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第5話 昇級試験と、蒼き氷の魔弾

 古代の魔導書を手に入れた翌朝。エルムの街がまだ薄暗い霧に包まれている頃、僕は宿の裏庭で一人、冷たい空気を肺の奥深くまで吸い込み、静かに魔力を練り上げていた。


 十年間、文字通り何万回と繰り返してきた基礎魔法の展開。

 指先に生み出したのは、いつもの無色透明な魔力弾――マジックアロー。通常であれば、ただ真っ直ぐ飛んで対象に軽い物理的な衝撃を与えるだけの、魔法の入門編とも言える術式だ。

 僕はそこに、昨夜古書から読み解いたばかりの古代の『付与術式』を重ね合わせる。そして、己の内に眠る六つの属性の中から、「火」の属性を強く、鮮明に意識する。


(古代の術式を介して、僕の持つ属性魔力を、この無属性の器であるマジックアローに『乗せる』……!)


 ボッ、と空気が小さく弾けるような音が鳴った。

 次の瞬間、無色だった魔弾が、淡い橙色を帯びてチカチカと明滅を始める。放たれたそれは、空中で小さな熱の軌跡を描きながら、練習用として立ててあった分厚い木標の表面に着弾した。

 ジュワッという音と共に、木標の表面が僅かに焦げ、白い煙がふわりと立ち上る。

 威力だけで言えば、本職の魔法使いが放つ本来の『火球』には到底及ばない。子供の火遊びに毛が生えた程度の熱量だ。けれど、属性を持たないはずの無機質な弾丸が明確な「熱」を帯びたという事実は、僕にとって世界が反転するほどに大きな一歩だった。


「……よし。まずはここからだ」


 僕は焦げた木標を撫でながら、確かな手応えに自然と口元を綻ばせた。

 直接放つことはできないそれらの属性も、マジックアローという安定した「器」に乗せることで、今の僕でも疑似的に扱うことができる。

 全属性適性という、両親から忌み嫌われ、自分でも持て余していた才能の「使い道」が、十五年目にしてようやく見えてきた気がした。


「シオン様、準備できました! 朝ごはんもバッチリです!」


 宿の二階の窓から、着替えを終えたリアが元気に顔を出した。

 今日は、冒険者ギルドでのランクアップ試験の当日だ。

 本来、冒険者のランクは依頼をいくつもこなし、地道な実績を積んで一つずつ上げていくのが通例だ。だが、昨日のシャドウウルフ討伐という中級モンスター撃破の実績が評価され、僕たちは特別にFランクからDランクへの飛び級試験を受けることが許可されたのだ。


 朝食を手早く済ませてギルドへ向かうと、建物の裏手に併設された広大な訓練場には、すでに数人の受験者と、それを見守る野次馬の冒険者たちが集まっていた。

 その中には、昨日僕の登録時に難癖をつけてきたボルグたちの姿もある。彼らは腕を組みながら、こちらを見てニヤニヤと笑っていた。


「おい、見ろよ。あのマジックアローしか撃てない坊主、本当に飛び級試験を受けに来やがったぜ」

「どうせまた、あっちの優秀なメイドの影に隠れて、合格の美味しいところだけを掠め取ろうって腹だろうよ」


 わざと聞こえるような声で下卑た笑い声が聞こえてくるが、今の僕にはただの心地よいノイズにしか聞こえない。

 受付カウンターの前では、クロエさんが少し心配そうな、けれどどこか期待に満ちた眼差しで僕たちを待っていた。


「準備はいいですか、シオンさん、リアさん。今日の試験官は厳しいことで有名な、Bランク冒険者のガルガスさんです。実力は本物ですが、口が悪いので……くれぐれも失礼のないように気をつけてくださいね」


 彼女が指差した先。訓練場の中央で腕を組んで立っているのは、全身を歴戦の傷跡が刻まれた分厚いプレートアーマーで固め、背中に巨大な大剣を背負った強面の大男だった。彼から放たれる威圧感は、そこらのモンスターよりも遥かに恐ろしい。


「お前がシオンか。……ふん、見たところ魔力もひどく細いし、体格もひょろひょろだ。そんなナリで飛び級とは、最近の若者は随分と威勢がいいもんだな。俺が若い頃なら、一日でゴブリンの餌になってるぜ」


 ガルガスさんは太い鼻を鳴らし、顎で訓練場の中央に置かれた巨大な黒い石柱――「魔導石の標的」を指差した。


「試験内容は至って単純だ。あの標的に向かって、お前が持てる最大の攻撃魔法を叩き込め。石の色が変われば合格だが……マジックアロー一辺倒の奴に、この石が動かせるとは思えんがな」


 周囲の冒険者たちから、くすくすと笑いが漏れる。

 この魔導石は、一定以上の魔力反応や物理的な衝撃がない限り、色が変わらない特殊な素材でできている。

 無属性で威力の低いマジックアローでは、百発撃ち込もうが通常、合格ラインに届かせるのは不可能に近かった。


「まずはリアさんから。いいですね?」


「はい! 行きます!」


 リアが一歩前に出る。

 彼女は愛用の杖を高く掲げ、目を閉じて深く魔力を練り上げた。周囲の空気が、彼女の魔力に呼応してチリチリと熱を持ち始める。


「『火炎よ、螺旋を成せ――火蛇フレイム・スネーク!』」


 空気を切り裂くような爆音と共に、彼女の杖の先から巨大な炎の蛇がうねりを上げて放たれ、標的に激突した。

 凄まじい熱風が訓練場を吹き抜け、野次馬たちが思わず腕で顔を覆う。炎が晴れると、黒かった魔導石は瞬く間に合格を示す鮮やかな朱色へと変色し、表面からは高温の陽炎が立ち上っていた。


