第51話 僕らの街(その4)
「あ」
加藤が反応する。と同時に背の低い子も
「あ」
と反応する。
「多田さん、ですか・・・?」
加藤が遠慮しがちに聞く。
ああ、そうか。思い出した。パンフレットに載っていたブレイキング・レモネードのメンバー紹介だ。
多田康人さん。ブレイキング・レモネードのベーシストで、詩・曲の大半を書いている。自分でベースを担いでいるということは、会場まで歩いてきたのだろうか?
「多田です。きみらが4LIVEなんだね。無理言って出て貰って、ありがとう」
「え?」
‘無理言って出て貰って’、って、どういうことなんだろう。
「僕が‘ロック&ロック’の編集長にお願いしたんだ。是非生で観たいからって。‘杉ちゃん’のブログは新しい動画がアップされたら必ず見てたよ」
4LIVE全員が驚いている。今日の主役のご指名だったとは。けれども、背の低い子はとても嫌そうな複雑な顔をしている。
「申し訳ないけれども、みんなの話をずっと聞いてた。それで・・・僕はきみと少し話してみたいんだけど、いいかな?」
多田さんは、背の低い子にそう訊いた。「え・・・」と背の低い子はうろたえているようだが、黙って頷いた。
「ありがとう。きみは、さっき、普通に彼氏がいるって言ってたよね」
「はい・・・」
背の低い子はさっきまでぞんざいな言葉を放っていたのとは一転して女の子らしく応対している。相手を見て態度を使い分けるという、些末な部分だけは成長しているようだ。
「その彼氏とは結婚したいとか思ってる?」
「え・・・まだそんなの分かりません」
そう・・・と多田さんは少し考え込んで、まとまったのかまた話し始めた。
「もし、きみがやっていた‘いじめ’の話を彼氏にして、一緒になって笑い出すような彼氏なら、結婚しない方がいい」
「・・・・・」
「反対に、きみを叱り、全力で怒りを発する彼氏なら、結婚してもいいかもしれない」
「どうしてですか?」
背の低い子も、相手がお目当てのバンドのメンバーだということを横に置いて、挑戦的に問い返す。多田さんは穏やかな眼で背の低い子を見つめる。
「もし、きみと彼氏の間に子供が生まれたら、今のままの気持ちでいると必ず後悔する・・・
きみは子供に対して明かすことのできない‘秘密’を抱えたまま苦しむことになってしまう」
背の低い子は、自分を守りたいのだろう。必死に反論する。
「そんなことないです。恥ずかしい目に遭ったのは霊子の方です。わたしは、ただ・・・」
そこで言葉に詰まってしまった。多田さんは十分な時間の間隔を置いて、彼女に再び語り掛ける。
「今日、僕らのバンドを聴きにきてくれたんだよね。ありがとう。本当に嬉しい。
でも、僕は、4LIVEも素晴らしいバンドだと思う。アマチュアとかプロとか全然関係ない。僕は今でも小さなライブハウスで無名のバンドの曲を聴いて感動することがある。だって、ロックってそういうもんだよね」
背の低い子は納得し難い、という表情を示してはいるが、黙って聞いている。
「僕にはきみを責めるつもりもその資格もない。ただ、極端な話、犯罪者が作った曲でも感動することがあるのが音楽の残酷なところでもあり素晴らしいところでもある。
虐待する側が作った曲でも虐待される側が作った曲でも、等しく感動することがある。いい人とか悪い人とかいうことすら超越してしまうような、人間には理解しがたい不思議な力が音楽にはある。
4LIVEは君の大嫌いなバンドかもしれないけれど、それでも聴いてみて欲しい。後は、きみ自身が感じて決めることだから・・・」
僕は多田さんの言葉を聞いて、はっ、とした。
‘あいつらと同じ音楽を聴きたくない’
僕はずっと前からそうやって反対に‘あいつら’を見下していたのだ。
‘音楽は分け隔てがない’とか偉そうに考えていた僕自身が逆に差別していたのだ・・・




