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第9話 自由市巡り

魔道具屋を後にした司は初日に訪れた時以来の自由市の入り口に立っていた。

ちょうどお昼時と言うこともあり、入り口から見て右手にある食料品や屋台が立ち並ぶブースには人が多く、逆に左の日用品や武器や装備等のエリアの人の数はまばらに見える。

ミーナとの約束まであと二、三時間。

とりあえず腹ごしらえでもするかと考えた司は人の多い右手に歩を進めた。


「何を食べるかな…」


様々な屋台が軒を連ねる通りには稼ぎ時特有の活気に溢れていた。

客も多いがそれ以上に各店の店員による声出しも気合いが入っており、日本の祭り以上の熱気を感じる。

揚げ物の店や串焼きの店が多いように感じる。

パンを売っている店もちらほら見えるが、司は元々昼にあまりがっつり食べる方ではないので無難に串焼きを買うことにした。

とは言え串焼きの店自体がかなりの数ある。

しかしよく見ると店ごとにちゃんと特色があり、ある店では魚を、ある店ではラビット系の肉を、ある店ではオーク肉などその数は多彩だ。

この世界に来て魚を食べていなかった司は、魚の串焼きの店に向かった。

しかし屋台を覗くと鮎の塩焼きの様に魚が丸ごと1尾、串に刺され焼かれており、美味しそうだなとは思うものの食べ慣れていない司には少しハードルが高く感じた。

視線を隣に移すとそこはオーク肉の串焼き屋だった。


(オーク肉かファンタジーの定番だな。)


未だにこの町の外に出たことのない司は当然魔物と呼ばれる存在をまだ見たことがなかったが、頭には2足歩行の猪と豚を足して割った様な見た目の怪物の姿が浮かぶ。


「っらっしゃい!兄ちゃん、うちのオークはこの市場で一番新鮮だよ!」


タオルをハチマキのように頭に巻いた店員が司に声を掛ける。

手元で焼かれている串は司の知っている豚の串焼きより一回り以上大きかったが、直火に炙られ脂と肉汁が滴り落ちる様は確かに食欲をそそる。

値段を見ても1本銅貨3枚でオーク肉の相場は分からないがこのサイズにしてはリーズナブルに感じた司は2本オーダーすることにした。


「味付けはどうする?辛ダレ、旨ダレ、塩があるよ!」


「旨ダレと塩でお願いします。」


はいよ!と返事した店員の男は手元で焼いていた肉の具合を確かめ始める。

1分もしない内に1本の串を取り後ろにあったタレの入った容器にそのまま浸けて紙袋に入れ、残る1本にも軽く塩を振り、別の袋に入れると司に差し出した。

串焼きを受け取り料金を払うと人混みを掻き分けて市場の外縁に移動すると手頃なベンチに腰を下ろした。

司はいただきます、と呟くとまずは塩味から口に運ぶ。

噛んだ瞬間に濃厚な肉汁が溢れ出した。しかしくどいと言う程ではなく、絶妙な塩加減が口をさっぱりさせてくれた。

肉の固さも日本の豚とあまり変わらないが旨味はこちらの方が強い。

文句無しに旨いと感じた司はあっという間に1本目の串を完食すると続いてタレの方へと手を伸ばす。


(こっちも味は濃いけど旨いな。)


日本の醤油ベースのタレではなく、どちらかと言うとバーベキューソースに近い味わいのタレがオーク肉としっかり絡んでいた。

そちらも問題なく完食する。

口の中にはまだソースの味が残っている。


(飲み物が欲しいな。)


