第11話 クロフォード家との契約
(…2、22万ルピー…?)
リストに記されていた合計金額は日本円で約2200万円。
前回エドワードに渡した商品は15点だったので1点あたり約150万円程で売れている事になる。
司は急に背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「お気に召しませんでしたか?」
固まる司を見てエドワードが問い掛ける。
「…いえ、あまりに高額だったので少し驚いてしまいました。」
司はもう一度リストを確認する。
今度は各商品の値段をしっかりと見ていった。
(…スカーフが1枚金貨2枚。アクセサリーが安いもので銀貨80枚……。)
「スカーフに関してはとりあえずその金額に設定してありますが、今日預かる分はもっと値段を上げる予定です。その分小出しにしますので全て売るまでには少し時間を頂く予定です。」
エドワードの表情はまさに余裕と自信に溢れる物だった。
(元の世界のどんなハイブランドや販売員でもあのスカーフをそんな値段で売るなんて出来ないぞ…。)
いくらこの世界で、あのスカーフのクオリティが異質であるとはいえ、クロフォード家の販売能力に司は驚愕と恐れを感じた。
「アクセサリーについても同じ様にしたいと考えています。それで在庫についてですが、そちらが全てですね?」
「はい。」
そう言って司は隣に置いていたビニール袋の中身をテーブルにジャンル別に並べていった。
「素晴らしい。」
それを見たエドワードが感嘆の声を漏らす。
早速スカーフを手に取る。
「…どれも前の5点と変わらない質です。それに何より全て柄が違うと言うのが良いです。」
「ありがとうございます。」
クロフォードは続いてアクセサリー、そしてシャツと見ていく。
シャツに関してはウールやレーヨン、コットンと素材がバラバラなので司はそれぞれのアイテムを丁寧に説明していった。
「服に関してはスカーフやアクセサリー程の値段はつけられないと思います。」
エドワードが申し訳なさそうに言った。
「特に毛糸や綿の素材は我々も使うものです。しかし柄や色は素晴らしいので確実に売れます。」
しかし、とエドワードは続けた。
「それ以上に私が興味のあるのはこの多様なボタンです。」
「ボタンですか?」
「そうです。この輝くボタンや透明感のあるボタン。私の全く知らない材質の物です。」
なるほど、と司は納得した。
確かに服の素材はほとんどがレーヨンや天然素材なのでエドワードもある程度理解は出来るのだろうが、ボタンは樹脂ボタンやプラスチック製だ。
司もかつて興味を持ってそれらの製法を勉強したことはあるが、どれも機械や特殊な薬品が必要なのでこの世界に同じものがあるとは思えなかった。
(こっちのボタンはほとんどが木製か金属製だもんな。)
司は自身やエドワードの身につけているシャツのボタンを見てそう結論付けた。
そこで1つのシャツが目には入る。
エドワードの言っていた輝くボタンが付いたものだ。
司はそのシャツを手に取るとボタンを確認してニヤリと笑みを浮かべた。
「確かにほとんどのボタンは再現の難しいものばかりです。しかしこれを見てください。」
そう言って司はシャツをエドワードに手渡す。
エドワードは受け取ったシャツのボタンを確認した。
「美しい色ですね。光の当たり方で7色の様に見えます。これが何か?」
「ボタンの裏側を見てみてください。」
「…裏側?」
そう言ってエドワードはボタンの下の隙間に指を入れて見やすいようにボタンを摘まんで反らせた。
裏側はエドワードの予想していた表面と同じ輝く素材ではなく、少しざらついたボタンとしては変わった肌触りだった。
「確かに不思議な素材ですね。裏は光沢はなく、分かりにくい筋のような凹凸があります。…は!まさかこれは…?!」
エドワードが声を荒らげる。
「そのボタンの素材は天然の貝殻です。俺はシェルボタンと呼んでいます。」
「…シェルボタン。」
エドワードの顔は驚愕に染まったまま固まっていた。
