第50話 僕らの街(その3)
マスターが僕たちを呼び止める。
「おい、咲の小学校の時の‘友達’が会いたい、って来てるぞ。どうする?」
マスターはあまりいい顔をしていない。心配するように付け加える。
「あまり性根のいい子達には見えなかったな」
咲の表情が明らかに変わった。何となく咲の心情の察しはつくが、僕はできるだけ軽い感じで咲に話しかけてみた。
「激励にでも来たのかな?」
咲は何の感情も無い言葉で答えた。
「小学校に、友達なんか、いない」
やって来たのはごく普通の三人の女子高生だった。
本番1時間前。
野外ロックイベントらしく多国籍料理の屋台も出ている公園の会場。開場となり客席にもそれなりの人数が集まり始めている。
咲の精神に打撃を加えようとするのなら、この上ない計算し尽されたタイミング。
僕に‘唾を吐きかけた’二人組がやって来た時のように、偶然の来客というものはありえないとよく分かった。この3人は来るべくして来た3人。この3人にどのように向き合うかで今後の咲の人生すら決まりかねない、そんな必然の来客。
3人の内、一番背の低い子が口を開いた。
「‘レイコ’元気そうだな」
咲以外の僕たちのことは完全に無視した話しぶりだ。それにしても、‘レイコ’とは?
僕はそんなことを考えながらテントの入り口の所を見る。そこには恐ろしく長身で細身の男の人がベースを肩に担いで立ち、じっとこちらを見ている。
どこかで見たことのあるような気がしたが、咲と背の低い子の一対一の遣り取りが既に始まっていた。僕は慌てて咲の表情を見守る。
「‘霊子’なんて久しぶりに呼ばれた・・・」
咲が、全く波立たない湖面のような静かさで呟く。‘霊子’。咲の人生の中で一番過酷だった小学校5・6年生の時の咲のあだ名。背の低い子は、ふふっ、と笑って咲を傷つける態勢に入った。
「お前らのバンドって、‘いじめられっ子’バンドなんだろ?今でもいじめられてんの?」
「ううん」
静かに首を振る。咲は僕にも心の中が読めないような冷静さで相手と対峙している。
けれども、相手は執拗に咲を攻める。
「お前には彼氏を作る資格もないからな。もし、彼氏ができそうになったら、お前の小学校の頃のことを全部そいつに教える。お前が受けた‘性的ないじめ’のことも、全部」
「いい加減にしろよ」
加藤がここで口をはさむ。
「何も知らない自分がああだこうだ言いたくないけど、君は小学校の頃から成長してんのか?小学生のままなのか?」
「はあ?」
相手は真顔で威嚇するように加藤に向かう。
「わたしらの方は成長する必要ないから。普通に彼氏もいるし。
それより、お前、知らないんなら咲の‘性的ないじめ’のこと教えてやろうか?
興奮するよ」
クールな加藤が熱くなっているのが伝わってくる。こめかみの筋肉の動きを見ると、右の奥歯をひびが入りそうなくらいに噛みしめているのが分かる。
「加藤、ありがとう」
咲はそういって加藤の腕を優しく掴み、背の低い子に改めて当事者として向き合う。
「別に、言っても構わないよ。事実だから」
咲の思いがけない答えに男3人は一斉に咲の表情を探る。とても、涼しい眼をしている。表情に一点の曇りもない。
逆に相手の方はやや怖い、恫喝するような表情に変わる。
「霊子のくせに上から物言うなよ」
「霊子でも白木でもどっちでもいい。わたしはこれから4LIVEの出番だから、言うなら言うで早く済ませて」
咲と背の低い子を見比べる。小学校を卒業してからわずか5年ほどの同じ時間を生きて来たはずの2人。でも、‘殴られ側’の意識のままでいたはずの咲が遥か先に進み、背の低い子は未だに12歳のままで足踏みしている。咲は背の低い子を完全に置いてきぼりにしている。どうしてこうなったのか?そう考えているのは背の低い子自身かもしれない。
「言ったら、こいつら、霊子と一緒に演奏する気失くすぞ?」
「うん。でも、あなた達が私に猥らないじめをしたのは事実だから。話されてバンドがバラバラになったとしても仕方ない。みんなには本当に申し訳ないけれど・・・
私からは話せないから、早く、みんなに話してあげて・・・」
そう言って、咲は眼を閉じた。自分の人生がここで分岐点を迎えたのだ、という覚悟を持って。背の低い子は顔面神経痛になったかのように顔の右半分が痙攣し、口を開こうとした。
「ちょっと・・・」
そこにいた7人以外の声がした。
ベースを担いだ、長身の男の人が僕たちの背後に立っていた。




