第24話 真夏の月(その6)
3つのバンドの演奏が終わった後も、1時間くらいはまだBARの営業時間がある。
みんな、お疲れさん、とマスターが3バンドをねぎらう。
客席が少し空いてきたからテーブルに座って軽食でもどうだ、と声を掛けられた。
「・・・ちょっと、お願いがあるんだけど」
咲がそこにいる3バンド+マスターの前で、恐る恐る、という感じで言った。
ん、何?という感じでマスターは軽く問いをかける。咲はゆっくりと話し始める。
「あの、一番前の右端にいたおじいさんと、ちょっと話がしてみたいんだけど・・・
一人じゃ心細いから、一緒に来てくれないかな・・・」
皆、一斉にそのテーブルを見る。僕たちの演奏の時に、泣いているように見えたあの老紳士はまだ一人で静かにグラスを傾けていた。
「話して、どうするんだ」
マスターはちょっと、怖い感じのトーンで咲に訊く。
「え・・・ただ、少し話してみたいだけ・・・・」
「なんで泣いてたんですか、って訊くのか?」
マスターも気が付いていたのだ。咲は俯いて黙ってしまう。
マスターは視線をその老紳士の方にもう一度向ける。
「お前ら、あの人の話を真剣に聞けるか?」
マスターは4LIVEの4人を見て、静かに、真面目な顔で訊く。
思わず、僕が、うん、と頷いてしまった。
「誠実に、聞けるか?」
今度は、咲と僕が頷く。
「辛い話でも・・・怖がらずに聞けるか?」
どういう意味だろう?でも、どの人も辛いことはそれなりにあるはずだ。どんな内容のことでも、聞ける、いや、聞きたい、と思った。加藤と武藤はどうやら老紳士が泣いていたことに気付いていなかったようだが、マスターと咲と僕の遣り取りで、事情は呑み込めたようだ。僕らは4人全員でうん、と頷いた。
「分かった。4人で行っておいで」
‘行っておいで’なんていう子供を諭すような言い回しがマスターの口から出たことが驚きだったが、それだけあの老紳士のことも、僕たちのことも心配しているのだろう。
僕たちは4人揃って老紳士のテーブルへ向かった。
「こんばんは・・・」
咲が老紳士に声をかける。
老紳士は、ふっ、と顔を上げ、途端に笑顔になる。
「ああ、あなたたちは・・・」
そして、本当に恐縮なことではあるけれども、老紳士は、わざわざ立ち上がって、自分の方から僕たちに挨拶してくれた。
「私は、小谷、と言います。さっき、あなたたちの演奏を聴いて、感激してしまいました」
僕たちも慌てて自己紹介を始める。
室田です、加藤です、武藤です、白木です、と1人1人名前を言い、お辞儀する。
小谷さんに勧められるままにテーブルに腰かける。
「どうです、飲み物でも?さっき、ステージで高校生とおっしゃっておられたけれども、ソフトドリンクならいいでしょう?」
小谷さんが呼ぶ前に、急ぎ足でボーイが近づいてきて、僕に話しかけた。
「ポピーのマスターから、バンドの皆さんの注文を聞くように言われましたので、ソフトドリンクのメニューから何か選んでください。お客様も何か追加でいかがですか?失礼でなければお聞きするようにと伺ってますので」
「いや、私はまだ自分の分があるので、結構です。皆さん、どうぞ」
僕たちは、ボーイから軽食も勧められたが、喉ばかりが乾いていたので、男3人はジンジャーエールを、咲はオレンジジュースを頼んだ。
「私は、出善市で妻と二人暮らしでしてね。勤めていた会社を10年前にリタイアしてからは、こうして悠悠自適の生活ですよ」
小谷さんは、低い、渋みのある声で、柔らかく自分のことを話してくれた。
「昔から音楽が好きだったのでね。ソウルミュージックとかブルースなんかが。若い頃、会社の出張でアメリカに行った時、アポロシアターに行きましたよ。無名の若い黒人デュオのステージでしたが、本当に魂が揺さぶられました」
僕たちは、小谷さんの話を、ただ、軽く頷きながら、じっと聞いていた。
「妻が大都の‘友の会’に入っているので、会報誌で今日のイベントを知りましてね。お酒も入るので車でなく電車で来ました。年を取ると終電なんかに乗る元気もないので、鷹井駅の前のビジネスホテルに泊まって、明日、出善に帰ります」
それから、小谷さんの実家は鷹井市だが、勤めていたのは商社の東京本社で、お盆や正月で鷹井市に帰省した時は必ず「カペラ」と「チェリッシュ」に行っていたこと、定年に併せて鷹井市の実家を引き払い、出善市に引っ越したこと、現役の時に出張で行った国は30か国ぐらいだということを話してくださった。
僕たちの方は、それぞれの通っている高校、バンドの練習の様子、学校の勉強は大変ではないか、とかいうことを訊かれたりこちらから話したりした。
かなり打ち解けてきたところで、咲が控え目に切り出した。
「あの、お聞きしたいことがあるんですが・・・」
なんだろう、という顔を小谷さんは一瞬したが、ええ、どうぞ、とすぐに笑顔になった。
「すごく失礼かも知れないんですが、さっき、わたしたちの演奏の時に、泣いておられたように見えたんですが・・・」
小谷さんは、僅かに顔を上げ、咲の目を見つめる。咲はその視線をできるだけ逸らさないように問いかけを続けた。
「わたしたちの曲は、泣いたりするような曲じゃなかったと思います・・・それに、わたしたちの演奏の技術も、感動で涙する、というにはまだまだ未熟なものです・・・
もし、失礼でなければ、泣いておられた理由を教えていただけないでしょうか・・・」
小谷さんは途中から目を閉じて咲の問いを聞いていた。咲の問いが終わってからもしばらく目を閉じたままでいたが、ゆっくりと目を開けて、答えを話し始めた。
「・・・おっしゃる通り、わたしは泣いていました。あなたたちの演奏を聴いて。そして、あなたたちの演奏する姿を見て。
一言で言うと・・・・あなたたちが、妬ましかった・・・ということですね」
僕たちは、どきっとした。




