3.愛
肯定的に私を滅ぼしてくれる存在、それ以前に私を肯定する存在が必要なのである、私は人間関係における肯定とは何かを考えた、それの最上は愛ではなかろうかと更に考えた、しかし、愛、愛である、もしも私が人生を感情のまま生き抜いたとして、愛は私に何かをもたらすものではなかったと言いきれるだろう、流行歌で容易く歌われながら万人が手にできるような幻想を持った愛というものは、私の人生においては信頼に値しない感情のように思えていた。
愛した女は数人はいた、ただどの恋愛も肉体関係を持てば持つほどに滑稽に萎んでいった、私は愛に対して年齢に伴わない稚拙な潔癖さを持っていることを憎く思ったこともあった、それでも私は愛に何かしらの知られざる感情の秘密のようなものがある気もしていた、現実と幻想の狭間で私の思い描く愛は擦り切れて血を流した、私の追い求めたる愛はこの地上には存在しないものだと私は決定付けていた、故に既存の愛に期待することを諦めていた。
それでも私は肯定的に滅ぶために今一度その愛なる感情に自己の運命を賭してみようとしているのだ、それは私にとってやはり疑心暗鬼の道であった、愛に対する疑心暗鬼の険しい道である、この道に勇敢に挑むことによって私は肯定的に滅ぶことができるのだろうかという輪を掛けた疑心暗鬼が私を更に考えあぐねさせた。
「キの病」は結果的に死に至る病でもある、そうなれば私には時間があまり無いのだ、肯定的に滅ぶ道のりは最短のものでなくてはならないのだ、私は果たして愛でよいものなのかと考えつつ、再び病院内を歩き始めた。
考えは纏まらなかった、それでも私は歩き続けた、やがて以前に卒倒した中庭へと再び私はやって来た、相も変わらず様々な人々がいる中庭の中で私だけが孤独なシャボン玉に包まれているようだった、かつての光に溢れた多幸感によって描かれた光景の一つとなり得ない自分を不幸とは思わなかった、今はただ「醒めた」感覚で一人静かに佇むばかりだった。
愛、もしも愛だとするならば、私は先ずはこの愛を注がなくてはならない、それが脆弱な私にできるのだろうか、それこそそれは私の命を賭けた愛となるだろう、決死の愛を注ぐ価値のある存在こそは私を肯定的に滅ぼしてくれる存在となってくれるだろうと私は考えた、そして、その為には人間的な出会いが必要であり、それは箱庭の病院内という環境下では中々に難しい題目であることも考えた。
私はいつもの中庭の中央に設置されたベンチに腰を掛けた、いつもの若い女の看護師が季節はもうじき本格的な夏になるというが、今日に限ってはその日差しが芳しくないのか少し冷ややかな風を肌に感じていた、その時だった、青空色の長袖の病ブラウスを羽織った私より幾分若い女性が歳にして十歳かそのぐらいの少年の押す車椅子に乗って現れたのだ。
二人は顔立ちも似ており、多分、親子なのだろうと私は思った、女性は病気のせいだろうか頬が痩けてはいたがその分鼻筋がくっきりとしており、その鼻筋を中央に左右対称に大きな目をして、薄い唇で微笑みながら車椅子を押す少年と何かしらの話をしていた、少年の声はまだ子供のそれで、私の座るベンチにまで通るような甲高い声だった、まだ夏らしい夏も始まっていないというのに肌は遠目に見ても焼けているのが分かった。
私はこの二人が私の座るベンチの前を通り過ぎようとした時に何気無く挨拶を交わした、そこで二人がやはり親子であること、女性は不治の病で入院しており、少年は祖母の家に預けられており、学校帰りの少年が毎日のように病院に会いに来て世話をしているということ、少し斬り込んだところの話で夫が死別しているということなどを聞いた、また、女性が千代、少年が経之助という名前であることを知った。
千代は病のせいか声が細く、それも美しいと思える美貌を持っていた、それを支えるように経之助が如何にも少年らしい通った元気のある声で話をした、車椅子のハンドルを握るその手つき一つを取っても、この母と子はとても強靭な愛で結び付いているのが分かった、私はその愛に羨望の眼差しというものをくれてやった。
そこで私は閃いたのだ、この二人の愛があれば私は肯定的に滅ぶことができるのではなかろうかと、この二人こそ、私の決死の愛を注ぐ価値のある存在ではなかろうかと考えたのだ、私は決定的なパズルのピースを見つけたような気持ちになった、やはり愛、愛だったのだ、私が肯定的に滅ぶ上で必要な存在は愛を持った存在、愛を注いぐことで肯定してくれる存在だったのだ。
私は全てを理解した、それは幻覚や妄想ではない、鮮明なヴィジョンを持っていたものだった、私を肯定的に滅ぼし、「キの病」を完治させるには千代と経之助の愛が必要不可欠なのである、その為にはまずこの二人に愛を注がなくてはならいのだ、私の決死の愛はこの二人のような純粋で強靭な愛を注ぎ合っている存在の為にあるのだ。私はこの二人を愛するのだ。




