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第12話 休日



「ファァー…」


大きな欠伸をしながら司は部屋から出た。

廊下の突き当たり部分に備え付けられた共用の洗面台で顔を洗って眠気を飛ばす。

窓から差し込む日は明るく、外からは通りを歩く人の声が聞こえる。

ややゆったりとした足取りで廊下を歩き、階段を降りると、ミーナが他の宿客が済ませたであろう朝食の片付けをしているのが目にはいった。


「あ、ツカサさん!おはようございます!今日はのんびりなんですね。」


「おはようミーナ。ここ最近ずっと自由市に出店していたからね。今日は休みなんだ。」


初めて自由市に出店してから今日で1週間。

この世界に来てから既に2週間が経過していた。

司は働き詰めも良くないだろうと思い、今日は1日休みにしていた。

この2週間ですっかり司の定位置になったカウンター席の奥から2番目に腰を下ろすとミーナが水の入ったカップを司の前に置いた。


「ありがとう。あ、そうだ。いつもより遅い時間だから朝食は少なめでいいってエマさんに伝えてくれるかな?」


「分かりました!」


司の注文を聞いたミーナは小走りで厨房へと向かった。

手持ち無沙汰になった司はミーナに貰った水を1口飲むとシャツのポケットからギルドカードを取り出した。



【ツカサ・ヤマノウエ】所属 : 交易都市アルカム


種族 : 人族


職業 : ・古物商 ・来訪者


スキル : ・残響読取 ・言語理解


所持金 : 140,123ルピー


クロフォード家と契約を結んだ夜に確認したときよりも所持金が増えていることを確認した司は満足そうにカードを再びポケットにしまった。

司がこれまでに販売した服は56着。売上は約4200ルピーにのぼっていた。

順調そうに思えるが仕入れた服の半分以上を既に販売した計算になるので、そろそろまた仕入れをしないといけない。

幸い台車を購入していたので前回よりは効率が上がる。

司は明日から1.2日程度はまた町を回って服を仕入れる予定だった。


「お待たせしました!」


今後の予定を考えているうちにミーナが司の朝食を運んできた。


「今朝はオムレツとサラダです!」


綺麗に配膳された食器の上にはパンが2つと絶妙な焼き加減のオムレツ、隣にサラダが盛られている。


「今日も旨そうだ。いただきます!」


司はいつもよりゆっくりと朝食を楽しんだ。


司が朝食を終えた時には店内の客は司1人になっていた。

既に司の食器も下げ終わったミーナがテーブルを丁寧に拭いている。

他のテーブルやカウンターも綺麗なので恐らく最後のテーブルなのだろうと司は予想した。

程なくして片付けの終わったミーナが司の元へやって来た。


「ツカサさん、今日は何をするんですか?」


「ゆっくりとこの辺を散歩でもしようかと思ってるよ。仕入れで色々回ったけど、あんまりちゃんと見れてなかったからね。」


「あ、なら私が案内しましょうか?」


「ミーナが?」