「……ほう。三属性持ちという噂は伊達ではないようだな。威力、制御ともに申し分ない。合格だ、リア。お前ならすぐにCランクも見えてくるだろう」


 ガルガスさんは満足げに何度も頷き、そして、鋭い鷹のような視線を僕へと移した。


「さて、次は坊主。お前の番だ。メイドに助けてもらうことはできんぞ。一人で、自分の力だけでやってみろ」


 僕は静かに歩み寄り、熱の冷めやらぬ標的の前に立った。

 周囲の遠慮のない嘲笑、ガルガスさんの懐疑的な視線、そしてクロエさんの固唾を呑む気配。

 それら全てを意識の端に追いやり、僕は深く息を吐いて指先を掲げる。


(マジックアローを形成。……そこに、水属性の属性魔力を『乗せる』。まだ巨大な威力は出せない。性質を完全に変化させることだけに集中しろ……!)


 僕が魔力を練り始めた瞬間。

 訓練場の空気が、ふっと不自然なほど冷たくなった。


「……ん? なんだ?」


 ガルガスさんが目を細め、周囲を見回す。

 僕の指先に生み出されたのは、いつもの無色の魔弾。

 けれど、そこに古代の付与術式が重なり、水の属性が極限まで圧縮された瞬間、弾丸はパキパキと微かな、けれど周囲の静寂を引き裂くような凍結音を立てて蒼く染まった。


「行け」


 放たれた蒼い光条が、一直線に空気を引き裂き、魔導石に着弾する。


 パキィン!


 硬質で、冷ややかな音が響いた。

 粉砕こそしなかったものの、着弾した瞬間に魔導石の表面が瞬く間に白く凍りつき、合格を示す深い青色へと一気に変色していったのだ。先ほどまでリアの炎で赤熱していたはずの石柱が、今は冷気を放つ氷の塊と化している。


「……魔導石が、凍った……?」


 クロエさんが眼鏡を押し上げ、信じられないものを見るかのように絶句した。

 ガルガスさんは、目を丸くして標的に歩み寄り、凍りついた表面に恐る恐る触れた。


「マジックアローに……属性を乗せただと? 威力はまだ弱いが、これは紛れもない氷の性質だ。……バカな。マジックアローは無属性を維持するための術式だ。属性を混ぜれば反発して霧散するはずだぞ」


 ガルガスさんは驚愕を隠せない様子で、何度も僕の手元と石柱を見つめた。

 酒場で僕を馬鹿にしていたボルグたちは、何が起きたのか全く理解できず、唖然として石像のように立ち尽くしている。


「……合格だ。威力だけで言えばリアの火魔法には及ばんが、その『技術』はDランクどころではない。……シオン、お前、その魔法を一体どこで学んだ?」


「いえ、独学ですよ。マジックアローに属性を乗せられないか、ずっと考えて試行錯誤していただけですから」


 僕が淡々とそう答えると、ガルガスさんは信じられないといった風に大きく首を振った。


「考えてできるようなもんじゃねえよ。……まぁいい。約束通り、お前たち二人をDランクとして承認する。坊主、その珍しい技術、せいぜい大事に磨きな。使いようによっちゃ、とんでもなく大化けするかもしれんぞ」


「助言、ありがとうございます」


 僕が訓練場を去ろうとした時、背後から「おい、待てよ」と不器用な声がかかった。

 振り返ると、そこには昨日の登録時から難癖をつけてきたボルグが、バツの悪そうな顔で立っていた。彼の取り巻きたちも、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせている。


「……悪かったな、坊主。いや、シオン。どうせメイドのおまけだと思って馬鹿にしてたが、今のマジックアローは凄かったぜ。あんな魔法、見たこともねえ」

「ああ。もやしっ子なんて言って悪かった。……これからは、一人の冒険者として認めさせてもらうぜ」


 ボルグの仲間たちも、照れくさそうに頭を掻きながら続いた。

 僕は少し驚いたが、彼らの真っ直ぐな視線に、小さく頷いて返した。

 元々、彼らに悪気があったわけではなく、ただ実力至上主義の世界で生きる彼らなりの洗礼だったのかもしれない。純粋な強さや技術を見せれば、こうして素直に認めてくれる。ギルドとは、そういう場所なのだ。


 僕は一礼し、今度こそ訓練場を後にした。

 周囲の視線は、もはや嘲笑ではない。見たこともない未知の技術への驚きと、確かな実力を示した少年への称賛に変わっていた。


 ギルドからの帰り道、僕は自分の右手をじっと見つめた。

 今はまだ、マジックアローに僅かな属性を付与するのが精一杯だ。本職の魔法使いの足元にも及ばない。

 けれど、この「付与」の練度を上げ、より高度な術式を組み合わせていけば、いつか本職の属性魔法をも超える一撃を放てるようになるかもしれない。


「シオン様! やりましたね、二人でDランクです!」


「ああ、ここからが本当のスタートだね。頑張ろう、リア」


 一歩ずつ、着実に。

 十五年間停滞していた僕の時間が、ようやく動き出した。

 僕は最強へと至る階段を、一歩ずつ踏みしめていくことを改めて心に誓った。


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