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ダンジョン編

 


「ただいま戻りました」


「おぅ、おかえりプリースト。あのー、さっそくだけど東のダンジョンを制覇しに行きたいんだけどさ……」


「はい、僕の準備は万端ですよ」


「後ろに魔王いるよ!?」


 約束通り、僕は東のダンジョンに行くべく勇者の元に戻った。当然ながら背後には魔王を連れて。もちろん不本意であるが、僕の力では引きはがすのは不可能だ。

 ダンジョンから一番近い街の宿に集まったが、宿の女将さんは「あらあらイケメンねぇ」と笑うだけだった。

 そりゃこんな所に魔王が居るなんて思わないだろう。


「まぁなんとかなりますよ」


「プリースト、もうすっかり悟っちまったな……」


 そういう勇者も悟りの域に達していると思うが、あえて口には出さないでおいた。

 今回も彼の抜け毛と胃痛が心配である。


「うっわマジで魔王じゃん。ウケる」


「あらあら、困りましたわね」


 そんな中、明らかに面白がっているレンジャーと全然困ってなさそうな魔法使いが僕等のやり取りを見ていた。


「お久しぶりですわねプリースト様。お元気に……されていたとお聞きしてますわよ」


「お久しぶりです魔法使いさん。何を聞いたのかは聞かないでおきます」


「プリちゃんおひさー。おもろい事になってんじゃん」


「レンジャーさんお久しぶりです。人食い箱にはお気をつけください」


「食わせる気満々じゃんごめんって!」


 この減らず口をどう減らしてやろうかと考えながら、彼らの会話には無関心で僕の頭を吸う魔王を仰ぎ見た。


「魔王さん、ホントについて来るんですか?」


「当然だ。貴様は捕虜だからな、そう簡単に自由になれると思うな」


「寝る時は離れてくれません? 寝苦しいので」


「……」


「魔王ちゃん、がんばれ!」


 そして今回も、魔王に余計なアドバイスをするサキュバスのさっちゃんも同行している。

 魔王の保護者なんだろうか。ずいぶんといかがわしい保護者だ。

 ふよふよ浮いているさっちゃんを一応仲間に紹介すれば、レンジャーがいの一番に食いついた。


「うわ、さっちゃん美人じゃーん。ねぇねぇさっちゃん、俺とかどう? ちょっとぐらい精気吸われても俺平気だよ」


「おねんねはお呼びじゃないわん」


「おねんね……」


「さっちゃん老け専だから」


「精気食ったら死なねぇ!?」


 そうか老け専なのか。と、なぜ勇者がそんな事を知っているのかは疑問だが、また一つ無駄な知識が増える。

 フラレた事より衝撃的な発言のせいで落ち込む暇がなかったレンジャーは、気を取り直し次は僕に話しかけてくる。


「ところでさ、ホントに魔王もついてくんの?」


「そうみたいですよ」


「東のダンジョンに?」


「そうです、離れそうにないですしね」


「……俺達って東のダンジョンに勇者のエクスカリバー取りに行くんだよな?」


「えぇ、そう認識してます」


「……」


 レンジャーが言いたい事は痛いほど分かる。たぶん他のメンバーも同じ思いだろう。

 魔王を倒す為の剣を手に入れる冒険に、魔王がついてくるのか、と。


「まぁ良いではないですか。せっかくですもの、魔王様にも手伝っていただきましょう」


「自分を殺す武器を入手するのを!?」


 魔法使いが薄ら怖い事を優しい笑みで言うので、思わずレンジャーと手を取り合ってしまった。

 魔王が瞬時にレンジャーの手を払い除け代わりに自分の手を握らせてきたが、目の前の人物が自分を殺す準備を手伝えって言ってるのは無視なのか。

