表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/20

第7話 クロフォード家


アンナの家のサイズに驚いた司だったが、その後玄関の大きなドアを開いた先にズラリと並んだ執事とメイド達を見て驚きは更に深まった。

呆けた顔のまま案内された客間の革張りのソファーに座らせられる。

意識がしっかりと戻ったのは出された紅茶に口を付けた後だった。


「話をしても大丈夫かしら?」


ふふっとからかう様な笑みを浮かべるアンナに

すまないと返した司は持っていたティーカップをテーブルに置いた。


「にしても本当に凄いお嬢様だったんだな」


「家が凄いだけだけどね。代々この土地で商会をしているから。私が凄い訳じゃないわ。」


アンナは何処か誇らしげな口調でそう話す。

おほんと態とらしい咳払いをしてアンナが話を始める。


「まず最初に、一昨日貴方から買わせて貰ったスカーフとシャツ、見事だったわ。シャツは男性物だったからお父様にプレゼントしたのだけど、随分と気に入った様子だったわ。」


「それは良かった。」


「あのシャツとスカーフの出所を教えて下さらない?もちろん十分な報酬は用意させていただくけど。」


流石は商会の令嬢、商談の話になった途端に目に力が宿るのを司は感じた。


「悪いがそれは出来ない。あのシャツとスカーフはヴィンテージ。今よりずっと前の技術で作られた物なんだ。製法はもう失われているよ。」


司は用意していた答えを返した。

司もアパレルとしてある程度の服や素材の製法は学んでいる。

しかしこれがこの世界で再現可能な物かどうかの判断はまだ付いていなかった。

なら、迂闊な事を喋るべきでないと判断したのだった。


「…ヴィンテージ?…そう言えば70年前がどうのって言っていたわね。」


ヴィンテージと言う単語に聞き馴染みの無かったアンナだが、直ぐに司がマルタ達に向けて服の説明をしていたのを思い出した。


「貴方の故郷って?」


「西のエストラ共和国の本当に田舎の方だよ。」


「エストラ…なるほどね。」


アンナは自身の脳内にあるエストラ共和国の情報を思い返した。


「確かにかつて小国が乱立していた共和国には未だに独特な文化が残った地域があるって聞くし、貴方の故郷もそんな場所だったって訳ね。」


「ご明察。」


昨日の図書館で得た知識から自身の生い立ちの説明に関して最も説明がしやすいと判断したのは西のエストラ共和国出身と言うものだった。

東の帝国は完全に全土を皇帝が掌握しているが、西の共和国は都市同士がそれぞれ自治権を得ている都市国家で、各都市の代表が運営する議会によって統治されている。

様々な文化が今も守られている共和国出身と言うことなら多少の違和感も上手くカモフラージュ出来る算段だったが、その判断は間違ってなかった様だと司は安心した。


「本当に再現は出来ないの?」


「生地なんかは不可能だろうな。当時の設備は天災で全て消失してしまったらしい。」


「なるほどね。」


アンナは視線を落とし考え込む仕草を見せた。

そのタイミングで控えていた侍女がアンナの前の空になっていたティーカップに紅茶を注ぎ直していた。

司のティーカップにも手を伸ばそうとしたが、まだ半分程残っていたのでやんわりと断りを入れた。

アンナが注がれた紅茶に口をつける。

短い間で自分の考えを纏めたのだろう、商談を再開した。


「今、貴方が持っている商品について教えて貰ってもいい?」


司は今朝記憶したばかりの商品のリストを思い出す。

全ての手の内を晒すことは避けたかったが、ここは素直に話した方がアンナの信頼を得れると考え、素直に在庫について説明した。


「スカーフや服については私が購入した物と同じものなのかしら?」


「いや、それぞれ柄や色は違うな。」


「故郷にはまだ在庫は残っているの?」


「俺が持ち出した物で全部だよ。」


そこまで言うと司は傍らに置いていた麻袋からスカーフを5枚、アクセサリーを10点取り出した。

それを見たアンナの整った顔に一瞬だが驚愕にも似た感情が浮かぶ。


「…確認してみてもいいかしら?」


「もちろん。」


そう言うとアンナは丁寧な手付きでまずはスカーフに手を伸ばした。


「これも貴方の言うヴィンテージ、と言うの物なのかしら?随分と状態は良い様だけど。」


「そうだな。あのシャツ程は古くないが、大体30~40年前に作られた物だ。」


「貴方の言う天災と言うのはいつ頃起きたの?」


「…50年くらい前と聞いているな。そのスカーフは俺の祖父が1人で作った物だ。職人では唯一の生き残りで、1人で製作していたみたいだけど、その技術を伝える前に他界した。」


