第10話 初出店と呼び出し
『‥‥待ってくれ。』
確かにそう聞こえた司は辺りをキョロキョロ見渡す。
後ろにはまばらに人が行き交っているが声の持ち主が誰なのかは分からない。
そもそも離れた場所からの声ではなかった。
決して大きな声量では無かったが、もっと頭に直接響くような感覚を司は覚えていた。
「どうした?」
ナイフに視線を落とす司にドワーフの男が心配そうに声を掛ける。
「…いえ、何でも無いです。ありがとうございました。また寄らせてもらいます。」
(……気のせいか?)
これ以上目の前の男に迷惑は掛けられないと思った司は疑問を心に残したまま、手にしていたナイフを置いてその場を離れた。
ーーーーーーー
「あ、ツカサさーん!」
ミーナは司の姿を見付けると手を振りながら大きく声を上げる。
今にもピョンっと飛び跳ねそうな勢いだ。
司もミーナの姿を確認すると、両手で持っていた魔道具を落とさないように左手片方で持ち直すと右手を軽く振る。
大声を出して答える勇気はなかった。
「魔道具屋はすぐ見つかりました?」
「あぁ、ミーナの説明が分かりやすかったからな。」
「良かったです!ローンおじいちゃんは元気でしたか?」
ミーナが言うローンおじいちゃんとはきっとあの『ローン魔道具店』の店主の男性だろう。
「元気だったよ。」
ちょっと変わった人だったでしょ?、とミーナは続けた。
何かにクセの強い老人だったなと思い返す司だった。
「あ、自由市にも行けましたか?」
「うん。串焼きを食べたよ。オーク肉のやつ。初めて食べたけど美味しかった。」
「うちのメニューでもオーク肉は人気なんですけど、そう言えばツカサさんにはまだ出したことなかったですね!お母さんに出すように言っておきますね!」
「ミーナがそう言うとオーク肉ばっかりになっちゃいそうだな。」
司がミーナをからかう。
「むぅ!決めるのはあくまでお母さんなので私は関係ないですよぉ!」
夕方前の賑わう商店街にミーナの声が響いた。
2人が向かったのは日用品を売っている雑貨店だ。
宿からだと歩いて10分も掛からない程度の場所にミーナの行きつけの店があった。
「あら、ミーナちゃんいらっしゃい。」
「こんにちは、シャロンおばさん!」
司達が店に入ると頭に獣耳の生えた獣人族の女性が出迎えてくれた。
さすがに行きつけと言うだけあって顔見知りのようだ。
「…彼氏連れとは珍しいね。」
「か、彼氏なんかじゃないですよ!!」
シャロンと呼ばれた女性が司の方を見るとミーナのピンと立った耳に口を近づけてなにやら耳打ちをするが、ミーナのリアクションが大きく、せっかくのシャロンの気遣いを台無しにしていた。
そしてその事に気が付いたミーナは司を一瞬確認して恥ずかしさで顔を赤らめた。
(本当に、愛されキャラって言うのはミーナみたいな子の事を言うんだろうな。)
司も27歳。今さら若い女の子の彼氏と間違われても動揺することはなかった。
その事よりも今日だけでもミーナがこの町の人に大切にされていることを肌で感じた司は、こう言う子を販売員で雇えたら良いのにな、としみじみ思った。
相変わらずの商売脳である。
「今日は何を買いに来たんだい?」
ミーナの顔の赤みが治まった頃、シャロンがミーナに尋ねた。
「私は洗濯用洗剤と食器洗い用のスポンジを、ツカサさんにも洗濯用の洗剤をお願いします!」
「了解!あんたツカサって言うんだね、私はシャロン。」
「はじめまして、ツカサです。旅人の止まり木に滞在していて、商売を始めるのに必要な道具を買いに来ました。」
「商人かい。ここには大体の日用品が置いてあるし、無い物でも可能な限り取り寄せてあげるから何でも相談しておくれよ。」
「ありがとうございます。」
一通りの挨拶を済ませるとシャロンは商品を取りに行った。
「あ、ツカサさん見てください!この垢布は凄く人気で中々在庫ないんですけど、今日は置いてます!チャンスかもしれません!」
「そんながあるんだな。」
司はこの世界に来てから風呂もシャワーもない生活を強いられている。
一応石鹸はあるので使っているが、それでも物足りなさは感じていた。
ミーナの指の先にある布は垢布と言う名前からして擦ると垢を良く落としてくれるのだろう。
司が手に取ると何時も使っている布よりざらざらした手触りが帰ってくる。
「よし、これも買おう。」
買い物も終わり、宿に帰るとミーナに布を1枚借り、早速シワ伸ばしの魔道具を使ってアイロン作業に取り掛かる。
