12.聖域
私たちは家族となった、とは言ってもそれは病院内における私と千代と経之助の三人の中での話であり、戸籍等の変更はなく、また互いに親類の顔合わせ等もしていなかった、私が「キの病」を完治させた暁には私が役所等に行って外の手続きをする手筈となった、それらの約束、誓いは私と千代と経之助の三人での秘密のものとなっていた。
秘密の家族契約はその機密性故に強固なものであった、私たち三人はそんな愛の関係性になめらかに滑り落ちるようにして強く結ばれた、私は千代がその自身の境遇に不安を覚え涙を流したならば静かに「大丈夫です」とだけ言って、親指で涙を拭い去り、頬に掌を当ててみせた、そうすることで千代は唇を一文字に強く結び、無言で頷いたのだった、強い絆は余分な言葉を減らし、行動で示すことを増やした。
経之助の愛を感じた事もあった、売店で毎回選ばせる一輪の花を私に寄越したのである、真夏の空の下、夏休みの時を駆け抜けて褐色に焼けた少年が私のために一輪の花を差し出した様子は実に健全美に溢れていて素晴らしかった。
その年の夏は私の人生で最も愛に溢れた夏となった、それは千代や経之助のお陰であった、二人は私の思惑どおり素晴らしい愛を私に注ぎ、もたらしてくれたのだった、私は肯定的に滅ぶという目標に対して静かにその階段を上っている実感を覚えた。
また、二人がもたらす甘さ無く芯の強さのある愛には真実味と現実味を感じたし、それ故に耽溺することなどなかったことが私をより安心させた、私たちは実質的に互いに愛を注ぎ合う理想的な家族となっていった。
“真実の愛”に溢れた家族、なんと素晴らしいのだろう、私はやっとの思いでその“真実の愛”なる境地に辿り着けたように思った、それは油断から来る達成感ではなく、充実から来る達成感であった、積み重ねた実感のある達成感であった。
その月は長い残暑が暦にへばりついていたよう高温多湿な日々が続いた、私はその暑さの中で冷えたオレンジジュースをよく飲んだ、経之助はソーダ色のアイスキャンディーをよく食べた、千代はトマトジュースをよく飲んだ、私たちは病院の中庭ではなく空調の効いた共有のスペースでよく話をした、窓ガラス越しの夏の空を眺めて「まだ、暑いですね」と言うのが毎回の話の始まりだった。
やがて空や日差しに秋の模様が現れる時期となってきた、私はそれを病室で一人感じて幾分センチメンタルな気持ちにさせられたがそれもまた悪くはないと思えた、そんな心理的情景を胸に留めて千代や経之助と共有しようと考えていたからである、私は心理的情景に基づいた季節の移り変わる様子を共有できる仲がいる幸福を噛み締めていた。
秋が本格的なものとなった、私たちは病院内の中庭を頻繁に散歩するようになった、秋の優しげな眩しさの中を三人で仲良く歩いた、千代の車椅子の車輪に紅葉した葉っぱが絡まったりもしたが、私や経之助がそれを払った、秋桜や金木犀を眺めて秋の色を感じたりもした。
千代にせよ、経之助にせよ、この時期は長く手を繋げた、掌が汗ばむ不快感が無かったからである、私はその事実から手を繋ぐと互いの体温が均一になる夢想をした、それは人間同士の原始的な愛の形を感じている証拠だったように思えた。
秋は愛にとって素晴らしい季節だった、愛を注ぎ合い、紡いで行こうとすれば無限にそれができそうな気持ちにさせられる季節だった、想いの際限のタガが外れたように私たちは尊重を持って愛を共有した。
病室で一人で孤独となる時間にこそ勇敢が必要となるほどに千代や経之助との時間には愛の充実があった、それ故に夕暮れ時の寂しさは筆舌し難きものとなった、だがしかし、そう言った時にこそ私は肯定的に滅ぶことを考えた。
私の支柱にあるものはあくまでも肯定的に滅ぶことである、千代や経之助と過ごす家族の時間はその過程に過ぎない、その事を強く念頭に置いて私は二人に愛を注がねばいけないのだ、また、人には愛が入り込む隙のような場所を作ってはならない部分が確実にある、そういったある種の聖域に私は肯定的に滅ぶということを思考する場所を設けていた。
聖域における私の在り方はひたすら渇きながらストイックであることである、それによって私の知は錬磨されていたように思う、そういった点で私は愛という感情を信奉までしておきながら最終的な部分では信頼できていなかったのかもしれない。
愛は時と場合によっては物事を曇らせ毒することがある、しかし、そんなような愛は愛に非ず、“真実の愛”は無限に清らかであり続けるのだ、だからこそ私は千代や経之助にその“真実の愛”を求めて愛を注いだのだろう。
最終的な部分で信頼できていなかったからこそ私は愛に人並み以上の強い幻想を持ち“真実の愛”なるものに固執していたのかもしれないと私は考えていた、それは“聖域”に愛を招いたような思考であり、実に際どい思考だったと私は思った。