「惜しい人を亡くしたのね。」


アンナはそう言うと持っていたスカーフを丁寧に下ろし、続いてアクセサリーに手を伸ばした。


「これは銀?こっちは金で出来ているのかしら

?」


「その通り、銀製の物は古いものだと100年程前の物もある。金は純金ではなく18金と10金だ。」


「18金?その数字は何なの?」


そこでアンナは首を傾げた。

この世界は金は純金が主流なのかと考察する。


「金と他の金属の割合を簡単に表した言い方だよ。純金を24金、18金だと18/24つまり75%が金で25%がその他の金属との合金と言う意味になる。」


「ってことは、10金だと約40%位が金ってことね。」


瞬時に暗算するアンナに司は感心する様子を見せる。


(昨日の図書館の規模といい、この世界の学力はかなり高そうだな。)


司が良くアニメ等で観ていたファンタジーの世界は識字率や学力が低いものが多かったが、この世界の文化レベルは高い水準にあるようだ。


「かなり細かな細工だけど、これも貴方の故郷で?」


「祖父の知り合いが作っていたみたいで、祖父の家の倉庫に仕舞われていたよ。」


自分で作った設定ながら、困った時は全部祖父任せの話に司は心の中で苦笑いを浮かべた。


「見事なものだわ。宝石が付いた煌びやかなデザインではないけれど、ここまで繊細な物そうそうお目に掛かれない。」


司が持ってきていた全ての商品を一通り確認したアンナはまた少し考える仕草を見せる。

しかしそれも長い時間ではなく、気が付くとアンナの強い意思の宿る視線が司を見つめていた。


「ツカサ、ここにある品を私に売ってくれないかしら。いや、貴方の持っている他の商品も全てクロフォード商会で買い取らせてほしいの。この間みたいに銀貨なんてケチな事は言わないわ。金貨10枚支払いましょう。」


金貨10枚。日本円に換算すると約1000万円。

日本で商売をしていた時でさえ1回の取引では到底得られない程の大金だ。

それだけあれば当面の生活資金はおろか、新たに店を構える事も可能なのではないか。


(いや、今の俺に残されているのはこの服達だけだ。ここで冷静さを失うな。)


「金貨10枚。確かに魅力的な提案だな。」


「そうでしょう?」


「ここに来た初日なら喜んで飛び付いたかもしれないけど、あの馬車通りの店を見て俺も自分の商品を低く見積もりすぎていた事に気が付いたよ。だから売れない。」


司はポーカーフェイスを顔に貼り付け、意図的に先程までより少し低い声で返す。

それを聞いたアンナの表情が分かりやすく曇る。しかしそれで引き下がる事はなかった。


「いくらならいいの?」


「分からない。」


「はぁ?」


自分の中で限界の金額の目星を付けたアンナは再度交渉を始めようとしたが、2手目で躓いた。

まさか先程と同じ真剣そうな顔と声で「わからない」何て言葉が返ってくるとは想像もしてなかったのだ。

お陰で変な声が出た、と自らが出した淑女とは言い難い声を誤魔化すべく短くこほんと咳払いをする。


「分からないってどういう意味よ。」


「おれの持っている服やアクセサリーがこの町の物と比べて高水準なのは今日だけでも理解したつもりだ。ただそれを販売するにあたっていくらなら妥当で買い手がつくのか、相場の判断がついていない。」


確かに金貨10枚は大金だ。

しかしアンナが、いやクロフォード商会がそれを買い取ると言うことはそれ以上の金額で売れると思っているからだろう。その金額は金貨20枚かもしれないし、50枚以上かもしれない。

今ここで頷くべきではないと、司の経営者としての勘が告げていた。


「ふふ、私に銀貨20枚ですぐに売ってくれた人と同一人物とは思えない発言ね。」


アンナが本日何度目かのからかう様な笑みを浮かべる。


「仕方ないだろ。あの時は本当に金が必要だったんだ。」


とは言え、銀貨20枚でも日本で古着屋を営む司の相場観では貰いすぎな程の金額だった。

しかしそれが今ではその50倍の金額を提示されているのだ。

何が起こるかは分からないなと思いながらも司は自らにとって最も利益の取れる方法を模索していた。


(ここで全ての商品を売る必要はない。ここにあるスカーフとアクセサリーだけをアンナの希望額で販売して、様子を見る方が得策か。)


とは言え手持ちの資金に余裕が在るわけではない。

ここで何とか多少の取引は取り付けないといけない。

司が次の会話の流れを模索していた時、部屋にドアがコンコンと2度ノックされた音が響いた。

次いでドアが開く。

入ってきたのは司より10歳程年上と思われる男性だった。

耳に掛かる程の金髪を七三に分けて、眼鏡を掛けた落ち着いた雰囲気。

海外の大学教授に居そうな感じだな、と言うのが司の第一印象だった。


「失礼、お邪魔するよ。」


見た目通りの落ち着いた、しかし良く通る声だ。

上品な黒のスラックスにトップスは司がアンナに販売した赤いレーヨンシャツを身に付けている。


(なら、この人が…)


