弟の再会を祝うように、夜の海が静かに潮騒を返した。


第12話 かつて


 かつてのティードは、馬鹿真面目で弟思いの、心優しい青年だった。

 アルタイル王国の国王候補としても第一人者であり、王国の中心で交友を深める仲間がいた。


 「今日は皆で訓練か? クライス、手合わせしてくれ」

 ティードは笑顔で剣を振るう。


 「おう、負けるなよ!」

 クライスが返す。

 その隣には、コロウもいた。

 そして、後に魔王討伐戦で命を落とし、世界を救った伝説の勇者カイラの母――ルーシェ。


 そして、ティードの心を強く惹きつけた存在、レイラ。


 「ティード……今日の練習、勝ったら一緒にお茶に行かない?」

 彼女の笑顔に、ティードの胸は高鳴った。


 だが、その幸福は長くは続かなかった。

 アルタイル――ティードの父によって、レイラは打ち首の刑に処される。


 「父上……なぜ、こんなことを……!」

 ティードの声は嗚咽と怒りに震えた。

 レイラは貧困層で、海賊が行う闇商売で民の生活を支え、家族を養っていたのだ。


 「ティード……好きだよ」

 レイラの最後の声が、彼の胸を打ち、心に深く刻まれた。


 復讐の炎がティードの中で燃え上がる。

 「父上……絶対に、許さない……!」


 後日、闇に差す影――ジールが現れた。


 「……お前、怒りと悲しみに飲まれている...そんな目だ」

 ジールの声は冷たくも、どこか救いの光を含んでいた。


 「……誰だ、貴様?」

 ティードは剣を握り締める。


 「俺はジール。お前の力になる。海賊団に来ないか? 全てを自分の手で掴み取れる世界だ」


 ティードの瞳が燃えた。

 「……地獄から、掴み取る…」

 心の底から、復讐の決意が湧き上がる。


 そこから、ティードは全てを焼き尽くし、喰らいつくす覚悟を固めた。

 「俺の手で……全てを食らってやる」


 火のように燃える瞳が、夜の海に映る。

 この復讐と渇望の物語は、海賊団とともに、無限の戦いへと続く。


第13話 変幻自在 PART2


 一方、ゲートウォーカーは暗黒のゲートをくぐり、海上の島へと姿を現した。


 「ふぅん……汚らしい煙の匂いがするな」

 彼は鼻先で嗅ぎ、微かに笑った。


 島では、ジールとティード海賊団が夜の宴会を楽しんでいた。

 焚き火の周囲には酒瓶が並び、笑い声と杯を打ち鳴らす音が混ざり合う。


 「ぎゃはは!」

 無粋な海賊の笑い声が島を包む

 ゲートウォーカーの声は暗黒の風のように冷たく、宴の空気を切り裂いた。


 「悪いが、奴が不在の間に、全員殺させてもらう」

 彼は静かに告げ、腰のバックルにカセットを差し込む。


 「チェンジ」


 鎧が音を立てて装着され、顔のマスクには三本の亀裂が走った。

 手には新たなカード――爆発魔法の札を取り出す。


 「爆発魔法、起動」

 機械音が起動の合図をして魔法が発動される

 