「はい!実は今日、昼の営業がお休みなんです!夜までには戻って来ないといけないんですけど、それまでなら私も暇なんです!」


「なるほど。…そう言うことならお願いしようかな。」


「はい!準備が終わったらお部屋に呼びに行きますね!」


ミーナは満面の笑みでそう言うと準備のためだろう、宿のカウンターの後ろのドアへと勢い良く掛けていった。

その様子を微笑ましく見送った司が席を立った時だった。

今度は厨房の方から、エプロン姿の女性が現れた。

ミーナと良く似た髪色はうなじの辺りで纏められていて、その髪を掻き分けるかの様に獣耳が生えている。

年は司より上だろうが、強い意思を宿すような瞳は若々しく真の強さを感じさせる。

ミーナが天真爛漫な少女だとしたら、この女性は勝ち気な姉御といった雰囲気だ。


「あ、エマさん。お久しぶりです。」


司にエマと呼ばれた女性はこの店の料理の全てを1人で受け持つ女料理長でミーナの母親である。


「おう、ツカサ。今日も全部食べてくれてありがとな。」


見た目通りのちょっと荒っぽい口調。

しかし彼女にはよく似合っていた。


「この後ミーナとデートなんだって?厨房まで聞こえてたよ。」


「あはは。デートじゃなくて、ただ案内して貰うだけですよ。」


司はエマの冗談を軽く受け流す。

デートと言うには自分とミーナは年が離れているし、何よりミーナに申し訳ないと司は思っていた。


「やれやれ。まだ若いのに枯れてるねぇ。」


そう言うと、まるでアメリカ人のように肩をすくめたエマは厨房へと引き返していった。


司は部屋に戻ると軽く商品の整理を始めた。

この1週間、自由市から戻ると少し汚れのついた服を少しずつ洗って部屋に干していたので、もう全ての服が販売できる状態で畳まれていた。

司は細かく服をジャンル別に並べ直す。


(やっぱり試着が難しい女性物のワンピースの在庫が目立つな。)


自由市には当然試着室の様な場所が無かった。

その場で試せるシャツ類は好調だったが、代わりにワンピースやパンツ類はあまり売れていなかった。


(明日からはシャツ中心に集めるか。)


ちょうどその時、司の部屋のドアが控えめにノックされる。

司がドアを開けるとシンプルな白いワンピースに着替えたミーナが少し恥ずかしそうに立っていた。

肩には小さな革製のショルダーバッグを下げている。


「お、お待たせしました。」


「ちょうど商品の整理をし終えた所だったよ。行こうか。」


司はそう言うと持ち物を確認して、表に出た。


「普段はあまり見なかったけど、白もミーナの髪によく映えるな。」


「え、え!本当ですか!」


「うん。よく似合ってるよ。」


ここで注記しておくが、司にとって男女問わず服装を褒める行為は特に意識せずとも自然と出てくる癖のようなもの。

職業病に近いかもしれない。

しかしそうとは知らないミーナは顔を明るくして、ピョンピョンと跳ねそうな勢いで司の後に続いた。

1階を通った際、いつの間にかカウンターにいたアルベルトの視線がいつもより険しい気がした司だったが、気付かない振りをしてミーナと2人揃って「いってきます」と言い、宿を後にした。


