13.人殺し
秋の日差しの中を千代や経之助と行く幸福とは程遠い天候の日だった、ただただ冷ややかなまでの無情の雨が降り注いだその日、私は「キの病」に足元をすくわれたように体調を崩し床に伏していた、私はまた洗面台の鏡を頭で叩き割った時のような何とも絶望的な精神状態にあった、全身に力が入らずただ少し首を窓のある右側に向けて外を眺めているだけだった、久しぶりの不調であった、千代は定期的な検査にかかっており、経之助はその付き添いだと言う、二人に合うことができないのがまた私を更に弱らさせていた、若い女の看護師は
「まぁ、そんな日もあるでしょうから、医者の言葉じゃあないですけど、焦らないことが大事ですよ」
などと言って私を励まそうとした、しかし、それは単なる励ましの言葉を越えた事実そのものであった、私はそれらの言葉を素直に聞き入れた、なに、私には家族がいるのだ、それを想えば「キの病」など恐れるに足らずである、ここは“焦らず”である、今日一日こうして静かに伏していようと考えていた。
千代や経之助と家族となって私は幾分とまた強くなれたと思っていたがそれは事実であった、こうして不調の際も思考は冷静にしてあるのだからである、私は精神内で「キの病」との付き合い方のようなものを千代や経之助との家族ありきではあるが、少しずつ体得していったのだった。
それでも私は肯定的に滅びたいと願っているのだ、寧ろ愛を注ぎ合う家族ができた今、機は熟したと言える、私は外の降りしきる雨を眺めながら考えた、この雨が雪になる前に私は肯定的に滅んでしまおうと、それらはきっと、意図も容易く行われるだろうとまで予測した。
私の本質はいくら愛を注ぎ合う家族できたとしても脆弱な「キの病」に伏している人間なのだ、誰かの手を汚さなくては滅びる事すらできない人間なのだ、ならばせめて肯定的に滅びたいのだ、その願いは終始一貫していた、千代には短くとも明日がある、経之助にはそれはそれは長い長い明日がある、だとしても私は二人の愛を持って肯定的に滅びたいのだった。
肯定的に滅ぶという目標の前では全ての愛は力無く消え去るだけである、私は千代や経之助のお陰で“真実の愛”に触れることができたかもしれない、それでも私は肯定的に滅ぶしかないのだ。
そんな事を考えていると私の絶望的な精神状態にあった思考が鮮明になってきた、それと同時になんと経之助の元気の良い声が聞こえてきたのである、母親である千代の検査の付き添いに来ていたが、その合間を縫って私の様子を見に来たというのだ。
若い女の看護師が病室を出ていって経之助と私の二人きりとなった、私は彼に千代の様子を尋ねたりしたし、千代が私の様子を心配していることを経之助の話から知った、また、私は秋の風に肌寒さを感じてしまうような時期だというのにその分だけ活発で明朗にある経之助が幾分ながら羨ましくも思えたのだった。
経之助はまだ男ではなかった、まだ男としての生き方が何足るかを知らないままで日々を放埒なまでの青さに身を任せて生きていた、ある意味では人生で一番の美しい瞬間にあった、また、その声は未だ甲高く、男本来のものではない、その甲高い声の鳴る喉はまだ突起しておらず、その首の細さから始まり体の全ての線がまだ弱々しくある、そんな経之助を眺めて私は肯定的に滅ぶという計画をより推し進める決断をした。
私は経之助に少し近付いて目を閉じるように言った、経之助にはその命令に対する疑いや怪しみのようなものが何一つとして無いようだった、それは今日までの関係の積み重ねが織り成した結果のようなものであった。
私はその関係が積み重ねた信頼を一気に崩すような暴挙に出たのである、経之助のその細く美しい首を力一杯を込めて締め付けたのである、それに驚き苦しむ経之助、しかし、私の手の中にその首はすっかりと収まっており、もはや声すら出すことができない経之助は最後に一滴の涙を右目から溢すとそのまま息絶えたのだった。
そのまま力無く病室の冷たい床に倒れ込む経之助を眺めて私は肯定的に滅ぶという計画の大きな前進を感じた、また私は計画の成功率の跳ね上がりのようなものを感じ、尚且つ手応えを感じてもいた。
それでも私にはまだ経之助に愛があった、冷たい床の上のその死体を私の代わりにベッドに寝かせると、花瓶に生けてあった花を一輪取り出して経之助の眠る枕元に手向けた、美しき少年の死と一輪の花は何かしらの絵画のような耽美な感触を私にもたらしたが、それは単なる幻想でしかないと思い直すと、私は病室を後にした。
私が廊下に出て暫く歩くと私のいた病室の方から女の悲鳴が聞こえた、多分だが経之助の死体を発見したのだろう、それは想定内の悲鳴であった、ただ私は何となくその悲鳴の主がいつもの若い女の看護師だと良いなと考えた、それに関しては特段に理由があったわけではなかった。ただ何となくという気持ちであった。