 手を払い除けられたレンジャーがどこか憐れみの目を魔王に向けながら、今度は勇者へ問う。


「勇者はなんで黙ってんだよ……てか目が死んでね?」


「お前もいずれこうなるんだよ」


「え、嫌だ」


 そんなこんなでダンジョンへ挑む事となった。もうどうにでもなれ、だ。


 * * *


 そんな訳で、ダンジョンの深部にまで来た。

 それはもうあっさりと。

 なんせ魔物が出ないのだ。ちらっと姿は見かけたが、魔物もこちらを見たら引き返してしまう。

 そりゃそうだ。魔王が同行してるんだもん。

 ゴブリンのようなヒト型の魔物は分かりやすく「え? え? 抜き打ち視察??」と戸惑いながら逃げていった。少し哀れだ。

 戦いがなければさほど時間はかからない。よって、散歩のようにあっさりここまで来てしまったのだ。


「レンジャー、罠は?」


「んー、それがさっぱりなんだよね」


 いつもならばどんなダンジョンでも多少なりとも罠があるのだが、それも今回はさっぱり無い。

 何故無いのか、心当たりは当然ある。

 僕は「拘束の為だ」と僕の手を握る(恋人繋ぎ)魔王に顔を向けると、魔王は反対に顔をそらした。


「……良いんですか? 僕らを優位に進めて」


「なんの事だ」


「魔王さんが私欲の為に職権を乱用している件です」


「ますます分からんな」


 知らないもん、とそっぽを向く魔王は教会でつまみ食いがバレた子供そっくりだ。


「もう……子供みたいですね」


「なに……?」


 幼稚な態度に思わず出た言葉を魔王は聞き逃さなかった。

 表情筋が死んでるのかと思うほどほとんど動かない魔王の表情が、ピクリと動く。

 さすがに怒ったのだろうかと視線だけ動かすと、


「お、俺の子が産みたいだと……っ」


 何でだよ。


「そんな事言ってません」


「言ってねぇな」


「言ってないですわね」


「言った事にしちゃえ♡」


「ひゅーひゅー! がふ……っ」


 つい拳が出たのは仕方ないだろう。僕のストレートをまもとに受けたレンジャーは勇者に「プリーストが殴ったぁっ!!」と泣きつくが、「レンジャーが悪い。ごめんなさいしなさい」と叱られていた。勇者がオカンに見えてきた。


 まぁ魔物が出ないのはこちらとてありがたい。

 なのでこれ以上余計な事は言わずにサクッと攻略してしまおう。

 そう思ったのだが、余計な事を言う人が他に居た。

 レンジャーではない。レンジャーも余計な事しか言わないが、それよりたちが悪いのが居る。

 サキュバスのさっちゃんだ。

 何やらさっちゃんが魔王に耳打ちをしていて、僕は慌てて引き剥がした。

 さっちゃんからのアドバイスがまともなはずないからだ。


「……何を言われたんです?」


「ふむ……」


「ふむ、じゃない」


 口元に手をあて考えている様子の魔王。

 ものすごく嫌な予感しかしなくて助けを求めるように魔法使いを見た。

 なんせ彼女、さっきからずーっと魔王に魔法を仕掛けている。

 火、水、雷魔法だけでなく麻痺や毒まで魔王にけしかけ、何が一番有効か検証しているようだ。お上品なほほえみを浮かべたまま。


「……」


 頼もしいを通り越してやや怖いが、助けを求めるなら彼女だろう。

 そう考えていたら、不意に魔王から握られていた手を離された。

 急に手が自由になり、どうしたのだろうかと魔王に振り返った時だ。


「おわっ、でぇぇええっ!?」


「プリーストッ!?」


 突然地面から生えてきた無数の触手に襲われる。

 足首を掴まれて宙づりになった僕に「ダイジョウブカプリースト!」と魔王のわざとらしい声が届く。

 おい、その手に持った目玉だけの魔物は何だ。

 どっから出した? そして何で僕に向けてるんだ?