「お父様!?」


アンナが目の前に現れた男性をそう呼んだ。

司の予想は当たっていた。


「初めまして。ツカサ君かな?私はエドワード・クロフォード。アンナの父親でクロフォード商会で商会長を務めている者です。」


司は慌てて座っていたソファーから立ち上がる。


「初めまして。ツカサ・ヤマノウエと申します。本日はアンナさんのご招待でお邪魔させて頂いております。」


「丁寧にありがとうございます。だけどもっと楽に接して頂いて構いませんよ。我々も所詮は一商人に過ぎないのですから。」


私のこの口調は癖のような物なのでお気になさらず。

エドワードはそう続けると、司に着席を促してから自身もアンナの隣に腰を下ろした。


「話は魔道具を通してある程度は聞いていました。」


ジトっとした視線を隣に座る父親に向けるアンナ。


「そんな顔で見ないでおくれ。年頃の娘が若い男を家に連れてきて、親への紹介もなく部屋に引っ込んでしまったんです。親の身としては心配にもなるでしょう?」


「な…?!私は別にそんなやましいことなど考えていません!」


そんな娘の様子にふふっと上品な笑みを浮かべるエドワードだったが話が逸れましたと再び司に向かって口を開く。


「ツカサ君としては、なるべく高い金額で売りたいけど、相場がわからないので金額を決めかねている。と言う事で合っていますか?」


「はい。」


「では、こうしてはいかがでしょう。とりあえず本日ここにある商品だけでも、当商会で委託販売と言う形で取り扱いさせて頂くというのは。」


「委託販売ですか?」


「ええ、商品が売れれば販売金額の一定の割合がツカサ君の元に入ります。その代わり売れなければ0なのですが、今回は特別に契約金と言う事で先に金貨1枚をお支払しましょう。」


悪くない、それどころか司にとってはこれ以上にない提案に思えた。


「話は有り難いですが、いいんですか?それだとそちらの取り分がかなり減ってしまうのでは?」


「それはそうですが、此方としても仕入れのリスクも低い取引になります。お互いにとってちゃんとメリットのある提案ですよ。」


確かに委託販売の場合、仕入れとして発生するのは商品が売れた時のみとなる。

司のいた古着業界においてもしばしば使われる手段であった。


「ありがとうございます。その内容でお願いしたいです。」


「わかりました。取り分の割合はどうしますか?通常の委託販売だた7:3と言うのが一般的なのですが。」


ここで言う7:3と言うのは商品の持ち主が7販売する店が3という意味だ。


「6:4でお願いします。」


司は迷う事なくそう答えた。


「宜しいのですか?そちらの取り分を削る形になりますが。」


「はい。俺はこの町に来たばかりで、高額商品を販売するツテがありません。クロフォード商会という名前を借りられるのであれば多少利益が減ってもメリットの方が大きいと思います。」


淀みなく言う司にエドワードは満足そうに微笑む。


「そう言うとこであれば、こちらから言うことはありません。商品はこの場でお預かりして、

契約書はまた他の商品をお持ちいただいた時と言う形でも宜しいですか?少し作成に時間が掛かるのでこの場でお渡しすることは出来ませんので。」


「わかりました。販売のタイミングと金額はそちらにお任せします。」


エドワードは分かりました、と言うとシャツの胸ポケットからギルドカードを取り出した。


「契約金の金貨1枚はこの場でお支払しますね。」


「ありがとうございます。」


司もギルドカードを取り出し、エドワードのカードに重ねる。

互いのカードが淡く発行して、あっという間に取引は終了した。



司が乗った馬車が屋敷を出発する。

来る時とは違い、馬車の中には司1人の姿しか見えない。

アンナとエドワードは2人揃って屋敷を出ていく馬車の後ろ姿を見送ってた。


「お父様、よかったのですか?ツカサの様子だと後金貨数枚上乗せすれば頷いたと思いますが。」


「良いのですよ。欲しいのはあの商品から得られる利益ではなく、当家で販売したと言う実績ですから。それに彼が持っていると言う他の商品もまだ見ない内に買い取りを決めるのは早計と言う他ありません。」


「それは…申し訳ありません。」


アンナは自分の浅はかさを恥じるように頭を下げた。


「良いのですよ。あれ程の品を見れば焦るのは仕方のないことです。」


それだけ言うとエドワードは屋敷の中へ向かって歩き始める。

アンナもそれに続いた。


「アンナ。確か明日はノード商会主催のお茶会に招かれてましたね?」


「はい。」


「なら先日ツカサ君から購入したスカーフを付けて行きなさい。」


「わかりました。」


そこまで言うと親子は廊下で別れ、それぞれの部屋へと向かった。

エドワードは自らの書斎のイスに腰を下ろすと、早速契約書の作成に取り掛かる。


(ツカサ君、彼の話の全てを信じる事はできませんが…)


エドワードは自らの来ているシャツに視線を向ける。


(彼には何か秘密があるかもしれませんね。)


商人としての勘がそう告げていた。


続きが気になると思ってくれた方は、

ブラックマーク&評価をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