第48話 僕らの街(その1)
11月の最終週の金曜日。朝、僕ら4人はそれぞれの高校へ普通に登校し、授業を受け、昼から早退した。夕方のjoy pop in たかい本番のためだ。
「何なら公休にしようか?」
先生方が揃って言った。Joy popは、鷹井市が大々的にバックアップしているいわゆる‘町おこし’の切り札だ、と普通の大人は思っている。僕らは‘公休’扱いを断った。
‘音楽’はこの世で数少ない‘誰にとっても分け隔てのない楽しみ’という感覚が僕らにはある。
貧乏でも、頭の中に楽曲が浮かぶ。殴られている瞬間にも旋律をなぞることができる。勇躍するようなメロディー、甘酸っぱいメロディー、ただひたすら美しいメロディー。不幸だろうが幸福だろうが一切関係ない。ベートーヴェンは耳が聞こえずとも世界中の、時代を超えた僕らのような小僧どもまでにも、ジャジャジャジャーン、と殴りつけるようなメッセージを伝えてくれた。
そんな‘誰でもお構いなし’の音楽を‘公のもの’なんて言った途端に興醒めだ。ましてやロックは‘お構いなし’の最たるもののはずだ。僕らは、自分たち自身の都合で休みを頂くのだ。
昼過ぎ、ポピーに集合。全員、Tシャツにジーンズにスニーカー、上に薄手のごく普通のセーターを着たただそれだけのステージ衣装だ。ステージ上で暑くなればセーターを脱いでTシャツになるだけ。髪も全員いじっていない。咲はただ真っ直ぐな黒髪。男3人は起きてからブラシも入れないいつものぼさっとした髪の毛。
それでいい、と僕らもマスターも思った。
会場の県庁前公園はポピーのアーケードをひたすら真っ直ぐ数百メートル歩いて突っ切ったところ。大き目の機材は先に運んである。僕らはポピーでのリハのリハを終えると、ギターとベースを肩に担ぎ、スティックを手に持ち、会場に向かって歩き始めた。4LIVEの4人とマスターがやや下り坂になっているアーケードを歩いて行く。
「ちょっと、寄るぞ」
マスターが大都の手前で脇道に僕らを誘う。
そのまま、神社に向かった。
5人が無言のまま神前で柏手を打つ。
お互いが何を思っているのか、誰も分からない。神様が何をお思いになるのかも、僕らは知れない。
「さ、行こう」
マスターがまたアーケードに道を戻し、歩き始める。
会場はそれがこの鷹井市の光景とは思えないような気合いと緊張感と胸をくすぐるような空気に包みこまれていた。