シャロンの店にはあの垢布以外にも、自由市で使えそうな呉座や手頃なサイズの台車も置いてあった。
後は商品のメンテナンスが終わればすぐにでも出店可能だ。
ミーナに貸してもらった布を部屋のテーブルに広げて、その上に商品のシャツを乗せ丁寧にアイロンを掛けていく。
魔道具は日本のアイロンのように高性能ではないが、それでもシャツくらいの厚みの服なら問題なく稼働した。
1枚1枚しっかりとメンテナンスを行う。
途中で夕食を挟みながら、作業は深夜まで続いた。
翌朝。
「それじゃあツカサさん、頑張ってくださいね!」
早めの朝食を済ませ、宿の裏手に置かせてもらっていた台車に商品と呉座を乗せた司はミーナに見送られ、自由市へと向かった。
自由市に着くと司のように台車を引いた人々が列を作っていた。
一応受付のような物があるらしい。
司の番になり出店料の銅貨30枚を支払うと指定されたブースへと向かう。
日用品のエリアの中でもほぼ真ん中といった場所だった。
司はブースの置くの方に台車を停め、地面に呉座を引いて商品を丁寧に通路から見やすいように畳んで、ジャンルとサイズが分かりやすいように並べた。
ずらっと並んだ服はおよそ30着。
1枚当たりの仕入れが約銅貨30枚。
この世界の新品の服の価格は100ルピーから120ルピー程。
司は価格を銅貨70~80枚に決めていた。
全ての出店者の準備が終わる頃にはすでにまばらではあるが客の姿が見え始める。
特に開始時間等は決まっていないようだ。
昨日来た時には食料品のエリアが賑わっていたが、スタート時点ではどのエリアも客入りは変わらないように思えた。
食料品エリアはまだ朝と言える時間帯と言うこともあり、さすがに屋台に向かう人は少なく、その代わりにマルタのように野菜や果物を売っているブースが人気のようだ。
司のいる日用品エリアは生活に必要な小物を売っているブースに人が集まっているように見える。
(この早い時間帯に服を買う人はそこまで多くはないだろう。勝負は昼前と昼食終わりくらいの時間帯だな。)
この時間帯はそこまで気を張らなくて良さそうだと感じた司だったが、その後すぐに前を通った司と同世代の男性が自分のブースで足を止めたことに気付いた。
意識を接客モードに切り替えた司は普段よりも明るい声で話し掛けた。
「いらっしゃいませ!良かったら広げてみてください!」
「これは、古着なのか?やけに綺麗だが…?」
「全て未使用品になります。」
「ほう。この自由市で新品の服を置いているの珍しいな。」
「お客様だとこのシャツとかはサイズも合うと思いますよ。」
そう言って司は畳んで置いてあったネイビーのシャツを広げて見せる。
司は昨晩のメンテナンス中にここに並んでいる商品のサイズを全て把握していた。
それさえ覚えておけば客を一目見て合うサイズを見抜く事は司には簡単な事だった。
「良い色だな。この場で着てみてもいいだろうか?」
「もちろん!」
男は着ていた少し汚れの着いた白のシャツを脱ぐと、司が手渡したシャツに着替える。
サイズは司の見立て通りピッタリだった。
「今穿かれているベージュのパンツにも良く合いますね!」
「サイズもいいな。いくらだ?」
「銅貨70枚です!畳んでいたので少しシワがありますが、着ているとすぐに無くなると思います!」
「安いな。他にも何かあるか?」
男性が服にしっかりと興味を示した事を確認した司は続けてサイズが合う別の色のシャツと、少しだけサイズの大きいネイビーの2点を紹介した。
「このシャツはベージュで凄く合わせやすいです。だけど今日のパンツには色が近いので合いません。
こちらのシャツは少しオーバーサイズになります。袖を曲げて着るとリラックス感が出てますし、動きやすいです。」
説明を聞いて少し考える男だったがすぐに考えが纏まったようだ。
「今着ているこれを頂こう。このまま着ていってもいいか?実はこの後女の子と飯を食べる約束をしていてな。普段から古着ばかりで綺麗なシャツを持ってないことに気付いて慌ててこの自由市に来たところなんだ。」
「もちろんです!良くお似合いですよ。デート楽しんでくださいね!」
「ありがとう。助かったよ。」
代金をギルドカードで受け取ると司はありがとうございます、と頭を下げて礼を言う。
男も満足した様子で去っていった。
(よし、とりあえず1枚!)
