EP7:夜の街に出かける理由。
─────翌朝
昨夜、響也くんに言われた冷たい言葉と、最後に寂しそうに呟いた言葉がずっと頭から離れない。
結局一晩中、ポロポロと涙が止まらなくて泣き続けてしまった私。
憂鬱な気分で起きると洗面所に向かった。
鏡を見てびっくり…。
目は真っ赤に充血してパンパンに腫れ上がっていたからだ…。
はぁ…こんな日に限って休日だし…みんなにバレちゃわないかな……。
とりあえず…ちゃんとご飯作らなきゃっ
嫌なことを考えては、また悲しくなる気持ちに小さく頭を振って考えるのをやめた。
朝食を用意するためにキッチンへと向かう。
いつも通りトントントンと野菜を切っていると
最初に降りてきた碧くんが私の顔を見るなり目を見開いた。
「…おは……ええっ……!? 澪ちゃんどーしたのその目ー!! 誰に泣かされたのー!?」
碧くんが大騒ぎして私の肩をガシッと掴むと私の顔をマジマジと見てくる。
わわわ!さっそくバレてる…!!
と慌てていると、その声を聞きつけるようにしてリビングに入ってきた春琉くんも、私の顔を見るなり一瞬で目を見開いた。
「おい……。その目どうした…?」
二人の心配そうな声に、私は慌ててホワイトボードをつかむと、必死にペンを走らせて二人にホワイトボードを見せる。
【なんでもないです。 ちょっと寝不足で目が腫れちゃっただけです!】
私は心配させないようにニコリと無理矢理笑顔を見せる。
そんな私に、二人とも腑に落ちていない顔をした。
春琉くんは、私の顔を見て一瞬何かを考えると、春琉くんの顔がみるみる険しくなっていった。
そして春琉くんは
「……チッ」
静かに舌打ちをすると、リビングから出ていき怒ったような足取りで階段を登っていってしまった…。
そして、バァァアン!!
「おい!!てめぇ!!澪に何しやがった!!」
その響いてきた音と声に響也くんの部屋に行ったことを理解した私は慌てて春琉くんを追いかけた。
だけど、私は声が出ない。
二人をとめたいが、声の出ない私の存在に二人とも気づかず喧嘩がはじまってしまった。
私はオロオロと廊下で二人の様子を見ることしかできなかった。
扉の先で見えるのは、まだベッドの中で寝ていたであろう響也くんの布団を剥ぎ取り、春琉くんが怒鳴り声をあげている。
普段はクールな春琉くんが、見たこともないぐらい怒っていて、響也くんに今にも掴みかかりそうな勢いだ。
私のせいで…二人が…と思うと余計にオロオロしてしまったがどうにもできなかった。
突然部屋に押し入られてキレられた響也くんも一瞬で不機嫌な顔になる。
ベッドから春琉くんを跳ね除けると冷たく怒鳴り返した。
「……あ? うるせぇよ出て行けよ!! お前に関係ねぇだろ!!勝手に入ってくんじゃねぇ!!」
「俺昨日忠告したよな?!?」
春琉くんも響也くんに言い返す。
すると、響也くんが
「いいからさっさと出てけ!」
と乱暴に枕を投げつけるようにして怒鳴り散らし、無理矢理春琉くんを部屋から追い出した。
私はそんな二人のやり取りを見ていることしか出来なかった。
─────響也side
春琉の奴を部屋から追い出した。
途端に静まり返った俺の部屋。
俺は大きなため息をつくと、明るく乱れた髪をガシガシとかきむしりベッドの上に逆戻りして仰向けに転がった。
「……なんなんだよあいつ」
天井を見つめながら頭に浮かぶのは春琉の怒った顔じゃない。
澪のことだった。
あれだけ酷い言葉を投げつけたのに泣きそうな顔をして怖いくせに…
必死にホワイトボードを俺に向けてきた。
俺を心配してくれる澪の姿が頭から離れない。
それと同時にあいつと重なる…。
俺は大事にしまってある古びたテディベアのキーホルダーを取り出すと、ベッドの上でそれをぼんやりと見つめた。
あいつの言う通り俺の生活は荒れているように見えるだろう。いつからちゃんとした時間に帰ってないかなんて覚えていない。
夜な夜な俺はいろんな女と会っている。
俺はただ探してる女がいるだけだ。
見た目がそれなりにいい俺は、知り合った女どもにあいつに似た女がいないか探る。
その度に女共はベタベタしてくる。
くっさい香水の匂いを体に染みつかせて俺の腕に絡みついてくるから嫌でも匂いが移ってしまう。
