EP10:君を守るのは俺がいい。
次の日の夕方、寮のリビングには気持ちのいい夕暮れの日差しが差し込んでいた。
オレンジ色の柔らかな光に包まれながら、私はソファの横で床に座り、乾いた洗濯物を1つずつ丁寧に畳んでいた。
すぐ後ろのソファでは、春琉くんが寝転がって気怠げにスマホをいじっている。
洗濯物の擦れる音だけが響いていて、とても穏やかで大好きな時間。
「ただいまー」
玄関の扉が開き、聞き慣れた声が響いた。
昨日までは深夜まで帰ってこなかった響也くんは今日は当たり前のように早く帰ってきてくれた。
そして、響也くんはリビングに入ると、まっすぐ私の方へと歩いてきた。
そして、ストンと私のすぐ隣に腰掛けた。
私は、洗濯物を置きホワイトボードにスラスラと文字を書くと
【おかえりなさい】
と書いてニコリと微笑む。
響也くんは文字をじっと見たあと、夕日でキラキラとした明るい髪の毛と綺麗な顔をして私の隣で窓の外を見つめた。
そして、覚悟を決めた顔をすると私を見つめる。
あまりの距離の近さと響也くんのその綺麗な顔に少しだけドクンと心臓が跳ねた。
どうしたの?
と思ってホワイトボードを手に取ろうとする私をじっと見つめながら今まで黙っていた響也くんが口を開いた。
「……なぁ、澪。テディベアのキーホルダー誰に貰ったの?」
いつになく真剣な瞳で私を見つめる。
私は、ホワイトボードにテディベアの思い出をスラスラとペンを動かして書いていく。
響也くんは書き終わるのを隣で優しい瞳で見守ってくれていた。
【きょーくんって男の子から貰ったものです。昔いつも一緒に遊んでた男の子です。
だけど、私が両親の離婚で急に引っ越すことになっちゃって…お別れも言えないまま会えなくなっちゃたんです。だけど、今でもずっと大切にしている宝物です】
書き終えると響也くんにホワイトボードを見せて、私は昔を思い出しキラキラとした笑顔で笑った。
ホワイトボードをジッと見つめる響也くんの目がだんだん開かれていく…そして読み終わる頃には優しい笑顔になった。
そして、ポケットをゴソゴソとすると私の目の前に私と同じお揃いのテディベアのキーホルダーを差し出した。
その瞬間、私も目が見開いた。
……え?響也くんがきょーくん…?
呆然とする私に、響也くんは今にも泣き出しそうに懐かしむように…そして最高に愛おしそうな顔で私を見つめる。
そして、私の小さな体を優しく引き寄せるとぎゅっと強く強く抱きしめた。
今日の響也くんからは女の子の香水は何もしなくて…いつもの響也くんの匂いがして…そしてあの思い出のきょーくんだと思うと胸が締め付けられた。
「……そのきょーくんって俺のことだよ……ずっとずっと探してた…夜出歩いてたのも…澪を探してたんだ。隣町で中学生の頃22時頃にこのキーホルダーを中学のカバンにつけた澪を見かけたことがあって…その日から、その時間に街の中に行けばいつか会える気がしてたんだ…」
耳元で響也くんの切ない震える声が響く。
「気づかなくて昨日まで酷いことばっか言って……本当にごめん。……俺今度こそは澪のこと俺が絶対に守る……」
そっか…中学生の頃はたしかにカバンにつけてたな私。ずっと私の事探してくれてたんだ…。
なんで私って気づいたのかな…?
気づいてくれたから家に帰ってきてくれるようになったんだね。
その時だった。
「おい響也!!! 何どさくさに紛れて澪に抱きついてんだよ離れろや!!!」
ソファでスマホをいじっていた春琉くんが飛び起き、背後から近寄ってくると響也くんの肩を掴んで引き剥がした。
「チッ、うるせぇな春琉。今いいとこなんだよ、邪魔すんな」
「あぁ!? いいとこもクソもあるか! 嫌がってんだろ、そこをどけ!!」
バチバチと火花を散らして睨み合う2人の間で、私は顔を真っ赤にしたまま、ただただあたふたと立ち尽くすことしかできなかった。
──────────────…
春琉side
その日の夜。
時計の針は深夜1時を回っていた。
リビングのソファに転がると暗闇の中で何度も寝返りを打った。
だけど、モヤモヤしてついに大きなため息を吐いて頭を掻きむしった。
「……はぁ…クソ…眠れねぇ……」
頭の中に浮かぶのは夕方に見た響也と澪の二人の姿だ。
ずっと探してた?
俺が守る?
思い出すだけで、イライラして胸の奥がモヤモヤした。
お袋からあいつの過酷な過去を聞いて
俺が絶対誰よりも大切にする
と心に誓ったばかりなのにまさか響也の初恋の相手が澪だったなんて…はぁ…。
「あー、イライラする……」
喉が渇いて、むしゃくしゃする頭を掻きながらキッチンに向かった。
その時…パタパタっと階段を駆け下りてくる小さな足音がした。
そしてリビングに顔を出す澪。
「……あ…澪…起きてたのか」
俺が声をかけると澪は驚いたように目を丸くした。
それから俺の顔を見て何かを察したように優しく微笑むと、澪はすぐにキッチンへ向かった。
そして冷蔵庫をガサゴソと漁るとキッチンで料理をしだした。
しばらくその様子を見守っていると夜食を作ってくれたのか料理を差し出された。
【お腹すいて眠れないんですか?これ食べてください】
ホワイトボードを見せて、優しく微笑む澪。
その優しい澪の文字を読んで
「……さんきゅ…いただきます」
澪が俺の為に作ってくれたご飯は温かくて美味しくて………そして夕方の光景がやっぱり頭から離れなくて胸が締め付けられた。
やっぱり限界だった俺は
「……なぁ、澪」
後片付けをしようと席を立つ澪の手首を掴むと、澪はビックリしたように振り返る。
そして俺はその手を強く引っ張ると澪の小さい体を抱き寄せた。
驚いて目を丸くさせて固まる澪。
俺の腕の中にすっぽりと収まる。
澪の首筋に顔を埋め、不安を吐き出すように呟いた。
「……響也のとこ、行くなよ」
お前を…他のやつに取られたくねぇよ
「……っ」
「あいつが昔のきょーくんなんだろ……?あいつのとこ行くなよ……お前を見つけたのは俺だ…。お前をここに連れてきたのも俺だ…。それじゃダメなのか…?お前の傍で守るのは…俺がいい…。」
苦しそうな辛そうな俺の震える声が真夜中の静かなリビングに響いた。
はぁ…最悪だ情けない…。
すると澪は、その小さい腕を遠慮がちに俺の背中に手を回すと、俺を慰めるように背中を優しくぽんぽんっとしてきた。
「…はぁ…なんなの…あほ…」
鈍感な澪には、なんだか俺の伝えたいことは伝わってなくて俺が拗ねた口調になってそう呟くと…声は出ないが澪がくすくすっと笑う。
そして、俺から少し離れるとホワイトボードに文字を書き出す澪。
【寂しい時はいつでも言ってください。私がいつだってそばにいますよ】
俺にホワイトボードを見せてふんわりと優しく微笑む。
「…はぁ…まじで鈍感すぎ…。まぁ今はそれでいいけど…」
そして、俺は澪をグッと引き寄せると再び抱きしめて、澪の耳元に唇を寄せる。
「…俺の事、意識させてやるから覚悟しとけ…この鈍感」
そう言って俺はフッと笑った。
澪は目をパチクリさせた後、俺から目を逸らし頬を染めていた。