「貝殻の中には内側がこのように輝く種類のものがあります。真珠と同じような輝きの層を持つ物です。そのままだと鈍い輝きでも職人が加工して磨けば十分にボタンとして使用できます。」
エドワードはフリーズから復帰するとすぐにカレンに声を掛ける。
「すぐに集められるだけ全ての種類の貝殻を手配しなさい。それと共和国の沿岸都市に商会から使者を送るよう連絡を。」
カレンはそれを聞くや否や、司に頭を下げて退出した。
「いや、盲点でした。まさか捨てるだけだった貝殻にこんな使い道があったとは。」
「お役に立てて光栄です。」
落ち着きを取り戻したエドワードは少し冷えた紅茶に口をつける。
「これからクロフォード商会はシェルボタンの製作に全力で取り掛かります。」
まさに即決と言ったエドワードの言葉に司も感心する。
慎重に物事を進める経営者も多いが、エドワードは思ったよりも行動的なようだ。
「無事商品化に成功した暁にはツカサさんには情報使用料をお支払します。」
「情報使用料ですか?」
「はい。製品の売上に応じて決まった割合をお支払する契約を結ばせてもらいます。」
元の世界で言うところの特許ってところか、と司は考察した。
(俺が作り出した物じゃないのは気が引けるけど貰えるなら損はないか。)
「分かりました。」
エドワードも安心したような表情を見せる。
ここで司からの情報だけを得て利益を独占することも出来るだろうが、司にも利益の出る話を自ら持ち掛けた事でエドワードをかなり信頼できる人物として司は認めていた。
その動機が商会長としてのプライドか司の信頼を損ねないためかは分からないが。
「では、次の商品なのですが…」
話は次の議題へと移っていった。
「おや、もうこんな時間ですか。」
エドワードは窓から差し込む日の光が昼間より長く、オレンジ色に染まっている事にようやく気付く。
未知の商品を目の前にして時間を忘れて話し込んでしまったらしい。
「すっかり説明に夢中になってしまったようです。」
司もまたエドワードが随分と細かな所まで聞いてくるので、ついつい普段の接客では触れない所までノリノリで話していた。
客間のドアがノックされたのはその時だった。
ドアが開いて姿を見せたのは初めて見る執事だった。
「旦那様。お食事の支度が整っております。」
「ありがとう。ツカサ君も今日は我が家で夕食を食べていってください。」
「そんな、悪いですよ。」
「元々そのつもりだったんです。もし断られると食材が無駄になってしまいます。」
「…そう言うことなら、頂くことにします。」
イタズラが成功したような笑みを見せるエドワードに、逃がしてくれそうにないなと直感した司はその提案を受け入れた。
「おっと、忘れる前に契約書に署名を。」
「そうでしたね。」
司は改めてテーブルに置かれたままになっていた契約書に目を通す。
内容は委託販売に関する契約。
数字も前に話した通り6:4になっており、特に問題ない中身だったので司はテーブルの端に置かれていた羽根ペンで署名を書く。
(そう言えばこの世界で文字を書くのは初めてだな。)
幸い司は過去にアンティークの羽ペンを試しに使った経験があったので、ペンの扱いには困らなかったが、文字を書ける自信はなかった。
(なるようになるか。)
そう考えた司は日本語で山之上司と書くつもりで契約書にペンを走らせた。
するとペンは司の意思と関係なくこの世界の文字を記し始める。
手が自らの意思に反して別の何かに操られるように動くような不思議な感覚に戸惑いながら、記名した契約書をエドワードに渡した。
「ありがとうございます。ではギルドカードをこちらに。」
「はい。」
「今回の支払い金額は220,000ルピーの6割の132,000ルピーになります。」
「分かりました。」
重ねたギルドカードが淡く発光するのを見て、どんだけ大金でも光り方は一緒なんだな、と司は見当外れな事を考えた。
エドワードと司がクロフォード家の食堂に入った時、10人程が座れそうな程長いテーブルの奥に既にアンナが着席していた。
エドワードに促された司はアンナの向かい側に腰を下ろす。
