第6話 市場調査と再会
こちらの世界に転移して3日目の朝。
初日に得た銀貨20枚、2000ルピーの資金は昨夜1週間分の宿代を払った時点で残りのは半分以下になっていた。
本格的に商売を始めないといけない。
司は焦りを感じながら、それでも心の大部分は冷静だった。
古着屋を約5年間経営してきて、資金ギリギリで月末を迎えた事は何度もあったし、その都度どうにか乗り越えてきた。
その経験が司に現状を整理させる余裕を生ませていた。
(まずは手持ちの商品の確認だ。)
初日に部屋のテーブルの上に置いたままにしていたビニール袋の中身を取り出すと、ジャンルに分けてベッドへと並べる。
(シャツ類が23枚、Tシャツが10枚、それにアクセサリーが30点とスカーフが19枚か。)
数としてはやはり物足りなさを感じる。
あのナイトマーケットで買い付けた分の大半を既に車に置いてきたせいだ。
しかし手ぶらじゃないだけ運が良かったと思うしかないと司は切り替えた。
シャツ
・ヴィンテージのレーヨンシャツ 5枚
・ヴィンテージのウールシャツ 8枚
・古くは無いがしっかりとした作りに定評のあるブランドのシャツ 10枚
Tシャツ
・コットン100%の無地のポケットTシャツ 5枚
・プリントTシャツ 5枚
アクセサリー
・ゴールドのリング 3点
・シルバーのリング 5点
・シルバーのブレスレット 6点
・シルバーのバングル 4点
・シルバーのネックレス 8点
・ステンレスのネックレス 4点
スカーフ
・シルクのスカーフ 19点
メモは持っていないので頭の中で記憶する。
この中で確実に売れそうなものは初日の反応を見る限りはスカーフだろう、と司は考えた。
あの時のマルタの反応や有名な商会の娘だと言うアンナと言う少女が即決で購入した点から今の手持ちの中だとメインの商材になることは予想に難くなかった。
(シャツはデザインはさておき、この世界のファッションとの相性は良い。これも問題なく捌けるはず。アクセサリーはこの後実際にこの世界の店を見て回る必要があるが、最悪、素材として取引できると思う。)
この世界の男性は皆シャツを着ている。
人によってジャケットやベストを羽織っているのを見掛けたがその下には必ずシャツを身に付けていた。
恐らく肌着のようなインナーは身に付けていない。
アクセサリーを付けている市民もあまり見掛けなかった。
(そう言えばアンナは指輪やブレスレットをしていたな。)
司はアンナから銀貨を受け取った際に手元にアクセサリーを身に付けていたことを思い出した。
(ある程度裕福な人間はアクセサリー等で着飾るのだろう。少なくとも市民には普段から身に付けるような習慣や余裕がないのだろう。)
そう予想した。
(もし自由市で売るとすると、客の大半は市民になるだろう。そうなるとアクセサリーやスカーフではなくシャツがメインになるな。)
そうなると手持ちの商材は僅か20枚。
商売をするには明らかに元手が少ない。
売れはするだろうが、手元に残る金額はあまり多くは無いだろうと気落ちする。
(やっぱり最初から自由市で物を売るよりは単価の高いスカーフとアクセサリーをどうにか売って資金を作る方が良さそうだな。)
そこまで考察すると、一旦ベッドの上の洋服を片付け、朝食を食べるために1階の食堂へと向かった。
「アクセサリーやスカーフを売っている店、ですか?」
その日の朝食の内容はパンと目玉焼き、ウインナーとスープと言ったシンプルな内容だった。
味は日本のカフェと遜色無いレベルで、司としても大満足だった。
食器を片付けるためにやって来たミーナに司は質問を投げ掛けた。
「そうなんだ。この町で商売をするにあたって色々勉強をしたくてね。」
「うーん、この辺りには庶民向けの店が多いんですよね。ちょっと歩きますけど、馬車通りまで出て、町の北にある評議堂方向に向かって行けば段々高級店が増えていくので、その辺りなら何店舗かはあったと思います!」
「馬車通り?」