 ひゅーん、ひゅーん、と夜空を裂く音。

 海賊たちの頭上を、火球が無数に飛び交う。


 「侵入者だ!」

 一人の手下が大声で叫ぶ。しかし、その叫びも束の間だった。


 ゲートウォーカーの魔力は無限。

 いつでも、どこでも、この世のあらゆる魔法を使いこなす、まさに最強の能力者である。


 それでも彼は爆撃を止めない。次のカードを取り出し――


 「分身魔法、起動」


 光と影が交錯し、ゲートウォーカーは瞬く間に五十もの姿に分かれた。


 「驚くのはまだ早いさ」

 大群となったゲートウォーカーが、一斉にティード海賊団へ襲いかかる。


 「邪魔しやがって! ぶっ殺してやる!」

 ティードは叫び、オオカミの姿へと変身し、最奥魔法を解き放った。炎が口から奔流のように吹き出す。


 「結界魔法、起動」

 しかしゲートウォーカーは冷静にカードをバックルへ挿入し、火炎を防ぐ結界を張った。


 火と影の戦いの中、海賊たちは次々と斬り伏せられ、消えていく。


 「貴様ぁ! よくもキング様を……!」

 ジールが怒声を上げ、ツルハシを振るう。


 新たに築かれたティード海賊団のアジト――だが、その安全神話は一瞬で崩れ去った。

 ゲートウォーカーは島を歩き、全てを視界に収めていたのだった。


第14話 闇


 「らちが明かん!」


 ティードの声が夜風を切った。即座に手を打ち、彼はブラックボックスを召喚する。


 「飲み込め、ブラックボックス!」


 げべべばば――。奇怪な笑い声を上げながら、黒い箱は大きな口を開け、ひとつ、またひとつとゲートウォーカーの分身を呑み込んでいく。火球と影が飛び交うなか、箱の咆哮だけが凪いだ海に不気味に響いた。