そうして司が向かったのは日用品エリアと食料品エリアの境の通りだった。


「おう、ツカサじゃないか!」


「ガルドさんこんにちは。」


司を見て声を上げたのは司がこの世界に来た初日に初めて立ち寄った飲み物屋の店主のガルドだった。

隣には今日もマルタが野菜を広げている。

マルタもこちらに気付くと立ち上がってこちらにやって来た。


「あれからすっかり姿を見なかったけど元気だったかい?」


相変わらずの世話焼きおばさんと言った雰囲気のマルタにどこか安心に近い感情を覚えた司は笑顔で「元気ですよ」と返答した。


「ガルドさん、スッキリとした果実水を貰ってもいいですか?もちろん代金は払います。」


初日、一文無しだった司はガルドから水をただで譲って貰っていた。

それを思い出した司なりのジョークだった。


「ガハハ!それはありがたいな!スッキリしたやつならオススメはガオの実だな。」


「ならそれを1つ。」


司は果実水の入った瓶を受け取るとギルドカードを取り出す。


「ちゃんとギルドカードを取ったんだな!」


初めて見た時は右も左も分からなかった様な青年のここ一週間の成長に笑顔のガルド。そして

彼もギルドカードを取り出すと司のギルドカードと重ねて代金を受け取った。


「にしてもあんた、そろそろ何か商売は始めるのかい?」


その様子を隣で見ていたマルタが口を開く。


「何やら色々買い込んでるって話じゃないか」


「どうしてそれを?」


「エマが言ってたのさ。あの宿には野菜を卸させて貰ってるからね。」


「そうだったんですね。」


エマは司の泊まっている宿の料理人でミーナの母親だ。

基本は厨房にいることが多いが食堂を閉めている時間はたまにカウンターに出てており、司も何度か話した事もあった。


「で、いつから始めるんだい?」


「早ければ明日には始めたいと思っています。」


「そうかい。順調そうで良かったよ。」


うんうんと腕を組んで頷くマルタ。


「売るのはあの不思議な服なのか?」


今度はガルドが司に尋ねた。


「いや、あの服はあんまりこう言う場所には向いていないと思いまして、普通の服を仕入れしていたんですよ。」


「なるほどな。確かにここに来る連中にはちょっと高価すぎるだろうしな。」


ガルドも納得した風に笑った。

少し話をしたせいなのか、喉の渇きを覚えた司は買った果実水にまだ口を付けてないことに気が付き2人に断りを入れ、瓶の蓋を開けて1口飲む。

爽やかな味わいが口の中に広がる。

蜜柑のような酸味に梨に近い控えめな甘味。


(旨いな。)


この世界にやって来て、食べ物で美味しくないと感じる程ハズレな物が無かった。

転移した先が食文化の発達した世界だったのは不幸中の幸いと言えた。


「すっごい美味しいです!」


「そうだろう!今日みたいに少し暑い日にはガオの実が一番だ!」


「うちの実を使ってくれたらもっと美味しくなるんだけどね。」


自慢気に笑うガルドにマルタがジト目を向ける。

ガルドは少し気まずそうに視線を外すとあまり音の鳴っていない口笛を吹き始めた。


「まったく。」


フンっと鼻息を荒らげるマルタだが決して本気で言っているわけではない。

2人の間では良く繰り広げられる他愛もないやり取りだった。


その後司は2人に軽く挨拶をしたあと日用品エリア、とりわけ服が置いてありそうな通りを中心に見て回る。


(服を置いている所は基本は古着か。なんなら素人参加のフリーマーケットに近い感じだ。)


司が自分の未来への競合相手へと抱いた感覚は食料品とは違いアパレル系の店はプロっぽくないな、と言うものだった。

陳列、畳み方などを観ても雑な店が多く、あまり経験者がやっている風ではない。

価格は銅貨20~30枚程と店の古着とそこまで変わらないくらいの金額で出している店が大半で、極端に安い店には客が何人か見ているようだったが品物がイマイチなのか販売にまでは繋がっていないようだった。


(食料品エリアの方が混んでいたのは時間帯の問題だけじゃなかったってことか。)


そもそも自由市には店を持たない個人が出店していることが多く、殊更日用品エリアや武器、装備のエリアには職人見習いが自分の作品や家庭の不用品等を持ち込んでいる事が多々ある。