「昨日の商業ギルドのあった突き当たりを右に曲がってすぐにある大きな通りです!」
「なるほど…ありがとう。早速行ってみるよ。」
「いえいえ!ちゃんと食堂が開いている時間に帰ってきてくださいね?」
いってらっしゃい~!と今日も元気なミーナに見送られ馬車通りを目指して歩いていく。
昨日服を購入したときに一緒に貰った麻袋を今日も肩に担いでいた。
中にはスカーフとアクセサリーが数個ずつ入っているがそこまで嵩張らないため麻袋は萎んだ状態だ。
ミーナに言われた通りに北(そう言われた)に向かって歩いていく。
昨日訪れた商業ギルドのあるT字路を右に曲がると直ぐに数台の馬車が行き交う大通りに出た。
ここまでの道と比べても人が多い。
それに目につく限り数台の馬車が人間の小走り程のスピードで走っていた。
司は生まれて初めて見る馬車に軽い感動を覚えつつ、馬車通りを更に北上していく。
次第に周りの建物も大きな物が増えてきた。
それに比例して、小綺麗な見た目の人の割合も増した気がする。
(そろそろあるかもしれないな。)
見たところ飲食店や雑貨屋等はあるが目当てのアクセサリーを扱う店は見当たらなかった。
更に進むこと約5分。
司はようやく1店舗目のアクセサリーショップを見付け、店内に入っていく。
「いらっしゃいませ。」
昨日のギルドの入り口で対応してくれた職員のような礼儀正しい男性が仰々しく頭を下げて司を歓迎した。
しかし司を値踏みしているような視線は隠せていなかった。
(いかにも平民って感じの男が入ってきたんじゃこんな反応だよな。)
日本のハイブランドに初めて足を踏み入れた時のような居心地の悪さを感じながら司は店内を物色する。
幾つかのテーブルに商品のアクセサリーが綺麗に陳列されていた。
触ってはいないが見たところ素材はシルバーだろう、僅かに真鍮製のブレスレットやネックレスも取り扱っているようだった。
デザインはどれもシンプルで、デサインが効いているものも司の目からすると何処か物足りなさを感じる物ばかりだ。
値段は安い真鍮製のブレスレットで200ルピーから、シルバーになると500ルピーから、といったところか。
日本よりはやはりこの世界の相場の方が高いようだ。
(庶民が普段から身に付けていないハズだな。買えない金額と言うことはないが、文化的にも普段使い様に買うような価格帯ではないようだ。)
司はそう結論付けた。
1店舗目を後にした司は見つけたアクセサリーショップを片っ端から見て回った。
(北に進めば進むほど、店のクオリティが上がっていくな、それと同時に値段も上がっていく。)
2店舗ほど前から宝石が付いたジュエリーも見られるようになっていた。
そしてその日5店舗目の店に入店する。
天井にはガラス製のシャンデリアが吊られ、商品も全てガラスのショーケースに入れられて展示されていた。
明らかに今までの店とは一線を画す高級店といった様子だ。
「いらっしゃいませ。本日はご来店頂き誠にありがとうございます。」
パリッとした白のシャツを上のボタンまできっちりと留め、襟下に黒のループタイを付けた初老の男性が非常に滑らかな動作で司に対して一礼する。
最初の店の店員とは違い、その目には司を下に見るような気配は一切感じさせなかった。
正にプロの販売員といった所作だった。
「とある令嬢へお贈りする品を探しておりまして、色々と見させていただいても宜しいでしょうか?」
司は自分がこの店に来た理由を違和感の無い嘘を交えて説明した。
鋭い相手なら自分が駆け出しの商人であると察することも出来る内容だった。
「左様で御座いますか。是非ごゆっくりご覧ください。」
そう言うと男性は一歩下がって再び司に対して一礼した。
司が店内を見ようと歩き出そうとしたとき、聞き覚えのある少女の声が店内に静かに、しかしはっきりと響いた。
「あら、その令嬢ってもしかして私の事かしら?」
司は声をした方向に顔を向ける。
奥から特徴的な金髪を靡かせて1人の少女がこちらに向かって歩いてきていた。