 「もう出てきやがった…!!!」

 ゲートウォーカーが叫ぶ。だが箱に吸われたかに見えた影は、背後で新たなカードをバックルに差し込んでいた。


 「転移魔法、起動。」


 風景が歪み、ゲートウォーカーは閃光とともに姿を消す。潮の香りと焚き火の煙が戻り、静寂が一瞬だけ島を取り戻した。


 「ブラックボックスは厄介だから、ここは引かせてもらう。次に悪さしたら潰すぞ、ティード!」――その言葉を残し、彼は黒い裂け目へと消えた。


 砂浜に残された者たちは、荒い息をつきながら互いの顔を見つめ合う。


 「なんだったんだ、今のは」

 ジールが顔をしかめる。


 「やつめ。一体何者なんだ……」

 ティードが拳を握りしめると、バードリーが空を見上げて報告する。


 「今、キング様はアルタイル城の地下一階、遺体安置室に囚われておられます」

 バードリーの声が夜風に乗る。


 「そして、奴は今、雪国へバカンスに行っていると…」と誰かが続けると、甲高い声が海のかなたから響いた。


 「おれを助ける必要はない、ここにいる」


 水平線が震え、やがて巨大な影が姿を現す。空を裂いて現れたのは、ヴァイオレット号――キングが誇る、大海を覆うほどの大戦艦だった。


 「提督!!」

 ジールの瞳が見開かれる。


 キングは甲板を踏みしめ、砂浜へと降り立った。大きなブーツが砂を蹴り、煙が渦を巻く。


 「おれが死んだと思ったか? 残念ながら提督の座は誰にも渡さん」

 その低い笑い声が、夜を切り裂いた。


 キングはティードの頭をがしっと掴む。ティードは驚きと複雑な感情を押し隠しながら睨み返す。


 「久しいな、ティード。お前が生きていて嬉しいぞ。たとえ忌々しい人間どもによって作られたクローンだとしてもなぁ」

 キングの声には毒が混じっていたが、その指先の力は温かさとは程遠い。


 「さぁ!皆の者!戦艦に乗れ!」

 キングが号令をかける。瞬く間に各海賊団の旗が揚がり、焚き火の周りの空気が変わった。


 ――ゲイル海賊団、ヨーヨー海賊団、仮面海賊団、骸海賊団、七色海賊団。

 そして新たに加わるは、ティード海賊団。


 「俺たちは、キングスグループの船に乗る。ついて来たい奴はついて来い!」

 ティードが海賊たちへ向けて吠えると、荒々しい歓声が上がった。


 キングは宙を見渡し、冷たく呟く。

 「俺をこんな目に遭わせたあの侍を探せ。必ず復讐してやる。」


 ジールはすっと頭を下げ、命令を受け止めた。砂浜に立つ火と影の間で、新たな連合が結ばれ、復讐の歯車が静かに回り始めた。


第15話 10人の伝説


 ヴァイオレット号の最奥、黄金の装飾が施された船長室――。

 玉座に深々と腰を下ろすキングスの姿は、まるでこの世の支配者そのものだった。

 壁には奪い取った王国の紋章が並び、床には異国の絨毯が敷かれている。

 豪奢なその空間は静寂に包まれ、ただ波の音と船体の軋みだけが微かに響いていた。


 「ジール。」

 低く、鋼のような声が玉座から放たれる。


 「貴様が作戦を練れ。そして――ティードと共に、クライスと忌々しい侍にリベンジを下すのだ。」


 その言葉にジールは片膝をつき、頭を深く垂れた。

 「おおせのままに。」


 彼が船長室を出ると、厚い扉が重々しく閉まる。廊下には冷たい潮の匂いが漂っていた。

 ジールは無言のまま階段を降り、ティード海賊船の方角へと歩を進める。


 ――こん、こん、こん。

 ティードの船長室の扉を叩く音が夜気に響く。


 その背後で、波間に浮かぶ巨大な戦艦がゆるやかに揺れた。

 キングスは玉座に残り、独り、かすかな笑みを浮かべていた。


 彼こそが、いくつもの王国を滅ぼし、領地を奪い、富を貪り尽くした男。

 その歩みは血と火にまみれ、栄光の裏に無数の屍を積み重ねてきた。


 だが――それは決して容易なことではなかった。

 なぜなら、すべての王国には「勇者」と呼ばれる者がいたからだ。

 王の命により選ばれし戦士たちは、国を守るために剣を取り、兵を率いて戦場に立った。


 かつて、魔王と戦い命を落としたルーシェも、その一人だった。

 彼女は炎と光の魔法を駆使し、数多の怪物を葬り去ったという。

 しかし、その力をもってしても、キングスの前では塵に等しかった。


 キングスの力は――もはや“人間”の域を超えていた。

 圧倒的な魔力と戦略、そして何より、破壊を悦ぶ狂気。

 それらが渦を巻き、次々に勇者たちを呑み込んでいった。


 やがて、十の王国を守護していた勇者はすべて、キングスの手によって滅ぼされた。

 血の夜に王冠が落ち、城は燃え、そして静寂だけが残る。


 今、彼は再び立ち上がろうとしていた。

 忌まわしき侍――クライスへの復讐のために。

 玉座の上で、キングスはその目を細め、かすかに呟く。


 「勇者を殺すのは、いつだって快感だ。」


第16話 家


東京 浪野宅


 「はぁ……」


 薄暗い階段をのぼり、悠はボロアパートの鍵を回した。扉がきしむ音が、冷えた外気を連れて室内へ流れ込む。


 ――静かだ。いつもより、妙に。