中には司のように経験はあるがこの町に来たばかりの者が出店しているケースもあるが、優秀な者は早々に自由市から出て町に店舗を持つ事が大半。

この市場は若い職人や商人にとって、一種の登竜門的存在なのである。


早々に市場調査兼ライバルの視察を終えた司はミーナとの約束までまだ少し時間があることを確認するとせっかくなので武器や装備のエリアへ足を伸ばす事にした。

平和な日本出身の司には正直モンスターと自分が戦うシーンの想像はつかない。

しかしやはり武器と言う物に興味が出てしまうのは男の性なのか。

司の足取りは軽かった。


武器のエリアは他と違いドワーフの出店者が目立つ。

確かに司のファンタジーに対するイメージではこういう武器は大抵ドワーフが製作していた。

しかし割合は多くないが人族や獣人もしっかり混じっている。

これはギルドカードの職業欄の影響があるのかもしれない。

この世界ではほとんどの場合、職業欄に表示された職業に就く。

ギルドカードを作る時に自動的に才能を読み取るので、その職業に就くことが成功への近道と認識されているからだ。

だから例えドワーフでも職業に魔法使いと出れば魔法使いになろうとし、人族でも鍛冶師と出れば鍛冶師になれる。

そういう意味では種族による職業の差別がない公平な世界と言えた。

閑話休題。

司は武器の事は全く分からないので適当に目についたブースを覗き込む。

ドワーフの男が武器、とりわけ剣を並べている。

剣と一口に言っても長さや形状にかなり違いがある、と言うことを司は初めて認識した。


「あんちゃん、冒険者って感じでもねぇな。護身用かなんかか?」


男が剣を見る司に話し掛けた。


「そうですね。商人なので武器をちゃんと使ったことがなくて。オススメとかありますか?」


今は特に購入する必要はないが、モンスターのいる世界だ。

いずれは護身用に扱いやすい武器の1つ持つ時が来るかもしれない。

後学のためにここで少しプロの意見を聞くのも悪くはないと司は考えた。


「見たところ力が全くないことは無さそうだがロングソードは持て余すな。短剣やナイフくらいの方がいざって時に使い回しは効くだろうな。」


司の体つきを見た男はすぐにそう答えた。

流石はプロと言ったところか。

司は短剣やナイフの置いてある場所に腰を下ろした。


「今日は買わないんですが、少し見てみてもいいですか?」


「あぁ。もちろんだ。」


「ありがとうございます。」


そう言うと司は近くにあった短刀を手に取る。

試しに見てみるかーーそう思った司はスキルを使った。


【鋼の短刀】


製造年 : 精歴1103年

生産者 : ムック・ナム

使用者 :


(武器に初めて使ったけど、出る情報は変わらないか。ゲームみたいに攻撃力何て出れば楽なんだけどな。)


残念ながら司の残響読取にはやはりそこまでの力は無いようだ。


(せっかくの異世界なんだからもっとチートみたいな力があっても良かったけどな。)


自虐的に笑う司は隣のナイフも手に取ってみる。


【鋼のナイフ】


製造年 : 精歴1103年

生産者 : ムック・ナム

使用者 :


先程とほぼ変わらない情報が視界の端に現れる。

それを軽く確認して、短刀とナイフの握り心地の差を確認する。

多少の違いは感じるが、素人の司には良く分からなかった。


「選ぶ時のコツってあるんですか?」


「短刀やナイフなら重心はそこまで気にする必要もない。基本は握りだな。柄の太さなんかが自分の手に合う物を選ぶ方がいいだろうな。」


「なるほど。」


もう一度短刀の握りを確認しようとした司だが隣にある別の短刀に違和感を覚えた。

少し柄の部分が汚れている気がしたのだ。

司はその短刀を手に取り握りを確認した後、スキルを使ってみることにした。


【鋼のナイフ】


製造年 : 精歴1088年

生産者 : トニー・サントス

使用者 : クルソン・ガリオン


(生産者も違うし、使用者も表記があるってことはこれはユーズドってことか。)


「これは新品じゃないんですか?」


「それは中古を俺が磨き直したものだな。丁寧に磨いたから違和感はないと思うし値段も安いしな。」


「なるほど、そう言う場合もあるんですね。ありがとうございました。凄く参考になりました。」


「おう。武器を買うときはまた来いよ。」


「はい。」


司が短刀を置こうとした時だった。


『‥‥‥待ってくれ。』


そんな声が司の頭に響いた。


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