「それで、何処か行きたい場所はあるんですか?」


軽いステップで司の前を歩くミーナが手を尻尾の上で組んで振り返りながら司に聞いた。


「いや、本当に適当に散歩する予定だったからなぁ。ただ商店街付近は通ったことがあると思う。」


「うーん…。なら町の西側に行ってみますか?」


「西側?」


「はい!西側にも馬車道が通っているんですけど、そっちは近くに公園や広場もあるんですよ!勿論お店も多いですし、観光名所が幾つかあるんです!」


「ならそっちに行ってみようか。」


ちょうど商業ギルドのあるT字路に差し掛かった辺りだったので司は右の馬車通りではなく、左の商店街(西側)に向かって進もうとする。


「あ、ツカサさん!そっちじゃないです!」


しかしミーナにシャツの裾を掴まれながら止められてしまった。


「けど、西だとこっちだろ?」


不思議に思う司にミーナは少しドヤ顔で続けた。


「歩くと西までかなり遠いんです!だから馬車を使いましょう!」


「馬車?」


「はい!西と東を往復する相乗り馬車って言うのがあるんです!」


「へぇー、便利なのがあるんだな。」


ミーナに案内され馬車道に出るとすぐに人が6.7人並んでいる場所を見つけた。

司もここを通った際に確かに気にはなっていたが馬車に乗り降りするところを見ていなかったのでこの町にバスのような役割の馬車があることに思い至れなかった。

列に並んでいるとすぐに1台の馬車が列の横に停車した。

引く馬は1頭だけだが客車の部分はかなり縦長だ。

列の前から順番に客車の後ろから乗り込んでいく。

それに続いて司とミーナも中に入ると、壁にそってベンチが設置してあり、真ん中の通路の部分の天井からはつり革の様なものが垂れ下がっていた。

見た目通り広い車内は詰めれば15人程は乗れそうなスペースがある。

幸いまだベンチに空きがあったので司とミーナは奥に詰める形でベンチに腰掛けた。

客が全員乗ったことを御者が確認すると馬車はスムーズに発進した。


「馬1頭の割にはかなり安定して進むんだな。」


司は独り言のように素朴に感じた疑問を呟いた。


「確かに町中でグレイホーンが引く馬車に乗れるのはアルカムだけって話ですもんね。」


その言葉を聞いたミーナが車内であることを気にしていつもより小さな声で答える。


「グレイホーン?」


「この馬車を引いてる馬のモンスターです。ほら、角が1本生えているのを見ませんでしたか?」


「モンスター?!」


司は思わず声を荒げたが、周りの客の何人かがこちらにチラリと視線を向けた事を察してすぐに声量を下げた。


「モンスターって、危なくないのか?」


「モンスターって言ってもこの町の近くにある牧場で人の手で育てられた子達なので、寧ろ普通の馬より大人しいくらいですよ。力は凄く強いですけど。」


「な、なるほど…。」


司がこの世界に来て2週間。

まさかこのような形でモンスターと邂逅する事になるとは予想してなかった。

すぐにもう一度確認しようと前方を窺う司だったがさすがに車内からはグレイホーンは確認できなかった。

その様子を見たミーナは可笑しそうにフフっと笑った。


馬車を降りると、司はグレイホーンを確認するために馬車の前方へと向かった。

乗る時は気にも止めていなかったが、確かに司がこの世界で見た馬より一回り体格が大きく、額からは30cm程の角が天に向かって雄々しく伸びていた。

ミーナの言う通りモンスターと言うほど威圧感もなく、動物園で象を見た時に近い感覚を司は感じていた。

馬車はその後すぐに出発した。

呆けた様子で馬車を見送る司にミーナがまるで遊んでいる小さな子供を見守る母親の様な暖かい視線を向けていた。


「さあ、行きましょうか!」


司はミーナにそう言われて馬車から視線を戻しながら周りを見渡す。

東の馬車通りとは少し雰囲気が違うと司は感じた。

道はやや広く、所々に自由市の様な露店が開かれている。

歩いている人も若い人が多いし、東側ではあまり見ることのなかった剣を腰に下げた冒険者風の格好をした人の姿も目立つ。


「どこへ行くんだ?」


「あっちです!本当は最後でもいいんですけど、夕方は混むので、先に行っちゃいます!」


ミーナは結局詳しい行き先は告げずに歩き始めた。


「こっちは若い人が多いな。」


「東の馬車通りは高級店があったりするんですけど、こっちはそう言うお店が少なくてその代わり若い人向けの店や武器を作る工房なんかが多いんですよ?」


「確かに向こうじゃ武器屋なんて自由市以外じゃ見なかったな。」


「東には商人ギルドがあるように、西には冒険者ギルドがあるんです!」


「だから冒険者っぽい人もちらほら見掛けるんだな。」


司は冒険者を自由市の武器や装備のエリアで見掛けても町中ではあまり見掛けないことに少し疑問を抱いていたのだが、そう言う理由だったらしい。

しばらく他愛もない話をしながら歩いていた2人だったが眼前に大きな像が現れたところで会話が途切れる。

2人がたどり着いたのは円形の広い広場だった。

多くの出店が立ち並び、若いカップルや子連れの親子等の姿もある。

そしてその中央には全長で約5mはあろうかという石像が佇んでいた。


「ここがこのアルカムで一番人気の観光地、エルディオン広場です!」


ミーナが石像をバックに司に紹介する。


「エルディオンって確か…。」


「大魔道士エルディオン!スタンピードを止めて、このアルカムを作った英雄です!」


「この人が…」


司の眼前に聳え立っているのは右手に持った杖を天に掲げている美丈夫。

約500年前に実在した人類の救世主の姿だ。


「この町に来た人は絶対に来る場所なんですよ?何度か作り直しているそうなんですけど、その度忠実に再現しているので、ちゃんと顔や姿も本人にそっくりって話です。」


ちなみにあの石像に触れると、魔法力が上がる、と言われた司は一応石像に触れに行くのであった。




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