 靴を脱ごうとしたその瞬間。


 「入らないで」


 雪の震える声が、悠の動きを凍りつかせた。

 ただならぬ空気に眉をひそめ、悠は部屋の奥に目を向ける。


 「……誰かいんのか?」


 暗がりの中、泣きじゃくり雪に抱きつくルイ。

 その二人へ無慈悲に銃口を向けているのは――ティードとジャック。


 ティードが一歩、靴底を軋ませる。

 「来い小僧。近くへ」


 「どうやって人間世界にきやがった……!」


 「これ以上、貴様ごときの都合で俺を煩わせるな。さもなければ――妻子を撃つ」


 声は静かだったが、殺気は空間の温度を一気に下げるほど濃かった。


 悠は息を呑み、両手をゆっくりと上げた。

 「わかった。わかったよ」


 ティードの瞳に灯るのは憎悪の炎。

 「覚えているだろうな……? 俺を……」


 その顔に、過去と怨恨の影が濃く浮かんだ瞬間――


 影が跳ねた。


 ジャック。

 気づいた時には遅く、背後に回った男が悠の腕を絡め取る。


 「くそっ!離せ! クソ忍者!」


 ティードは鼻で笑い、銃を悠へと向けた。

 「貴様を殺してやる。じわじわと苦しめてな」


 「悠!!!」

 雪の悲鳴をジャックが手で押さえる。

 「黙れ女」


 冷たく銃口が動いた。

 ティードは悠の右足へ狙いを定める。


 「まずは右足から頂こうか」


 指が引き金に触れた――


 ――轟音。


 アパートの壁が破れ、外の光が暴力的に流れ込む。

 瓦礫が散り、粉塵が舞い、そこに二人の戦士が姿を現した。


 「ダグ!」


 「ひゃっほぃ! 暴れるぜ!」


 ダグは水魔法を解き放ち、壁の穴から吹き込んだ風と共に空気を乱す。その勢いで悠の身体を引き寄せる。


 クリスの声が続く。

 「お二方、俺に掴まれ!」


 雪とルイの手を取ると、光の粒子が弾け、三人の姿が掻き消えた。


 ダグはティードへ冷笑を向けた。

 「残念だったな。俺らはとっくに自我を取り戻していたさ」


 「槍兵ごときが……!」


 「――エスケープ!」


 次の瞬間、ダグと悠の身体は転移の光に飲み込まれた。


裏路地・転移先


 薄暗い裏路地で、悠は荒い息を吐く。


 「すまん、助かった」


 ダグは首を横に振る。

 「いいんだ。それより大変なことがあった。これからクライスたちのいる城に戻りたい。できればお前にも同席してほしいんだ」


 その瞳にはいつになく真剣な色が宿る。


 「安心しろ。クリスがお前さんの奥さんたちは避難させてある」


 悠は大きく息を吐き出し、頷いた。

 「わかったよ。俺もいく」


 転移のゲートが再び開く。

 眩い光が渦を巻き、異世界への道が広がる。


 ――久しぶりのアルタイル王国へ。

 悠は足を踏み入れた。


第17話 陰謀


 「来たか……」


 王宮の玉座室。短い眠りから目を覚ましたクライスは、重々しく息を吐いた。月光が高い窓から差し込み、剣の刃に冷たく煌めく。


 扉が開き、ダグ、悠、クリスが入室する。三人の影が玉座室の床に落ち、静かな緊張を生む。


 「陛下、お待たせいたしました」

 クリスが一礼すると、クライスは彼の肩を強く掴んだ。


 「信じていたぞ……我が友よ」


 ダグが顎をしゃくる。

 「こいつの家がティード海賊団の襲撃に遭った。ほとんど事後処理だ」


 クライスの眉がきつく寄る。

 「そうか。やはり奴らは、すでに世界を渡る力を得ているのだな……」


 クリスが低く告げる。

 「奴は既にキングスの傘下に下った。これ以上力をつけられると、我々の手に負えなくなります」


 ダグの表情に暗い影が差す。

 「それに、奴は気になる話をしていた。でかい計画があるらしい」


 クライスは静かに頷き、促すように言った。

 「聞かせてくれ」


 ダグは息を整え、告げた。

 「奴らが次に狙うのは――アメリカだ」


 その言葉は部屋の空気を瞬時に変えた。悠の胸が激しく揺れる。これから最上組の捜査で渡航しようとしていた矢先のことだったからだ。


 クライスは黙って剣を取り上げ、月光に向けて掲げる。刃に反射する光は、まるで決意の火花のように鋭かった。


 「我が盟友の国を、あの下郎共に傷つけさせはしない」


 扉が再び開き、カイラ率いるデジャヴの面々、ロイスとグリスが入室した。誰もが表情を引き締め、戦の気配を纏う。


 クライスは声を張り上げる。

 「恐らく、史上最も長く、厳しい戦いになるだろう」


 その言葉に、兵士たちの息が一斉に詰まる。クライスは剣を高く掲げ、胸の奥で燃える決意を顕にした。


 「だが、我々は引くつもりはない。奴らに思い知らせてやるのだ。本当の王とは誰かを」


 刃が月光を切り裂き、声は玉座室に満ちた。兵士たちの喉が裂けるような咆哮とともに、力強い応援が湧き起こる。


 「うぉおおおおお!!」


 その声は、やがて王都の夜を震わせ、遠くの壁までも共鳴させるようだった。再び戦の幕が上がる。---


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