第49話 僕らの街(その2)
まるで宙に浮いたような感覚が会場入りしてから続いた。
さすがのマスターも感無量のようだ。
音合わせのためにステージに上がった僕たちは、まだスタッフがサウンドチェックをするだけのがらんとした観客席を前にやや手元が震える。
3,000枚のチケットは完売。前座の前座の僕らから満員になる訳ないとは分かっているが、それでも今までとはケタの違う会場に呑まれそうになる。どこまでやれるか。
リハーサルが終わった後、県内の出演バンドは控え室代わりのテントで談笑したりうろうろしたり、思い思いに過ごしている。僕らは何となくテントの隅っこの方で紙コップにコーヒーを注いで飲んでいた。そこへ新井さんその他3名が陣中見舞にやってきた。
「室田くん、頑張ってね」
新井さんの言葉はいつもながら本当に頑張りたくなるようなストレートさと説得力がある。これも人徳というやつなのだろう。
「咲ちゃんなら大丈夫」
杉谷の言葉は新井さん以上にストレートなのだが、聞く人を底知れぬ不安に導くのが本当に不思議だ。杉谷が大丈夫といっても大丈夫な気が全くしない。
「頑張れ!」
木田と柏も激励と‘勝利のVサイン’をしてくれた。
‘友達’ってありがたいもんだなあ、と生まれて初めての感覚を持った。
そこへ、歩く太陽のような子がやってきた。米田さきさんの登場だ。
「咲ちゃん!」
といきなり咲の両手を持ってぶんぶんと上下に振り始める。
「よかったね!今日が咲ちゃんの曲の全国デビューだよ!」
咲は、「さきちゃんは大げさだね」と言っているが、米田さんは構わず続ける。
「ううん、大げさじゃないよ。今日は‘ゲラゲラ動画’で生中継されるよ。全国の男子達についに咲ちゃんの曲と咲ちゃん自身のベールが開かされるんだから」
米田さんの可憐な容姿を初めて見た新井さんその他3名は驚愕の表情だ。咲一筋のはずの杉谷ですら目を丸くして米田さんを凝視している。
しかし、もっと動揺を隠せないのが新井さんだ。咲だけでも心配なのに、米田さんまで度を越した美人となると何とも落ち着かないようだ。米田さんは更に誤解を生みかねない言動をする。
「室田さんも全国デビューですね。室田さんの切ない歌詞と歌声で全国の女子はメロメロですよ」
「メロメロ・・・・」
近年聞いたことのないような恥ずかしい表現に思わず僕は反復してしまった。
「でも、実は一番メロメロになっているのはわたしなんですけどね」
米田さんが日常会話のような軽さでぽんぽんと発言する。咄嗟に新井さんの表情を見ると、びくっ、となった新井さんから「ガーン」という音が実際に聞こえてくるように思えた。
「ちょちょ」
そこに米田さんを気に入っている武藤が不用意な発言をすることで更に事態が複雑化する。
「室田のことを好きなのは新井さんなんだから、今更さきちゃんが割り込む隙間はないからね」
武藤はいつの間にか米田さんのことを‘さきちゃん’と呼んでいる。
予想もしない人物からの‘援護射撃’ではあるのだけれども、新井さんの動揺は益々深まる。
「はあ。でも、室田さんの歌はみんなのものですからね!」
米田さんが強引に‘オチ’をつけた。
みんなが大人しく観客席に戻った後、とうとう‘必然の客’がやって来た。




