14.Last Dance
私は経之助を殺した、その彼の体温がまだ掌の中に残っているような錯覚が心地よく残っていた、それを感じながら私は千代を探す事にした、人の流れが私のいた病室の方に向かっていた、これは警察が来るまでの間に相当な騒ぎとなるだろうと思った、私は悪戯に道行く人々に「何があったのですか?」などと尋ねてみたが、誰もが何も知らずに女の看護師の悲鳴があった場所へと向かって行くだけだった。
私は共有のスペースを通りがかった際に壁掛けの時計を眺めた、時間から察するに千代は検査を終えて病室へと戻っているだろうと考えた、私は千代のいるであろう病室へと向かうことにした。
私の思考、意識は明確に澄んでいた、窓ガラス越しに外の空を眺めると悠然と秋の晴れ空が広がっているのが見えた、私は全てが上手くいくような心地になりながら人の流れとは逆にひたすら歩いた。
やがてパトカーのサイレンの音が外から鳴り響いた、警察が到着したようである、私が入院していた病室という犯行現場から推測してその場から姿を消した私が容疑者となるのは当然だろうし、警察にかかれば私などの逮捕も容易いことだろう、問題はその前に千代と会わなくてはいけないということである。
第三病棟の三階に千代の病室はあった、私はそこを無言で目指した、パトカーのサイレンの音が鳴り響き病院内はどこも騒然となっていた、それはこの第三病棟もである。
私は私や千代や経之助が静かに愛を育んでいた光景には誰も見向きもしなかったのに、人一人、それも子供が一人殺されただけでこれだけの人間たちが意図も容易く騒然となるその光景を不思議と思っていた。
もしかすると騒然としている人々の大半が私のような“真実の愛”に辿り着けなかったのだろうかと思うと些か不憫ではあると思った。
そんな事を考えているうちに私はエレベーターを使わず千代の病室のある三階まで上り詰めていた、私は廊下を真っ直ぐ歩き、突き当たりの千代のいる病室まで辿り着いた、千代は車椅子に座り窓から外の騒然とした様子を眺めつつ、果物ナイフで果実の皮を剥いていた、その時の千代の横顔があまりにも美しくあり、私は必ずや彼女の愛をもってして肯定的に滅ぼうと思った。
千代は病室の入り口に佇む私に気付き、身体の具合を尋ねた後に外で何かがあったのかを尋ねたし、経之助の姿が無いことを心配していた、私は身体の調子は良く、経之助ならば死んだ、この騒ぎの原因はそれだとあっさり答えた。
千代は私の返答に愕然として皮の剥けた果実と果物ナイフを床に落とした、私にどう言うことなのかを問い質すと、私が経之助を殺した事を告白した、千代は混乱するばかりでひたすら私にどう言うことなのかと尋ねるばかりだった。
私は皮の剥けた果実を拾い上げてそれを何となく握り潰してみた、もはや私の掌には経之助の体温が残っていなかった、ただただ果実の蜜がべっとりと私の掌を汚したのだった、次に果物ナイフを拾い上げるとそのナイフを千代に突き付けて共に中庭に来てほしいとだけ言って半ば強引に車椅子を押して病室を出たのだった。
人の流れを掻い潜り私と千代は中庭に辿り着いた、千代にはまだ私の言った全てのことに確信が持てずにいるのだろう、確実に彼女は怯えている様子であった、私は車椅子の前にしゃがみこみ、頬を伝う涙を拭ってあげながら大丈夫だと言った、その後に私の事を愛しているか、信じているか、などと質問してやると無言で頷くだけだった。
その時のだった、「そこを動くな!」という警察官の声がしたのである、やはり予想通り私は容疑者として病院内部を捜索されていたのだった、私は数人の警察官らに包囲されていた、私は車椅子の背後に素早く回ると果物ナイフを千代の首に突き付けながら警察官らに動けばこの女を殺すというようなことを言った。
警察官らは私に一斉に銃口を向けた、私は果物ナイフで千代の首をかっ切るような仕草をしたその瞬間に数発の弾丸を食らった、そのまま千代に覆い被さるように体勢を崩すと血塗れの手となったまま千代に果物ナイフを持たせた、その手を握ったまま私の首元でナイフを刺し込ませた、千代の大きく黒い瞳が涙で潤んだ、すると光をより吸収して燦然と輝いた、警察官の一人が「いけない!」と叫ぶ、しかし、千代はその静止を聞かぬまま私の首に突き刺さった果物を横に滑らせたのだった。
これでいい、完璧だ、千代は私を愛し、経之助を愛した、その愛の中で私は破滅するのだ、これが肯定的に滅ぶということである、素晴らしい、私はここまでの過程で様々な愛の恩恵を受けた、“真実の愛”を抱きしめたのだ、脆弱で自ら滅ぶ力の無い私が他者の手を汚しながらも愛されて滅ぶのだ、あぁ、意識が遠退いて来た、何故だか先程握り潰した果実の蜜の匂いがする、千代は残されてこのまま短い生涯を送るだろう、私の事を忘れることもないだろう、「キの病」も死によって完治したと言えるだろう、ただ全てはもはや過ぎ去りし事だ、今はただ肯定的に滅ぶだけである、この魂なるものよ、安らかに眠れ。
END