これが司が初めて自分でこの世界の物を仕入れて販売した瞬間だった。
日本で自分の店を出したばかりの頃のような懐かしい達成感を感じると同時に、司は確かな手応えを覚えていた。
(このスキルと今までの経験があればこの世界でも商売が出来る。)
例えば、何の経験も無いものが司と同じスキルを授かったとして、仕入れの時に一点一点スキルを使って使用者の欄を確認していればそれなりに時間が掛かる。
しかし司はこれまでに培った指先の感覚で服に触った瞬間にある程度のコンディションや素材を把握できる技能を持っていた。
その技能とスキルを併用することで元の世界にいた時よりも、より効率良く、古着に紛れている未使用の服を見付けることが出来るのだ。
「いらっしゃいませ!」
司はその後、休憩も取らず昼過ぎのピークまで接客を続けた。
「ありがとうございました!」
昼のピークも過ぎた頃、シャツを購入してくれた男性を見送った司はふぅと息をはいた。
周りを見渡すとだと既に見切りを付けて片付けてしまっている露店もあった。
この日司が売った服は全部で10着。
金額にして740ルピー。
仕入れは300ルピー程なので粗利で440ルピー。
初日にしては悪くない金額だと司は計算した。
ピークが過ぎたとはいえ、まだ夕方と言う程の時間でもない。
粘れば後2.3着は売れるかもしれないと気合いを入れ直した時だった。
司のブースにこの場所では浮いた、しかし見覚えのあるメイド服姿の女性が現れた。
「あなたは確か…?」
「お久しぶりでございます。クロフォード家で侍女をしております、カレンと申します。」
淀みない仕草で腰を折った目の前の女性は確かにあの時、アンナの後ろに控えていた侍女だった。
「えっと、カレンさん…?どうしてここに?」
「ツカサ様をお迎えに上がりました。御当主様とアンナお嬢様が屋敷にてお待ちです。」
「えらく急な話ですね。」
「申し訳ございません。ツカサ様のご都合次第で明日の午前でも構わないと御当主様からの言付けを預かっております。」
少し考え込む司だったが明日も朝からここに出店するつもりでいたので、その提案は断ることにした。
ちょうど今日のピークが過ぎた頃合いと言うのも理由のひとつではあったが。
「いえ、それなら今から伺います。荷物は片付けても?」
「勿論です。その手伝いをするようにとも言われております。」
「ありがとうございます。」
幸い服は綺麗に畳んで展示してあったので、そのまま台車に積むだけで片付けは終了した。
時間にして5分も掛かっていない。
司はそのまま周りの出店者に軽く挨拶をして、カレンを連れて宿へと向かった。
道中に少しカレンと話をしたが、どうやら委託で預けた商品が全て売れてしまったので、料金の引き渡しと残りの在庫を預かりたい、と言う話のようだった。
その後も世間話を挟みつつ(敬語は止めるように言われた)歩いていると宿の前に1台の馬車が停まっているのを司は視認した。前にみたクロフォード家の馬車よりももっと小さく、御者席の後ろの車箱は1.2人が乗れる程度のサイズだ。
「あの馬車はカレンの?」
「左様です。前の馬車ではこの道には入れませんので。」
曰く、カレンは司を1人で迎えに来たは良いものの、自由市にいることをミーナから聞いて宿に馬車を預けて歩いて迎えに来たそうだ。
「さすがに自由市に無人の馬車を放置するわけにはいきませんので。」
この世界の治安に今のところ不安を覚えているわけでもない司だったが、防犯の観念からそれはしない方がいいだろうと思い至り、たしかにな、と返事をした。
宿に荷物を置いた司は代わりにビニール袋に入れたままの元の世界の商品を持ってカレンの待つ馬車へと乗り込んだ。
台車はカレンが司を待っている間に裏に移動しておいてくれていた。
司はしばらく馬車に揺られていると、久しぶりの接客に疲れていたのか、すっかり眠ってしまっていた。
再び目を開けたのは馬車が停まったのを感じた時だった。
慌てて目を擦り眠気を覚ます。
そうしているうちにすぐに扉が開かれて、まだ見慣れない、豪邸が視界に飛び込んできた。
そのまま客間に通された司は相変わらず座り心地の良い革張りのソファに腰を下ろして出された紅茶に口を着けた。
扉がノックされたのは司が2口目に手を伸ばそうとした時だった。
「急に呼び出してしまって申し訳ありませんでしたね。」
そう言って客間に入ってきたのはエドワードだった。
どうやらアンナは一緒ではないらしい。
「いえ、ちょうど客のピークも終わった頃でしたので。」
「ほう、もう何か商売を?」
「今日から自由市で服を販売することにしました。」
「なるほど。君がどんな服を売っているのか、気になりますね。」
「この町で仕入れた至って普通の服ですよ。」
司はそう言ったが、エドワードの目にはまだ興味が失われた気配は感じられなかった。
しかし本題は別だと思い出したのか、そこで話を切る。
「今日お呼びしたのは他でもありません。預からせていただいた商品ですが、非常に好評で、今朝方で全て完売しました。」
「思ったよりも早かったですね。」
「アンナも頑張ってくれましたからね。」
聞けばアンナは営業も兼ねて初日に司が売ったスカーフを身に付けてあれから色々なお茶会やパーティーに出席していたようだ。
今朝もお茶会兼商談に出掛けていたようで、今は屋敷にはいるものの着替えや支度に手間取っているとのことだった。
「それで金額なのですが、こちらの独断で決めても良いと言うことでしたので勝手に決めさせていただきました。これが値段付きの商品のリスト表と前に入っていた契約書です。」
「確認します。」
(さて、いくらになったのやら…)
司は受け取ったリストを確認する。
1点1点の値段は飛ばして一番下にある合計金額を確かめた。
そこに記されていたのは…
(…2、22万ルピー…?)
日本円で2千万円を越える金額だった。