エドワードはそのまま一番奥の席に座った。
「待たせてしまったね。」
エドワードがアンナに声を掛ける。
「えぇ。商談が終われば声を掛けると言われていたので、たっぷりと待ちました。」
不機嫌そうなアンナがぷいっとエドワードから顔を背けて答える。
そんな娘の様子に苦笑いを浮かべるエドワード。
どうやらすぐに声を掛けに行く予定が、司と話し込んだせいですっかりアンナを放置してしまっていたらしい。
「ごめんな。おれもすっかり夢中になっちゃって。」
司もアンナに対して謝罪する。
アンナが待っていたことは知らなかったが、司にも責任の一端があると思ったからだ。
「ツカサのせいじゃないわ。どうせお父様があれこれ聞いてきたせいでしょうし。」
さすがに自分の父親のことは良く理解しているようだ。
アンナはアハハ、と苦し紛れに乾いた笑い声を出しているエドワードをチラリと見るとはぁっとため息を付く。
「しょうがないですね。せっかくのツカサとの食事ですもの、今は楽しみましょう。」
やれやれと言った様子で2人を許すアンナだが、元々本当に怒っていたわけでは無いようだ。
司も初めからその雰囲気を察しており、その後は和やかな雰囲気で運ばれていた豪華な食事に舌鼓を打った。
「あ、ツカサさん!お帰りなさい!」
行きと同じく、馬車で送ってもらった司が宿に戻ると、お盆に空の食器を乗せたミーナがドアから入ってきた司を見て声を掛けてきた。
食堂ももう夜のピークは過ぎたようで席はあまり埋まっていないようだ。
「ただいま。」
「遅かったですね。夕食はどうしますか?」
「ごめん、向こうで済ませて来たんだ。」
「そうなんですか……。」
少し寂しげな表情を浮かべるミーナだったが、すぐに笑顔になると、また明日話しましょうね、と言って小走りで食器を厨房へと運んでいった。
走り去る後ろ姿、いつもより尻尾が少し下を向いていた事に司は最後まで気が付かなかった。
いつも通りお湯を張った桶を貰った司は昨日買った垢布と石鹸で体を念入りに洗う。
垢布の程よいざらつきが肌を擦り、垢と一緒に今日の疲労を落としてくれた。
体をさっぱりさせた司は仕入れの途中で買った柔らかい質感の綿の服に着替えてベットに横になり今日の事を思い返した。
(色々あった1日だったな。)
初めての露店。
この世界で初めての商売。
そしてクロフォード家。
司は枕元に置いてあったギルドカードを手にとって確認する。
【ツカサ・ヤマノウエ】所属 : 交易都市アルカム
種族 : 人族
職業 : ・古物商 ・来訪者
スキル : ・残響読取 ・言語理解
所持金 : 138,095ルピー
一気に増えた所持金の欄にどうしても視線が止まる。
商売をしていた司にとってもそうそう目に出来ない額だった。
(一気に小金持ちになった気分だな。)
司はギルドカードを再び枕元に置いた。
(…だけどこれはおれの実力で稼いだ金じゃない。)
司はこの所持金のほとんどが偶然手に入った物だと正しく理解していた。
自分が"たまたま"買い付けの商品を持ったままこの世界にやって来たこと。
持っていた商品が"たまたま"この世界にはない素材や技術で作られていたこと。
そして自由市で"たまたま"アンナと出会ったこと。
そこで司は今日の自由市の事を思い返した。
(今日の売上の740ルピー。これがおれの実力で稼いだ金額。)
この世界の暦は元の世界とほぼ同じだと言うことは既に判明していた。
1週間は7日、1ヶ月は30日、1年は12ヶ月。
(仮に週6日自由市に出店したとして単純計算で4440ルピー。利益は2600ルピー程。)
これは仮に上手く行ったとして得られる金額であることは司も分かっていた。
自由市は完全に屋外。
天候が荒れれば客足は途絶えるだろう。
(それでも資金に余裕が出たからあせる必要はなくなった。)
心に余裕が生まれたからか、司の意識は次第に深い眠りへと誘われていく。
(…とりあえず、明日からも地道に稼ごう。そしたらいつかこの町でも…)
店が持てるかもしれない。
そう考える前に司の意識は沈んだ。




