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7.悩み

 私は肯定的に滅ぶために愛に飛び込まなくてはならない、千代や経之助(たつのすけ)と共に家族にならなければいけない、後は私の覚悟一つである、いよいよ夏が本格的なものとなったその日、私は朝の病室で一人静かに決心を着けたのだった。


 また、その日の気温は記録的な猛暑となっており、中庭には人が一人としていなかった、さすがの私も中庭には出向かず、空調の効いた共有スペースのソファーに座り込み真夏日の外を眺めていた。


 程なくすると千代と経之助(たつのすけ)が現れ、私たちは「暑いですね」という会話から始まり、他愛のない会話をしていた、互いの体調の事だとか、医療保険の事だとか、来週からまた天気は下り坂だとか、私が買い与えたアイスキャンディーを頬張る経之助(たつのすけ)を交えたなら学校での話題だとかである。


 ふと、話と話の間に他意の無い沈黙が流れた、外では喧(やかま)しい程に蝉が鳴いていた、その瞬間に私は先ほどの決心を実行しようとしたのである、私はソファーから立ち上がり千代の車椅子の前でしゃがみこみ、目線をより低くして言ったのだ。


「千代さん、経之助(たつのすけ)君、私と家族になりませんか?」


 私は愛の中に飛び込んだのだ、愛“する”為に、ひいては私が肯定的に滅ぶためにである、私は続けて話を進めた、私の「キの病」が完治してこの病院を出た後には鉄工所での働き口もあり、千代の入院費や経之助(たつのすけ)の世話に関しても安泰であるということを、現実的なヴィジョンがあることを確りと述べたのだ。


 しかし、それは偽りのヴィジョンでもあった、病院を出た後に鉄工所での働き口があるのは本当だった、それに伴い千代や経之助(たつのすけ)への金銭的な援助も可能だろう、それでも私は肯定的に滅ぶのだから偽りのヴィジョンだと言えた、どんなに建設的な未来があろうとも、私には肯定的に滅ぶことが優先されることなのだった、肯定的に滅ぶといった観点からすれば結果として私もまた、この病院から生涯抜け出す事はできないだろうとも考えていた。


 また、私にはそれらの虚実のヴィジョンを公言するに対する罪悪感のようなものが無かった、肯定的に滅ぶと決心してからの私は一般的な道徳心のようなものを欠如させるスイッチを心の中に置いていたからでもある、そして、それらの大本の理由はやはりそれは私にとって肯定的に滅ぶことが何よりの最優先事項だったからである。


 私はここで焦りはしなかった、だから千代や経之助(たつのすけ)からの答えを先送りにするような配慮を見せた、「今すぐにとは言いません、良い返事を期待だけして待っています」とだけ言って、その日は大人しく自分の入院する病室へと帰っていったのである。


 しかし、私は病室で一人になると途端に不安の風に吹かれた、本当に“家族でよかったのか”という疑問に溢れ、一人悶々としていたのである、それでも私は決心を着けたのだ、愛に飛び込んだのだ、後は千代と経之助(たつのすけ)の答えを待つだけなのだと自分に言い聞かせたのだった。


 いや、寧ろ“家族でなくてはならない”のだ、愛を注ぎ、注がれるの関係を築くには家族しかないのだ、私には「キの病」によって、千代は不治の病で時間が無く、経之助(たつのすけ)には愛の経験が圧倒的に少ない、甘い恋愛劇を演じる隙など無いのだ、“真実の愛”で強く確実に結び付くにはやはり家族になるしかないのだ。


 “真実の愛”、幻想的な要素など無い現実的な感情表現である、“真実の愛”こそが肯定的に滅ぶ上で何より重要なのだ、私が千代や経之助(たつのすけ)に注いでいる愛だってそれなのだと自信を持って言える、愛が何かしらの現実ないし、事実を動かそうとする時、それは“真実の愛”でなくてなならないのだ。


 しかし、果たして千代や経之助(たつのすけ)と家族になったとして彼女と彼は私に“真実の愛”を注いでくれるだろうかという疑問が生じてしまう、私は“真実の愛”というものを感じたことが無いのだ、多分注がれたことすらないのだろう、容易い恋愛劇をこなしたことなら幾度とあった、それ故に“真実の愛”は遠ざかって行くばかりだったように思う。


 もし、千代や経之助(たつのすけ)が私に“真実の愛”を注いでくれなかったら?そもそも家族にすらなれなかったら?いや、より根本的な不安は私が“真実の愛”を理解できなかったとしたらどうするのかということである。


 私の不安は尽きなかった、夕食になると急激に食欲が落ちた、それは若い女の看護師や医者から忠告を受ける程だった、夕食を終えた後は更に深く悩んだ、それは「キの病」が原因の部分もあった、やはり医者に忠告を受けた、医者は決まっていたように「悩み過ぎてはいけない」と言うばかりだった。


 確かに悩み過ぎているのかもしれない、しかし、私には今悩んでいることが必要なことなのか、不必要なことなことなのかすら悩ましい問題となっていた、私は悩むことに疲弊して眠る癖のようなものがついていた、それは良くないことであったが、朝に目が覚めるとまた千代と経之助(たつのすけ)に会えるのだと思い、悩み事もふっとんでいったのだった。



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