9.来訪
頭の打ち所が悪かったのか、それとも「キの病」の症状の一つのなのだろうか、私はしばらくの間は物事を深く考えられない頭になっていた、やはり医者は「焦らないように」という言葉を主要にして言い続けた、私はその様が妙に可笑しくて医者の前で力無く笑っていた、その様子を見るなり医者は怪訝な表情をしていた。
それでも私は肯定的に滅びたいという願望だけは漠然とながらに持続させていた、考えられない分だけ千代や経之助のことを想うようにしていた、頭の中で愛を注ぐことと肯定的に滅ぶことを結び付けることができずにいた、それでも千代や経之助に愛を注ぎたいと思っていた、それは純粋な想いの形だった気もする、奇しくも「キの病」により傷を負うことで私は“真実の愛”に近付いているような感覚があった。
雨の日は後遺症からか酷い頭痛に苦しんだ、そのせいか天気に対してより敏感にもなった、晴れた日は窓から廊下へと風の抜ける病室で快適に過ごした、私は相変わらず窓の外から流れてくる匂いや音に感動を覚えて過ごしていた。
日に日に私の意識は鮮明になりまた千代や経之助のことを想う以上に考えたりもしたが、結果として愛を注ぎたいと願うこと以上の信仰は無いように思われた。
そんな私の信仰心が報われたのが頭の傷を負ってから一週間が過ぎたある日の事だった、私が窓の外から流れる風鈴の音をぼんやりと聞いていると、なんと千代と経之助が見舞いに現れたのだった。
「大変だったんでしょう?」
と千代は言って私に見舞いの花束などを持ってきてくれた、私は早速に若い女の看護師に言ってそれを花瓶にいけてもらった。
「実にみっともないです」
と照れながら私は本心から言いつつ、その他にかけられた言葉や話から心配されていることや、特別な感情を抱いてもらっていることを強く感じとることができた、今回の一件で今まで私が注いだ愛が千代や経之助の中にまだ絶えずに残っていることを確証した。
話によると千代や経之助も大変だったらしい、検査の結果、千代の不治の病は進行が早いらしく、薬と検査がより一層増えたのだという、それを無垢に心配する経之助の母親譲りの黒く大きい瞳が揺れている様子が迫真であった。
やはり千代にも私にも時間が無く、その残酷さに耐えるほど経之助は成熟していないのだ、“焦ること”は禁物ではあるが事は迅速に進めなくてはならないのだと私は確信した。
しかし、私はその日その時に千代と経之助からの“答え”を求めなかった、私はそれを無粋で不寛容だと思ったからだった、愛の信仰心に背くと思ったからだった。
頭を打ちつけ、傷を負って死の淵を這いずり廻ってやっと“真実の愛”に近付いているように感じた経験があって、私はここ一週間で愛に信仰心のようなものを見出だしてしたのだ、それはある種の愛の奇跡を体験したような感覚でもあった、愛は信仰に値する感情なのだということを私は体験したのだった。
そして、それは私が脆弱であるが故に見出だした境地でもあった、脆弱だからこそ私は「キの病」によって頭部を自傷し、もがき苦しみ、その果てに“真実の愛”に近付いた感覚を得ることができたのだ、まだ、私は愛に見捨てられてはいなかったのである、肯定的に滅ぶことができるのである。
信仰心を見出だしたからには忠実かつ誠実でなくてはならないのだ、それが愛との向き合い方なのである、対峙方法なのである、信仰心を持って愛を注ぐことで私は愛を注がれる存在になれる筈である、そういった関係性を持った組織である家族となり得る筈である、そして、やがて肯定的に滅ぶことができる筈なのである。
千代と経之助が私の病室を去った後も私は若い女の看護師が花瓶に生けてくれた花を眺めていた、花の色彩から感じる体温のようなものを楽しんでいたのだ、それは白く無機質な病室でのオアシスのような存在であった、より美しくそこにあるように思えたのだった。
次に千代と経之助に出会う時はまた花を贈ろう、かの二人には一輪の独立した美しさのある花が似合うが、惜しみ無い愛を表現するのならばより分かりやすい花束にしよう、愛を込めて花束を贈るのだ、そして、その時に改めて家族となってくれるかを問いただそうと私は決心したのだった。
窓の外から風が吹く、どこからともなく風鈴の音が聞こえてくる、どこかで草刈りでもしたのだろうか、刈られた雑草の青々しい匂いもする、この街の気温からみた本来の夏は短いものだ、八月の半ばの一週間が苛烈な暑さとなり、後は長い残暑が続くのだ。
今年の夏はやはりこの病院で過ごすこととなるのだろう、だとすればやはり家族で過ごしたいと願った、それは私を生んだ嫌悪感に苛まれる呪われた家族とではなく、私と千代と経之助の三人による“真実の愛”の家族と共に過ごしたいと願ったのだった、私は愛の信仰心の名のもとに本心から強く、強く願ったのだった、それは願いと言いながらも決心でもあった。




