第25話 真夏の月(その7)
僕たちが表情を硬くするのを見て、すぐに、小谷さんは笑って僕たちの緊張を解いた。
「つまり、あなたたちの若さが羨ましい、ということですよ。
正直、今日は、枯れたブルースでも聞かせてもらえるのかな、という期待でやって来たんですよ。そういう意味で言うと、すべてのバンドにいい意味で期待を裏切られた格好ではあります。最後の大人のバンドですら、本当に若さを思い起こさせるような清々しい演奏でした。
けれども、特にあなた方の演奏する音・姿は私にはショックでした。残酷すぎる、と言ってもいいでしょう。
これが、心のこもっていない演奏だったら、ふん、若さだけだ、と鼻で笑って気にも留めなかったでしょう。でも、あなたたち4人の演奏は、技術は確かにまだこれからの部分はあるかもしれないが、意思がはっきりと感じられた。「何のために」という意思が。そして、本当に丁寧に一音一音が心に響いて来ました。
それと、曲はあなたが作ったんですね?」
聞かれて咲は頷く。
「本当に、どれも美しい曲だ。すべてのメロディーに意味がある。しかも、ただ、楽しい、というだけで書いた曲でないということが分かる。生みの苦しみがある、ということが、私には分かる。それが、どのような苦しみかまでは分かりませんが・・・・」
咲は、じっと小谷さんの顔の方を見ている。少し、咲の目が涙で潤んでいる。だから、小谷さんの目ではなく、口元の辺りを見ているようだ。
「詩もあなたが書いたのですか?」
「いえ・・・室田くんが書きました」
いきなり‘くん’付けで呼ばれて、僕はちょっとだけ恥ずかしい。
「そうですか・・・あなたも、あの詩を書くとき、辛い思いをしたでしょう?」
小谷さんが、本当にそういう辛さを読み取ったのかどうか、半信半疑だったので、僕は率直に聞いてみた。
「確かに、前向きな内容ばかりではないですが、そんなにネガティブなことを歌ったつもりもありません。どうして、辛い、と感じられたんですか?」
「歌も、演奏も、みずみずしく、搾りたてのフレッシュジュースのようでした。甘酸っぱく、本当に、自分の青春すらこのまま取り戻せるんじゃないかと思うくらいでした。
でも・・・私のような年になると、その中に微妙に混じっている‘苦味’も十分に味わえるんですよ・・・」
やや抽象的な話に、僕が納得しかねている様子を見て、小谷さんはもう少し話を続けてくれた。
「おそらく、あなたたち4人全員に何か、人には言えないようなことがある、と、私は直感できるんですよ。これは、老人の特殊能力と言ってもいいでしょう。
あまりにも眩い、青春そのものをあなたたちの姿で見せつけられて、ああ、素晴らしい、自分も思い出せた、と一瞬は天にも昇るような感動を覚えました。
でも、その中に混じる‘苦味’が強烈なアクセントになって、次の瞬間には残酷な現実に引き戻されたんです。
‘私は、二度と戻ることができないものを、今、見せられている’、と」
段々と、小谷さんの言葉の本当の意味が分かってくる。
「あなたたちは誰にも表現できないような‘青春’を曲と歌と演奏で見事に表現し切りました。でも、同時に、信じがたいことですが、人生を80年ほど生きた人間しか出せない、‘苦味’までその中に混ぜてしまっているんです・・・
高校生でそれを出せるということは、並大抵ではない経験をたった十数年の人生で味わってきたということです。人間として、敬意を払います。
それは、日常を生きるにあたっては、とても辛いことのはずです。ただ、表現者としては、おいそれと誰もが真似できない、あなたがた自身の最大の強みであることは、間違いない」
僕たちは、しーん、と静まり返った中に座っていた。BARにまだ残っているお客さんたちの喧騒が遠い向こうのことのような不思議な感覚になる。
けれども、小谷さんの、本当の話は、まだ、これからだった。
「言わないでおこうと思ったが、やっぱり、言わずにはいられない」
小谷さんの声のトーンが上がった。
「あなたたちの辛い経験というのは、‘いじめ’でしょう?」
僕たち4人全員、凍り付いた。
「1曲目・・・‘僕らの願い事が’という詩がメロディーに乗った時、確信したんで
す。違いますか?」
小谷さんがさっきまでとは別の人ではないのか、というような、現実感に乏しい遣り取りが始まったように感じた。でも、誰かが、頷くか、声で返事するかしないと、僕たちはいつもまでも体が硬直したままでいなくてはならないような気がした。僕は、消え入るような声で、答えた。
「・・・おっしゃる通りです・・・」