いかがわしいことなんて一回もしたことない。
───俺が探してる女は昔…
俺の家の近所に住んでいて、体が小さくていつも泣き虫なそんな女の子だった。
だけど、やんちゃな俺がケガをする度に泣きそうな顔して走ってきては一生懸命手当をする。
俺が友達と喧嘩したりすると泣きそうな顔しながら俺の前に震える体で、前に出てきては必死になって庇う。
いつも何かある度に泣きそうな顔しながら必死に俺を助けようとするあいつの幼い顔を思い出すとフッと笑顔がこぼれた。
俺はあいつの健気で真っ直ぐな強さが、俺はたまらなく大好きだった。
俺の柄じゃないがあいつを喜ばせたくてあいつが好きそうなテディベアのキーホルダーをお揃いでプレゼントした。
あの時のあいつの喜ぶ顔も忘れられない。
喜ぶ時も泣き笑いしてたなーなんて思う。
だけどある日突然、あいつの両親の離婚が決まった。お別れを言う暇さえ与えられないまま、あいつはお母さんと一緒に突然この街から出ていってしまった。
テディベアのキーホルダーを渡して数日後のことだったのを覚えてる。
あの日、初恋はそこで終わった。
どこかで、奇跡的に再会できないかな。
そんな気持ちと一緒にテディベアのキーホルダーは奥深くに片付けていた。
そんぐらいの気持ちだった俺をこんなにも突き動かす出来事があった。
今じゃ俺は毎晩夜の街を彷徨っているが…元々夜に出歩いて探してた訳じゃない。
中学生の頃だった…親と喧嘩して探されるのが嫌で少し離れた夜の街の中をウロついていた時だった。
もうすぐ補導の時間が始まる夜22時になろうとしていた時…
俺と違う中学の制服を身にまとう色白で小さく華奢な女の子が、街の中を歩いている様子が異様だったから目に付いた。
暫く俺はそんな異様な女の子の後ろ姿を目で追っていると、その女の子がカバンを左手から右手に持ち替えた時に俺はある物に目がいった。
中学のカバンに付けているのは、俺が持っているのとお揃いの古びたテディベアのキーホルダーだった。見間違えるわけがない。俺がプレゼントしたそれを。
綺麗なカバンとはミスマッチで異様に目立っていた。
その瞬間胸の中がドキッと音を立て出した。
あいつのことを忘れてしまっていた俺は、目の前でそのキーホルダーを今でも大切にしてくれているあいつを思うと堪らなかった。
昔の大好きだった気持ちが一瞬で蘇ってきた。
あいつは今も昔も変わらずに純粋で真っ直ぐなんだ。それだけで俺が再び恋に落ちるのなんて簡単だった。
その女の子を必死に追いかけるが人混みと信号に邪魔されてその女の子をいつの間にか見失ってしまった…。
その日俺は急いで部屋の中の奥深くにしまってあったテディベアのキーホルダーを探し出すと、見つけられたことにホッとした。それからはいつもすぐ取り出せるように引き出しに閉まっている。
あれからずっとその夜の時間になると俺はあの日見かけた街の中で彷徨ってその女の子を必死に探す。
この街にいる女共と知り合えば、いつかその女の子に辿り着けるそんな気がして毎日こんなことを続けてる…バカだと思えば笑えばいい。
そして、今夜も俺は街に出かける…。
部屋を出て静かに階段をおりると、リビングから聞こえる澪の笑い声。
その声にそっとリビングを除くと、そこには碧と春琉、そしていつの間にか降りてきた律に囲まれながら楽しそうにふんわりと笑う澪の姿があった。
そんな暖かい笑顔が、俺の目に焼き付く。昨日俺が酷いことを言ったせいで少しだけ腫れてる目をしながらふわりと笑う姿は、俺の胸の奥をぎゅ…っと締め付けた。
「あいつのせいだ。調子狂う……」
少しだけ俺の好きだった女の子に似ている澪。
泣きそうになりながら震えながらも俺に食いかかって来る姿は、あの女の子を思い出させる。
俺は唇を強く噛む…俺の胸の中でまた葛藤が始まる。
ダメだ。俺が好きなのは、ずっと探し続けてきたあいつだけだ。あいつへの気持ちを裏切るような真似、俺のプライドが絶対に許さねぇ……!
「はぁ……そんな顔で笑ってんなよ……」
澪に惹かれるこの気持ちに蓋をして
掠れた声で切なく苦しそうにそう一言呟くと、俺はリビングのあたたかい光景と澪の笑顔から逃げるように視線を逸らした。
そして、俺は今日もまた冷たい夜の街へと出かけていくのだった。