「…アンナ…さん…?」
相変わらず仕立ての良さそうなワンピースを着た少女、アンナの登場に司は目を丸くする。
「あら、アンナでいいのよ?この国に貴族なんていないのだから。ツカサ?」
そう言うアンナはフランクに司に話し掛ける。
年上の司相手に敬語を遣わないのは自らの家の力に自信があるからなのか、しかしそのやや尊大とも言える態度も彼女の美貌と纏う雰囲気にはよく合っていた。
「どうして俺の名前を?」
あの自由市では名乗ってないはずだと司は疑問を呈した。
「昨日ギルドに登録したでしょ?ギルドに通達しておいたのよ。異国から来た黒髪黒目の青年が登録しに来たら情報を回すようにね。」
個人情報の秘匿も何もあったもんじゃないな、と司は苦笑いを浮かべる。
「貴方ならきっと何か始める前に市場調査でもすると思ってね、昨日からこの辺りをうろうろしていたのよ。思ったよりも見付けるのが遅くなったせいでとんだ無駄使いまでしちゃったわ。」
そう言う彼女傍らには侍女と思われるメイド服姿の女性が荷物を幾つか持って控えていた。
メイド服と言っても日本のメイドカフェにいるようなフリルをあしらったものではなく、もっとシンプルな姿ではあるが。
「どうしてそんなことを?」
「貴方に興味があるからよ。もっと言うなら貴方の持っている商品にね。」
そう言うことか、と司は納得する。
「この後時間はあるかしら?もちろんこの店を見てからで結構よ。私はもう買い物は終わっちゃったけど。」
そう言うアンナの後ろを見ると、侍女が店員からアクセサリーが入っていると思われる箱を受け取っているところだった。
少し考えた司だったが、アンナの申し出に了承すると店内のショーケースを見て回った。
一通り商品を見てクオリティや値段を確認すると入り口付近に設置してあったソファーで優雅にお茶(紅茶の様な物と思われる)を飲むアンナに声を掛ける。
「お待たせ。」
「あら、思ったより早かったわね。」
アンナは近くにいた店員にご馳走さまと言うと立ち上がり出入口に向かって歩く、店員がドアを開けると表には先程の侍女が既に馬車を停めて待機していた。
司はアンナに促されるまま馬車に乗り込む。
馬車は直ぐに動き始めた。
初めて乗る馬車に少し落ち着かない雰囲気だった司だったが思ったより揺れない事を確認して安心する。
「街道を走る乗合い馬車よりは揺れないでしょ?」
「…そうだな。」
その馬車にも乗ったことはないけどな、と司は心の中で冷や汗をかく。
しかし異国から来たと言う設定なので馬車に乗っていないのは流石にどうやってここまで来たんだと言う話にもなりかねないので、アンナの話に合わせることにした。
「それで、店を見て回った成果はあったのかしら?」
とアンナが少しニヤつきながら聞いてくる。
「あぁ。それなりにこの町の相場が分かったよ。アンナに売ったようなスカーフを扱っている店は見付からなかったけどな。」
そう溢す司の言葉を聞いて、アンナは少し目を窄める。
「そう、それは残念ね。」
そう言ったきり、少し考える仕草を見せるアンナ。
そこで会話が途切れる。
司は馬車の窓の外を流れる景色を観察することにした。
次第に店は無くなり、住宅街の様な場所に入ったのか塀のような物が目立つ様になってくる。
その塀も最初は短いものだったが次第に途切れるまで時間が掛かるようになっていった。
それからしばらく経って、一際長い塀の途中にあった門を潜ると馬車は更に少し進んで、ゆっくりと停車した。
「着いたわ。」
アンナがそう言うと少し時間が空いて、馬車のドアが開かれる。
御者席で馬車を操縦していたあの侍女が、先回って外からドアを開けたようだ。
アンナに続いて馬車から降りる司は目の前に現れた日本では、いやアメリカでも見たことも無いような巨大な洋館に唖然とする。
そんな司を尻目にアンナはワンピースの裾を軽く両手で摘まむと膝を優雅に折ると淀みの無い所作で一礼した。
「ようこそ、クロフォード家へ。」