小谷さんは、すみません、と言って、話を続けた。
「私には女の子の孫がいました。一人息子の娘です。私は東京本社勤務で単身赴任。息子も別の商社勤務で海外への長期単身赴任が常で、鷹井市の家は妻と嫁と孫娘の三人暮らしでした。孫は、すぐそこの鷹井第一小学校に通っていました」
偶然だが、鷹井第一小学校は、咲の通っていた小学校だ。
「孫娘が5年生の夏の夜、あの子は、自殺しました」
体が、思うように動かない。瞬きすらできない。瞬きは反射のはずなのに。
「・・・嫁のスカーフを輪っかに結んで、自分の部屋のドアノブに引っかけて・・・・そこに首をかけていたんです・・・」
咲が真っ白な顔をしている。
「嫁が見つけた時は、まだ息がありました・・・・
嫁が孫を抱きかかえて狂ったように名前を呼んでいるのを妻が聞きつけて・・・救急車を呼んだのですが、病院に着く前に息を引き取りました・・・・
その時、私も息子も、海外にいて、孫の最後には立ち会うことすらできませんでした。私らが帰国するのを待つため、葬儀を4日も先に延ばしました・・・
孫の勉強机に、鉛筆で書いた丁寧な字で、自分で死を選ぶことを両親と私達祖父母に詫びる内容のメモが置いてありました。孫は、決して人の悪口を言ったりすることはない子でした。そのメモにも、誰が、ということは一言も書いてありません。ただ、友達との間にずっと辛いことがあった、ということまで書かないと、生きた証さえないような気がするので、何があったかだけは書かせてください、とありました。
その内容を見て、私は、背筋が凍った。人前では言えないような内容です。もし、孫のメモの内容が全て事実だとしたら、小学校5年生の、しかも女の子たちが、こんなに残酷になり切れるのか、というものでした。同時に、私達は、孫の両親、祖父母として、一体何をしていたんだろう、と途方に暮れてしまいました。
嫁は可哀想だった。重度のうつ病になってしまいました。いじめを追求する、なんてことを孫のクラスや学校全体で一応やったようですが、もはや、それどころでは無かった。
息子と嫁は離婚しました。嫁の実家のご両親が、嫁を引き取りに来ました。私と妻と息子の三人は、実家のご両親に罵倒されました。でも、嫁は、私と妻には、すみません、すみません、と言って泣いていた。ただ、息子には一言も何も言わないまま、実家に帰っていきました。
だから、私は、孫が命を絶った家にはとても暮らせず、出善に移ったんです・・・
息子は今も海外の出張先を転々としています。わざと治安の悪い国への駐在を志願しているらしい・・・
孫は死にました。
でも、孫と似たような境遇であろうあなたたちは生きている。
美しい曲を書き、心を震わせる歌を聴かせてくれた。
それが、あなたたちの現実だ。あなたたちがただ中にいる青春だ。
でも、そのあなたたち自身が、青春の脆さをつきつける。老成した‘苦味’で、現実をつきつける。
孫の青春は二度と戻らない。
私も、妻も、息子も、嫁も、二度と戻れない・・・・」
小谷さんは、「土曜の午後から」の時とは違い、涙は流していなかった。顔面は蒼白だが、見ようによっては、冷酷、と言っていいくらいに冷静な表情に見える。
僕は、まだ、動けない。動けないのだが、なぜか、咲がどうなっているか、気になって気になって仕方がなかった。首の筋肉をありったけの力で無理な方向に捻じ曲げるようにして、斜め後ろにいるはずの咲の方に向ける。
咲の顔面はさっきよりも真っ白だった。でも、表情は変わらない。眼も開けたままだ。声も出していない。
ただ。
その開いた両目から、軒先に突き出た雪が日に照らされて溶けだす融水のように、とめどなく涙が溢れ、頬を伝って細い顎の辺りからぽとぽととイベント広場の床に落ち続けている。咲の足下は涙で水たまりのようなシミができている。
小谷さんは、咲の様子に気づき、はっ、とした表情になって、突然、ガタッと荒々しく立ち上がり、ほとんど小走りで咲の席に近付いた。そして、どうしようか、と一瞬躊躇した後、咲の肩をさすり始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」と、ちょっと信じられないくらいに取り乱した様子で、小谷さんは何度も何度も咲に頭を下げ、謝っては肩をさすり、さすってはまた謝った。
まるで、70代の小谷さんが子供で、声も出さずに涙を流す咲が大人のような錯覚に陥る。
「ごめんなさい!」
小谷さんは、どうしたらいいか分からない、という感じで、最後にまた謝った。
その時になってようやく、咲は声を上げて泣き始めた。




