第21話 真夏の月(その3)
出番が刻々と近づく中、緊張しながらもお互いの服装のことなんかを軽くしゃべり合っていると、
「あれ、室田じゃない?」
という声が向こうの方で聞こえた。
僕は何気なく、大都の入り口の方を見ると、Tシャツにジーンズ、という恰好の3人の男子がこっちの方に歩いて来る。
そういえば、よく見ると3人とも高校の同じクラスにいたような気がする。名前は三人ともうろ覚えで、よく分からない。
「室田、どうしたの、その恰好?」
名前が思い出せないが、三人の中で顔は一番よく覚えている男子が話しかけて来た。あんまり話す気にもならなかったが、一応、受け答えはしようと思った。
「いや・・・バンドの衣装なんだ」
三人とも、おお?、という表情で僕の答えに反応してくれる。おそらくは好意的な反応なのだろう、とは思う。
「室田って、バンドやってたんだ?かっけー」
「なになに、このBARで演奏するの?スゲー」
しかし、最初は僕に関心を示していたその三人だが、咲の存在にはっと気が付くと、明らかに挙動がおかしくなった。
三人一様に咲の容姿に目を奪われるとともに、「あ、ども・・・」と、大人の前で小学生がしどろもどろになるような分かりやすい反応を示す。そして、僕との名残を惜しむというよりは、咲との接点を少しでも長引かせたい、というのが見え見えの分かりやすい反応を見せる。
「ちょっと、聴いて行こうかな・・・・」
顔だけは一番よく覚えている男子が遠慮がちに言う。助け船を出そうかな、とも思ったけれども、何だか本当に聴かれるのが恥ずかしいような気もしたので、
「いいけど、アルコールしか出ないよ」
と、少し冷たい感じで応えてしまった。
‘そっか、残念・・・’と、本当に三人とも残念そうに呟く。余程、咲と一緒にいたかったと見える。
「じゃ、室田、またね」
と三人とも手を振って駅の方に向かって歩きだす。僕も、おお、とかなんとか言って、三人に手を振った。
加藤が不思議そうな顔をして僕に言う。
「室田、友達いるじゃない」
でも、僕は、さらりと答える。
「いや、今日初めて口きいたんだけど・・・」
咲が珍しく口をはさんだ。
「でも、聴いて行こうかな、って言ったじゃない。室田に関心はあるんだよ」
咲がそう言うのを聞いて、男三人は顔を見合わせて苦笑いした。
「あれは、違うよ」
加藤が言う。うん、違う、と武藤も頷く。
咲は、え、何が違うの?と本当に何も分からずに訊きかえしてくる。
「あれは、聴きたいんじゃなくて、見たい、って意味だよ」
僕がそう言うと、咲はまだ何も分からずに更に訊きかえす。
「え、バンドを見たい、ってこと?室田がそんな格好してるから?」
それを聞いて、男三人とも笑い出した。
「咲はさ、」
加藤がゆっくりと言う。
「自分が美人だって自覚はないの?あいつら、咲をもっと見ていたかったんだよ」
咲の顔から笑いが消えた。
「美人・・・?」
咲は一旦消した笑いを、今度は笑いとはとても呼べないような、冷たく、沈んだほほ笑みもどきの表情で女の子にしては低い声を、さらにいつもより低く、しかも、ややかすれた声にして話した。
「わたしは、美人、じゃない。わたしの本質を知ったら、みんな、ひいてく」
僕たちは言葉を発することができなかった。
「もし、わたしが本当に美人なら、小学校の時からこんな気持ちでいる訳ない・・・」
僕は咄嗟に何か言わなくては、と、必死に考えた。考えて、考えて、幾つか言葉は浮かんだ。だが、それを言う勇気がない。
「僕は!」
突然、武藤が、普段は決して出さないような、甲高い声を出した。僕と加藤はびくっ、としたが、咲は静かな表情のままで武藤の言葉の続きを待っていた。
「咲も、咲の曲も好きだ!」
ああ、その通りだ、と、僕は武藤の言葉に心の中で激しく頷いた。加藤が武藤に続いた。
「僕も、咲と咲の曲が好きだ。咲の本質は、咲の作った曲に全部出てる」
さあ、今度は僕の番だ。武藤も加藤も、なんて男らしい奴らなんだ、と本気で僕は尊敬する。僕も、ここで咲を救ってやらなければ、男じゃない。僕は、心の中でずっと感じていたことを寸分違わず、さらけ出すことにした。
「咲は、とても可愛い。きれいだ。咲の曲もとてもきれいだ。美しい。咲の曲に詩をつけている間中、僕は、今まで生きて来た中で一番充実していた。今日は、その咲の曲を観客の前に披露できることが楽しみで仕方なかった」
咲はみんなの言葉を聞き終わって、何も言わず、少し俯いたままでいた。恥ずかしくて俯いているのか。咲の心を少しは救えたのか。それとも、僕たちの言葉を信じてくれてはいないのか。ふっと、背後に気配を感じ、振り向くと、セッティングを促すために来ていたマスターが今まで見たことのないような柔らかな表情で咲と僕らを見ていた。
「お前ら・・・・」
マスターはどの場面から見ていたのだろう。けれども、言葉が途切れた後のその間から、マスターは全部分かっているのだろう、と感じた。マスターは、優しい、静かな声で、僕らに出番の合図を告げた。
「ココロ軽く、いけよ」