 言いたい事は山程あるが、とにかくこの触手をなんとかしなくては……

 とは思うが補助が主な役割の僕ではどうしようもない。


「くそ……っ、切っても切っても生えてくるぞっ!」


「何これキメェ!」


 応戦してくれている勇者やレンジャーに攻撃力強化のバフをかけるが、いかんせん次からつぎにうねうね出てくる。

 せめて手元の触手ぐらいはなんとかならないかと逆さ吊りのままナイフで切りつけた。


「うわっ! 何……っ!?」


 すると、そこからピンクの液体が吹き出てきて、僕はまともに頭から被ってしまう。

 どう見ても害がありそうな液体に焦るが、いつまで経っても皮膚に異常は見られない。

 何だ見掛け倒しかと安堵して目を開けたら、


「ああぁっ!!」


 服が、それなりに頑丈なはずのローブが溶けていた。


「うっそこれ高かっ……うそぉっ!?」


 長く使えるようにちょっと奮発して買ったローブが、謎の液体がかかった所からじわじわ溶けていく。

 なのに皮膚や髪は無傷で、なんなんだこのエロオヤジが作ったみたいなモンスターは……っ


「ダイジョウブカプリースト!」


「うるせぇぇええっっ!!」


 相変わらずの心のこもらない声に怒りがつのる。

 魔王の手に持った目玉の魔物がカシャカシャ音を立てているが、それも後で根絶やしにしてやる!

 心の中で強烈に思うも、触手は容赦なく絡みつく。

 もういっそ自分を巻き込んでも良いから全部燃やしてくれ、と考え、そこでやっと魔法使いが参戦していない事に気づく。

 いったいどこに、と見渡せば、ちょうど鼻血を流し始めた魔王へ魔法使いが近づいてくる所だった。

 彼女は焦るでも恐怖するでもなく、いたって冷静に魔王へ告げる。


「こんな事をしては、プリースト様に嫌われてしまいますわよ?」


「っ!」


 途端に、触手が枯れ果てた。

 ぼとりと落とされた僕は、ローブを半分ほど溶かされベトベトした液体まみれのひどい姿で地面に這いつくばった。


「あらん、良い感じに仕上がったわねん」


 さっちゃんの嬉しそうな声が聞こえたが、もう顔を上げる気にもなれない。

 勇者やレンジャーから「大丈夫か……?」と気遣う声をかけられるが、それにも返事をする気力がない。

 だが、怒りの根源がのこのこ近づいてきたのを感じ取ったので、震える手で体を持ち上げ、視線だけをゆっくり向けた。


「プリ──」


「──金貨四枚……」


「ん?」


「金貨四枚したんですよ、このローブ……」


 僕が震えているのは怒りからだ。

 どうやらさすがの魔王にも多少伝わったようで、僕の恨みがましい視線に珍しくたじろいだ。

 そんな魔王を見据えたまま、僕は静かに言葉を続けた。


「弁償……してくれますよね?」


「ふ、ふむ……まぁ、哀れな捕虜に施しを与えてやらん事も──」


「じゃあ今すぐ街に行きますよ」


「……ふむ」


「ええー、魔王ちゃん、そのまま連れ帰ってエッチな事しちゃえばン?」


「プリースト! やはり貴様を捕虜として──」


「今すぐ街に行かないならもう捕虜辞めます」


「──街で好きなだけ買うといい」


 そう言いながらプリーストを横抱きにした魔王は、高度な魔法陣の中に消えていった。

 捕虜とは? の疑問と共に残された勇者達は、魔法陣の中に消えていったプリーストを唖然としながら見送るしか出来なかった。


「あらあら、プリースト様にも呆れますわね」


「……そうだな、あのローブ金貨二枚だっ──」


「わたくしなら金貨十枚と言いますわ」


「……」


「こえーよこいつら……」



【ダンジョン編、おわり】

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでいる画面からマイナスイオンが大発生。 大笑いして腹筋が鍛えられました。 捕虜辞めます発言←笑いのツボがキタキタキターッ!(笑) 勇者がさっちゃんの性癖を知っている理由は詮索しては…
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